第39話 見出せぬもの レッダ
「」は日本語、『』はそれ以外の言語での会話を表しています。
基本的に護以外はみんな、日本語を喋ってはくれません。
『ホントに肉厚だ……噛めば噛むほど旨味が出る……ん〜美味しい!』
野菜と共に蒸された大きな二枚貝の身を、護は満面の笑みを浮かべ頬張る。ここは大型魔動車の乗客に教わった店で、知る人ぞ知る名店なのだとか。
『いっぱい食べてくれて良いから……って、言わなくても大丈夫か』
余程空腹だったのか、それとも美味しいからなのか。若者の口に食べ物が吸い込まれていく。言葉を発する暇などなさそうだった。
『肉も美味しいけど、やっぱり海に来たら魚や貝が食べたくなるよね』
『知らねえよ。初めて食ったから』
テーブルに置かれた皿が空になり、若者の口がようやく自由に喋れる時間を得た。
『ここに来たのも初めてといっていたね』
『俺の住んでたのはエイツオに近い山の方だから。川魚は食べてたけど』
『そうか。満足してようで何よりだよ』
『うるせぇ……」
若者は護の言葉を否定しなかった。知らない味付け、感じたことのないスパイスの刺激、川魚とは違った魚の旨み。どの料理を食べても美味しいと感じ、口に運ぶ手が止まらなかった。
『君を見てると、息子を思い出してね』
『……子供いるのかよ』
『まだ5歳なんだけどね。なんでも美味しく食べる子なんだ。食べてる間は君みたいに無言になっちゃうんだけど、食べ終わてから美味しいって言うんだよ』
護の視線が下がる。いつも、食事の時に息子のことを見ていた角度。護の笑みに寂しさが滲み出す。
『そんな小さな子供置いて、こんなところまで来てんのか?』
『置いてきたって言うのは間違ってないけど、帰れなくなったの方が正しいかな』
『帰れない?』
『オーツフの王様が出した保護の話は聞いてるかい?』
『ああ。突然開いたロドを通ってきたやつのことだろ』
『実はね……』
突然小声になった護は、向かいに座る若者に向かってぐいっと顔を近づける。警戒しながらも、彼の行動の意味を察した若者は同じように顔を近づけた。
『私もその1人なんだ』
『はぁ!?』
せっかく小さな声でも聞こえる距離に近づいたというのに、護の告白に驚いた若者の口から予想外に大きな声が出た。すぐに口を手で塞ぎ、彼の声に驚いた他の客に頭を下げる。使う言葉は時折荒いが、礼儀は弁えている。そんな印象を護に与える。
『あまり知られたくないんだ。だから他言無用で』
『じゃあ、なんでこんなところまで来てんだよ』
『他にもまだいるかもしれないから、探し回ってるんだ。自分だけ帰るわけにはいかないからね』
空になった皿が店員によって運ばれ、代わりにテーブルの上には食後のケーキと紅茶が置かれた。ケーキの上に乗った菫色の果実を護が口に運ぶと、それは苺だった。ブルーベリーのような味を連想していたが、実は絶妙な酸味と芳醇な甘味が口の中に広がるショートケーキ。お土産に買って帰れたら、家族の驚く顔が見れるかもしれない。息子が目を輝かせる姿を護は容易に想像できた。
『ところで……なんて呼んだら良いかな』
『……レッダ』
少しずつフォークで取りじっくり味わう護とは対照的に、レッダと名乗った若者の皿には何も乗っていない。すでに完食している。口の端についたクリームを親指で拭いとると、じっと見つめてからペロリと舐めとった。
『じゃあ、レッダ君。私の質問の答え、見つかったかい?』
『……まだ話を聞けてねえよ』
持ち上げたカップの中身を見つめながら、レッダは答えた。彼とて、頭の中でモヤモヤしているこの問題を早く解いてスッキリしたい。しかし、本当に聞きたい相手があの場所にはいなかった。
『俺は、大型魔動車がもっと色んなところを回るようになって、物資の届かないところがないようにしたいだけだ。国が一つになったらそれが叶うっていうなら、その方がいい。だけど……』
あの場所に集まった人々の発言に、レッダは違和感を感じている。最初の思いは絶対に自分と同じだったはずなのに、いつの間にか誰もが「世界を変える」と、そう口にしていた。同郷の仲間もそうだ。
『ちゃんと考えてくれたんだね』
レッダの反応に、護は穏やかな笑みを向ける。目の前の若者が、かつての自分のようになっていないことが、何の疑問も持たず大人たちに流されていく道を進んでいないことが純粋に嬉しかった。
護と目を合わせないように、レッダの視線は右に逸れていく。
『こっちの人間じゃないあんたから見たら、どうなんだよ」
『そうだね……』
レッダからの問いに、護は天井に視線を動かす。彼の目には、何もないはずの天井に頭の中に描いた様々な情報が浮かんでいる。
