CRYマックス
お題はクライマックス!
『たった一度のこの禁忌。君に捧ごう――シルト』
ヒロインの、その命を賭して主人公を守ろうとする健気な姿に、俺は涙を堪えきれない。
今、俺が読んでいるラノベ――『ただ一つ、君に告ぐ』は、アニメ化、映画化もされた、ラノベ界の超超人気作である。
今日は、『ただ君』の最終巻の発売日で、俺は朝五時から書店に並び、朝一番でそれを買ったのだ。
残りのページが少ない。とすると、次章がクライマックスなのだろう。
ああ、どうなるんだ。この二人の物語の結末は――!?
すると、最終章を読もうとした時、机の上に置いてあったスマホが震える。
無視してもよかったが、先輩だったらまずいので、一応電話に出る。
「はい、川田です」
『恭介、僕だ。早速だが、『ただ君』の最終巻は購入したよな?』
「……あたり前だろ。朝五時からずっと待ってたわ」
『流石恭介。思い入れが段違いだ』
電話をかけてきたのは、俺の無二の親友であり、オタク仲間でもある下中だ。
こいつなら、俺がこの時間帯にクライマックスに辿り着いているのを予測できたはずだ。
それなのに、なぜ?
『『ただ君』について話したいんだけどね、僕はまだ購入してないんだ。今日話したいのは別の話……。そう、君が以前から注目していた『クラ転』についてさ』
「……もしや、お前……」
『ああ、昨日『クラ転』を最新巻まで購入した』
「本当か……!」
『クラ転』とは、アニメ化こそしていないが、このラノ2027の新作部門で一位を獲得した、新進気鋭の作品だ。
以前から下中には勧めていたが、遂に購入したか。
「で、『クラ転』がどうした?」
『そうなんだ。一つ疑問に思ってね。まだ描かれていない人物がいるよね?』
「お前の読む速度を考慮すると……今は五巻か……。よくその時点で気が付いたな」
『なんか引っ掛かったからね。最新巻ではもう……?』
「それは言えないな。重大なネタバレになる」
『そうか。ならいいんだ。クライマックスに入ると、梃子でも動かなくなってしまうからね。この時間にするしかなかったんだ』
「そうだったんだな。ま、いいさ。これ以降は、かけてくるなよ?」
『そうする』
そう言うと、下中は電話を切った。
まさか、五巻で気付くとは……。因みに、俺は六巻で気付いた。
さて、じゃあ『ただ君』に戻るか……。
机の脇に置いてあった本を、手繰り寄せ、もう一度表紙を陶然と眺めてから、栞を挟んだページに戻る。
そして、始まりの一文を読もうとした次の瞬間――
「お兄様!お母様がお呼びですよ!」
「おお、梨花か。お母さんが?分かった。すぐ行く」
またしても、邪魔か。
と、思ったが、妹の梨花だったようだ。なら許す。
「はい。いってらっしゃいませ!」
俺は、自室を出て、お母さんのところへ行く。
しかし、別に呼んでないと言われた。
心底不思議そうな顔をして、自室へ戻ると、梨花が俺のベットを占領していた。
「梨花、お母さんは俺を呼んでなかったぞ?」
「あら、そうでしたか?ごめんなさい、梨花ってば変なことを言っちゃいましたね」
「いや、別に気にしてないよ。ところで、部屋から出てくれると、非常に嬉しいんだけど……」
「『ただ君』の最終巻を読むためですか?」
「勿論」
「そうですか……。では、ごゆっくり」
「ああ……そうする」
珍しい。
梨花の言動を見た俺の感想だ。
素直に俺の退出願いを聞き入れるとは。一時間コースは覚悟してたぞ。
なにはともあれ、これでゆっくりと『ただ君』にありつけるわけだ。
椅子に座り、手を伸ばす。
そこには、文庫本の感触が――
「え?ない?」
『ただ君』がない。そう、『ただ君』がないのだ。
どうして……あ。
全て、繋がっていたのだ。
俺は、自室を出て、梨花の部屋に入る。
「梨花!」
「あらお兄様、『ただ君』ならここにありますわよ。楽しく拝読させてもらっています」
「返してくれ……!」
「無理です、お兄様」
「そこをなんとか……!」
「ごめんなさいお兄様……。お兄様の気持ちは受け取れません……!だって、私たち兄妹なんで……」
「変なプレイはやめろ――!」
その後、最終巻を読み終えた梨花に、全てをネタバレされた。
書き上げた時間45分。本文40分。推敲5分。




