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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第3章 帰らぬ善者が残したものは
109/111

困惑するもの 朝比奈 護

「」は日本語、『』はそれ以外の言語での会話を表しています。

基本的に護以外はみんな、日本語を喋ってはくれません。

 港町の朝は早い。まだ空に星が輝いているうちから道具の準備を始め、陽が出る前に船を出す。


 地球の港と違ってエンジンの音はしない。聞こえるのは、準備に勤しむ漁師たちの声と、港に打ち付ける波の音だけ。


「流石に海は使わないか……」


 港の中にある特別大きな建物、獲ってきた魚を卸す市場の屋根から、護は港で準備されている船を観察していた。


 フェルトベルを名乗る集団が、オーツフ(東の国)に向かうルートは可能性として2つ。船を使った海路と大型魔動車(エイヴォラント)を使った陸路。ヴィルデム(こちらの世界)では地球がほど空路が発達していない。あるにはあるが、人員や物資の移動には適さない。目立って警戒されてしまうからである。


 集まっている人員と、現地までの安全性を考慮すれば使うのが陸路なのはわかっている。しかし、未だ現状が把握できていない護は自らの不安を取り除くためにわざわざ港まで足を運んだ。


 集まっていた人員を全て乗せられるような大型船はない。皆、漁に使う道具を積み込み武器の類は運んでいない。移動手段を絞れたことに護はホッとする。


「あれは……」


 護の視界に入った一人の男。大型魔動車(エイヴォラント)の中であった商人の一人、レッダとの食事をずっと監視していた人物であった。


 準備をしている漁師たちと話しているあたり、事前交渉を行なっているのだろう。話し合いを終えて港から離れていくのを確認すると、護は彼を追いかけ声をかけた。


『あのぉ……』


『なんだ?……あっ、あんたかい。驚かさないでくれよ』


『そんなに驚くことはないじゃないですか。昨日ずっと見ていたでしょうに』


 男は言葉に詰まる。蛇に睨まれた蛙のように体が動いてくれない。

 

 笑顔を絶やさない護は足音を立てずに近づく。距離が縮まるほどに、商人には護が大きくなっていくように感じられた。しかし、どれだけ逃げたいと思っても体は硬直したまま。瞬きを躊躇するほど緊張している商人の、瞳の奥底を覗き込むのように護は顔を近づけた。


『私をつけていた理由を聞かせてもらえます……よね?』


『すべてはこの国の……この世界のためだ……そのために私は私のできることをしているだけだ』


 商人はよほど肝が据わっているのだろうか。抵抗を示すように彼を睨み返した。


(なんでこの匂いが……)


 商人から微かに香る特徴的な匂いが、突然護の記憶を呼び起こしていく。


 忘れたくても忘れられない、光の届かぬ部屋で何度も嗅いだそれに反応するように、護の手が商人の胸ぐらを掴んだ。


「誰だ? 誰に命令された!?」


『何だよ……わかる言葉で話せよ……』


 それまで護の圧に屈しなかった商人が、初めて顔を背けた。護の笑顔はいつの間にか消えていた。



**********



 時を同じくして、レッダはオーツフ(東の国)に向かう準備のため指定された場所へと足を運んだ。しかし、準備はもう進んでおり列車の中に運ぶ荷物はあとわずか。車両に乗って出発を待っている者たちもいる。


『時間は間違ってないはずなのに……』


 明らかに自分が来るよりも早く準備が始まっている。酒場を出た後に時間が早まったのだろうか。そんなことを考えていると、背後に近づく気配に思わず身構えた。


『待ってたぜ、レッダ』


 後ろから声をかけてきたのは同郷の仲間だった。レッダはナイフに近づけていた手を離す。


『悪い。時間、早まったのか?』


『ああ。隊長がお前に用があるってさ。こっちだ』


『いや、でも準備は?』


『それならお前が手伝わなくても終わるから問題ないって。ほら』


 そういって友人はレッダの腕を掴む。その力に違和感を覚え、レッダは彼の手を振り解いた。友人に対する力加減ではなかった。相手を逃すまいという、そんな意志すら感じられた。


『……やっぱり、あの人の言うとおりなんだな』


『どうしたんだよ、急に』


『俺だって信じたくはなかったよ。レッダも俺と一緒に戦ってくれるもんだって思ってたから』


『……お前何言って……」


 友人は複雑な表情を浮かべながら、腰から下げていた鉈を手に取る。片方の目から一筋の涙を溢す彼の顔からは、悲しみも憎しみも感じられた。レッダにはそれが不可解であった。


 友人の発言の意図がわからないこともそうだが、涙を流している左の顔と力の入った目をレッダに向ける右の顔で表情が明らかに違うのだ。彼の友人であることは間違いはない。しかし、左右の顔がまるで別人のように感じられる。


