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UNSUNG  作者: 二宮シン
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開けられるパンドラの箱

 少し遅れたようで怒られたが、早速荷物を屋根つきの馬車に仕舞い込むと、俺とアルマが隣同士に座り、向かいにはルンと女騎士十名が座って得物を確認している。

「なんでも、アルマちゃんが作ったっていう団長が持つ剣に並ぶほどの代物を渡されたからね。無駄にしないためにも、点検は忘れないよ」

「ちゃんづけはやめて、アルマだけでいい。それと、しばらくは点検なんてしなくても切れ味が落ちないように作ったから、気にしないで」

 そんなやり取りをしながらも、馬車は走り出した。するとルンが地図を広げて俺たちに見せてくる。

「件の街は、ここから馬車で一日のところにあるシルバっていうバベルの教会が王族に変わって政治を取り仕切っている街よ。民のすべてがバベルの教会の信徒らしいから、メネスもこれを着てね」

 そう言って取り出されたのは、紫色の信徒が着るローブだった。神様だとか理想郷だとかなんて微塵も信じていないが、見つかってエルメラに逃げられては骨折り損のくたびれもうけだ。赤いコートの上に羽織るように着ると、背中に括り付けた剣が抜けなくなる。

「それも隠密の内よ。サタナキアとかいう悪魔を見つけるまでは我慢してね」

 渋々了解と言い、二人しか座っていない馬車の長椅子に横になる。

「腹が減っては戦ができないように、よく眠らなければ存分に剣が振るえないからな。休ませてもらう」

 そんな調子の俺に、ルンは相変わらず自由人だなと苦笑を浮かべている。他の隊員たちも、伝説とすら言われた元騎士の意外な一面を見てか、言葉を失っていた。そんな中でも、いつも見上げてくるアルマが顔を覗き込む。

「膝枕、する?」

「もうちょっと色っぽくなったら頼むよ」

「これでも、十六歳なんだけど」

 そうは言うが、アルマは身長も低く、体に凹凸もない。俺から見たらただのガキだ。

「でも、たしかあんたには彼女とか、私以外に親しい女はいなかったわよね」

 ルンが痛いところを突いてくると、いたずらするようにルンは笑みを浮かべる。

「いっそのこと、その子と結婚しちゃえば? 未亡人の私が言うのもなんだけど、結婚すると世界ががらりと変わって見えるわよ」

「悪いが俺はロリコンじゃねぇし、生涯独身貴族として生きていくって決めてんだよ」

「それって、相手のいない負け惜しみに聞こえるんだけど」

 うるせぇと寝返りをうって壁と目を合わせると、自然とため息が出た。

 結婚ねぇ……片腕で隻眼のギャンブル好きを愛してくれる美人がいれば考えるが、人生そう上手くはいかないものだ。

「それじゃ、だらしない男は放っておいて女同士で語り合いましょう。私もドワーフの血を引いているから、気が合うかもしれないしね」

 後ろでアルマが質問攻めを食らっているが、気にせずに欠伸をすると、仮眠をとることにした。エルメラがいるというのならば、片腕でも殺せるように力を蓄えておかなければならない。アルマの無機質な言葉を聞きながら、軽い眠りへと落ちていった。


 翌日、昨晩の焚火に水をかけて消火すると、馬車はシルバへと入った。通行税もサンストの騎士だから払わずにすみ、厩に馬車を預けると、シルバの街並みへ目を通す。まだ早い時間帯だが、俺たちと同じように紫色のローブを着込んだ信徒たちがチラホラと見受けられる。そこまで広い街ではないが、どこにエルメラが潜んでいるのかわからない以上、早々にサンストの送り込んだ密偵と合流する必要がある。

俺たちがサンストを出る前の日に早馬で手紙が届けられているはずなので、合流場所である街の中心部の噴水へと信徒のふりをして怪しまれないように進む。堅苦しくて嫌になるが、もう数時間もしないうちにエルメラに出会えるのならば、どんな苦痛も耐えられる自信がある。

 噴水からは、他の街に比べて巨大なジッグラトが嫌でも視界に入ってくる。この噴水は信徒たちが集まる集合場所にもなっているようで、人も多い。そんな場所で信徒のふりをした俺たちが密偵と合流しても、別に特別怪しまれないだろう。

