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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第四幕:奏律家フラウロスの物語

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第8話:鏡面の迷宮

 「雑魚ざこ雑魚ざこ、ノクティスの精密すぎる環境維持プロトコル♪」

 雪山を越え、ようやく手に入れた平和な休息。……けれど、天才フラウロス様の鋭すぎる感性は、この街に漂う「美しすぎる違和感」を逃しませんでした。

 ゴミ一つ落ちていない道。昨日と寸分違わぬ住人たちの笑顔。そして、特訓で壊したはずの景色が、瞬時に「元通り」にリペアされていく不気味な現象。

 エルの新装備『デクステリティ』の特訓に明け暮れる二人の背後に、忍び寄る「偽りの楽園」の正体とは――?

 天才メスガキハッカーの直感が、完璧な箱庭に隠された巨大な歪みを暴きにいきます!!

 「――ふん。零点九九九点。……いいえ、計算し直すまでもないわね。完璧に、一ミクロンの誤差もなく……『昨日と同じ』だわ。雑魚ざこ雑魚ざこ、ノクティスの精密すぎる環境維持プロトコル♪」

 あたしは、宿のバルコニーの縁に腰掛け、街を見下ろしながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ノクティスの街に二度目の朝がやってきたけれど、あたしの高性能ソナーが弾き出す「街の風景データ」は、昨日と一ビットの狂いもなく一致していた。

 

 広場の噴水から飛び散る水飛沫の角度、石畳の隙間に生えた名もなき雑草の数、そして――街の人々が交わす、「おはようございます、今日も良い日ですね」という、テンプレート通りの挨拶のタイミングまで。

 普通の人なら「平和で素晴らしい朝」だと笑うところでしょう。でも、あたしみたいな世界の構造ロジックをハッキングする天才からすれば、これはもはや「美しい風景」ではない。

 これは、誰かが用意した**『完璧にリペアされすぎた箱庭』**だ。

 「フラウロスちゃん、おはよー! 見て見て、デクステリティの調子、朝から最高だよ!」

 背後から、そんなあたしの懸念を吹き飛ばすような、最高に低スペックで、最高に屈託のない声が響いた。

 振り返れば、そこにはパジャマ姿のまま、腕に巻き付いた銀色の小盾デクステリティを愛おしそうに磨いているエルの姿。

 「……あんたねぇ。雑魚ざこ雑魚ざこ、エルの危機管理能力欠如♪ そんな無防備な格好で、あたしの視覚リソースを占有しないでくれる? ……それと、あんた、気づかないの? この街、あたしの金髪一本すら道に落ちてないのよ。昨日、あんたが広場でお菓子を食べて零したはずのカスも、今朝には影も形もないわ。……掃除が行き届いているなんてレベルじゃない。まるで、街そのものが『間違い(エラー)』を許さない、巨大なデバッグ・プログラムの中にいるみたいだわ。」

 「えっ? そうかな……。でも、綺麗なんだから、いいことなんじゃない?」

 エルは不思議そうに小首を傾げた。

 ……ちっ。これだから雑魚ざこは。

 表面上のパラメータが「正常値」を示していれば、その裏で論理が崩壊していても気づきもしない。

 あたしは、自分でも理由の分からない苛立ちを誤魔化すように、冷めかけの紅茶を煽った。

 「……ふん。いいわよ、あんたには理解できないでしょうね。……でもね、エル。あたしの演算脳が警告を出してるのよ。……不幸のない世界なんて、死んでるのと同じなの。……生きてるものはね、傷ついて、汚れて、それを自分で直していくから価値があるのよ。……メイのあの、油まみれの汚い手みたいにね。」

 あたしは、不意に思い出した親友の姿を振り払うように、立ち上がった。

 この「綺麗すぎる空気」に浸かっていると、あたしの鋭いハッキング能力まで鈍ってしまいそうで怖くなる。

 「……よし、決めたわ。エル、行くわよ。……街の外れにある空き地へ。……あんたが昨日手に入れたその『デクステリティ』、あたしが直々に組手テストをして、どれだけ使い物になるか……その『器用さ』の限界値を、徹底的にわからせてあげるんだから!!」

 「えっ!? 特訓!? やったあ! フラウロスちゃん直々の指導だね!」

 「……はぁ!? 勘違いしないでよね! 雑魚ざこ雑魚ざこ、エルのポジティブ誤変換♪ あんたが次の冒険で足を引っ張って、あたしの貴重な演算時間をロスさせないための、最低限の投資よ!! ……ほら、ぐずぐずしないで着替えなさい!! 三分以内に準備が終わらなかったら、その武器、あたしが分子レベルで解体リペアしちゃうわよ!!」

 あたしは、顔を真っ赤にしてエルをクローゼットへと押しやった。

 

