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第42話 俺たちのこれから——

夏の気配が強まる教室に、6限の終わりを告げるチャイムが響き渡る。

いつもなら気だるく聞こえるその音が、今日だけはどこか軽快で心躍って聞こえる。

それもそのはず。明日から、高校生にとっての一大イベントである夏休みが始まるのだから——


終わりのホームルームを終えた俺は、山のようなプリントや教科書を鞄に詰め込みながら、帰りの支度を始める。

どうにか今回の期末テストも赤点を免れ、これで心置きなく夏休みを謳歌できるというものだ。


「ねぇ湊人……もう帰れる?」


隣から聞こえた軽やかな声。

そこに目を向けると、夏服の白いブラウスに身を包んだ澪が、ポニーテールを揺らし優しく微笑んでいた。


「おっけ、今荷物まとめた所……もう行けるよ、澪」

「そう……じゃあ、行きましょ?」


俺が席を立つと、澪も自分の鞄を持ち、俺と自然に肩を並べて歩き出す。

教室を出ようとしたその時、周りからクラスメイトの友人たちの声が飛んできた。


(湊人!じゃあな!)

(朝凪さんじゃね〜!)

「うん、また休み明けにっ」

(よっ!お二人とも相変わらず仲いいなぁ!……じゃ、良い夏休みを!)

「ええ、ありがとう。あなたもっ」

(澪ちゃんお疲れ〜!夏休みのプール会、忘れないでねっ!もち湊人くんも!)