「ねぇ、メネス」

 腕を組んで密偵を待っていると、アルマが小さな声で呼びかけてきた。

「こんな時になんだ」

 聞くと、アルマはローブの上から背負っている斧に手を伸ばしながら答えた。嫌な予感がすると。

「気のせいだろ?」

 ちょっと緊張したから過敏になっているのかと思ったのだが、アルマは首を振る。

「鉄と同じ臭いがするの」

 鉄と同じ? なら鉄そのものじゃないかと辺りを見渡すが、鍛冶場や工房は見当たらない。

「偶然だろ」

 そう割り切ろうとしたが、アルマは首を振る。

「鉄と同じ……血の臭いが、風に乗ってやってきた」

 なに、と聞き返そうとしたら、ジッグラトから顔を血で染めた信徒が一人走ってくる。ルンは遠目で見て密偵だと口にすると、なにがあったのかと、よく見れば深い傷が目立つ密偵の男に問いかけた。

「逃げて、ください……サタナキアは、私たちの計画を見抜いています……」

 言い終えると、密偵は事切れた。背中には大きな剣で斬られた跡があり、死ぬのを覚悟で俺たちに伝えにきたのだろう。

 どうする、とルンに尋ねようとしたら、ルンを囲む女騎士が四名ほど頭を抱えて膝を付いた。その現象はシルバの各所でも起こっており、先手を打たれたと舌打ちをする。

「赤目の病か」

 数瞬後に理性を失って目を真っ赤にした女騎士たちが暴れ出し、街のレッドアイも俺たちに迫ってくる。

「アルマ!」

「わかってる」

 ローブを脱ぎ捨てて剣を引き抜くと、知性の感じられない滅茶苦茶な動きで寄ってきたレッドアイを斬り殺していく。アルマも同様に、ためらいなく斧を振りまわしていた。だが、ルンは困惑している。

「レッドアイになっちまったら元には戻らねぇ! やられるまえにやれ!」

躊躇するルンへ言ってやると、暴れる隊員たちを斬ろうとしたが、すこし前まで忠実な部下だった隊員を斬るのに決断を下せずにいた。

「死にたくなかったら、戦って」

 アルマが無表情で発病した女騎士たちに斧を振り落とすと、正気を保っている女騎士たちは涙まで浮かべている。感傷に浸っている場合ではないのに。

 しかし、数が多すぎる。ニオと戦った街とは比べ物にならないほどにレッドアイへと発病している。それに、どういうわけか俺たちの方へばかり襲い掛かってくる。

「ジッグラトだ! あそこにいる統率者さえ倒せばレッドアイたちは死ぬ! とっとと行くぞ!」

 正気を保っている六名の女騎士とルンを叱咤して、ジッグラトへと突き進む。邪魔するレッドアイは斬り裂いて、赤いコートが血の色なのか布地の色なのかわからない程に返り血を浴びると、ようやくジッグラトにたどり着く。

「わ、私たちが入り口を守ります! 隊長とリージルさんとアルマは行ってください!」

 震えているが、六名の女騎士は剣を構えて迫ってくるレッドアイと戦っている。しかし妙だ。いつもなら見境なく暴れるレッドアイが、ここまでずっと俺たちを集中的に狙ってくる。

「裏で糸を引いている奴がいるってことか」

 それはきっと、エルメラだろう。ジッグラトの内部へと侵入しながら呟くと、大広間に出た。しかし、そこにはレッドアイなど一人もいなく、ただ一人が奥に用意された椅子に腰かけている。

「やあ、久しぶりだね。死にぞこないと……女の子と女騎士? たった三人でジッグラトを潰しに来たというわけかな」

 クレサで出会った時のように余裕の表情のエルメラは、その手に黒水晶を持って俺たちを見据える。

「密偵を襲ったのも、赤目の病をばら撒いたのも、てめぇの仕業か」

「その通り、いい加減目障りでね。君たちを根絶やしにするためにレッドアイたちには君達だけを狙うように命令してあるのさ。密偵とやらも放っておけば私を追う君たちのような輩が集まってくれるからと放置しておいたけど、君たちが来たから殺さずにいたぶっていたのだよ。もっとも逃げられたがね。それでも私の優位性は揺るがない」

 それはどうだかなと斬りかかろうとしたら、黒水晶が紫色に光り輝いた。いまだエルメラや黒水晶についていけていないルンを無視して光を目にすると、ジッグラトの床、エルメラの目の前に紫色の円が描かれた。

