帰還
爆発音を聞いてか、アルマと他の騎士たちが集まって来た。しかし、ルンは両頬を叩いて落ち着くと、俺を見据えた。
「他人になりすます悪魔がいるらしいから聞くけれど、答えてくれる?」
どこか涙声でものを言うルンは、深呼吸して問い詰めた。
「メネスの好きなものは、なに?」
もう死んでしまったメネスのことなら、俺が本物でない限り答えられないからその質問を選んだのだろう。メネスという愛称も俺達しか知らない。だから俺は先に逝ってしまった友、メネストレット・ブラッドルフのことを思い出して、懐かしむように口にした。
「詩集と、ルドベキアの押し花」
ルンは俺の言葉を聞いて、溜まっていたのであろう涙が頬を伝った。
俺たち三人が騎士になる前、晴れた日の青空の下、村の近くの川で遊んでいた俺とルンを見ながら詩集を片手に寄ってきた鳩へと餌をあげていたメネスは、いつだってほがらかだった。それは騎士団に入ってからも変わらない、不変の過去だった。
「生きていた……リージルが生きていた!」
感極まって抱き着いてきたルンの背中をポンポンと叩いてやると、赤いロングコートに染みてくるくらい涙を流して、強く抱きしめつづけていた。なんていったって、死んだと思っていた幼馴染が生きていたのだ。どれだけ泣いても足りないだろう。
少しして落ち着きを取り戻したルンは涙を拭いて鼻をかむと、集まって来ていた騎士たちにどう説明したらいいものかと迷っているようだった。こちらはアルマに昔馴染みだと教えてやるだけで納得していたようだが、とんでもないことを口走った。
「昔の女?」
思わずむせてしまった。それはルンも同様のようで、周りにいる騎士たちも兜をとって、隊長の恋人だとか、捨てられたのだとかからかっている。でも、それは違う。
「私の夫は、魔王との戦いで死んだメネストレット・ブラッドルフ一人よ。彼以外は愛せないし、愛そうとも思わないわ」
相変わらず真面目な奴だと懐かしみながらも、隊長と言われているので昇進したのかと聞いた。
「その前にあんたよ。魔王城に攻め込んだ騎士は全滅して倒壊した魔王城に生き埋めになったって聞いていたのに……それに、生きていたんなら手紙くらい寄越しなさいよね」
その意見は最もだが、こちらにはこちらの事情がある。特に親しいルンにはできることならば出会いたくはなかった。運のいいことに眼帯をつけていたので秘密は守られたが、この一年リハビリをしていたと返しておいた。
「で、俺とメネスの同僚は小隊長に昇進したってわけか」
従えているのはみんな女騎士だったが、こういうのは同性の方がなにかと都合が良いのだろう。恥ずかしがるルンにこの一年のことを話そうとしたが、それは後にすることとなった。馬車を用意しているようで、エルビスを始末できたから首都であるサンストに戻るそうだ。断ろうとも思ったが、金もなく、行く当てもないのでついていくことにした。
「あんたと、そこの女の子くらいなら乗せられるわ……というか、なんでそんな子連れてるのよ」
身の丈ほどの斧を背負っている華奢な少女を連れているなど、わけありとしか思われないだろう。アルマがなにか言う前に口を手で覆って、復讐に関しては言わないでくれと耳打ちした。
「ええと……命を救ってもらったから、旅の手助けをしているの」
「へぇ、なんの旅?」
「リハビリだよ。各地の温泉とかを回ってるんだ」
即座に付け加える。そんな重装備でリハビリとはと疑いの目を向けられるが、復讐のことは話したくない。きっと話せば、ルンも復讐の道を進むだろうから。
「まあいいわ。ここまで馬車を持ってくるから、少し待ってて」
ならその間にリュックを回収しようと、一旦その場を離れた。
「ねぇ」
来た道を戻っていると、アルマが見上げてくる。
「サンストって、どんなところ?」
純粋な質問に、今まで立ち寄った街とは比べ物にならないくらい広い街だと答えてやった。
「楽しみ」
