空き時間
第二レースは九着に終わった。
元々勝ち星の勘定に入れていなかったので、さほどショックはなかったものの、早いところ十勝目を決めたい焦りもあって少々気落ちした。
残りはメインレース後の最終レース、平地の条件戦だけなのでしばらく控室で待機することになった。
気晴らしに誰かと話したかったが、プルネラやデインたちは第三レースの飛翔競走に騎乗するためここにはいない。
話し相手を探そうとしても、親しい人がおらず時間を持て余しそうだった。
仕方なく『ベイヤードスポーツ』という新聞に目を通してみる。
主催者が用意してくれたものらしく右上の余白にはペガサスの絵が描かれたスタンプが押されていた。
一面には「伝説の勇者の末裔、宇宙人を捕らえる」という見出しがでかでかと書かれていて、銀色の生物が取り押さえられている写真も載ってある。
いくら魔法が存在する世界とはいえ、眉唾臭い記事である。
「この世界にも、似たような新聞があるんだな」
笑いをこらえてページをめくっていくと、ペガサス競馬の出馬表が書かれた記事がある。
何ページにも渡って各競馬場の出馬表、調教欄、記者の見解、厩舎関係者のコメントなどが書かれてある。
一般のスポーツ紙のようだが、ペガサス競馬の記事が最も充実していた。
自分の乗るレースの記事を読もうと最終レースの出馬表が書かれたページを読んでいると、左のページに「今日のプルネラ・ハートレー」という小さな記事があった。
彼女はかなり注目されている人気騎手だと察せられる。
第五レースを除くすべてのレースに騎乗予定で、何頭か勝ち星を計算できるペガサスに乗るようだ。
目を通してみると、そこに恭介の名前が書かれていたので驚いた。
「キョースケ・ハタヤマ騎手は今までにない新しいスタイルの騎乗方法で、見習うべきことはたくさんあります。レースに騎乗しているときの彼は、人馬一体を体現しており、一種の理想を叶えているのではないでしょうか」
とだけ書かれている。
「嬉しいね、こりゃ」
脈があるのかな、と見当違いの下心が芽生えた。
ふと、エレノアとプルネラを頭の中で見比べてみた。
天真爛漫でペガサス競馬に一途なエレノアは目尻の吊り上がった可愛い系の顔立ちをしている。
一方のプルネラは切れ長の目で顔の輪郭がほっそりとしたクールビューティーといった端正な顔である。
どちらも美人には違いないが、二人とも性格には癖がある。
エレノアは直情的なところがあり、怒らせると容赦ない一発が飛んでくる。
ジュスタンをビンタ一発でノックアウトしたり、恭介を躊躇なく空から落とす怖さがある。
オンオフのスイッチがはっきりしているのかプライベートでは貴族令嬢とは思えないほどだらけてしまう。
よく言えば飾り気のない性格で、悪く言えば子供っぽいところがある気がした。
一方のプルネラはまだ知り合って間もないとはいえ、少々食えない感じがある上に、大人の女性特有の余裕ぶりを見せたと思いきや、レースでは荒々しい気性をむき出しにする。
どちらも捨てがたい、と二股をかけるいかがわしい輩のような想像をしてしまう恭介。
「暇そうだな」
と男の声がした。
「アイヴァーさん」
恭介は疚しい想像を振り払いつつぱっと顔を見上げた。
「なに焦ってるんだ?」
「あ、いえ。ちょっとプルネラが俺のことを言っていたみたいで」
と言って、記事を見せた。
アイヴァーは新聞を手に取ると恭介の横に腰かけた。
「ほう。良いじゃないか。お前は今、関係者やファンの間でも賛否両論なのは知っているだろ」
「ええ、まあ」
「平地ではいい成績だが、飛翔だとどうだかな」
「アイヴァーさんもそう思うんですか?」
「その感じだと、誰かに言われたな」
「エレノアです。やってみないとわからないって」
「エレノアが言うんだから、一聴に値するんじゃないか」
アイヴァーのようなベテランから信頼を寄せられているあたり、エレノアが優れた資質を持ち合わせていたことが改めて察せられる。
「そういや、アイヴァーさんは勝負強いってエレノアから聞きましたけど」
「へえ、あのお嬢さん。俺のことをそう言っていたのか」
「はい」
「嬉しいねぇ。けど、俺はおいしいところを持って行っているだけさ。実際リーディングじゃ真中もいいところだからな」
アイヴァーは照れ混じりの苦笑を浮かべて謙遜するが、恭介はハナから信じていない。
日本にいたころも、勝利数は少ないのにここぞというレース、つまりG1で数多くの勝利を収めてきた勝負強い騎手を知っているからだ。
アイヴァーもそのタイプなのだろうと推測した。
「お、そろそろ次のレースが始まるぞ」
壁際のモニターに目を遣ると、第三レースの飛翔競走が始まろうとしていた。
「アイヴァーさんは乗らないんすね」
「ああ、あとはメインと最終の二つだけだ」
「この競馬場のフライングレースってどんな特徴があるんですか?」
「昨日のレース、観てないのか?」
「いやあ、頭ん中真っ白だったんで、よく覚えていないんすよ」
騎乗停止を食らったせいで精神的余裕が失われ、他のレースに気を回している場合ではなかった。
アイヴァーは何も言わずに新聞のページをめくり、恭介に渡した。
