第27話 俺の大切な大馬鹿野郎 匠SIDE——
匠SIDE——
俺の周りには、昔から『俺』を利用しようとしてくるヤツばかりが集まってくる。
無駄に整った容姿。そして、無駄な頭の良さ。
俺自身にとっては、そんなもん生きていく上でどうでもいいものに過ぎないのだが、周囲の人間はそうは思わないらしい。
誰もが俺の顔とステータスに群がり、都合よく俺を消費しようとしてくる。
でも、あいつだけは違った。鳳湊人という人間は——
だから、俺はあいつのことが人として好きだし、高校生活最後の青春くらいはあいつと一緒にツルんでバカをやりたいから、わざわざこんな都会へ一緒に通う道を選んだんだ。
まあここだけの話、俺は高校を卒業したら進学せずに就職する組なんだけどな。親父が地元でやってる板金屋に。
でも、そうやって将来が決まっているからこそ『高校の三年間くらいは、あいつと楽しく過ごしたい』と頼み込んだら、親父は笑って快諾してくれたのだ。
湊人というやつは昔からバカほど人がいい。他人から見ればどうでもいいようなことですら、ずっと真剣に悩んでいるくらいに。かつ、バカみたいに真っ直ぐだ。
あいつ自身は、それがどれほど良い取り柄なのか全くわかっていないみたいだが。
極めつけに……あいつはバカみたいに鈍感だ。それも本人が気づいていないからタチが悪い。
でも、そんな裏表のないやつだからこそ、俺はずっとあいつの親友をやっていられるわけで……俺にとって湊人は唯一の親友であり、損得勘定抜きで心を開いて話せる心の支えのような存在なんだ。
そして、俺はそんな世話になりっぱなしの親友を、やっと少しだけ助けてやれる絶好の機会に恵まれたのだった——
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時は遡る——
ゴールデンウィーク前のあの日、俺が部活を終えた帰り道のこと。
校門を抜けた瞬間、俺の背後から冷たい声が追いかけてきた。
「あの、舟橋くんだったわよね?ちょっといいかしら?」
そのひどく冷淡で、それでいて不思議な引力を持った声の方へ振り向くと、そこには今日の昼休みに俺たちのテーブルに割り込み、湊人の横に座って堂々と弁当を食っていた学園の名物美少女が立っていた。
茨姫こと——朝凪澪。
忘れもしない。
俺の大切な親友をずっと傷つけて、振り回し続けている最悪の悪女だ。
親友を代表してなにか嫌味の一言でも言ってやりたいところだったが、あいにく今日の昼に俺の面は割れてしまっている。だから俺はグッと堪えて、いつも愛想を振りまいた。
「えっと、朝凪さん……だっけ?どしたの、俺になんか用?」
「その、ちょっと舟橋くんに聞きたいことがあるのよ……」
「俺に……聞きたいこと?」
「ええ」
「それって……なに?」
彼女が俺に聞く事?そんなもんあるはずがないだろ。
俺が心の中で警戒レベルを引き上げていると、朝凪さんは周囲の生徒の目を気にするように、ピリピリとした冷たい声でまくし立ててくる。
「ちょっとここだと話しにくいわ……ついてきてくれないかしら?」
「は……?ちょっ!?どこいくの?!」
あまりにも強引であり、相手の都合など一切考えない怒涛の流れ。
流石は茨姫。噂は本当だった。傍若無人と噂の態度は伊達じゃない。
が、俺としてもこんな校門のど真ん中で、彼女と一緒にいる所を多くの生徒に見られるのは心底嫌だった。
そんな場面を見られて変な噂が立ち湊人の耳にでも入ったら、あいつがどれだけ傷つくかわからない。
だから俺は嫌々ながらもため息をつき、スタスタと前を歩いていってしまう朝凪さんの背中を追うしかなかった——
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場所は変わり、学校から少し離れた大通りのバーガーチェーン店——
移動中は一言も話さないまま、俺は今、一番奥のボックス席に強制的に座らされていた。
そして、カウンターで注文を終えた朝凪さんが手に二つの紙カップを持って戻ってくる。
「……はい。これ、コーヒー」
「あっ……ども……」
無表情でコーヒーを差し出され、俺はカップを両手で包み込みながら探るように彼女の顔色を窺った。
「えっと。それでその、要件は……?」
「…………」
俺の問いかけに、椅子に腰掛けたばかりの朝凪さんはすぐには答えず、一旦黙り込んでコーヒーの表面を見つめている。
……マジでなにがしたいんだこの子?
