第5話 一線を超える時——
空気が一段と静まり、甘い芳香を増したその密室で、俺は雫の手を握り彼女と見つめ合っていた——
「じゃあさ……恥ずかしくないように一緒にタオル脱ごっか?」
「おっ、おう……そうだな」
「恥ずかしがったってどうせ脱ぐんだし……勢いって大事だと思うんだよね、あたし」
「まあ、たしかに……」
雫の言うことは一理ある。
二人ともこの方面に関してはドが付く初心者だ。そこにリードもクソもないわけで……。
「じゃあ湊人、せーのっで行くよ?」
繋いでいた指先がそっと解け、雫の白い指が胸元を頼りなく覆っていたタオルへと移る。
「おっけ……」
「せーーーのっ……!!」
雫の掛け声に呼応して、室内にタオルがはだける音が舞う。
直後、瞳に焼き付いたのは隠し立てのない雫のまっさらな身体。
――えっ……マ・ジ・で……それ反則だろ、雫……。
透き通るような磁器の素肌。均整の取れた華奢な体つき。
なのに。いつものブカブカなパーカーの下には、こちらの予想を遥かに上回る、驚くほど豊かな双丘が隠されていた。
ふと視線を上げれば、息を呑むほど完成された雫の美貌が、熱を帯びてこちらを射抜いていた。
その姿はダメだとわかっていても、どうしても朝凪の残像と重なってしまう。
今、目の前に広がるこの光景が彼女のものだったら――
そんな最低最悪な妄想さえ脳裏をよぎり、俺の鼓動を異常なほど早めてゆく。
いままで雫を朝凪と重ねないように、必死で律してきたはずなのに。
胸の奥が焼けるように痛む。
朝凪という名の亡霊が、こんな聖域にまで俺の背中を這い上がってくる。
別に彼女に操を立てる義理などどこにもないというのに。
「ちょ、湊人っ!こっち見すぎっ!流石に恥ずかしいよぉ……」
「あっ……わっ、わるい……」
考えている間、俺は無意識のうちに彼女を凝視していたらしい。
眉を潜め、耳の裏まで真っ赤に染めた雫が、不満げに口を尖らせながら俺を睨みつけていた。
「む〜……しかもおっぱいばっか見てぇ。ほんとに男の人っておっぱい好きだよねっ!だからいつもパーカーとか来て誤魔化してたのに……ナンパとかウザいし……」
「ごめんて……雫……」
——まあ、男はそういうもんだってのは間違いない。質量がある場合は尚更……。
視線の置き場を完全に見失い、しどろもどろに謝罪する俺を見て、雫の瞳に悪戯な光が戻る。
「あ〜ww目が泳いでるぅww……まぁ、湊人なら別にいいよ?たくさん見ても……どうせならもっと近くで見せてあげよっか?……ほれほれっ!」
そう言って、挑発するように胸を張ってみせた雫。
彼女の動きに合わせてぷるるんっと、ふっくらとした肉感と桃色の突起が俺の目の前で揺れ動く。
「……雫……おまえ、本当に雰囲気とかないなぁ……」
「まあねっ♪……じゃあさ湊人、とりまおっぱい揉んでみない?」
「えっ……」
じゃれつくように言った雫。
けれど、彼女の顔は真っ赤で、必死でいつもの自分を演じているのが見て取れた。
「いいよっ、このまま見つめ合ってても進まないし……でも優しくね?」
「あっ……ああ……」
積極的すぎる雫に一瞬だけ気圧される。
けれど、これもまた彼女なりの気遣いなのだろう。その厚意を無碍には出来ない。
これでも俺は男だ。これ以上、傷心の俺を救おうとしてくれている女の子に恥をかかせるわけにはいかない。
「じゃあ行くぞ?……雫」
「うんっ♪どんとこ〜い!」
軽妙なセリフを吐き捨てた雫を視界の端に捉えながら、誘われるまま、俺は吸い寄せられるように震えながらその柔らかな曲線へと手を伸ばす。
——ふにゅ……♡
「……っん……♡」
指先が沈み込んだ途端、雫から微かな吐息が漏れた。
そのあまりに生々しい反応が、俺の理性をいとも簡単に吹き飛ばしていく。
人生で初めて触れた、女の子のおっぱい。
驚くほど柔らかく、弾力があり、絹のように滑らかで、そして――温かい。
「いいよ、もっと強く揉んで……」
俺は慎重に手を動かしていく。
掌に吸い付くような雫の胸は、時折指の間から零れ落ちそうになるほどで、思考は次第に空っぽになってゆく。
「ねぇ……吸ってもいいよ?」
「……えっ……マジ?」
