第14話 女神降臨——
雫とデートの約束をした土曜日は、俺の心の準備が整う間もなくあっけなく訪れた——
そもそもである。
俺の17年間の冴えない人生において、女の子とのデートなんてイベントは初めてだったわけだが、それは雫も同じらしく……深夜のネトゲ中のボイスチャット内で、敵を狩りながらなんとなく練って決めた今日のプランは、世間一般の高校生カップルが描くようなキラキラ感とは程遠い、あまりにも泥臭いものだった。
だが、正直変に背伸びをせずに済むその適当さが、今の俺にはひどくありがたかったりもする。
そして今、待ち合わせ場所であるいつもの公園のベンチで、俺は若干の緊張と共に彼女を待っている——
視界に収まるのは、放課後や深夜に見慣れたいつもの風景。
ただ一つ決定的に違ったのは、今が真っ昼間だという事だ。
現在時刻11:30。
休日特有の活気に満ちた公園の空気は、なかなか新鮮でどこかソワソワする。
そんな中——
遠くからこちらへ向かって歩いてくる人影が一つ。
それが誰であるかを脳が認識した途端、俺は思わず息を呑み、心臓を鷲掴みにされた。
神秘的な蒼いインナーカラーが揺れる黒髪。
健康的な太ももが惜しげもなく露出した短いスカートに、身体のラインに沿って胸の谷間がくっきりと浮かび上がる、タイトなリブニットのトップス。
深夜の薄暗い公園でしか会ったことのなかった彼女を、初めて太陽の光の下で直視したその姿は、俺の語彙力では到底表現しきれないほど、圧倒的なまでに完成された女神そのものだった。
いつものだぼだぼのパーカー姿を想像していた俺は、あまりの美しさと刺激の強さに完全に思考がフリーズしてしまう。
が、そんな俺のパニックに気づくはずもなく……ベンチに座る俺を見つけるや否や、雫はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべ、まるで飼い主を見つけた子犬のような勢いで駆け寄ってきた。
「みなと〜〜!!」
きらきらと弾けるような笑顔。
そして、走るステップに合わせて暴力的にゆさゆさと揺れるおっぱい。
すれ違ったランニング中のおじさんが、思わず二度見して電柱にぶつかりそうになるほどの破壊的で理不尽なエロカワさ。
その光景を見ただけで、俺の身体は自然とベンチから立ち上がり、全身の筋肉を硬直させていた。
「あ……ああ……しずく……」
「おっまたせ〜!!えいっ!」
——むにゅ……♡
「ぐっ…………」
まるでじゃれつくように、雫は俺の片腕に両腕をきつく絡ませてきた。
薄い布地を隔てて二の腕にピタッと密着してくる、柔らかすぎる二つの膨らみ。
彼女から漂う、甘くて少し大人びたシャンプーの香り。
……あの、とってもお胸が……これはまずいですよ雫さん……。
あまりの刺激に完全に声を失った俺に、雫は不思議そうに無邪気な顔を向けてくる。
至近距離で見つめるその顔は、その圧倒的素材の良さを極限まで引き出されたメイクが施されていて、その魅力的な両目の下にはコンシーラーで隠されることのない、くっきりとした泣きぼくろが堂々とその存在を主張していた。
どうやら彼女は、俺の前ではもうそれを隠すつもりはないらしい。
「ん? どしたの湊人……?」
「いや……なんでもない……」
「…………ん〜?なんかあやし〜」
「なんでもないって……」
「ホントに〜?なんかあたしの方見てくれないけどぉ〜??」
雫の至近距離からの破壊力に耐えきれず、俺はそっぽを向いて視線を逸らした。
『お前が可愛すぎて声が出ない』なんて、口が裂けても言えるはずがない。
そんな俺の狼狽を見透かしたように、雫は目を細め、口元にニヤニヤとした意地悪な笑みが浮かんだ。
「……あ〜〜〜♡わかったぁ!」
「なっ、なんだよ……」
「湊人のえっち〜♡」
「はっ!?はぁ!?なにがだよ!?」
「腕にあたしのおっぱいが当たってドキドキしてんでしょ〜??うわぁ〜ww」
……はい。それも大いにあります。
図星を突かれたことで、俺の額にじわりと嫌な汗が浮かぶ。
「ちちちちっ、ちげぇしっ!?」
「ぷぷぷぅww焦ってるぅww図星じゃん!湊人、あたしのおっぱい好きだもんねぇww」
「おまっ!?だからそんなんじゃねぇって!」
「いいんだよ素直になってww あえて当ててあげてんだからwwほれほれっ……きもちいいかい?♡」
……うん。やわらか〜い……じゃないんだよっ!
「雫っ!?そういうのやめろって?!ここ外だぞ!?」
「えへへっ♡湊人かわいい〜ww」
出会って数分。
既に完全に雫のペースに呑まれつつあるこの空間。
俺は押し寄せる甘い暴力と理性の崩壊をどうにか食い止めようと、必死に言葉を絞り出した。
「ほらっ!そんなことより行くぞっ……店が混んじゃってもいけないだろ!?」
「はいはいっわかりましたよ〜だ!じゃっ、早速ごはんへレッツゴー!」
「おいっ雫!?引っ張んなって!てか走るなっ!」
「あははっ!湊人おそ〜い!」
俺の抗議などどこ吹く風。
雫は俺の腕に柔らかい感触を押し付けたまま、弾むような足取りでぐいぐいと俺を引っ張っていく。
俺は盛大なため息と苦笑いを漏らしながらも、その雫らしい仕草の全てに心のどこかで深く安堵していた。
確かに、今俺の隣を歩いているのは間違いなく朝凪澪だ。
でも、その中に入っている魂は誰がどう見てもはっきりと違う。
やっぱり雫は、どこまでいっても俺の知る雫なんだ——
ただ、彼女のペースに完全に巻き込まれたせいで、とある事を言い出すタイミングを完全に逃してしまった。
『朝凪澪の身体を真っ昼間から借りて本当によかったのか』という、懸念事項を。
しかし、あの日雫も言っていたように、考えようによってはこれは朝凪澪と雫という同一人物内の、あるいは姉妹間のような問題でもある。
そう思うと、他人の俺が変に口出しをしていい領域ではないような気がして少し心苦しい。
朝凪への配慮。雫の過度なボディタッチ。そして、可愛すぎるその見た目。
その全てが、今日のこの先の展開がどれほど過酷になるかを物語っていた。
そんな現実から目を逸らしながらも、俺は雫の柔らかい腕に引っ張られるがまま、人生で初めてのデートへと踏み出してゆくのだった——