そんな疑問が限界に達しようとしたその時、朝凪さんがひどく躊躇いがちに小さな口を開いた。
「あなた、鳳くんの幼馴染なのよね?今日、学食で聞いた限りだと」
「えっ、ああ。まあそうだけど……」
「あのっ……鳳くんの事。教えてほしいの」
「……は?湊人の事?」
「そう。鳳くんの好きなものとか趣味とか……なんでもいいから」
「好きなもの?趣味?それを聞くためにわざわざ俺を…………?…………あっ……」
予想の斜め上をいく要件に、完全に困惑したのもつかの間……脳内で急速に思考が回転し始める。
今考えてみれば、朝凪さんは放課後に部活などしていたのだろうか?いや、そんな話は一度も聞いたことがない。帰宅部のはずだ。
じゃあ、こんな遅い時間まで朝凪さんは俺の部活が終わるのをずっと待っていたって事になる。他でもない、俺から『湊人の事を聞き出すため』だけに。
それで完全に合点がいった。
あまりにも簡単すぎる推理だが、まず間違いないだろう。
プライドの高い美少女が自分の時間を削ってまで、クラスメイトの幼馴染を待ち伏せして趣味嗜好を聞き出そうとする理由。そんなものはこの世に一つしかない。
……湊人、お前……案外やるじゃん……。
俺は思わず口元がニヤけそうになるのを必死に堪え、努めて真剣なトーンを作って切り出した。
「えっと朝凪さん……回りくどいのは俺嫌いだし、ストレートに言うけどさ。もしかして朝凪さん、湊人の事が好きなの?」
そのド直球の問いに、彼女は氷を当てられたかのように面白いほどピタリと固まった。図星だろう。
「まあいいや。湊人の事教えるのは別にいいけど、その前に一つだけ聞いていい?」
「……なにかしら?」
「そんなに湊人のことが気になるなら、人に聞くんじゃなくて自分から真っ直ぐ思いを伝えればいいんじゃない?湊人はたぶん朝凪さんのこと——」
そこまで言った瞬間、彼女の顔色がサッと青ざめ悲痛な声で俺の声を強制的に遮った。
「それが出来るなら始めからそうしてるわよっ!……もういいわっ、あなたには頼まない」
そう言って彼女は叩きつけるように鞄を持ち、席を立とうと動き出す。
俺は慌てて立ち上がり、彼女の目の前に両手を突き出して全力で止めた。
「ちょっ!?待ってって……教えるからっ!ごめん俺がちょっと言い過ぎたよ……色々あるよね?人間関係って……だから一旦座って」
「…………まったく……はじめからそうしてほしいわ」
イラッとした顔で、殺意を込めて俺を睨みつける朝凪さん。
……なんか、だいぶこじらせてんな。てか朝凪さんがここまで不器用で意固地な様子なら、たぶん湊人も同じようにこじらせているってところか……。
二人の間に何があったのかは知らないが、まあこれ以上変に探るのも野暮というものだ。
だから俺は、その瞬間に一つの決断をした。
親友の長年の報われない恋が、実は両思いだったという特大のチャンス。これを逃す訳にはいかない。
そう、俺は朝凪さんの不器用な恋を、そして湊人の一途な恋を全力で応援する事に決めたのだ。
二人がお互いに一歩踏み出せない理由は色々とあるのだろうが、俺の知る限り、二人の関係は1年以上も平行線のままだ。
ということは、このこじれた二人をくっつけるには、ちょっとやそっとの刺激じゃ足りない……劇薬が必要だろう。
そんな思考に至った俺は、あえて親友から恨まれる『汚れ役』を被る事にした。
湊人には昔からずっと色んな世話になってるからな。これくらいは幼馴染としての恩返しだ——
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それから俺は、日々時間を取って朝凪さんに向けて、湊人のあらゆる嗜好や性格を徹底的に叩き込んだ。
それこそ、大学のレポートにまとめて提出できるくらいの勢いと熱量で——
また、心は痛むが、並行して湊人を徹底的に煽って焦らせる作戦に出ることにした。