「おっけ〜」

「もちろんよっ、楽しみにしてるわ」


友人たちの明るい声に、澪は振り返って笑顔で言葉を返している。

そんな声を背中に受けつつ、俺達は廊下に出る。


すると、スッと俺の右腕に柔らかな温もりが触れた。

いつものように、澪がごく自然な動作で俺の腕を取り、自分の身体に引き寄せてきたのだ——



……あれから数ヶ月。

すっかり俺達は、学年中の誰もが認める公認カップルだ。


雫を失い心が崩壊しかけた俺の側には、ずっと澪が寄り添ってくれていた。

彼女自身も消えない罪悪感と戦いながらも、決して逃げ出さず健気に俺を支え続けてくれた。

俺もまた、そんな澪の想いに応えるため、彼女との新しい関係を築こうと彼女と真っ向から向き合った。


雫に頼まれたから——なんて理由で彼女の側にいるのはあまりにも残酷過ぎるし、俺の気持ちに対する嘘になる。

だから俺は俺なりに答えを出し、一人の女の子としての『朝凪澪』と向き合った。


そして気づけば、俺たちは結局お互いに惹かれ合い、ごく自然な流れで正式に付き合う事となったのだ。


今の彼女は、まるで澪と雫が同居しているみたいだ。

成績優秀で真面目な澪の一面と、ジャンクフードやゲームを愛し、俺に甘えてくる雫のおちゃめな一面。

色々な表情をクルクルと見せてくれるその姿こそが、きっと本来の朝凪澪の姿なのだろう。


だからか、今では彼女にも多くの友人が出来て、学校生活を本当に楽しそうに過ごしているようだ。

もう、過去のトラウマに怯えることなく、誰とでも真っ直ぐに向かい合えるようになったんだろう。



そう……もうこの学校には茨姫は居ない。

朝凪澪という、とびきり可憐な美少女がいるだけ。



そんな彼女の彼氏になれて、俺は間違いなく世界一の幸せものだ。

もちろん、学年の高嶺の花を掻っ攫ったことで周囲からのやっかみや嫉妬の視線もあるが、でもそこはだいたいあいつがカバーしてくれているわけで……。


「お〜い!!湊人、朝凪さんお疲れぃ!」


廊下の端から俺たちに声をかけてきたのは、もちろん匠。

この絶対的陽キャである匠の政治力とカバーのおかげで、やっかみの殆どの火の粉は俺に降りかからずに済んでいる。


マジでコイツは、一生頭が上がらない俺の最高の親友だ。


「おお、匠。おつかれ」

「匠くんお疲れ様……今日も部活?」

「そっ、でもその前に今日のこと確認しとかないとと思って!」

「今日のこと?」


澪が不思議そうに首を傾げる。


「そう、今日の夜も……やるんだよね?3人で?」


やる——そう、ゲームだ。


あれから俺達はずっと、時間があれば夜な夜な3人でボイスチャットを繋いでゲームをしている仲であり、昼飯も一緒という、なんとも不思議で心地よい関係になっていた。


「もちろんよ?」

「おおっ!いいね朝凪さん!」

「でもっ——」


澪は俺の腕に絡めていた力を少しだけ強め、上目遣いで俺を見つめながら続けてゆく。


「明日から湊人とちょっと長めの『お泊りデート』だから、明日に響かないように1時くらいまでね?」


「おっけ!……てかさ、デートどこ行くの?いいなぁ、相変わらず仲良くて!」

「実は……湊人の地元に行くのよ。海の近くなんでしょ?それで色々案内してもらったりして、美味しいもの食べて、温泉旅館に泊まったりって感じね!」


「俺達の地元?!マジか!いらっしゃい!」


なにを隠そう、今回初めての遠出のお泊りデートは澪の懇願により、俺たちの地元である千葉の海沿いの町に決定していた。


のどかな漁港があり、潮の香りがする長閑な田舎町。

そこへ、この都会育ちの洗練されたお嬢様を連れて行くのだ。


「そういう匠くんは実家に帰らないの?」

「まあ、何日かは帰るけど、部活の練習とバランス見てって感じかな?」

「ああ、そうなの……ちなみに匠くんは、彼女さんとは夏休みデートしないの??」

「はぁ!?匠に彼女?!」


澪の言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

匠に彼女?いや、モテるのは知ってるが、そんな話は一度も聞いたことがない。


「えっ……湊人、知らなかったの?」

「うん、全然……てかなんでそれを澪が知ってるんだよ?!」

「それは……私が湊人に取り入ろうと匠くんに相談してた時、ポロっと聞いたのよ。誰とかまでは知らないけど……今思うと懐かしわね……」


遠い目をして微笑む澪をよそに、俺は目の前で冷や汗をかいている親友に詰め寄った。


「おいっ、匠!?彼女って誰だよ!?俺、お前からそんなの一言も聞いてないぞ?!」

「あっ!?えとっ?!そのっ——」


明らかに動揺し、目を泳がせてはぐらかそうとする匠。

ちょうどその時——


(おーい、匠! 早く行くぞー!)


