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第23話 点と点が繋がる時、俺は——

あの学食での出来事から数日——


俺の平穏だったはずの日常は、確実に、そして静かに音を立てて変化し始めていた。

ここ最近も、朝凪は俺の机の横に自分の椅子を引き寄せ、つきっきりで勉強を教えてくれている。

驚くべきことに、その献身ぶりは短い授業間の休み時間にまで及び、俺が少しでも首を傾げれば、すぐに隣から親身になって解説をしてくれるまでになっていた。


それは、今日のこの10分間の休み時間でも同じだ。


「だいぶ出来るようになってきたわね、鳳くん」

「そうかな?」

「ええ。まあ最初の絶望的なレベルがだいぶ酷かったってのがあるけれども……あっ、そういう意味で言ったんじゃないのよ?ごめんなさい……」

「いいって朝凪、それは全く間違ってないし」


俺が苦笑すると、彼女もホッとしたように小さく肩をすくめて笑った。

その自然で柔らかな仕草は、どこにでもいる普通の、少しばかり世話焼きな女の子と言っても過言ではない。


かつての『茨姫』を変えたもの……それが一体何なのか。

俺は心の奥底でその正体にうっすらと気づきながらも、あえて考えないように思考に蓋をしていた。


「そっ、そういえばさ朝凪……」

「ん? なに、鳳くん?」


そんな現実逃避の思考の裏返しだったのだろうか。

俺の脳からストレートに出た疑問が、ふいに口をついて出てしまう。


不意打ちの質問に、朝凪は丸く大きな目をさらにクリッと見開いて俺の顔を正面から見つめてくる。

たった数週間前までは、話しかけただけで眉間に深いシワを寄せて威嚇していた彼女からは到底想像できないほど無防備な顔だ。


「この前俺に聞きたいことがあるって言ってたよな……?その、ゲームの事って……あれ結局なんだったんだ?」


俺は自分から、あのときの不完全燃焼な会話の続きを促してしまった。

それは、聞きたくないと本能が警鐘を鳴らしているのに、どうしても確かめずにはいられない。

そんな自傷行為にも似た不思議な感覚だった。


俺の問いかけを受けた朝凪は、何度かパチパチと長いまつ毛を瞬かせた後、ひどく恥ずかしそうに頬を朱に染めてもじもじと声をあげる。


「あっ……そっ、そう……覚えててくれたのね……実は、ちょっと鳳くんに聞きたい事があって……」

「それってどんな事? 俺でわかる範囲なら教えてあげられるけど……」

「それはっ……」


朝凪は周囲の生徒に聞かれないよう、さらにグッと俺の方へ顔を近づけてくると、迷うように視線を彷徨わせ、やがて意を決したように小さな声で打ち明けた。


「私、その……パソコンでFPSゲームってのがやりたくて……それでどんなPCを買えばいいのか全くわからなくって……」

「……えっ、FPS!?あっ、朝凪が!?」


FPS——反射神経とエイム力、そして何より闘争心が試される比較的男子に人気の高いハードなゲーム。要するに一人称視点のゴリゴリの対戦型シューティングゲームである。


「なっ、なによ……悪い?私だってそういうのに興味を持つこともあるのよ……」

「いやっ、今のは俺の反応が悪いな……ごめん。で、どんなFPSのゲームをやりたいんだ?それによっても必要なPCのスペックは全然変わるんだけど……」

「それは、えっと……確かなんとかペックスってやつなんだけど……」

「えっ……マジで?◯ペックス?!」


それは2〜3人一組のチームを組み、広大なマップで最後の部隊になるまで戦い抜く、現在世界中で大流行しているバトルロイヤル系FPSだ。


どうしてまた、あの朝凪がそんな血生臭い代物に興味を持ったのか……。

そこまで考えた瞬間、俺の脳内でバラバラだったピースが最悪の形で繋がってしまった。


