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第13話 気がつけば進んでゆく関係——

あれから結局、俺は雫をそれ以上問い詰めることをしなかった——


聞きたいことは山ほどある。

でも、それを今すぐ彼女にぶつけることはどうしても憚られた。


俺の思考のキャパが既に限界を迎えていたという面もあるが……。

なにより、目の前でボロボロになって、縋りつくように泣きじゃくる彼女を見ていたら、これ以上彼女を追及するのはまるで拷問と同じだと、心のどこかで感じてしまったのだ。


それに加えて、雫が震える声で告白してくれた作られた偶然。

それを聞いた時、俺の胸の奥で、ひどく不謹慎で歪な感情が芽生えてしまった。


わざわざ雫が俺の事を選んでくれた事——それがどうしようもなく嬉しかったのだ。

当初の彼女の動機がどうであれ、今さらそれを問い詰める気なんてない。


同時に罪悪感も湧き上がってきた。

健気な雫に対して、俺は何も知らずに、よりにもよって朝凪澪への恋愛相談を持ちかけていたのだから。


自分が好意を寄せている男から、自分の宿主への恋愛相談を聞かされる。

それはきっと、想像できないほどの苦痛を伴う時間だったに違いない。

だから俺は、この事については完全に水に流そうと心に決めたのだ。


彼女が今、必死に雫という一人の人間としてここに立とうとしているなら、俺が真っ先にすべきことは肯定であり、詮索じゃない。

彼女が何者で、どうして生まれたかなんて今の俺にはどうだっていい。

雫が雫であるのなら、それで——


そんな、ひどく盲目的な感情さえ湧いていた。


彼女という存在がちゃんと俺の目の前にいる。

それが、俺にとってはなによりも大事だったんだ。


……まあ、これ以上彼女の深淵を覗き込めば、俺たちの積み上げてきた脆い関係性が音を立てて崩れ去ってしまう。そんな最悪の予感を、適当な理屈をつけて正当化しているだけなのかもしれないが。


こうして、その日は雫が泣き止み、いつもの軽口を叩ける調子に戻ったのを確認してから俺は家へ帰った。

ベッドに潜り込んだ後も、未だ消化しきれない問題の数々に脳を焼かれ、何度も寝返りを打ちながら、それでもどうにか泥のような眠りについたのだった——



————————



翌日——


何一つ変わらない平穏な日常が幕を開け、昼休みが訪れた。

悪友である匠と共に適当な飯を胃に流し込み、いつものように黄色い声の群れに匠が連れ去られるのを見送る。


そして一人で教室に戻り、自分の席についた時。

俺はいつもと変わらぬ孤高のオーラを放つ隣の席の少女——朝凪へ、そっと視線を向けた。


やはり朝凪は雫そのものだ。いや、本来なら逆なのだが。

同じ顔、同じ身体、インナーカラーは見えないがほぼ同じ髪。

それなのに、纏うオーラも、空気の重さも、何もかもが全く違うことに改めて驚かされる。


そして、昨日知ってしまった真実が俺の思考に悪戯をして、朝凪と雫の境界線がふっと曖昧にブレてしまったその瞬間だった。


「なに鳳くん?さっきからジロジロこっち見て……?」


凍てつくような声と、絶対零度の視線。

それは間違いなく俺を無惨にフった茨姫の凄みであり、心臓が握り潰されそうなほどの畏怖を俺に抱かせる。


しかし、その鋭い目元はほんの少しだけ赤く腫れ、泣き明かしたような痕跡を残していて……それが昨日の夜、俺の腕の中で泣きじゃくっていた雫の顔と完全に重なってしまった。


だから俺は、何を思ったのか口にしてはいけない言葉を脳を通さずに声にしていた。


「あっ、えっと……最近の新しいガチャとか、回したか……?……っ!?」


言葉が空気を震わせた直後、取り返しのつかない事をしたと気づいた俺の背筋を嫌な汗が滝のように伝い落ちる。

俺の一言に、朝凪は怪訝そうに、そして心底不快そうに眉をひそめた。


「……はぁ?新しいガチャ?あなたはなに言ってるの?なんのことかよくわからないけど……少なくとも、そのガチャっていうのは私はやってないわ……」

「…………そっ、そうだよな……ごめん朝凪……」


「他に用は?」

「ない……です……」

「そっ……」


そう言って、完全に興味を失った様子でそっぽを向いた朝凪を見て、俺は気付かれないように大きく胸を撫で下ろした。


……危なかった。

変に内情を知ってしまったことで、俺の脳が完全に混乱している。

これからはもっとしっかり意識しないと、取り返しのつかない事になるかもしれない。


だが、今の一瞬のやり取りで一つだけ明確にわかったことがある。

雫の告白を信じてはいたが、今の絶対的な反応を見て、確実に朝凪澪と雫は意識を断絶された別人なのだと。

こうして、俺はなんとも言えない複雑な気持ちを抱えながら、その日の午後の予鈴を迎えたのだった——



————————



その後は何事もなく学校を終え、バイトも休みだった事もあり、家に直帰したその日の夜。

俺のスマホに一件のDMが通知された——


『雫:ねぇねぇ湊人。昨日の今日でこんな事言うのもあれなんだけどさ。湊人がよければあたし湊人とデートしたい。だってあたし湊人の彼女だもん』


その直球すぎる内容に、俺の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。


デート——

思えば雫とはなし崩し的に身体を重ね、秘密を共有する関係にはなったが、普通の恋人らしいデートというイベントは一度もこなしていない。

付き合う前も夜ベンチでだべるか、ゲームするだけといった、男友達と何ら変わりないほどだ。


しかし、今後彼女と付き合っていくなら必要不可欠なステップなのは間違いない。


ただ、彼女とデートをするということは、すなわちその体の持ち主である朝凪の時間を俺が不当に搾取するということになるのではないか?

そんな、罪悪感と葛藤も胸をよぎる。


返信に迷い画面を見つめたままフリーズしていると、追い打ちをかけるように追撃のDMが届く。


『雫:やっぱダメかな?ダメなら諦めるけど』


そのいじらしい文面とともに、画面の向こうでシュンと肩を落とす雫の悲しげな顔がありありと脳裏に浮かんでしまい——

気がつけば俺は、躊躇いを捨てて指先を走らせていた。


『湊人:いいよ雫。デートするか』


送信ボタンを押した数秒後……待ってましたとばかりにすぐにスマホが激しく震えた。


『雫:やたっ!!すっごく嬉しいよ湊人っ!ありがとっ♡』


その短くもテンションの高すぎる一文を見て、俺はどうしても口元を緩ませ苦笑とともにこそばゆい気持ちになってしまう。

今度は大喜びではしゃぐ雫の顔が、手に取るように思い浮かぶからだ。


どうやら俺は、自分で思っている以上に雫に甘いらしい。

そしてそれ以上に、彼女の抱える歪な背景を含めて、雫を彼女として認識し始めているふしがある。


でも、俺は逃げずにちゃんと彼女と向き合うと決めたのだ。

決めた以上は、中途半端な妥協はしたくない。


近い将来、雫が朝凪とこの関係について真っ向から話せば、俺も否応なしに朝凪澪とちゃんと向き合わなければいけない日がくるだろう。

そうしたら、俺たちのこの危うい関係がどうなるかなんて誰にもわからない。


でも、それまでは……雫の立派な彼氏でいれるように努力したい。

なんの取り柄もない、ただのモブみたいな俺だからこそ、それに甘んじず彼女を笑顔にするための努力だけは続けたい。


そう俺は小さく、けれど固く自分の心に誓ったのだった——



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