廊下の奥からバスケ部のチームメイトの声が匠を救いやがった。


「わりっ!呼ばれてるから行くわ!!湊人、朝凪さん、また夜な!!」

「おいっ?!逃げるな匠?!」


風のように廊下を駆け去っていく匠の背中を、俺は恨めしそうに見送る。


「うふふっ……相変わらず騒がしい人ね……」


そんな俺たちのやり取りを見て、澪はクスクスと上品に、けれど心底楽しそうに笑っていた。


こんな騒がしくも温かい、新しい日常が今の俺にはある。

すべてはあの日、俺たちに未来を託してくれた雫がいてくれたから。

こんな大切な日常を、俺は彼女の分まで日々頑張って生きている。


雫。本当にありがとう。

たぶん俺は今、澪をちゃんと幸せにしてあげられてると思うよ——



————————



そして翌日——


ついに3泊4日の、待ちに待ったお泊りデートが始まる。

どうやら澪のご両親はだいぶ寛大らしく……拍子抜けするほど簡単に外泊を了承してくれたらしい。


澪曰く、『人生経験だ』と言っていたそうな。


もちろん、いつも休日にデートはしているし、澪が俺の部屋に泊まりに来ることも多々あるが、今回は遠出ということで特別だ。


俺の地元を案内したり、海辺を散歩したり、温泉付きのホテルに泊まったりと盛りだくさん。

それに、俺の実家にも顔を出して両親と妹に紹介する予定だが、流石に実家に泊まるのは色々と憚られるわけで……。


……だって……その、今の澪は……かつての雫以上に夜は完全な性豪であり……まあ、色々と凄いのだ。


そういう所までふたりが綺麗に混ざり合った感じになるとは……。


俺の実家は、東京から電車の特急に揺られて2時間半ほどかかる終点駅。

その電車に乗るために、俺はターミナル駅の特急ホームで澪を待っていた——


待ち合わせの時刻の5分前。

俺の視界の端にふわりと軽やかな影がちらつく。

ふと目をやると、そこには息を呑むほど絶世の美女が。


「湊人っ、おまたせっ」


そう言って近づいてくる澪。

彼女は夏の陽射しを弾くような真っ白いノースリーブのワンピースを着ていて、さらさらとした黒髪は上品なハーフアップにまとめられいる。

動くたびにふわりと揺れるその髪の隙間から、鮮やかなブルーのインナーカラーがチラリと覗いているのが見えて……そこには雫の面影がある。


「時間ぴったりだな……それにしても……」


あまりにも可愛く綺麗すぎる澪の姿に、俺は思わず顔を熱くして視線を少し逸らしながらつぶやく。


「当たり前でしょ?絶対に遅れたくないもの……湊人とのデートには」

「おいっ……恥ずかしいからそんなこと言わないでくれよ……」

「うふふっ♡顔逸らしちゃって……本当に湊人は照れ屋ね?言いたいことはちゃんと言葉にしないと伝わらないのよ?……それより、早く行きましょ?」


「そっ、そうだなっ……」


既に押され気味な俺はそこで話を切り、澪と並んで目の前に停まっていた特急列車に乗り込んでゆく。

車内に入ると、空いている絶好の席を発見して澪に声をかけた。


「澪、こっちの窓際の席なら途中からずっと海が見えるから……よければ奥座れよ?」

「あら、そうなのね……じゃあお言葉に甘えてっ」


自由席の窓側に澪を座らせ、俺もその隣に腰を下ろす。

それから身の回りを整理を終えた頃、澪はおもむろに俺に腕を絡めてギュッと絡めて身を寄せてきた。


刹那、ふと俺の鼻腔をくすぐる甘い香り。


「あっ……この香り……」


俺が気づいて彼女を見ると、澪は少しだけ誇らしげに、優しく俺を見つめ返してくる。


「湊人、ちゃんと覚えてたんだ……そう、雫のお気に入りの香水よ?せっかくの初めての遠出デートだし持ってきたの。これで……3人一緒に回れるでしょ?」

「……確かに……そうだな……」


俺の心を落ち着かせるその香り。

そしてあまりにも優しくて可愛い彼女の笑顔に見つめられ、俺は恥ずかしくてたまらず目線を逸らしてしまったその時——


澪の顔がスッと動き、俺の頬に柔らかな感触が触れた。



    ちゅっ……♡



「澪っ……な、なに急にっ……?!」

「ふふっ♡ ……湊人……そういう細かい所まで覚えててくれるの、私、大好きよ♡」


「ちょっ……マジでやめろって、周りに人いるし恥ずかしいだろ……おっ……俺も……その、お前のこと好きだけど……」


真っ赤になって慌てる俺を見て、悪戯に、幸せそうに笑う澪。

そんな彼女に、俺は完全にたじたじだ。

澪は本当に変わった。でも、そんな彼女のすべてが愛おしい。


程なくして、特急列車がゆっくりと走り出す。

窓の外の景色が後方へと流れ始め、これから始まる特別な時間への期待が胸に膨らんでゆく。


こうして、俺たちの幸せな夏休みが始まった——




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