「私が手を下してあっという間に終わってしまうのはつまらないから、魔界からゲストを呼ばせてもらったよ」

 紫色の円からは、黒い鎧に身を包んだ幅広の大剣を手にした漆黒の馬に乗る首から上のない悪魔、デュラハンが現れた。

「……逃げましょう、二人とも」

 ルンはエルメラのことは知らずとも、デュラハンのことは知っているようだ。一年前にたった一人で百の騎士を惨殺したと恐れられる、悪魔の中でも五本の指に入る凶悪な悪魔。とても三人では勝てないと、ルンは思ったのだろう。だが、俺はここを離れる気はない。

「ここで仕留められねぇと、また行方がわからなくなっちまう。たとえ片腕でも、俺はやるぜ」

「私も、戦う」

 剣と斧、人間とドワーフ。二つの力が合わされば活路は見えてくるはずだ。

「たった二人が抗ったところで、デュラハンに勝てると思わないことだ。さあ行け、理想郷を創る邪魔者を殺せ」

 エルメラの言葉に、デュラハンは漆黒の大剣を片腕で持ち馬から降りると、次の瞬間には目の前で剣を振り上げられていた。片腕で咄嗟に落とされる刃を受け止めるが、流石に片腕では受けきれない。押し切られそうになると、アルマも斧でデュラハンの剣を押し返した。

「力は私より弱い。でも、正面からいくのはやめたほうがいいと思う」

 なんて怪力だと驚きながらも、その通りだと答えて、アルマが煙玉を投げてから煙が晴れる一分のあいだに全方位から斬りかかるも、デュラハンはそのすべてを漆黒の剣で弾き飛ばした。

「次は、これ」

 アルマが身を伏せるように言ってから投げられたのは、爆発して鉄の欠片が飛び散る炸裂球だった。デュラハンも弾き切れずに鎧へと欠片は飛んでいくが、鎧は貫けず、傷一つ負っていない。逆に俺たち二人が剣で斬りつけられ、剣と斧で防いだが衝撃でジッグラトの壁に激突する。朦朧とする視界には迫ってくるデュラハンが映っており、剣を構えようとしたが間に合わなかった。しかしかわりに、ルンがどうにか受け止めてくれた。

「これでわかったでしょ! 大隊を動かせば勝機はあるけど、三人じゃ相手にもならないのよ!」

 アルマも壁に激突してから斧を落としてうずくまっている。俺も立ち上がり剣で薙ぎ払うと、デュラハンはいったん距離をおいたが、数瞬後には剣を構えなおすだろう。

 このままでは勝てない。エルメラにたどり着く前に、デュラハンに殺される。デュラハンを突破しても、その先には黒水晶に守られたエルメラが待っている。だからといって逃げても、街中のレッドアイが襲い掛かってくる。これはまさしく八方ふさがりだ。

 ――やるしかないか。

俺はユラリと立ち上がると、デュラハンの先に座っている余裕な表情のエルメラを見やる。

「その余裕の仮面をぶち壊してやるよ」

 エルメラはハッタリでもそこまで言えるのは面白いと笑ったが、これ以上追われるのは面倒で鬱陶しいので、ここで俺たちを殺すと断言した。

「ああ、追うのは今日が最後だ――たしかてめぇはサタナキアとかいったな。ちょっと目を通した悪魔の文献には、魔王に次ぐ力があると記されていた。つまり、所詮二番手だったというわけだ」

 そう言うと、エルメラは眉間にしわを寄せる。気にもせずに剣を手にしてエルメラへと歩みを進めるが、当然デュラハンが行く手を阻む。しかし、エルメラがデュラハンに下がるようにと命令した。

「君のような人間では想像もつかないほどの年月を、私は魔王に怯えて暮らしてきた。もう忘れようとしたつもりだが、君の言葉で何千年にも及ぶ屈辱の日々が嫌でも思い起こされたよ」

 だからこの手で殺すとエルメラは黒水晶を光らせ、紫色の刀身をもつ大剣を手にした。

 背後からは逃げてと口にするルンの声が聞こえるが、今日こそ決着を――復讐を終えるのだ。

「天井のあるジッグラトで待っていたのは愚策だったな」

 エルメラへ向けて言ってやると、それがどうしたと返ってくる。空を飛べなくても、俺たちを殺す分には不自由しないと。

「そうか、あくまで俺たちに勝てると思っているのか」

 自然と笑いが込み上げてくる。天井があれば飛んで逃げることができないというのに、それにさえ気付いていない……気にもしないのだろう。

「いい加減俺の我慢も限界なんでね……パンドラの箱を空けることにする」

 なんのことだと、エルメラがはじめて余裕の仮面を取った。念のためか、デュラハンに俺を殺す様に命じたが、俺が左腕の包帯を解くと同時に紫の光が左腕から放たれ、眼帯も外すと、深紅の光がデュラハンとエルメラを見据える。

