第12話 あたしの生まれた理由 雫SIDE——
雫SIDE——
こんな事が起こるのなんて、最初からわかっていた。
でも、それでもあたしは湊人の側にいたかった。
澪を除けば、あたしという存在を認識してくれている世界でたった一人のひと。
彼に見つめられている時だけ、あたしは朝凪澪の影ではなく、雫という一人の女の子でいられたのだから——
必死だった。
どうか彼が理解してくれますようにと、ただそれだけを願ってみっともないほど彼に縋り、言葉をぶつけた。
そして、どうやらあたしの見苦しい足掻きは、彼の中に少しだけ届いたのかもしれない。
湊人は今、それ以上あたしを問い詰めることはせず、その温かい手で震えるあたしの指先をしっかりと包み込んでくれている。
底抜けに優しい。あたしにはもったいないくらい最高の彼氏だ。
「ねぇ湊人……これも知っておいてほしいから……聞いてくれる?」
「ん……?何だ雫?まだ……何かあるのか?」
「まあ、ね……実はさ……あたしたちが出会ったのって、偶然じゃないんだよ……」
あたしはどうしても、これを言わずに抱えたまま湊人との関係を続けたくなかった。
たとえそれが、あたしの好感度を下げる悪手だったとしても。
「へっ……?どういうことだよ……?」
目を丸くして、本気で状況が飲み込めていない様子の湊人。
その純粋な反応が、余計にあたしの罪悪感を刺激する。
でも、あたしは言葉を止めなかった。
「実はね。あたし、ほんの少しだけ澪の記憶が共有される事があるの……それで、その中に湊人の記憶があって、すっごく優しそうな人だなぁって思ってさ……それで、どうしても湊人と話してみたいって思っちゃたんだ、あたし……だからこっそり湊人の後着けたりして、それでむりやり話すきっかけ作ったんだよね……ホントにごめん……」
あたしは澪という本体の記憶から湊人の情報をこっそり読み取って、あまつさえ自分の意思で強引にフラグを立てに行ったのだ。
ストーカーと言われても文句は言えない、ひどく自分勝手な行為。
最初は目的が違ったんだけどね……。
「マジか……俺お前に着けられてたの?」
「……うん、ごめん湊人……」
「いや、責めてるわけじゃなくてさ……じゃあ、俺の目の前で派手にコーヒーにこぼしたの、あれわざとだったって事か?」
あたしたちの出会いは、他でもないこの公園のベンチだった。
運命的な出会いなんて綺麗なものじゃない。偶然を装った完全なる計画的犯行。
あたしは、なぜか澪の記憶に刻まれてた湊人のバイト先に出向き、彼がシフト上がりにこの場所で夕食をとるルーティンを知って……そして、絶妙なタイミングで彼の目の前に現れてコーヒーをド派手にこぼしてみせたのだ。
あざとすぎるドジっ娘イベント。
けれど、そんな三流ラブコメみたいな強引な方法しか、あたしには思い浮かばなかったから。
「うん……だって湊人と仲良くなりたかったんだもん……」
恐る恐る見上げた先には、呆れたような、それでいてどこか毒気を抜かれたような湊人の柔らかい苦笑いがあった。
自分があたしのお粗末な台本に乗せられていたと知ってなお、彼はあたしを拒絶しなかった。
「そっか……まあ、なんかお前らしいな……それに、なんだかんだ雫には助けられてたのは事実だし、今回だけは許してやるよ……」
そう言ってあたしを見つめる彼の瞳は、どうしようもないくらいに優しかった——
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あたしが生まれた理由はとても単純なものだった。
澪の理想を叶えるため。澪を幸せにするため。
ただそれだけ、少なくとも湊人に出会うまでは——
恵まれているけど息が詰まるほど厳しい家庭環境に生まれ、将来の為にと、たった一人で机に向かい続けるしかなかった澪。
そんな彼女は当然のように他者とのコミュニケーションが苦手で、いつも教室の片隅で一人ぼっちだった。