相変わらず声に感情を感じないが、サンストなら好奇心を満たすものがたくさんあるだろう。楽しみにしておけと言ってやり、リュックを回収して洞窟の前へと戻った。用意されていた馬車は、流石は小隊長が乗るだけあって大きく、屋根もあり、二頭の馬に引かせている。
「俺と違って金持ちにもなったみたいだな」
やりきれないねと両手をフラフラと振ってから馬車に乗り込むと、小隊の一人が御者として馬を操り、馬車はサンストに向けて出発した。
アルムストの領地ギリギリまで来ていたので時間がかかったが、いい馬を使っているのか、二日もすればサンストの市壁が見えてきた。その間、肉と調味料なしトマトビーンズなどではなく、騎士団に渡される携帯食料を分けてもらっていたが、次に旅へ出る際に買っていこうかとも思えるほどに塩気がきいて美味しかった。
騎士団だからか通行税など支払わなく検問を通り、クレサより広いサンストに到着した。騎士団の詰め所に馬車を預け、ルンの部下たちが報告やらをすませていると、早速のようにルンはやってきた。
「私は、適当にサンストを見て回るから」
アルマも空気を読んだのか、それともそうしたかっただけか、斧を担いで雑踏に消えていった。
「さて、色々と積もる話もあるわけだし、ついて来てくれる?」
「ここじゃだめなのか?」
十年間過ごした懐かしき騎士団の詰め所を見ながら言うが、下手に残って仕事を押し付けられては困るというので、一年ぶりのサンストをルンの案内で回ることになった。
どこもかしこも人でごった返している石畳の敷かれたサンストを抜けていくと、見覚えのある建物や店が立ち並んでいる。首都というだけあって、クレサのように重税だとか貧民だとかはなく、皆が活気に満ちた生活をしている。エルメラは逃がしたが、一年前に魔王が悪魔を率いてアルムストを侵略しようとしていた頃に比べると、より満足な暮らしをしているようにも見えた。
「こっちよ」
露店が並ぶ王城への大通りの途中にある、薄暗く細い道を指して、ルンは俺を引っ張っていった。なんでまたこんな所ところにくるのかとも思ったが、道の先には落ち着いた雰囲気の店が鎮座している。
「小隊長ともなると、色々と面倒事を押し付けられちゃってね。ここはそういう目立ちたくない人しか知らない一角なの」
得意げに語るルンは、俺とメネスがいなくなっても騎士団に残って頑張っていたのだと、改めて思いなおした。
案内されて扉を開けた店は、木造で様々な酒からお茶まで置いてあり、軽い食べ物も売っている。金がないので水だけ頼もうとしたら、これくらい奢るわよと支払ってくれた。
「女で一人暮らしだとお金の使い道がなくてね。遠慮せずに頼みなさい」
ならばと、食えるときに食えるだけ食えの精神でサンドイッチやらホットドックやらをありったけ頼むと、ルンにひかれながらがっついた。
「この一年でなにがあったのよ……」
「強いて言うなら、金がなかった」
あらかた食い終えると、タイミングを見計らってか店主がお茶を運んできた。
「酒じゃないのか」
「あんたはともかく、小隊長のあたしが昼間からお酒を飲むわけにはいかないからね。それに、話したいことも聞きたいこともたくさんあるから、お酒は我慢して」
金を払っているのはルンなので渋々従うと、ミントティーというスッキリした味わいのお茶を口に含む。値段も張るのか、なかなか口に合い、食った後の一休みにはちょうど良かった。
「それで、あんたは生きてたようだけど……その、メネスは……」
俺が生きていたのだ、メネスだって生きていると思う気持ちはわかる。しかし、過分な期待は毒になるものだ。誤魔化して伝えては、ルンはこの先、メネスが生きているかもしれないという夢を抱くことになる。だからハッキリと伝えた。メネスは死んだと。
「そう……そうなのね……」
突き付けられた夫の死に、ルンは泣くのではなくただ悲しんだ。もう飽きるほどに泣いてきたのだろう。
「やっぱり、まだ吹っ切れてないか」