そこには第三レースの出馬表とコース図が載っている。
二等辺三角形に近いランニングのコースとは違い、角の丸い砂時計のような形をしたコース図が記載されていた。
「離陸と着陸が難しくてな。コーナーを曲がってすぐのところに離陸エリアがあるし、バックストレッチでいったん着地してしばらく走ってからまた離陸してコーナーに進入する。あと、最終コーナーの手前で着陸してすぐにコーナーを曲がらないといけない。少々トリッキーなコースだ」
「はあ」
恭介にはその特殊さがわからない。
実際観てみないことには始まらないと思い、レース映像に目を移した。
《お待たせしました。リンウェルダウンズ競馬場第三レース、距離五千二百メートルのフライングレース。出走馬九頭の小頭数で行われます。
実況はわたくしポリー・サラバンドでお送りします。さて――》
「この実況、毎回いるな」
偶然なのか、初めてペガサス競馬を見たフレイモア競馬場と前回乗ったグレイラム競馬場の開催と同じアナウンサーが実況していると気づいた。
「人気者だぞ。愛と情熱の実況アナウンサーって評判だ。ま、ちょっと熱が入りすぎるきらいはあるがな」
「へえ」
「ペガサスレーシングクラブの公式雑誌にも寄稿しているから読んでみろ」
レース映像を見ながら会話をする二人。
《さあ各馬続々とスタート地点へ向かいます。
おっとここで、六番のフォアキャストが強引に内埒沿いに位置を取ろうとしています。
馬体を擦られたのか一番グランタロンの鞍上プルネラ・ハートレー騎手がきっと睨みつけています。
プルネラ騎手とテック騎手、鞍上同士が何か言葉を交わしているようですが、お互いに譲ろうとしません。
さて、その間にスターターが台に上って準備に入ります。
まだプルネラ騎手とテック騎手が口論をしているようです。
あ、いま係員が近くに寄って仲裁に入ります。
このままではスタートが切れないという判断でしょうか。
他の各馬はロープの前、横一列になってスタートのタイミングを計っていますが――。
あ、ここで六番のフォアキャストが列から離れて大外へ向かいます。
ですがテック騎手、係員に向かって怒号を上げているようです。
これはいけません。
さて、ようやく落ち着いたようです。
各馬横一列になったところで、スタート!
トラブルをものともせず各馬いいスタートを切りました。
さあ、ホームストレッチを各馬通過していきます。
まずは先頭に一番グランタロンが立ちますが、ここで一気に、大外から六番フォアキャストが押し上げて、今、先頭に並びかけました。
馬体を併せる格好で最初のコーナーに向かおうとしていますが、一番の鞍上プルネラ騎手、六番のテック騎手が気になるのでしょうか、じっと横を見ています。
さあ、最初のコーナーを曲がって下り坂の離陸エリアに差し掛かり各馬一気にスピードを上げます。
ここで一番グランタロンと六番フォアキャストが大きく翼を広げ、宙を翔けようとします。
後続の各馬もそれに続いて――おっと、これはどうしたことでしょうか?
一番グランタロンと六番フォアキャストが横並びになってレースを引っ張っています。
各馬、高低差をつけて飛翔している中、お互い離れようとしません。
その二頭の後ろ、離れた上空に三番ミスターフィンチ、その後方下に五番アノニマスレターと続いて――》
六番の騎手がなんらかの意図をもってプルネラのペガサスに馬体を併せに行ったと恭介は感じた。
ただでさえ、空を翔ぶ危険なレースである。
いくら魔法で安全にレースが行われているとはいえ、落馬させてしまえば即失格のはずだ。
お互いの翼が二人の身体に触れるほど接近している。
馬体が接触する危険を冒してレースを進めるだろうか。
「大丈夫なんですかね」
「さあな。でもこれも六番の作戦だろう。ペガサスの本能とは真逆のことだけどな」
「真逆?」
「知らないのか? ペガサスってのは地上を走るときは群れを好むんだが、いったん空を飛ぶと群れを嫌うんだ」
「変わってますね」
「ここら辺は学者でもよくわかっていないんだ。大昔、野生動物だったころの名残で、地上には捕食動物やモンスターがいて、群れで生活して安心感を得るんだが、空にはこれといった外敵が存在しない上に、ペガサスよりも速く飛べる動物やモンスターがいないおかげで、のびのびできるって説があるんだが、いまいち決め手に欠けるみたいでな」
アイヴァーにはある程度の学術知識があるらしく、得意げに語り出した。
――モンスターがいんのかよ……。
やはりここは異世界フォルアースなんだと改めて気づかされる。
「とりあえず、ペガサスという生き物は空を飛ぶとき、群れを嫌う。だからレースでは高低差をつけたりバラバラにポジションを取るのがセオリーだ。じゃないとペガサスは走る気を無くしがちだからな」
「でもペガサスによってはそうじゃない場合もあるってことっすね。この六番みたいに」
「そういうことだ。六番のペガサス、フォアキャストは空で馬体を併せても平気だからプレッシャーをかけているんだろうな」
アイヴァーは何気なく言ったが、その言葉からなぜか嫌な予感がした。
「なにもなきゃいいけどな」
併走する映像を見て、恭介はつぶやいた。