朝凪さんには、あえて学校内で俺と仲良くするふりをしてもらうようにお願いし、二人きりで空き教室で密会しようとしている所を、わざと湊人に見せつけることも提案した。
最初、朝凪さんは『あなたとそんな真似するなんて、絶対に嫌よ』と相当怪しみ、頑なに嫌がっていたが、『あいつは鈍感だから、これくらい強烈に煽ってやらないと絶対に動かない』という旨を真剣に伝えたら、嫌々ながらも了承してくれたのだ。
ちなみに、さっき教室を出る間際、演技で朝凪さんの肩にそっと触れて抱き寄せる仕草をした時、彼女は周囲には見えない角度で俺を殺すような鋭い視線で睨みつけてきていた。
そして、教室を出て廊下の人気が無くなった瞬間、スゴイ勢いで俺の手を振り払い、『もう二度と私に触らないでっ!不快よっ!』と吐き捨てたのだ……。
ほんと茨姫の二つ名は伊達じゃない。完全に心が折れそうになった。
なんで湊人はこんな怖い子を好きになったんだろうな?他にもっと可愛くて愛嬌のある子なんて、俺がいくらでも紹介してやるのに。
まあそんなこんなで、あえて湊人の前で朝凪さんと仲良くして、親友の強烈な嫉妬を煽る作戦は始まった。
あいつは傷つくだろうが、それでもやる時は絶対にやる男だ。
というか、ずっとこんな怖い子を追いかけ続けている時点で相当な根性が座っているはず。きっと大丈夫だ。
それに、もし俺のこの程度の煽りで湊人が折れて諦めるようなら、たぶんこの子と付き合っても長くは続かない。すぐにこの恐ろしい茨姫に、湊人の優しいメンタルがボキボキに折られるのがオチだ。
そんな未来、親友として俺には絶対に許せない。
それならいっそ、一度完全に心をへし折ってそこから這い上がらせてやるのも男の友情というやつだ。
一時的に俺は死ぬほど恨まれるだろうが、あいつならそのうち俺の真意をわかってくれるさ。
そう、それくらい俺は、親友の恋に対して《《本気》》だったんだ——
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そして現在——
薄暗い第二倉庫室のドアが乱暴に開け放たれ、俺の目の前には息を切らして顔面蒼白になった湊人が立っていた。
俺のわかりやすすぎる誘導に、やっと気づいて動いてくれたのか。
俺の残した痕跡を追いかけて、ついに俺と朝凪さんのいるこの密室に全てを投げ打って飛び込んで来てくれたのだ。
作戦大成功——それがたまらなく嬉しくて、俺は思わず呆れたようなふりをして口元をニヤけさせてしまった。
……やっぱお前は最高にバカで、真っ直ぐな男だよ。湊人。
俺はおもむろにドアの前で立ち尽くす湊人の方へ向かって歩き出すと、すれ違いざまにポンと親友の肩を叩いた。
「湊人、待ってたぞ?あとは……頑張れよ?」
「……えっ……待ってた?は?匠っ?」
「じゃ、俺はテスト勉強あっから……」
混乱して間抜けな声を出す湊人を置き去りにして、俺は彼に背を向ける。
そしてドアから出る直前、パイプ椅子に座ったまま固まっている朝凪さんの方を振り返った。
「朝凪さん。湊人がここに来たって事はその意味……わかってんね?じゃ、お幸せに」
「ちょっ?!舟橋くん!?あなた、勝手に何をっ——!」
あたふたして抗議しようとする二人をその場に置き去りにして、邪魔者はさっさと撤退する。
あとは不器用な二人次第。どうか、いい流れになりますように。
歩きながら、俺はふと湊人のあの絶望しきった顔を思い出して小さく笑った。
そもそも湊人のあの嫉妬に狂った感じ
……やっぱりあいつ、俺に彼女が居ることに全く気づいてないな……。
まあ、この事については今は変に触れないでおこう。
たぶん色々と面倒なことになって揉めるし、正直俺も親友を本気で怒らせるのはちょっと怖い。
だって言えるわけがないじゃないか……俺が湊人が実家で死ぬほど大事にして溺愛している一つ下の妹の、遠距離恋愛中の彼氏だなんてな。
このまま上手くいけば、俺とお前は親友を飛び越えて本当の『家族』になるんだよ——