「マジだよ……男の人っておっぱい吸うの好きなんでしょ?ほらっ湊人……一思いにやっちゃって……」
「……わかった……マジでやるからな……?」
「うんっ……」
雫の言葉は相変わらず軽口の形をしているが、その中身には真剣さが詰まっている。
俺は荒くなる呼吸を整え、ある種の覚悟を決めた。
それから、彼女の胸の先へと顔を近づけ、震える唇を這わせた――
「……んくっ……はぁ……♡湊人っ、それヤバいかも……♡きもちっ……」
かつて聞いたことのない雫のエッチな声。
その響きに思わず狼狽えて、俺は反射的に唇を止めてしまった。
視線だけで彼女を追うと、一瞬だけ瞳が交差し、彼女は慌てたように目を逸らす。
そして再び俺の方へと視線を戻した雫は、どこか信じられないものを見るようなトーンで言葉を落とした。
「なんかさ……湊人の《《それ》》、スゴイことになってるけど……痛くないの?」
「あっ……これは……」
初めてで、相手がとびきりの美少女で、こんなにもエロい身体をしていれば、こうなるのは必然だ。健全な男子高校生ならば。
そんな俺を雫は逃げずに真っ直ぐに見つめ、一言。
「ちょっと……触ってみてもいい?」
「えっとぉ……それは……」
「いいじゃん!あたしも触らせてあげたんだしっ、お互い様でしょ?」
「……お互い様!?……まあ、そうか……わかったよ……」
笑いながら軽口を叩いているが、その瞳だけは冗談を言っているようには見えなかった。
結局、彼女の勢いに競り負けた俺は、素直にそれを差し出した。
雫の指先がそこに触れた瞬間、全身に電撃が走り抜け、腰から下の感覚が消えそうになる。
——やっっば……これマズイな……。
「おお……すっごいね……なんかピクってしてて可愛い♪」
「そうか……?」
俺の切迫した状況などどこ吹く風、雫はまるで宝物を慈しむように、丁寧に、大切にそれを愛で、さわさわと指を滑らせている。
静寂の中、しばらくの間じっくりと愛息を撫でられた後――
雫は少しだけ荒くなった呼気を吐き出しながら、熱を持った視線をこちらへと向けてきた。
「……ねぇ、湊人……ちゅーしよ……」
「…………」
「今度は湊人からして……」
甘えるように紡がれたその言葉があまりにも可愛くて、俺は本能の導くまま彼女の顔へと距離を詰めていた。
雫が自然と瞼を閉じ、唇が重なり合う。
さっきまでの軽薄なやり取りが嘘のように、二人の間に熱が籠もった。
「もっと……いっぱい……」
一度唇を離した俺を逃がさないように、今度は彼女の方から唇を重ね、激しく舌を絡めてくる。
胸元に押し当てられた彼女の体温がじわじわと増し、呼吸が絡み合い、頭の中にこびりついていた朝凪の影が少しずつ、けれど確実に希釈されていく。
雫はそのまま俺の背中にその華奢な手を回すと、そっとベッドへと引き倒してきた。
ふわりとした感触でシーツが二人を受け止めると、自然と俺が雫に覆いかぶさるような形になり、至近距離で視線を交差する。
「……湊人……ごめん……好き……」
「…………」
笑いたいのに笑えない、泣きたいのに泣き出せない。そんな脆くて儚い表情だった。
微かに震える唇、熱に浮かされて潤んだ目尻。その懇願するような必死さが、俺の胸の奥深くに鋭く突き刺さる。
——なんで……ごめん。なんだよ……。
俺は彼女にかけるべき言葉を必死で探した。
けれど、俺が正解を見つけるより先に、彼女の震える唇が次の言葉を紡ぎ出していた。
「湊人、それ以上何も言わないで……何も考えないで……今はあたしだけを見て……」
「………………」
俺は何も答えることができなかった。
今、何かを言葉にしてしまえば、この脆い関係が粉々に壊れてしまうような気がしたから。
だから――俺はもう一度、雫に深く口づけをした。
雫の指が、俺の肩に深く食い込む。
重なり合う熱が浅い呼吸をさらに加速させ、彼女が何度も、何度も、俺の名前を呼び続けている。
こうして、曖昧さを抱えたままの俺たちの夜は深まり。いつしか理屈を超えて互いを激しく求め合っていた。
言葉より先に体温が唯一の答えになる。痛みより先に熱が記憶を上書きしていく。
その日。俺は好きな人に似た人を抱いてしまった――