そう。そのゲームは俺と匠が、夜な夜なボイスチャットを繋いで遊んでいるメインタイトルだからだ。


ネットやSNSの海でもよく見かける、「女子が好きな男子の趣味に染められてゆく」というあの典型的な現象。その説が背筋を凍らせるように俺の脳裏を過ぎる。


まさかこの茨姫でさえも、それは例外無く訪れているんだろうか——


「そう、たぶんそれよ……それをやってみたくて。私、学校用のノートPCしか持っていないし……雫に聞いてもそんな難しいの知らないっていうから」

「ああ、そっ、そうなんだ——」


雫とは主に手軽なスマホの協力ゲーしか遊んでいない。だから彼女がFPSの知識を持っていないのは当然だ。


それから俺は、その後の予鈴のチャイムが鳴るまでの短い間、まるで機械のように感情を殺し、おすすめのPCのメーカーについて朝凪に淡々と能書きを垂れ流していた。


脳の奥底に、ポッカリと穴の空いたような小さな虚無を感じながら——



————————



その日のお昼休み——


いつものように学食へ向かおうと席を立って歩き出した瞬間、俺のズボンのポケットでスマホが短く振動した。

画面を見るとメッセージが一通。 内容はひどく単純で一方的なものだった。


【匠:悪い湊人、今日ちょっと用事があって昼飯一緒に食えない。すまん!!】


これも俺の平穏な日常に起こり始めた、身近な変化の一つだ。

昼休みのルーティンは、よほどの事がない限り一緒だった匠が、ここ最近は異常に付き合いが悪い。


まあ、彼もリア充のトップ層なわけで、女子からの呼び出しやら何やら色々とあるのだろうと頭では理解できる。

だが、脳内の何処かにどす黒くて嫌な不安が過ぎるのが辛い所だ。


まあ、どちらにせよ飯は食わなきゃいけないので、俺は一人で学食に向かいながらそのメッセージに【了解】とだけ返事を返した。


モヤモヤとした晴れない気持ちのまま、いつもの混雑した廊下を歩く。

その時、見慣れた顔が俺の横を小走りで駆け足で横切った。


「……あれ……匠……?」


そんな俺の呟きに気づいているのかいないのか。その爽やかなイケメンは人混みを風を切るようにすり抜けて、俺の出てきたばかりの教室の方へと向かってゆく。


俺は無意識に廊下の真ん中で足を止め、匠の後ろ姿を目線で追った。

視線の先、およそ十メートルくらい離れた俺の教室のドアの前。

そこで匠は足を緩め誰かを待つように立ち止まった。次いで、そのドアの中から一人の人影が出てくる。


歩くたびに揺れる、長い艷やかな黒髪のポニーテール——それは、間違いなく朝凪だった。


合流した匠に朝凪は小さく微笑みかけると、二人は自然な動作で肩を並べ、そして朝凪は学食の時と同じように匠の制服の袖にそっと自分の白い手を置き、親しげに距離を詰めてゆく。


その光景が俺の喉をギリリと狭め、心臓を冷たい手で直接強く握り潰されたような強烈な圧迫感に陥らせた。


棘の抜けてゆく朝凪の変化。朝凪のゲームへの興味。二人連れ添う後ろ姿——その全てが一つの結論に向けてつながってゆく。


声が出せないまま廊下で立ち尽くす俺のことなど、視界の端にも入れる様子もなく、二人はひどく睦まじげな雰囲気のまま、部室棟へと続く階段の方へと肩を並べて歩いてゆく。


そんな美男美女のカップルに、周囲の生徒たちから好奇と羨望の視線が集まる。

俺はただ、その無数にある視線のうちの一つになり下がり、遠ざかる二人の背中を見つめ続けていた。


この数日間、俺の心の何処かで見ないふりをして蓋をしてきた感情。

それが今、はっきりと、どす黒い実体を持って俺の全身を支配し始めているのを、俺ははっきりと感じ始めていた——



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