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UNSUNG  作者: 二宮シン
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数奇な出会い

「第二部」

 イルムたちの街を出て十日余り、欠けた月が見下ろす空の下、川辺でパチパチと燃える焚火にアルマが拾った鉄で作った鍋へ熱を通す。二本の枝に支えられた鍋の中には赤いスープが注がれている。トマトをベースにニンニクやらジャガイモやらを入れて煮るだけで作れるトマトビーンズというやつだが、肝心の肉がなければ、調味料もない。野宿には慣れているので料理は得意なのだが、どんな一流の料理人でも肉と調味料と、そのほかの細かい具材がなければ美味いトマトビーンズなんて作れない。そのうえ大豆すらなければ、これはもうトマトを切って煮ただけのスープだ。

「トマトの味しかしない。それに味気ない」

 アルマが皿に注がれたトマトビーンズを口にした最初の感想がこれだ。幸いドワーフは食べなくてもしばらく生きていけるのでいいのだが、やはり美味しいものは食べたいらしく、初めての俺の料理に文句しか言わない。

「仕方ねぇだろ、金がないんだから」

「ちょっと前まではしばらく遊んで暮らせるくらいあったのにね」

 ジッグラトがあるからと、ついさっきまで滞在していた街ではジッグラトにバベルの教会の信者しかいなく、レッドアイも統率者もいなかった。それどころか赤目の病すら見受けられずにいた。

 ニオと共に潰した炭鉱の街にいた統率者のように、俺という存在は知れわたっている。だから逃げたのかとも考えたが、実のところその前の街でも、更にその前の街でもレッドアイも統率者もいなかった。それにイルムから貰ったエルメラが飛んでいった街のリストは今日の街で回りつくしてしまっていた。

 仕方がないので、もう冬になってしまったから装備を整えて大きなリュックも買ったのだが、そこからが問題だった。さっきまで滞在していた街は、しばらく足を洗っていたギャンブルが盛んな街で、そこらかしこで賭場が開かれていた。イルムから貰った金貨もあるし、冬の装備も買い尽くした。それでもたくさん残っているのだからと、未成年のアルマを外に待たせてルーレットにのめり込んで熱くなっていたら、とんでもない額を負けていた。取り返さなければと躍起になって有り金全部を賭けたのだが、ものの見事に大負けした。

だから目の前にあるトマトビーンズのトマトは商品にならないからと捨てられそうになっていたもので、豆に関してはアルマがくれた甘い豆の残りだ。

 結局は文無しに戻ってしまい、野宿生活に逆戻りだ。幸い装備を整えてからの大負けだったので、俺はともかくアルマが寒さに凍えることはない。今もリュックから取り出した毛布に包まって、味気ないと切り捨てたトマトビーンズをすすっている。

「寒く、ないの?」

 毛布も被らず火に当たっているだけの俺にそう言うが、色々と事情があると返す。

「それよりも、旅に出て好奇心とやらは満たされたのか?」

 パチリと弾けた木々を見やりながら、アルマは赤い瞳に炎を映している

「まだよくわからないけど、一日中里の中で鉄を打っているよりは楽しい」

「楽しい? こんな文無しの放浪生活でもか?」

 コクリと頷いたアルマは、その瞳に月を映す。

「濃霧に囲まれていた里だと、こんなふうに月も太陽も見られなかった。鉄を打つ音しかしない工房に籠って、鍛冶をおじいちゃんから学んでいた生活よりは変化があって楽しい」

 いつも無表情のアルマがどことなく微笑んだように見えたのは、炎が揺らいでいるからだろうか。まあ、文句を言われるよりはマシかと思い直すことにした。

「しかし話を聞く限りだと、そのおじいちゃんとやらに工房へ押し込まれているだけに思えるが、どうしてクレサへ両親と一緒にやってきたんだ?」

 トマトビーンズを飲み干して、川で洗うためにきれいな皿とわけると、アルマはそのおじいちゃんのせいだと切り出した。

「里のみんなも、おじいちゃんも、私には感情がないように見えていると口にしていたの。別に冷めているだけだと思っていたんだけど、おじいちゃんは若いうちにこの世界の姿を見てこいと言って、家族で旅に出ることになった」

「その結果、クレサで死にかけたってわけか」

 またコクリと頷くと、眠たそうにしながら欠伸をして、リュックからもう一枚毛布を取り出して包まって寝始めた。

「ちょっと待て、今日はお前の当番だろうが」

「お金全部使ったから、その罰」

 金があった時でも野宿をすることはあり、悪魔や盗賊の類への見張りとしてどちらかが起きていたのだが、今日ばかりは返す言葉もない。

「なにもかもが嫌になってくるっての」

 もう寝息をたてはじめたアルマを見やりながら、肩を落として焚火が消えないようにと薪を追加していく。別に寝なくても寒くても大丈夫なのだが、やはり退屈だ。食器を川で洗おうかとも思ったが、流石にこの夜の中で冷たい水に手をつっこむのは気がひける。それに、左腕の包帯を外さなくてはならない。それだけは出来ないので、仕方なく薪を眺めながらぼうっとして、なにをするかと黙考していた。

