第38話 集められたものたち
「」でなく『』なのは、異世界の言葉で話しているのをわかりやすくするためですので……
『まとめて管理すれば……もしかすると、それが彼らの目的なんでしょうか』
『目的?』
護を先頭にして、ヒュートたちは到着したドーケリュンの街を歩く。着いたのはちょうど昼時。街の中では食べ物を売ろうとする人らで活気立っていた。
さすがは大きな港を構えるキフカウシで1番の都市。新鮮な魚介を売りにした店舗が目立つ。また、グランセイズと違い食べ歩く文化があるようだ。観光目的と思われる旅行客たちは串に刺さった、今が旬だと言われていた貝の身を口に運びながら、次はどの店にしようかと目を輝かせている。
『さっきの子が言ってた話っすよね』
『そうです。ラーゼアさん達の話を聞いた時、オーツフだけが目的なのかと思ってましたが、もっと大きな話かもと思いまして』
『国をまとめるとは、まさかとは思うが国を一つにするということか?』
ヒュートの言葉に護は小さく頷く。あまりにもスケールの大きすぎる話にラーゼアは戸惑いを隠せない。
『い……いくらなんでも話がデカすぎるっすよ……』
『至難。それが知れたら、オーツフだけでなく他の国も黙ってはいない』
『そうでしょうね。でも、協力者がいたとしたら? 例えば各国の政治に関与できる人物とか』
『南オスゲアのときは利権を餌に人を動かしていた。今回の場合は、全てが終わった後の待遇だろうか』
『ええ。ヒュートさんから伺っていた話と合わせて考えると、その可能性は捨てきれなくなってきました』
『……あの鎧』
ヴァイリオがずっと疑問に思っていた、彼らの集落を襲った犯人。その人物が来ていた鎧の出所。護がグランセイズで調べても、有力な情報は何も手に入らなかった。しかし、護が立てた予想が合っていたとしたら、容易に説明がつく。ヴァイリオの表情が険しくなっていく。
『鎧がどうかしたんすか?』
『オーツフに、彼らに協力する人たちがすでにいるかも知れないということです』
ヴァイリオの発言の意図を護はすぐに察した。ラーゼアの表情が徐々に曇っていく。
『なんでそんなこと……』
『今の段階ではなんとも』
『だが、国のやり方に少しでも不満を持つものがいれば、アウストゥーツの話術で敵になってしまう。南オスゲアの国々がそうだったようにな』
『でも、オーツフは平和じゃないっすか』
『納得。そのための襲撃と考えれば……』
ヴァイリオもそんなことを考えたくはない。オーツフを陥れるために、そんなことのために仲間の命が奪われたとは。しかし、今の状況から考えるとそれなら辻褄が合ってくる。普段あまり崩れないヴァイリオの表情に悔しさが滲み出る。
『真実を語るにはまず証拠から。今はそれを集めていきましょう。ちょうど、さっきの彼も止まったみたいなので』
護にだけ見えていた赤い線が動きを止めた。線は遠ざかるほど細くなっていくが、その変化も収まっている。
『止まったとは?』
『おそらく、建物の中に入ったんでしょう。彼らの仲間がそこにいるかもしれません』
『奴らの足跡が持ち運べたら良かったのだが』
『私のいた世界なら、専門の道具で掘り起こしてましたけど。関係者がすぐに見つかっただけでも良しとしましょう』
大型魔動車内でのやり取りは、全て護たちの作戦であった。
長距離移動には大型魔動車が使われることが多い。仮にキフカウシで仲間を集めているとすれば、賛同する者たちはこれに乗って現地に向かっている。そう予想を立てた護たちは車内で、そして途中で停車する街で、彼らに関する情報集めに努めた。
そうして得られたのは、フェルトヴェルという集団がドーケリュンに集まっているということ。大型魔動車の中で護はとぼけていたが、それも商人たちから情報を仕入れるための小芝居。もしその言葉が出なければ、護から話を振って乗客たちの反応を見るつもりだった。実際に求めていた人材に巡り会えたのは運が良かったといえる。
『どうするんすか?』
『今日のうちは場所の特定だけにします』
『何故? どんなやり取りをしてるか確認は必要』
『今日出会った彼に私たちの顔は知られていますから、行ったところで何も得られません。ラーゼアさんたちが裏切ったなんて情報が流れている可能性もあります。無理やり聞く方法もありますが、私たちの行動をオーツフの暗躍だなんて噂を流されたら厄介です』
『では、アサヒナ殿。場所を特定して次はどうすると?』
『あんまりこういうやり方は好きじゃないんですが、彼を頼ります』
護が見せたのは、メモ帳に挟んだ数本の髪の毛。若者の頭を撫で回した際に回収していたものである。
『あの若い子のっすよね。捕まえるんすか?』
『まあ、任せてください』
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『俺だってこんなことはしたくわねぇ。だが、このままじゃ何も変わらねぇ。だから、動かなきゃならねぇ。ここに来てくれたみんなが、より良い未来に向かって一緒に戦ってくれることが俺は嬉しいぜ。俺は独りじゃねぇってわかってよ』
酒場の中では、カウンターに置かれた水色の宝玉から男の声が響く。店内では誰1人としてグラスに注がれた酒を口にせず、その声に耳を傾けていた。いつもは仕事を終えた大人たちがたわいもない話で盛り上がっている店内だというのに、空気が張り詰めている。客層も、普段と比べると若者が目立った。
『準備は整いつつある。決行は2日後。すでに仲間が大型魔動車の予約を済ませてくれた。明日の朝の便で動いて、明後日にはグランセイズだ』
『ついにか……』
誰かがボソッと呟いた。何人かは息を飲んだ。拳に力が入り、腕が震えているものもいた。
『一つだけ言っとくぜ。俺たちは殺し合いに行くんじゃねぇ。でも、邪魔するやつらがいれば戦わなきゃいけねぇ。命を奪わなきゃいけねぇことだってある。だがこれは、この大陸に住むみんなのための戦いだ。犠牲を嘆くな。後ろを振り返るな。今は、前だけを見ようぜ。さあ、グラスを持ちな』
各々が酒の入ったグラスを手に取り、席を立ち上がる。
『次にみんなと話せるのは2日後だ。未来を、勝ち取ろうぜ!』
『『『オー!!!!!!!』』』
掛け声と共に、空のグラスが次々とテーブルへ置かれていく。それぞれが激励の言葉を交わし、未来への希望を語り合っている。
そんな中、1人の若者は大型魔動車の中でかけられた言葉を思い返していた。
(全部分かった上で行動している。そうですよね?)