本来ならば紙に書いてまとめることを、それができないところでは何もない場所に視線をずらし、自分の考えを想像の中で形にしていく。うまくまとめられないことも、頭の中で想像し形を与えると考えやすくなるらしい。妻の茉陽に出会うまで与えられた任務をただこなすだけだった護にとって、唯一と言える思考方法でもある。
無論、それを教えたのは茉陽である。他の仲間たちには不評だったらしいが、何も知らなかった護には非常に有効的であった。
『大型魔動車を増やせば、確かに利便性は増す。ただ昼間も話したけど、それに必要な物資の量が私にはわからない。もし増やすことで他の物資の供給に支障をきたすんだとしたら、問題を他のところに動かすだけになってしまうね』
『それは……俺にもわかる』
『走るルートも計算して作る必要があるから、魔法でパパっと作るなんて出来ない。ある程度は人の手で細かな調整が必要になる。それが出来る人は果たしてどのくらいいて、どのくらい報酬を払う必要があるのか考えなきゃいけない。いくら便利になるためだからって、何日もタダ働きさせたらそれはそれで大問題だからね』
自分の考えを伝え終わると、護は再び視線をレッダの方に戻した。
『だから、今の段階では君の意見に賛同できないというわけさ』
『ってことは結局、どっちの味方にもならないってことか』
『どちら側につくか決めなきゃけないっていうなら、私はオーツフ側の味方かな』
『……その理由は何なんだよ』
列車で話をした時よりもレッダは冷静だった。護の話に対して、間違っているとは感じない。むしろ、自分たちのやろうとしていた行動の方にこそ問題があるのではと、そんな考えすら浮かんできている。
『それは、君の方がわかっているんじゃないかな』
心の内側が見透かされているような、そんな答えだった。レッダは何も言えない。護の言わんとしていることが、彼の頭の中にもある。
『このまま動いても問題の解決にはならない。それに、たくさんの犠牲が出る」
レッダの言えなかったことが、護の口から出る。レッダの噤んだ口に力が入った。自分たちは、グランセイズの守護隊と戦うことを考えて動いている。できればそんなことはしたくない。けれど、それを避けられないことも理解している。戦えば犠牲は出る。それは避けられない。
『それなら……国が探究者の集落を襲った件は……見て見ぬ振りをしろってのかよ……』
俯いたまま、レッダは静かにつぶやいた。答えを決めかねている最大の要因である、オーツフ兵による惨殺。先に村を出た仲間は、無惨に殺された人々の弔いを手伝ったという。彼が嘘を言っているとは思えなかった。
レッダは心のどこかで、それが真実であってほしいと思っていた。それがもし嘘だったのなら、レッダは自身の行動を自ら否定しなければならなくなる。
『それを調べるために、私はここに来ているんだよ』
『しら……べる?』
『そう。私は自分のいたところで、犯罪の証拠を探る仕事をしていたんだ。そして今は探究者の友人らと一緒に、彼らの集落を襲った犯人を追ってここまで来た』
レッダが顔を上げれば、そこには笑顔が消えた真剣な眼差しの護がいた。レッダは思わず息を呑んだ。
『私は君たちからすれば部外者だ。この国のことに口を出すべきじゃない。でも、悲しむ友人がいれば助けになってあげたいし、誤った道に進もうとしている若者がいれば引き止めたい。何が真実で、何が嘘なのか。それさえハッキリすれば道を示してあげられると、そう考えてるんだ』
カップに入った紅茶を飲み切ると、護は伝票を持って店員の方へと歩いていく。
レッダは不思議に思った。犯人を見つけるためにここに来たと護は言った。そして、フェルトベルの集まりに参加するためこの街へやってきた自分に声をかけた。どれだけ鈍くても、彼の追う犯人がフェルトベルにいて、その犯人を見つけるために接触してきたのだと気付くだろう。
『約束通り、ここは私の奢りだ。話が聞けて嬉しかったよ』
『他にいうことがあるんじゃねえのかよ……』
『ん? 私は目的を達成したから、あと帰って横になるだけだよ』
『目的?』
『そう。列車の中での答えを聞くことと、思い悩んでる若人のお腹を満たしてあげること。あっ、もしかしてもっと食べたかったかい?』
『腹は……いっぱいになった』
『なら何よりだよ。お腹いっぱいになると眠くなっちゃうから、早めに宿に戻るんだよ』
『がっ……ガキじゃねえよ!』
再び笑顔を振りまいて護は店を後にする。会計終わりに料理の美味しさをしっかりと伝えたようで、見送った店員の顔に喜びが溢れていた。
『何なんだよ……あのおっさん……』