「そんな薄情な女じゃないってことくらい、あんたならわかるでしょ」
「そうだな……」
男勝りで、女だというのに生半可な男の騎士より強力で、時には勢いに身を任せる。そんながさつとも取れるルンにだって、弱さはあるのだ。だが死んでなお同じ人を愛しつづけることは強さだ。過去に囚われているという点では俺と同じでも、ルンはこの一年間前に進みつづけた。過去を追っている俺とは比べ物にならない程に、ルンは立派で強い。
「なんかごめんね、辛気臭くしちゃって」
無理をして笑顔を作ったルンに、今は合せることにした。きっといつか、本当の笑顔を浮かべられるときまで。
「でも、どうしてあんたは生き残ったのよ。見た感じ右目と左腕は怪我しているみたいだけど、天に届くほど高かった魔王城が倒壊したのに生きてたってことは、なにがあったの?」
「運がよかっただけだよ。メネスが魔王にとどめを刺した後に、周りにいた悪魔たちが魔王の制御を失って暴れ出して、みんな死んでいった。偶然俺は魔王に相対していなくて、魔王の籠る大広間の外で戦っていたから生きのびられた。それだけだよ」
嘘だ。心苦しいが、ルンに復讐の道を決意させないためにエルメラのことは黙っておき、倒壊した魔王城から近くの川に落下したとも付け加えた。
「大変だったのね……でも、その右目と左手だけど、サンストなら治せるわよ。医者を手配する?」
それだけは勘弁だ。とりあえず別の医者にかかっていると誤魔化しておくと、片腕でも十分に戦えると言ってやった。
「片目と片腕は失ったが、まだまだ現役のつもりだ」
「そうね、あんたと洞窟で剣を交えた時も、一年前より動きが洗礼されていた。どう? 騎士団に戻らない? シスイ師匠が騎士団長になって、クレサとかいう街から送られてきた手紙から赤目のことをレッドアイと呼ぶようになって、ジッグラトが赤目の病を広げていると知ったのだけど、人手が足りなくて対応しきれていないのよ。それに証拠がないから大勢を動かせないの」
どうやらイルムは上手くやったようだ。そう呼ぶようになったのは俺のおかげでもあると心で呟いて騎士団かと頬杖をつくと、復讐には向かないという理由で断ろうとした。だが、金もなく行く当てもない旅はもうごめんなので、臨時の隊員としてアルマと俺はルンの小隊に加わることになった。
「あの子、役に立つの?」
アルマもつれていくと決めた際に聞かれたが、あれでもエルダードワーフの孫で鍛冶の腕は天才的であり、戦いや人の死に微塵の躊躇もないと言ってやると、どこでそんな女の子を拾ってきたのかと怪しまれた。
「まあいいわ。この後騎士団の詰め所でとある話し合いがあるんだけど、同席してくれる?」
「了解しましたよ、小隊長殿」
「……やめてよね、その呼び方。敬語も禁止だから」
ルンのお小言を聞き流してミントティーを飲み干すと、ルンに先に行くように告げる。アルマを探しに行くためだ。広すぎて時間がかかりそうだが、だいたい行きそうなところは想像がつく。
「やっぱりここにいたか」
サンスト一の鍛冶場で、アルマは鉄を打っていた。名だたる職人たちがあいた口がふさがらないほどの光景は、クレサで大量に作った最高級品を何本も作っているからだ。
「ルンとかいう小隊長の騎士たちに渡してあげて。そうすれば鉄も喜ぶ」
職人たちが受け取った剣を大事に鞘に納めて馬車に詰めに行った。
「好奇心とやらはどうしたんだ」
礼を言う職人たちを気にも留めずにやってくると、やっぱり鍛冶場が落ち着くと呟いた。
「さて、今までの野宿生活とはおさらばになった」
「どういうこと?」
「ついてくればわかる」
アルマは斧を担いで傍らに控えると、お金になるのかとか、新しいものを見られるのかと聞いてくる。
「正義の味方が集まる騎士団員に臨時だが加入することになった。知的好奇心もその怪力も生かせる奴らの集まるところだから、退屈はしないだろうよ」
わかった。アルマはそれだけ口にして、大通りを騎士団の詰め所まで歩いていった。
