第43話 私たちのこれから—— 朝凪SIDE——
朝凪SIDE——
『私じゃ……ダメかな?』
数ヶ月前、あんなにも絶望的で悲痛な状況の中。
すべてを失いかけて縋るようにこぼした私の身勝手な問いかけに、湊人くんは泣きそうな、それでいてひどく真摯な瞳で真っ直ぐに向き合ってくれた——
『……ごめん朝凪。すぐには答えを出せない。でも……これから一緒に、その答えを見つけていきたいんだ……』
そのどこまでも不器用で誠実な言葉が、どれだけ私の心を救ってくれただろう。
彼は嘘をつかなかった。
雫の代わりとして私を慰めるような、安い言葉は決して口にしなかった。
あの日から私は変わろうと必死に努力した。
もう、他者と関わることを恐れることはない。呪縛は消え、全ては私の意思のままにこの身体は動くのだから。
だから、優しくて真っ直ぐな私の理想の私になる為に。
そして彼にふさわしい自分になるために、私は行動を始めた。
少しずつ周囲との間に築いていた壁を取り払い、彼のサポートをもらいながら、ぎこちなくも友人と呼べる人たちを作っていったり。
彼をいつも一番近くで支え続け、励まし、一緒に笑って、夜遅くまでゲームして、時々強く抱きしめて……。
そんな穏やかで温かい日々を経て、ふと迎えた茜差す帰り道——
それは、かつて私が彼から伝えられ、そして残酷に突き放した言葉とよく似た不器用で真っ直ぐな告白だった。
夕暮れの光の中、彼は一度深呼吸をし、私の目を見つめ直し、そして不意に言葉を紡ぎ出した。
「澪……俺わかったんだ……俺、やっぱりお前のことが好きだ……だから俺と、付き合ってくれないか?」
あの日、傷つくことを恐れて不器用に彼を遠ざけた私と彼が、回り道をして、沢山の傷を負って、ようやく本当の意味で結ばれた瞬間だった。
幸せすぎて、胸がいっぱいになって、声が震えた。
このまま時間が止まってしまえばいいのにと、心から思った——
「……っ……!」
「澪……?」
「……………湊人。ずっとその言葉待っていたのよ?……嬉しい……」
「……そっか……遅くなっちゃったな……」
「……いいのよ…………正直、ずっとこのまま関係が進展しないかと思って不安だったけど……」
「……ごめん……」
「いいのよ。今、私本当に幸せよ?……さあ、帰りましょ……?」
「……ああ……」
「…いこっ……湊人……」
「……ああ……澪……」
————————
「……澪? 澪、着いたぞ?」
肩を優しく揺さぶられ、私はゆっくりと重たい目を開けた——
視界に入ってきたのは、少し呆れたように優しく微笑む湊人の顔と、見慣れない特急電車の車内だった。
「……あれ?私……寝てた……?」
「ああ、ぐっすりな?昨日粘って2時とかまでゲームやってたしなwwほら、降りるぞ?」
「だって、つい……」
差し出された彼の温かい手を握り、私は少しふらつきながら電車を降りてゆく。
今まで見ていたのは、数ヶ月前の彼との大切な軌跡をなぞるとびきり幸せな夢だったようだ。
古びた小さな改札を抜けて外に出ると、そこはこぢんまりとした田舎の駅の光景が広がっていて……見上げれば吸い込まれそうなほど高く、澄み切った夏の青空が何も遮るものなく私の瞳に飛び込んでくる。
眠気を覚ますために大きく深呼吸をすると、肺を満たす空気には既に微かに潮の香りが混じっていた。
「ここから海沿いを少し歩いたところに、俺のオススメのカフェがあるんだ」
「うふふっ……楽しみ。湊人がそこまで言うって事は、だいぶお気に入りなのね」
「ああ、まあな。もちろん都会のお洒落な店っぽくはないけど……そこが俺は好きなんだよ」
そう言って笑う湊人の顔はどこか誇らしげで、生まれ育ったこの町を愛していることが伝わってくる、とても穏やかで優しい表情だった。
それから私たちは、ごく自然に指を絡ませ合い歩き出す。
繋いだ手から伝わる温もりが心地よくて、私は彼の腕にそっと自分の身体を寄せてゆく。
そんな私の甘えた行動に、彼も嫌がるそぶりは見せず、むしろ私を包み込むように引き寄せ歩幅を合わせてくれる。
……なんて幸せなんだろう。ここが、私の居場所なんだ。
長閑な海沿いの道を数分歩くと、不意に視界が大きく開けてゆき、見えてきたのは——
「……わぁ……っ!」
「おいっ、澪、急に走ると危ないぞ?!」
思わず声が漏れ、私は彼と繋いでいた手を離して目の前の現れたそれに向かって小走りに走り出してしまった。
視界いっぱいに広がったのは、夏の太陽の光を反射してキラキラと輝くどこまでも青い海。
ざざぁっ、と打ち寄せる波の音と、吹き抜ける潮風が私の髪を大きく揺らす。
視線を巡らせると、その波打ち際を見渡せるすぐ近くの小高い場所に、白い外壁が眩しい可愛らしいカフェが建っていた。
そんなガラにもなくはしゃぐ私の横に、遅れて湊人が苦笑いしながらそっと歩み寄ってくる。
「そんなに珍しいか?海」
「ええ、当たり前じゃない。普段はこんな広い海なんて見る機会ないもの」
「そっか……そうだよな」
海風に揺れる私の髪を見つめながら、湊人は少しだけ照れくさそうに目を細めていた。
「ほら、今から行くのはあそこにポツンと建ってるお店だよ……飯食ったら、海沿いでも散歩しようか?」
「凄くいいわね、賛成!」
「じゃ、早く行こうぜ?俺、もうお腹空いちゃったよ」
湊人がそう言って少しだけ早足になり、カフェの入り口へと向かっていく。
私はその頼もしい背中を見送りながら、もう一度、きらめく海へと視線を向け、深く、深く深呼吸した。
……見て、雫……ここが湊人の生まれ育った場所みたい……とっても綺麗ね……。
「おーい、澪?何してんだ?置いてくぞー」
遠くから私を呼ぶ湊人の声がする。
「あっ、ごめん!待って、湊人!」
それに気づいて慌てて彼のもとへと駆け寄ってゆく。
今日のランチは、あのお店の名物である本格的なハンバーガーらしい。
とっても楽しみだ。だって、それはあたしの大好物だから。
湊人に駆け寄ると、とびきりの笑顔で私を優しく待っていてくれた。
そんな彼の顔を、あたしも心からの笑顔で愛しく見つめ返しながらお店のアンティークな扉の前までゆっくりと歩いてゆく。
……雫。ハンバーガー好きだったわよね?じゃあ、ここは雫が優先で。夜ご飯は美味しい海鮮だから、そこは私に譲ってよね?
……もちろんだよ澪っ……あたしたちは、いつでも一緒なんだから……——




