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掌編小説達  作者: 青い山
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11/22

猫は逃げ足が早い

お題は意地汚い!

「君は、人の食べ物を奪ってしまうような人をどう思う?意地汚いと思う?」

「思います」

「じゃあ、今私が君の食べ物を奪ったら意地汚いと思う?」

「思います」


 ボッチ飯を堪能していた日曜日の昼、そんな言葉を投げかけられた。

 話しかけてきたのは、面識のない女性だった。

 うちの学校の制服を着ていたので、同じ高校に通っているということだけ分かった。


「君はとても面白い人だ。こんな眉目秀麗、天真爛漫な女子高校生を見て、意地汚いと言うとは」

「意地汚いでしょ。ラスト一本のポテトを奪うのは」

「カリカリでとても美味しかったよ」

「感想を聞いてません」


 俺の返答に、ケラケラと笑う彼女に、少々嘆息しつつ俺は席を立った。

 会計は済ませてあるので、そのまま店を出る――という完璧な計画は、席を立ったところで瓦解した。


 そう、手を掴まれたのだ。

 こんな状況、こんなシチュエーション。こんなことをする人物は一人しかいない。


「離して下さい」

「ボッチの仲は深まる、って言わない?」

「初耳です」

「こりゃ釣れない」


 何が面白いのか。彼女はまた、コロコロと笑った。

 よく笑う人だな、と思った。


「私の名前は宇多田。君の名前は?」

「さ……」

「佐倉日向くん。でしょ?」

「……なんで知ってるんですか?」

「そりゃずっと見てたから。君のこと」


 それはどういうことか。

 そう聞こうとしたのに、それを聞くのは違う気がした。いけない気がした。

 だから――


「そうですか。貴方はストーカーだったんですね」


 喉から出てきたのは、俺の本心とは全く違う言葉だった。


「ハハ!そうかもね」


 彼女は、そう言って笑っていた。




「人はどうして最後に拘るんだろうね?」

「……はい?」


 質問の意図を掴みかね、反応が少し遅れる。


「さっきの君の話だよ。どうして、最後のポテトを食べたからってそんなに怒るのかな?最後だって最初だって、食べているものは同じのはずなのに」

「それは……」

「最後だからだよ。人は最後を大事にするんだ」


 また、先に答えられた。

 本当に不思議な人だ。


「知ったような言い草ですね。まるで、それが答えだと信じてやまない子供みたいだ」

「いくつになっても、人間は子供だよ。男も女も関係ない。人間は弱い、猫よりも」


 彼女は、少しも曇りのない目で、言い淀むこともなく、そう言った。

 用意していたみたいに、待ち構えていたみたいに。

 まるで――、


「どうして猫なんですか?」

「猫は人間よりも、小さいけど、素早くて、隠れるのが上手からね。それに――」


 まるで、獲物を狙う猫のように。


「猫は逃げ足が早いからね」




「今日も終わりそうだ」

「まさかボッチ飯のつもりが、女子高校生とデートとは。棚ぼたって本当にあるんですね」

「つまりそれは、君がぼた餅が落ちるようなところにいたっていうことかな?」

「そうかもしれないですね」


 今日一日で、彼女と沢山の言葉を交わした。

 他愛ないことのはずなのに、時折彼女は全てを分かったような目でこちらを見つめてくる。

 後、猫のことを異常に話していた。


「じゃあね、今日は中々面白い一日だったよ」

「僕も、同じことを思いました」

「猫は、飼い主に似るみたいな感じかな?」

「それ、犬の間違いじゃないですか?」

「確かに!」


 カラカラとクスクスと彼女は笑った。

 それは、夕焼けに染まった空に簡単に呑まれて、消えていく。

 それを掴もうとして、手を伸ばしてもすぐ逃げられてしまう。

 猫は逃げ足が早いと、彼女は言っていた。


「終わりたくないね」

「……」

「君が思ったことだよ」

「……どうして」

「君を見ていたから、今も過去も未来もずっと」


 「なぜ?」とは思わなかった。

 それが、当たり前のことのように思えた。

 そして、だから、と彼女は続けた。


「君が、猫のように臆病なことを知ってる」


 ズキン、と棘が刺さる。

 言い返そうとして俺が口を開きかけた時、やっぱり彼女はそれに被せるように話し出す。


「でも、それは弱さじゃない、強さだ」


 今まで一番、心に響いた。

 いや、初めて心に届いた。


「それが言いたかったんだ」


 じゃあね。

 そう言って、彼女は歩き出す。

 歩き出して、消えた。


 突っ立たまま固まった俺の前に、やがて一匹の猫が通りかかる。

 魚を咥えたそいつは、俺に気がつくとすぐさまどこかへ消えてしまった。


「猫は逃げ足が早い、か」


 「意地汚いと思う?」

 そう問いかけてきた彼女の声を思い出す。


「いや、全然」


 だから、臆病なままでいよう。

 猫のように、臆病なままでいよう。


 そう思えるようになった俺の足取りは、猫みたいに軽かった。

書き上げた時間48分。本文44分。推敲4分。

制限時間を余裕でオーバー。

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