「あら、意外に早いじゃない」
小隊員を集めていたルンは、俺とアルマを見て、小隊員たちに紹介した。
「馬車の中では話さなかったけど、この銀髪の男は魔王討伐の際に唯一生き残った元騎士、リージル・シティブソンよ」
それを聞くと、小隊員たちは目の色を変えて迫ってきた。
「メネストレット・ブラッドルフ、ルン・メラルーナ、そしてリージル・シティブソンといえば、シスイ団長のもとで育った騎士団の若き伝説じゃないですか!」
一人の女騎士がそう言うと集まってくるが、ルンが咳払いをすると引っ込んだ。
「それから、えーと……」
アルマを見て、どう説明したものかと困っているので助け舟を出した。
「祖父にエルダードワーフをもち天才的な鍛冶の腕を持つアルマ・マックダフだ。見ての通り背丈と同じくらいの斧を軽々と使いこなすから、子供だと思って馬鹿にすんじゃねぇぞ」
肝に銘じておきますと隊員たちが口々に言うと、ルンは話し合いがあるという部屋までついてくるように命令した。十名の女騎士は隊列を組むと、それを崩さずについていく。
そして階段を登って扉を開けた先には、懐かしい顔があった。
「シスイ師匠……」
白髪を短く整えた初老の騎士は、かつて村に遊びに来ては剣術を教えてくれた師匠こと、シスイ・オーベルだった。この一年で若干老けたようにも見えるが、その厳つい顔とは裏腹に、二カッと笑うと座っていた椅子から立ち上がり、書類の束が乗っている机を飛び越えて俺を抱きしめた。
「この死にぞこないめ! ワシがこの一年で流した涙の分まで働いてもらうからな!」
バシバシと肩を叩いてくるシスイの勢いには、昔からついていけない。だが、この裏表のない性格は好きだ。それに剣の腕もいい。
「それで、話とはなんでしょう」
ルンが代表として一歩前へ出て言葉を待つと、椅子に戻って口を開いた。
「クレサから送られてきた手紙を読んでから、王族たちは保管してある過去の文献をひっくり返して、手紙の内容は真実なのかと確認した。その結果、ジッグラトと赤目の病についての資料が出てきての。手紙に記されていたサタナキアという悪魔が赤目――レッドアイを率いてこの世界を侵略しようとしていたことは確かだった。じゃが、肝心要の発病する者としない者の違いや、どうやって広めているのかは謎のままじゃ」
しかし、とシスイは人差し指を立てた。
「各地で目撃されているサタナキアらしき紫色の翼を持った悪魔と、赤目の病が発病した地域は密接に関わっておる。じゃが確証が持てないので大隊を動かすわけにもいかん。よって、ルンが率いる一個小隊に偵察と、できることならサタナキアと呼ばれる悪魔の討伐を命ずる」
シスイは話し終えると、俺の方を見た。
「片腕で隻眼でも戦えるとは聞いておるが、無理はするでないぞ」
「人間、簡単には死にませんよ」
俺が唯一敬語を話す相手に心配ないと告げると、サタナキアが目撃されたジッグラトのある街の地図をルンが受け取る。
「密偵を送り込んで見張らせておるが、ここ最近ずっとその街から出ていないようでな。ここからなら馬車で一日も進めばたどり着く。じゃから、頼んだぞ」
言い終えて、出発は明日の早朝ということになった。本来ならすぐにでも向かうべきなのだが、なにかと物資の用意が必要とのことだった。
「では、失礼します」
ルンの言葉が終わると、俺たちは部屋の外に出た。色々とやることがあるとこの場を離れようとしたルンだったが、隊員たちがそれを止めた。
「準備は私たちでやります。ですから、隊長はリージルさんとゆっくり過ごしてください」
しかし、とルンは残ろうとするが、人の善意は受け取るものだぞと言ってやると、なにかあったらすぐに呼べと残した。
「さて、時間があるならもう一度付き合ってもらうわよ」
どこにだ? と返すと、みんなが眠る場所とだけ答えた。
サンストの外れ、平穏の花言葉を持つヨモギに囲まれた広場に、立派な碑が佇んでいる。それには、名前が羅列されて掘られていた。