 結果は、エルメラとジッグラトについてだ。ジッグラトがここの所もぬけの殻なので、久しく戦っていないから腕が鈍っていないかという心配もあるし、どうやったらエルメラに勝てるのかというのも一考に値する。奴は魔王が手にしていた黒水晶で大抵の攻撃は防げる。それに空も飛べて、身体能力は騎士団の精鋭たちをたった一人で皆殺しにするほどだ。

 だが実のところ、今の俺でも勝てる自信はある。しかし全力を出せばだが、力には代償がついて回るもので、「あの日」からずっと包帯で隠している左腕を解き放たなくてはならない。一度やったことはあるが、あの力は危険極まりないものだ。どうにか魔王を倒した時と同じように複数で挑めば、なんて思うが、エルメラは魔王と違い空を飛べる。一対一では黒水晶が奴を守る。

「現状は打つ手なしか」

 薪を足しながら、今度は今後のことへと思考を変えた。イルムがくれたエルメラの行った方にある街も尽き、もうすぐアルムストの領地を出てしまう。いっそのこと首都サンストに戻るかなんて考えていると、こんな夜だというのに木々を抜けて来客が来た。念のため眼帯をつけると、現れたのは白いマントの騎士だった。

「こんな時間に何のようだ?」

 兜を被っており顔が見えないが、立派な鎧を着ている。他には人の気配がしないので座ったまま言葉を待った。

 騎士は俺とアルマを交互に見ると、夫婦かと聞いてきた。

「俺はロリコンじゃねぇよ」

 失礼した、と頭を下げた騎士の声は女のものだった。

「で、なんだ」

 騎士はコホンと喉を整えると、一枚の絵を取り出した。そこには顔へ斜めに大きな傷跡のある男が描かれていた。

「最近サンストでも赤目の病に次いで問題となっている犯罪者だ。名はエルビス・マロリー。黒髪で橙色の瞳をしている。目撃情報ではこのあたりに潜伏しているようだが、見覚えはないか」

 じっくり見てみるも、これだけ大きな傷があれば嫌でも記憶に残る。知らないねと返しておくと、アルマが寝返りをうった。

「すまない、騒がしくしてしまったか」

「気にはしねぇよ。それで、こいつにはどれだけ懸賞金が掛けられているんだ?」

 犯罪者へは、賞金を懸けて追い詰めるのがアルムストのやりかただ。そこの所を聞くと、騎士はもう一度顔が描かれた紙を取り出して、その下に金貨三十枚という法外な賞金がかかっていた。

「忠告するが、決して手は出さないように。奴はあらゆる手段で身を隠し、追ってくる者を皆殺しにしている」

「皆殺しになったのなら、なんで絵が描けるんだ?」

 ちょっとした矛盾に黙ってしまった騎士に、また気にするなと声をかけておく。

「では、失礼する」

 騎士は夜の森へと消えていった。だがその背中にかかるマントには、赤い翼の刺繍が縫い付けられている。

「あの騎士、サンストから来たのか……そして相手は赤目の病に次ぐ脅威となると、一個小隊が派遣されているのか?」

 十名ほどの騎士と、それをまとめる腕の立つ隊長によって編成される小隊が来ているとしたら、エルビスとやらも長くはないだろう。

「ん、待てよ……こいつを捕まえれば」

 金がないことと、賞金の金貨三十枚とが合わさって金策が浮かんだ。

「その人を、追うの?」

 騒がしくしたからか目を覚ましてしまったアルマは、目をこすって聞いてくる。

「起こして悪いが、もう一度宿屋暮らしに戻れるぞ」

 追うのだねと欠伸をしながら言ったアルマへしっかり眠るように言うと、買っておいた地図を焚火の近くで広げる。ここら辺には名も無い小さな村とギャンブルで負けた街しかない。こんなところにまで情報を集めにくるということは、街にはいないのだろう。街にいれば、現地の騎士たちにも追われるからだ。そうなると、身を隠せそうなのは……。

 その後一晩地図と睨めっこして、隠れられそうなところに丸を付けた。強者のようだから、鈍っているかもしれない腕をならすにも丁度いい。そうこうしていると日が登り始め、眠気覚ましに川の冷水を頭からかぶると、赤いコートへ袖を通し、剣を背中に括り付けると、出発の準備はできた。

「そっちは大丈夫か」

 おそらく俺以上の怪力を持つアルマは斧とリュックを背負うと、準備万端と返ってきた。

「一攫千金、狙わせてもらいますか」


 この付近の村に住む住人は、皆がバベルの教会の信徒だ。すべての人間が幸福に生きられる理想郷を創るという謳い文句で数百年にわたり信徒を集め、アルムスト一の宗教となった。だから、アルマが着ているようなローブを身に纏う人が多い。ということは、人が集まるのはバベルの教会における教会であるジッグラトに集まる。だがジッグラトは潜伏していないであろう街の中にある。つまりはここら辺の住民に化けてローブを着ているが街へといかない男を探せばいい。