その言葉に若者はずっと引っかかりを感じている。大型魔動車が普及しないのは、ネイストレンを出し惜しんでいるオーツフの王やその配下である鉱夫たちのせい。探究者の集落を含むいくつかの村を襲ったのはオーツフ軍の兵士。理由は、天然魔道具の普及がオーツフの利益を奪っているから。そう聞いている。
(全部って……なんだよ……)
若者の村は、物資の通りづらい辺境の地にあった。しかし、流行病によって父は命を落とし母親は今も病に苦しんでいる。
(薬がもっと早く手に入れば……父さんだって……)
そう自分に言い聞かせるが、護の言葉はいつまでも若者の頭の中をぐるぐる回っている。
母はなんとか手に入れた薬によって一命を取り留めたが、まだ完治には至っていない。薬を届けてくれたのは、アウストゥーツとその仲間たちだ。彼らは言った。大型魔動車がもっと普及していれば、もっと早く薬が届けられたのにと。
周りにいる仲間たちは、2日後のことばかり話している。彼らの意気込みが、未来を語る声が、若者の決意を逆に鈍らせていく。
『おい、どこにいくんだ?』
『疲れたから先に宿に行く。武器の手入れもしておきたいしな』
『明後日まで気を張りすぎて、当日になって動けなくなってもしらねぇぜ?』
『うるせえ』
話しかけてきたのは同郷の仲間だ。彼はアウストゥーツの届けた薬によって家族が助かった。そのせいか、アウストゥーツへの信頼は若者よりも人一倍強く、ここにもいち早く向かった。
先に来ている分、酒場にいる他の同胞たちともすでに意気投合しているようだ。酒の入ったグラスを片手に、自分の家族が救われた話をしている。話に耳を傾けている連中も同じような経験をしたのだろう。彼の話に呼応したかのように口を開き身の上話を始めた。
『俺はちゃんと薬が届くようになればそれで……』
誰もが国を変えよう、世界を変えよう、そんなことばかり言う。若者の目的と僅かにずれたその思想は、護から受け取った疑念の種を少しずつ成長させていく。
モヤモヤする頭をどうにかしようと、若者は外灯から白い光がこぼれ始めた街中を進む。宿に戻ると言いながら、足を運ぶ方向は違う。どこに行くか決めているわけではない。ただ、1人で考える時間が欲しかった。
『やあ、また会えたね』
『……あんた……昼間の……』
忘れられない声が耳に入る。若者が警戒しながら視線を動かすと、そこには立っていたのは護だった。壁にもたれかかっている姿は、まるで若者を待っていたかのようだ。
『私はマモルと言います。君は……なんて呼べば良いかな?』
『……なんで名乗らなきゃいけねぇんだよ』
『いや、質問に答えてもらおうとしてるのに、名前を知らないのは失礼かなって』
『質問?』
『そう。大型魔動車の中で答えを聞けなかったからね』
腰に携えたダガーに若者の手が伸びる。しかし、彼の頭の中で大型魔動車の中にいた人物と目の前の男が一致しない。体の強張りも起きず、若者は武器を抜くことを躊躇う。
『ご飯でも食べながらでどうだい? 私が奢るよ』
『誰があんたになんか』
『ここに来るのは初めてなんだ。どこか良いお店知ってるかな?』
『……俺だって初めてだ』
『そうか……じゃあ、来る時に聞いたお店にしよう』
『誰が一緒に食うっていった!?』
威勢の良い声とは真逆の、グ〜っという情けない音が若者の腹から響く。護の浮かべる笑みで、若者の頬が赤く染まっていく。
『考え事をするときはね。食べた方がいいんだよ』
『……金は払わねぇからな』
『もちろん。私の奢りだっていったじゃないか。教えてもらったお店は、確かこっちだね』
ついてこいと言わんばかりに先を進む護の背中が、ほんの一瞬だけ若者の父親と重なった。
(うまく出来ないときは、まず何かを食べると良い)
若者は亡くなったはずの父親の言葉が聞こえた気がした。
気がつけば、最後の更新から半年以上……
環境が変わって執筆どころではありませんでしたが、懲りずにまだ続けていきます。