「この感覚……この魔力は……!」

 エルメラがようやく狼狽した。デュラハンに至っては俺の左腕を見て、剣を鞘に納めて紫色の円の中に戻っていった。

「なぜ、その力を……」

 エルメラは冷や汗を流しながら俺を見て、震える手からそんなまさかと剣を落としている。

「なぜ、魔王の力を持っている!」

 とうとう声を大にしたエルメラへ、剣を向けて答えてやった。

「てめぇのおかげだよ! てめぇが俺たちを殺し終えて魔王城から出た後に、魔王はまだ生きていた! そしてどうにか生き残っていた俺に這い寄ってきて、契約を交わしたんだよ……俺が失った左腕の肘から先と、潰された右目を魔王の物とすることで、俺と魔王は一心同体の身になった! おかげで力を手にできたから、てめぇを殺せる」

 魔王様と呟いて消えたデュラハンをしり目に、紫色の鱗が生えた左腕と人間の右腕で剣を握ると、深紅の光が剣を包んだ。

「仇をうつときがきた。今日で復讐もお終いだ!」

 深紅の剣で斬りかかると、黒水晶が受け止める。しかし、クレサの時と違い、黒水晶はジリジリと後退していった。それでもエルメラには届かないが、あと何回か斬ればどうにかなるはずだ。

「バラバラにしてやるよ、エルメラ」

 不味いと顔を歪ませたエルメラだったが、紫色の翼で飛び上がった。

「逃がすかよ!」

 魔王の左腕のおかげで常人離れした身体能力を手にしていたのだ。それを解放すれば、更なる力が体にみなぎる。

「そらよ!」

上空へ飛び上がると、羽虫を落とす様に剣で叩き落す。惜しくも黒水晶で守られたが、衝撃でジッグラトの床に激突して、ようやく吐血した。

「やっと血を見せたな!」

 落下する勢いと真っ直ぐに構えた剣で黒水晶を貫こうとするが、魔王の力についていけなかったのか、アルマの作った剣が折れてしまった。

 それでも鋭利な刃物に変わりはないので、床に激突して身動きの取れないエルメラの髪を掴んで立ち上がらせると、頭突きでふらつかせ、折れた大剣で突き刺そうとしたときだった。急に体が重くなり、頭の中が竜巻のようにぐるぐるとまわる。

ここにきて「時間」がきてしまったのだ。

「うぐぅ……くぅ……!」

 この感覚は、体の奥底、精神の中で魔王が心の牢獄から出ようとしている。とあるエルフから左腕を使えばこうなると言われて警戒はしていたが、こんなに早いとは……このままでは魔王に精神と体を乗っ取られる。今も、心の牢獄を魔王が壊そうと暴れている。

「くそっ!」

 エルメラから離れて包帯を巻き直そうとしたが、上手く体が動かない。

 それにせっかくの機を逃しただけではなく、エルメラは俺を紫紺の瞳に映して剣を構えて俺へと向かってきた。

「魔王がいなくなって、ようやく私の時代が来たのだ。後顧の憂いは、ここで絶たせてもらう」

 まだ精神が魔王とごっちゃになっている状態では回避も出来ない。なにか手はないかと思考を巡らすと、辺りに煙が広まった。

「逃げるから、急いで」

 エルメラの、君だけは必ず殺すとの言葉は聞こえて来たが、アルマの煙玉のおかげでエルメラは俺を見失ったようだ。なんとか立ち上がり、状況を掴めていないルンを連れてジッグラトを出ると、街には腐臭と屍だけが残っており、入り口を守っていた隊員たちもすべて死んでいる。

「そんな……」

 崩れ落ちるルンに立ち上がるように言うと、どうにか走り出す。

「とにかく、逃げるぞ……」

 五感が滅茶苦茶な体で厩まで行くと、馬車に乗るのではなく馬にまたがってシルバを出た。乗馬の経験のないアルマはルンの前に乗って走り抜けたが、俺は意識が朦朧として、いつの間にか落馬していた。駆け寄ってくるアルマとルンを見ながら、俺は静かに目を閉じた。


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