最後の最後までわからなかった。もしかしたら、本当に列車の中での答えを聞くことが目的だったのかもしれない。そんな考えに流されそうになる。しかし、犯人を追っていると言った時の表情が、レッダの頭の中に何度も浮かんでくる。
『父さん……教えてくれよ……』
自分の中で答えを導き出せない。レッダは縋るように首から下げたお守りを、父親の形見を握りしめていた。
****************
『お疲れっすぅ。話は聞けたんすかぁ?』
『あれ、ラーゼアさん酔ってます?』
護が宿に戻ると、頬を真っ赤に染めたご機嫌なラーゼアが出迎えた。
『ピオリアがぁ、来てみたかったって言ってたんでぇ、晩酌に付き合ってるんすぅ』
そういうと、ラーゼアはテーブルに置かれたコップとその傍に置かれた指輪を指す。優しく語りかける姿を横目に部屋の奥に進むと、ヴァイリオとヒュートが手に入れた情報の精査をしていた。護をみるや、ヴァイリオは彼に向かって頭を下げる。
『ラーゼアのこと、今は許してやってほしい』
『亡くなった人を思うのは大事なことです。死ぬことよりも、忘れ去られることの方が悲しいって妻も言ってましたよ』
『アサヒナ殿の奥方は聡明な方なのだな』
『ええ、私も何度助けてもらったことか。それより、そちらの様子は?』
『上々。アウストゥーツ本人はいなかったが、側近だった男を確認した』
『問題は、下手に手を出すと集まった者たちの誤解を招くことだろうか……』
ヒュートの言葉を聞き、ヴァイリオは頭を抱えた。護と出会っていなければ、アウストゥーツの本性を知っていなければあの同じ場所にいたのだ。彼らの考えていることは手に取るようにわかる。
『明日には何かしら動くと思いますよ』
そういってベッドに横たわると、護は再び天井をじっと見つめ頭の中の考えを整理し始めた。
『話を聞きに行ったあの青年に動きがあるということか?』
『難解。狩猟者といえど若すぎる。動いたところで』
『つけられてたんですよ。彼を待ち伏せしてる時から』
店の前でレッダが出てくるのを待っていた時から、自分のことを監視する視線に気付いていた。しかし、護はあえて無視し続けた。
『的中。やはりあの中に協力者がいたか』
『ヴァイリオさんも気付いてましたか』
『オイラもっすよぉ』
グラスの酒を一気に飲み干すと、ラーゼアはテーブルに置かれた指輪を両手で優しく包むように持ち上げる。
『おすすめのお店教えてくれたおっちゃんだけ変な感じがしたっすからね。他の人は市場で見たっすけど、あの人だけいなかったっす。商人って言ってたのにおかしいっすよね』
『よくそこまで……』
『共感。ヒュート氏が驚くのも無理はない。我もアディージェも慣れるまで時間がかかった』
『ひどいっす。記憶力すごいねってピオリアは褒めてくれたっすよ』
軽い口調で誤解されがちだが、ラーゼアの記憶力はいつも一緒に行動している3人の中で最も優秀。一度目にしたものは余程のことがない限り覚えている。
不機嫌そうな顔でラーゼアは指輪を鞄へと大事そうにしまった。
ヒュートの仲間たちの中にも彼のようなムードメーカーはいるが、タイプは全く違う。彼もこうであったなら……と、ヒュートは彼がいるであろう方向に視線を向ける。
『人だけ集まっても仕方ないっすからね。必要な道具を揃えるのに勧誘したっすよ』
『不審。オーツフでの取引が出来なくなるとは考えないのか……』
『アウストゥーツと直接話をしていたのなら、彼についた方が利益につながると考えても無理はない』
『それだけとは思えませんが……』
ヒュートの話が、護の目の前に浮かぶ情報とうまく結びつかない。オーツフは国として非常に優秀である。守護隊の実力も決して低くはない。そんな強大な国を相手に対して勝ち目があると考えていることも、彼らに協力したほうがいいと判断した商人の考えにも、違和感が拭えない。
『私がオーツフから来たことは話しましたから、自分たちのことを探りに来たと疑って彼らは慌ただしく動くはずです』
夜が更けて活気のあった町は静まり返っていく。ヴァイリオはアウストゥーツの仲間を見張るため、宿を後にした。ラーゼアは指輪の入ったバッグを抱えながら幸せそうな顔で寝息を立て、ヒュートはいつでも戦いに出れるようにと、ベッドには横にならず装備を身につけたまま壁を背にして眠りについた。
「うまくまとまらないな……」
横になった護の頭上では、今も様々な情報が散乱している。どうにか答えを導きたいと、一際目立っているのは「どうすれば、あの青年を巻き込まずに済むか」という問題だった。
出来ることなら、若い子には明るい未来に向かっていってほしいですね……大丈夫ですかね……
次回、ストーリーが急激に動き出すかもしれませんね(多分?)