「これは、戦士たちの慰霊碑と呼ばれる場所でね。魔王討伐の時に死んだ人の魂の安寧を願う場所なのよ」
きっと俺の名前も彫られているのだろう。そんな風に慰霊碑を見ていると、ルンが懐から一冊の詩集を取り出した。ルドベキアの押し花が挟まれていた詩集は、一目見てメネスのものだと理解した。
「メネスがね、魔王の討伐に向かう前に渡してくれたの。絶対に帰ってくるから、持っていてくれなんてきざなことを言ってね」
でも、帰ってきたのは俺だけだった。今更どうしようもないことだが、どうしてもメネスのことを思い返してしまう。
剣を振るうより詩集を読んでいるのが似合っていて、微笑を絶やさずに人の心配ばかりして……。
「安らかに眠ってくれ」
仇は必ずうつからと心で付け足して、そこらに生えているヨモギの葉を千切って慰霊碑にそえた。
「次に来るときは、もっとましな花を持ってくるからよ。それまで待っていてくれ」
ルンはきっと、戦いの前に祈りたかったのだろう。正義のために死んでいった死者の魂に、悪いことが起きないようにと祈るために。
「リージルは、守るから」
アルマも慰霊碑にヨモギの葉をそえて、俺を守るなどと口にする。とはいえ猫の手も借りたい状況なので、その頭を撫でてやった。
「なに?」
「ちょっとしたお礼だよ」
さて、祈りもすんだことだし、今日の寝どこを探さなければならない。しかし、そこのところはルンが用意してくれるという。
「お金、余ってるからね」
そうして泊まった宿には暖炉があり、ベッドも二つある高級宿だった。
だがどうにも落ち着かない。きっともしかすれば、近いうちに復讐の決着がつくかもしれないからだろう。そんな期待を寄せつつ、アルマがゴソゴソとなにかしている最中、どうにか眠りについた。
霜が降りるほどに寒い夜明けに、俺とアルマは並んで井戸からくみ上げてきた水で口を洗うと、ついでに顔にも浴びて目を覚ます。どうにも、アルマは寝る直前まで何かを作っていたようで、見せてもらうとクレサでも使った煙玉が鞄におさめられている。
「他にも、火薬の仕込んである鉄の破片が飛び散る球とか、ちょっとした毒をばら撒くのも作ってみた」
「細かいことが嫌いなくせに、なにかを作るのは本当に得意だな」
「念のため、持つ?」
「片腕じゃ、鞄を開けて取り出すのに時間がかかり過ぎちまうよ」
だからとっとと行くぞと背を向けたとき、アルマはいつもより透き通る声で俺を呼びとめた。
「その左腕、動くんでしょ」
面倒なところに目をつけられたと頭を掻きながら、動く事には動くが、物を掴んだりはできないと言った。
「それも嘘でしょ? だって握ったりできないなら、ご飯のときとかに不意に使おうとしないはず。本当に一年前から動かないのなら、もうそんな仕草はしないはず。でしょ?」
ドワーフとは考えるよりも体を動かす活発でがさつな連中の集まりだというのに、アルマは頭を使って的確に俺の秘密を暴こうとしている。これからも共に戦う仲間に嘘をつきつづけるのは思わぬすれ違いを起こしかねないので、ある程度納得できる答えを与えてやることにした。
「この左腕は……そうだな、パンドラの箱なんだよ。あけたら――包帯を解いたら、災いがばら撒かれる」
「でも、パンドラの箱には希望も詰まっている」
「……そんなもんは、都合のいい夢だよ」
話は終わりだと、今度こそルンたちと合流するために荷物を纏めに行く。アルマは納得していないようだが、真実を教えたらより面倒なことになる。この左腕と右目の秘密は、エルメラを殺しても隠しつづけると決めているのだから。
食料やら水の類は用意してくれるというので、毛布や着替えだけをリュックに纏めて、赤いロングコートに袖を通して眼帯をつけると、剣を背中に括り付けてアルマを見やる。持っていくものは着替え以外では煙玉の類と斧だけなので早々に準備をすませると、騎士団の詰め所へと向かった。