「まずはこの村だ、不審な奴がいたら祈るふりをして顔を見上げろ。後は俺がやる」

「斧は持っていっちゃ、だめ?」

「駄目だ。お前はあくまで善良で普通な信徒のふりをしろ」

 人使いが荒いとぼやいていたが、上手い飯とフカフカのベッドのために、仕方なく引き受けてくれた。

 そうやってここら付近の村をしらみつぶしに回っていると、ちょくちょくサンストから来た騎士たちとすれちがう。ただの旅人のふりをしてやり過ごし、六件目の村へアルマを送り込んだ際、確かに顔へ大きな傷を持った男を見たと、小走りに戻ってきた。

「でかした! それ、お前の斧だ。リュックはそこの森に隠しておいたから、追い詰めてひっ捕らえるぞ」

「殺しちゃダメなんだよね」

 無垢な瞳でそう言うアルマに絶対に殺すな、重傷も負わせるなと言い聞かして、気絶させる程度にしろと告げる。

「細かいのは苦手」

「なら俺がやるよ。それで、奴はどっちにいった」

 あっち、と指差した先には、地図によると洞窟があるはずだ。当然サンストの騎士たちも洞窟や森の中は警戒するはずなので、足早に村を抜けると、あの人とアルマが指を指した。予想通り洞窟へ向かっている。

「とりあえずお前は外で待ってろ。奴が逃げてきたら足の一本くらいなら切り落としていいから動きを止めておけ」

 洞窟へと消えていったエルビスらしき男をついて来られると殺しかねないのでそう言うと、死なないでねと言われた。

「人間、そう簡単には死なねぇさ」

 結構気に入っている台詞を口にして大剣を引き抜き洞窟へと入っていくと、薄暗く視界が限られている。足元には水たまりがあり、踏んでしまえば気付かれるだろう。殺さずに捕えるなら不意を突いた方が断然にいいので、慎重に進む。そのまましばらく洞窟を進んでいくと、天井にぽっかりと空いた穴から光が差しており、男はそこで止まると振り返った。

「とっくにバレてるぞ」

 隠密作戦はあっという間に崩れ去った。いっそのこと突進して捕えるかとも考えたが、エルビスは俺の方を見ていない。エルビスが見ているのは、俺が立つ場所の横にある、おそらく別の入り口から来たであろう騎士だった。バレたから斬りかかろうと剣を抜いている騎士は、暗闇の中兜も付けずに斬りかかっていった。

「ここは私の数ある隠れ家の一つでね。もう手は打ってある」

 言葉通り、騎士の頭上から大岩が転がり落ちてきている。流石に助けられないと諦めたが、後姿からしてどうやら女だったようだ。しかし女にしては気迫のありすぎる雄叫びをあげて頭上を見ると、華麗な身のこなしで大岩のすべてを回避した。

「今の声は――」

 記憶の奥底で覚えのある声は誰のものだったかと考えていると、エルビスは再び口を開く。

「仕掛けが一つだと思うなよ?」

 今度は洞窟の暗闇に隠されていたクロスボウが十個ほどあり、エルビスが糸を引くと一斉に発射された。それでも、この暗闇で矢を弾いた女騎士は風の如く駆け、エルビスへと剣を振り下ろそうとしていた。

「っと、間に合ったか」

 もう手がないのか、それとも近寄られすぎて仕掛けが起動できないのか、エルビスは腰を抜かしていた。その前に走り寄り、女騎士の一撃を防ぐ。

「邪魔立てするか!」

「金がないんでね! 殺されると困るんだよ!」

「片腕で勝てると思うな!」

「もうそのやり取りには飽きたっての!」

 かなり精錬された騎士で、片腕とはいえ俺の斬撃に対応している。一瞬でも気を抜けば斬り捨てられるほどに。しかし、エルビスはこちらのゴタゴタに乗じて逃げようとしている。待てと二人で走り、日の当たる場所まで来ると、不意に女騎士と目があった。するとその刹那が、時が止まったかのようにすら感じられた。

「お前は……!」

「嘘……」

 想定外の事態に硬直していると、エルビスは半狂乱状態で上着を脱ぎ捨てた。その身には、火薬袋が体中に縛り付けてある。

「どうせ捕まれば死刑だ! 貴様らも道連れにする!」

 ハッとして向き直り、冗談ではないと出口の方へ走っていくと、背後で大爆発が起こった。崩れ落ちる洞窟の中で女騎士と並走していると、疑いは確信に変わった。それは向こうも同じ様だが、とても困惑している。

 爆風に煽られて出口から飛び出すと、お互いに受け身をとって洞窟を見やった後、ゆっくりと顔を合わせた。

「嘘……嘘でしょ」

 幽霊でも見たような表情で俺を見据える女騎士は、手を伸ばしてきて俺の頬に触れる。肩にも足にもベタベタと触ると、いまだに信じきれないといった様子で口を開いた。

「リージル……なの……?」

 懸賞金を失ってまでして出会った女騎士は、一年前と変わらない伸ばした黒髪と茶色い瞳で俺を見ている。

「久しぶりだな……ルン」

 一年前、魔王討伐のために集められた騎士の中で、首都であるサンストを守るための騎士も用意された。その中にいたのが、子供の頃から一緒に育ってきたルン・メラルーナだった。

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