だからこそ、彼女は強烈に願ってしまったのだ。
明るくて、友達がいっぱいいて、誰にでも優しい……そんな自分とは真逆の女の子になれることを。
その強すぎる願いが形を持ったのが、あたしだった。
いつしか、あたしは澪の心の中に芽生え、内側で会話ができるようになり、中学に上がる頃には身体の主導権を共有できるまでに至っていた。
あたしは最初、澪の良き理解者で良き話し相手だった。
彼女が何を望んでいるのか、痛いほどわかっていたから。
だから、あたしは澪の身体を借りて、彼女の代わりにたくさんの友達を作ってあげた。それが彼女の理想とする、幸せな日常だと信じて疑わず——
でも、あたしは致命的なルールを知らなかったのだ。
あたしと澪の間では、殆どの記憶や感情が共有されないという残酷な事実を。
自分の知らない間に時間が進み、知らない人間関係が構築されていく恐怖。
それを知った澪は、結果としてあたしという得体の知れない存在をひどく恐れ、会話すら拒絶し、心を固く閉ざしてしまった。
今の澪が誰も寄せ付けない茨姫と呼ばれるようになったのは……他でもない、あたしのせいなのだ。
それからというもの、あたしは澪の日常を邪魔しないよう意識の奥底へと姿を隠した。
だけど、澪が高校に上がった頃——
深く沈んでいたはずのあたしの心に、澪の強い感情が流れ込んできた。
澪はある男子に強く惹かれていた。
どれだけ冷たく拒絶しても頑なに話しかけてきて、少しでも彼女がクラスに馴染めるようにお節介を焼いてくれるお人好しな男子——鳳湊人という存在に。
いままで感じたことのないその強い感情。
それを知ったあたしは、今度こそ澪の希望を叶えてあげたいと思った。
できれば彼と結ばれるという最高の結末を彼女に与えてあげたいと——
だからあたしは、久々に表舞台へと顔を出した。
澪は相変わらず内側からあたしが話しかけても一切答えてはくれないけれど、それでもよかった。
強引に澪の身体を借りて湊人との接点を作り、二人の恋のキューピッドになれるよう、あたしなりに必死に立ち回ったのだ。
でも、そこには最大の誤算があった。
あたしの中には、澪が強く願ったことや強烈な感情がそのまま同期してしまうらしくて……気づけばあたし自身も、鳳湊人という男の事がどうしようもなく好きになっていた。
それでも、あたしはその気持ちに蓋をして、澪のために必死に仲人に徹した。
なのに——
澪はあんなにも好きだったはずの湊人をフッてしまったのだ。
その結末を湊人から聞いて知った途端、あたしの中で何かが完全に壊れた。
だったらあたしが湊人の隣にいたい。
澪がその特権を放棄するなら、あたしが彼を独占したい。
そう強く願ってしまったのだ。
いつしか、澪から共有されたはずの記憶の断片と想いは、あたしの中であたしだけの本物にすり替わってしまっていた。
その身勝手なエゴの果てに今、あたしは湊人の彼女として彼の隣にいる——
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そして、あたしは懲りずにまたしても愚かな提案を口にする。
「ねぇ湊人……あたしたちの関係とか、湊人があたしたちの秘密を知ってる事とか……あたしから澪に言うから……だからそれまでは澪に黙っててほしいの……」
「雫……それは……」
「お願い……これはあたしと澪の問題だから……」
「……そうか……雫がそう言うなら、わかったよ……」
「うん、ありがと……」
「でも、そう言ってずっと黙っとくのとかは絶対にダメだからな?」
「大丈夫、わかってるよ……ホントにおせっかいなんだから……」
そう言って湊人の肩により掛かると、彼は戸惑いながらもあたしの重みをちゃんと受け止めてくれた。
とっても幸せだ。今は、ただそれだけで十分。
この先の事なんて、今は一切考えたくない。
あたしだって……少しくらいヒロインの夢を見たっていいよね?——




