血を吸っただけなのに
お題はヴァンパイア!
昔々、あるところに一人のお嬢様と一人の執事がいました。
「貴方、ヴァンパイアになりなさい」
「……はい?」
お嬢様の部屋に夕食を運びにきた私に、お嬢様はそう言い放った。
ヴァンパイア。それは、人の血を吸う化物のことだ。
お嬢様は、私がそれになれと仰っている。
「僭越ながら申し訳ますが、それはどうしてでしょうか?」
「殺したい奴がいるからよ」
その言葉を聞いた途端、背中に冷たいものが走る。
お嬢様の瞳は冷めきっていた。
「そいつを殺すために、貴方をヴァンパイアにしたいのよ」
「お、お嬢様はどうして私を?」
「別に。ただ、貴方が一番使い勝手がいいからよ」
そうだろうな。俺がヴァンパイアになったところで、お嬢様の執事なんて沢山いる。
俺がいなくなったところで、お嬢様への影響は皆無なのだ。
でも、それでもそんな役ご免だ。俺は化物になりたくなんかない。
「お嬢様。一度考え直してみるのはいかがでしょうか?私がヴァンパイアにならずとも、傭兵団や親衛隊から派遣すれば、と愚考します」
「確かに愚考ね。それでは、お父様に悟られてしまうじゃない……」
旦那様に悟られるのを忌避している?
もしや、お嬢様が殺したい人物は――
「私がお父様を殺したいってことを」
なんてことだ。俺の頭に衝撃が走る。
お嬢様は旦那様を殺したがっている。
それは、俺の契約主を殺したがっているのと同義。
仮に旦那様が殺されれば、契約は破綻し、影響は私以外の使用人にまで及ぶ。
なにより、そうなればこの家は没落する。
それだけは阻止せねば!
「聡明なお嬢様なら、ここで旦那様を殺めるのが愚策だと理解しているはずです!なのに、何故!?」
「お父様が浮気しているからよ」
「……は?」
浮気?あの愛妻家で知られる旦那様が?
そんなはずない!
「それは、勘違いでは?」
「いいえ、私は見たわ。パーティーの最中お父様がお母様とは別の女性と一緒に踊っているのを」
「……なる、ほど」
なるほど。勘違いが過ぎないか?
そりゃ、パーティーなんだし接待で踊ることくらいあるだろう。
「お嬢様、それは接待の一環で……」
「さっきからゴチャゴチャと煩いわね!私が見たこと考えたことが真実なのよ!お前は、とっとヴァンパイアになってお父様を殺してきなさい!」
お待ちください!という前に、お嬢様は懐から取り出した注射器を俺の身体に打ち込む。
それは、服を貫通し、俺の体内へ容易く侵入した。
「ぐ……ああああぁぁ!」
血が沸騰しているようだ。
頭が焼かれているようだ。
「ハハハ!さあ、ヴァンパイア!お父様を殺してきなさい!」
駄目だ!ここで、旦那様を殺せば、この家は……。
最後の理性が、執事として矜持が、俺の身体を動かした。
「お嬢様ぁ!貴方をここで止める……!」
「ちょっ……、何をする!いっ……ああああぁぁ!」
俺はお嬢様の首元に噛みつき、血を吸う。
殺さないギリギリのところで……ってまずっ!
うえっ!血、まずっ!
ちょっと待て!まず!
俺が死ぬて!嘘だろぉ――!?
そしてその後、ヴァンパイアになりかけた執事は人間に戻り、目が覚めたお嬢様は自分の誤解だったと気付くのでした。
めでたしめでたし。
書き上げた時間36分。本文33分。推敲3分。