『わかってんだよ。お前が、オーツフから来た連中と繋がってるのは』


『ちょっと待て、何言って』


『俺たちを……裏切りやがって!』


 友人の言葉が理解できないレッダに、金属の刃が襲いかかる。入念に手入れをされ曇り一人ないそれは、友人の大事な仕事道具。獲物を狩るために使うものであって、人を傷つける凶器ではないはずだった。



**********


『誰かに命令されてやってるんじゃない。俺は自分の意思で動いてるだけだ』


『なら、誰が貴方に話を持ちかけた!? 答えろ!』


『それはアウストゥーツって男と……それと……』


 商人は何度も思い出そうとしたが、思い出せない。確かに誰かと一緒にいたことは覚えている。共に行動する同志であることも覚えている。しかし、何度思い出そうとしても裸眼で水の中を覗き込んでいるように、その人物の姿形だけがぼやけてしまう。


『きゃちゅーれいたー……』


『今なんて?』


『一緒にいた仲間にそう言われたんだ……聞いたことない言葉でめずらしかったもんで、それだけは思い出せる』


 新たな顧客につながる可能性を見逃さない。そんな商人としての職業病は、初めて聞くその言葉を記憶の片隅にハッキリと残していた。


『Catch you……later……?』


 護の聞き間違いでなければ、それは間違いなく英語。こちらの世界に来ている誰かが、アウストゥーツに協力している。そんな考えたくない発想が彼の思考の最前列に現れる。


 しかも、その相手を護は知っているかもしれない。幼い頃の記憶が途中までまとまっていた護の考えを再びバラバラにしていく。


『とにかくだ。俺はこの世界のためを思って連中が必要なものを届けた。それだけのことだ』


『世界のためって、どうすることですか? オーツフを滅ぼして自分たちが世界を支配するためですか!?』


『違う! 俺たちの目的は……目的は……』


 言葉が止まり、突然商人は戸惑い始める。


『俺は……断ったんだ。オーツフと戦う手助けなんかできないって。でも、なんで俺は……協力することにした?』


『覚えていないんですか?』


『わからない……なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんで!?』


 頭を掻きむしりながら、商人は同じ言葉を繰り返す。この症状に護は覚えがあった。自分の考えを押さえ込むように覆い被さってくる思考、記憶の中の景色にある不可解な空白。忘れるわけがなかった。


(どうしてこっちの世界で……)


 違う世界だというのに、同じ悩みに苦しむ人が目の前にいる。それが偶然なのか、それとも何かしら関係があるのか。しかし、悩みたくても護には時間がなかった。


『アウストゥーツたちから何かもらったものはありませんか?』


『それなら……これ……同志の証明に』


 商人が首から下げている小さな革袋を見せると、護は強引に引きちぎる。嗅いで確認すると、護が感じた匂いは革袋の中から漂っていた。


『何するんだ!?』


『あなたを苦しめている原因はコレです。それと』


 背負っていた小さなカバンからサイコロ状の道具を取り出し魔力を込める。すると、サイコロの面から飛び出した水流が商人の体を包み込んだ。


『うわっ……何を……』


 緩やかな水の流れに体を回転されながら、商人は這い出ようともがいている。その後、水は商人の顔を一瞬包むとすぐに霧散し、大きな水溜まりとずぶ濡れの商人だけが残った。


『これで頭がスッキリしたはずです。教えてください。連中に渡すものはどこにありますか?』


『それなら、乗ってきた大型魔動車(エイヴォラント)の貨物車両に。でも、なんで俺は』


 商人の頭の中にはたくさんの疑問が浮かび続けている。どうしてアウストゥーツに協力しようと思ったのか、何を証拠にオーツフ(東の国)という国を敵と認識したのか、どうして目の前にいる男性を敵の使者と思って連中に告げ口したのか。


『利用されたんです。しばらくは頭が痛いことだらけかもしれませんが、ゆっくり休んでから時間をかけて整理してみてください。』


『あっ……ああ……』


『それでは、私は急ぎますので。これをはお借りしますね』


『ちょっと待っ』


 護は商人が何かを言い終えるよりも前に、駅へと走り去ってしまった。ギュッと握り締めた革袋の中に入っていたのは小さな香り玉。護がまだ、死弾(ザダ・テルブ)と呼ばれていた頃に持たされていたものと酷似していた。

どういうわけか、護の過去と交差してきた事件。


最初の段階では、こんな予定なかったんですけどね。

なんでですかね。とりあえず、護さんのせいにしておきますかね。


レッダはどうなってしまったのか、護は間に合うのか。


次回を待て!

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