第31話 同じ人と初デート——
中間テスト明けの土曜日。時刻は13時。
俺は、巨大な迷宮にも等しい某ターミナル駅の改札へと降り立っていた——
そう。俺は朝凪澪という最強の家庭教師の尽力もあり、どうにか中間テストを過去最高得点で突破したのち、彼女との約束した初デートへと無事に漕ぎつけたわけだ。
人生で二度目のデート。身体は同一人物でありながら中身は別の人格。
なんとも複雑な状況だが、当日になってみると、期待と緊張で胸が高鳴っている自分を隠せなかった。
地下改札前、待ち合わせ場所として指定した巨大な電光掲示板の前で彼女を待っていると、人の波を割るようにして、一際目を引く人影が視界に飛び込んでくる。
華奢な身体に映えるチェック柄のスカートに、薄手の白いブラウス。
高く結い上げられたポニーテールが揺れるたび、その裏側に隠された大胆なブルーのインナーカラーが鮮やかに目を引く。
いつも以上に整った顔立ちは、丁寧に施されたメイクの賜物だろう。
あたりを行き交う人々の視線を無意識に集めながら、そんな休日仕様のド清楚な朝凪がゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。
「みっ、湊人くん!おまたせ……」
「お疲れ朝凪…どうした? なんか、疲れてる……?」
少し緊張した面持ちで搾り出すように言葉を落とした彼女に、俺はついそう問いかけてしまった。すると、朝凪はおもむろに視線を泳がせる。
「ちょっと緊張してるのよ……こういうの、初めてだから」
「……そっか?!そうだよな。じゃ……とりあえず、行くか?」
「……ええ……そうね」
あまりにもよそよそしい朝凪の反応に困惑しながらも、一応はデート経験が一回だけ先行している俺は、不器用なりにリードすることを選んだ。
というのも、今日のデートプランは朝凪の希望に合わせて作ったとはいえ、なかなかに特殊な内容だからだ。
まずは秋葉原界隈さながらの家電量販店で、彼女の念願であるゲーミングPCの購入。その後、一転して彼女がお洒落な雑誌で見つけたというカフェへ行くという、落差の激しいプランニング。
しかも、問題はその先だ。
夕方までのデートを終えたら、そこで朝凪澪としての時間は終了。
そこからまさかの雫と合流し、夜は雫とデートをする……という、狂ったスケジュールが組まれている。
正直、浮気者のクズ彼氏ムーブをする事に強い罪悪感に苛まれるが、これは二人からの公平にデートを楽しみたいという切実な提案の結果なのだ。仕方ない。
一歩歩き出すと、朝凪がそっと俺の横に肩を並べ、ふいに俺の着ているパーカーの肘あたりに、細い指先が伸びてきて、キュッと布地を摘んできた。
「湊人くん……私、ここらへんあんまり来たことないから……そんなに早く歩かないで」
「あっ、ごめん朝凪。ゆっくり歩くな。確かに人多いし、はぐれたら大変だもんな」
「うん、ごめんね。ありがとう」
しおらしく俯く彼女に、困惑を通り越して強烈な庇護欲が湧き上がる。
学校で見せる冷徹さなど微塵も感じられない、脆くて不器用な彼女の姿。
「大丈夫!他に何かあったら遠慮なく言ってくれよ。せっかくのデートなんだし、楽しまないとな」
「そっ、そうよね!」
俺が明るく返すと、彼女は今日初めての、少しだけ固さの取れた笑顔を見せてくれた。だが、安心したのも束の間。彼女は急に思い詰めたような顔でこんな事を聞いてくる。
「ねぇ湊人くん……何かあったら言って、って言ってたけれど……じゃあ一つ聞いていい?」
「ん?もちろんいいけど?」
「あの……雫は……この前のデートの時、どうやって湊人くんの横を歩いてたの?」
「どうやってって……どういうこと?」
「そのっ……要するに、腕を組んだりとか、もっと離れてたとか……」
「ああっ、それは……」
数週間前の雫との時間を思い出す。
思えば彼女は驚くほど自然に、というか強引に俺の腕に飛び込んできたような……。
「腕を組んだり……してたな。あいつはなんていうか、すごく自然に距離を詰めてくるから……」
「そうなのね……」
俺の言葉を聞いた瞬間、パーカーの袖を掴む朝凪の指に力がこもる。
そして、いじらしく上目遣いで俺の目を見つめ、必死の声で告げた。
「じゃあ……私も同じ事、してみてもいい?」
「……え……えっと……」
……まじか……。
一瞬だけ脳内で道徳心と煩悩が衝突したが、結論は単純だ。
彼女の切実な瞳を見て、断れるわけがなかった。
「いいよ……朝凪がそうしたければ」
「ふふっ……よかった」
小さく安堵の笑みを漏らした朝凪は、俺のパーカーから手を離し、代わりにおずおずと俺の右腕に自分の腕を絡めてきた。
その瞬間、彼女特有の清潔な優しい香りが熱を帯びて鼻腔をくすぐる。
ドクン、と心臓が大きな音を立て、今この瞬間、俺が朝凪澪という一人の女の子とデートをしているのだという実感が急に現実的になってしまう。
「ねぇ湊人くん……今日の私の格好、変じゃないわよね?」
「もちろん変じゃないよ。その、なんていうか——」
俺の目を真っ直ぐに見つめ、大真面目に不安を吐露する彼女に、俺は頭の中の語彙をかき集めてみるが……結局は一番シンプルな言葉を選んだ。
それが一番、嘘のない本心だったからだ。
「……可愛いと思うよ、すごく」
その一言を浴びた瞬間、朝凪は『……そう』とだけ短く返して、逃げるように下を向いて黙り込んでしまった。
サイドヘアの隙間から見える彼女の頬は真っ赤に茹で上がり、小さく広角が上がっている。
……これは、照れてるのか?
雫の奔放さとは正反対の、あまりにも不器用でたどたどしい反応。
今まで人を拒絶し、恐れてきたがゆえのこの初々しさ。
だが、それこそが彼女という少女の魅力なのだと感じずにはいられなかった。
俺は腕に伝わる彼女の微かな震えと温もりを感じながら、しっかりと朝凪をリードして喧騒の街へと繰り出した——