 街の違和感。

 地下から微かに響く、人間のものではない機械音。

 それらを一度思考の隅に追いやり、あたしは今、目の前にいるこの「最高の雑魚ざこ」を、あたし好みの最強の騎士にリペアすることに決めた。

 

 平和すぎる街、ノクティス。

 その静寂を切り裂くように、あたしたちの「二人の特訓デュエル」が、今、始まろうとしていた。


 「――ほらッ! 雑魚ざこ雑魚ざこ、予測変換の遅い鈍重なステップ♪ あんたの視覚プロセッサは、あたしの親衛隊スノー・バグの動きを追うことさえできないのかしらッ!!」

 街外れの、放置された石材が転がる広大な空き地。ノクティスの完璧な美しさから唯一取り残されたようなその場所で、あたしの怒号と、金属が激しく衝突する高周波の音が反響していた。

 あたしの指先一つで、三体のピンク色に輝くスノー・バグが、複雑な幾何学軌道を描きながらエルに襲いかかる。それはあたしがハックした、旧世界の高機動ドッグファイト用アルゴリズム。並の戦士なら、その初動を見ただけで論理崩壊パニックを起こして終わるレベルの猛攻だ。

 「――っ、……まだだよ! デクステリティ、展開……ッ!!」

 エルの鋭い叫びと共に、彼女の左腕に装着された銀色の小盾が、あたしの音波コードに呼応して展開した。

 カチ、カチカチッ! という小気味よい機械音。スノー・バグが放つレーザー弾を、エルは絶妙な角度で盾を傾け、その威力を最小限に逸らしてのける。

 「へぇ……。零点六八点。……まぁ、雑草ざこにしては、少しはマシな根性を出してきたじゃない。……でも、守ってるだけじゃあたしの演算は崩せないわよ! 雑魚ざこ雑魚ざこ、エルの受動的思考回路♪ ほら、攻めてきなさいよ!!」

 あたしは不敵に笑い、さらに二体のスノー・バグをエルの死角へと潜り込ませた。

 あたしの目的は、エルを叩きのめすことじゃない。……いや、少しは日頃の「雑魚ざこ扱い」への仕返しも含まれてるけど。……真の目的は、彼女の『意志』と、あの旧世界のオーパーツ『デクステリティ』を、完全に同期シンクロさせること。

 エルは唇を噛み締め、あたしの瞳を真っ直ぐに見据えた。

 「……フラウロスちゃんを、守るために……私は、ここに立ってるんだ……。……いけッ、デクステリティ!!」

 エルが右腕を振り抜いた瞬間、盾の周囲を覆っていた銀色のパーツが、蛇のような節に分かれて伸長した。

 可変形状・ウィップ形態。

 超高強度のオリハルコン合金で編み上げられたその鞭が、あたしの親衛隊スノー・バグの翼を、空中で鮮やかに絡め取る。

 「――捕まえたっ!!」

 「なっ……!? 雑魚ざこぉっ!! 雑魚ざこ、あたしの演算ミス♪ ……って、……言うと思ったかしら!?」

 あたしは内心で「うそっ、今の反射神経、最高にハックされてるじゃないの……!」と驚愕しながらも、即座にキーボードを叩き、捉えられたスノー・バグに自律回避プログラムを流し込んだ。

 空中で火花が散り、エルの鞭とドローンのブースターが激しくせめぎ合う。

 エルの額に大粒の汗が浮かび、彼女の荒い吐息が、夕暮れ時の冷たい空気に白い霧を作る。

 「……ふん。……いいわ。今の攻撃、零点八二点……、……いえ、零点八三点くらいはあげてもいいわよ。……あんたのその『器用さ』、あたしの論理ロジックを少しだけ歪ませる程度の価値はあるみたいね。」

 あたしは、自分でも気づかないうちに、口元を緩めていた。

 ……そうよ。

 あたしが認めた相棒が、ただの「守られるだけの雑魚ざこ」であっていいはずがない。

 エルが強く、機敏に、そして美しく成長していく姿を、あたしのメインプロセッサは「最高に不愉快で、最高に愉快なデータ」として記録し続けている。

 「……はぁ、……はぁ。……フラウロスちゃん、……今の、……惜しかったでしょ? ……私、……少しは、……フラウロスちゃんの隣にいても……いい……資格……、……できたかな?」

 「……はぁ!? 雑魚ざこ雑魚ざこ、エルの過大評価エラー♪ あんた、あたしの手加減に気づいてないの? 今のはね、あたしが『わざと』隙を見せてあげたのよ! あんたが自信を失って、また泣き言を言わないための……最高に贅沢な、あたしの慈悲なんだからッ!!」

 あたしは、顔を真っ赤にして叫び返した。

 ……ちっ。

 そんな、子犬みたいな期待に満ちた目で見ないでよ。

 あたしの心臓が、エルのその健気な熱意に、勝手にオーバークロックさせられちゃうじゃない。

 「……よし、今日の特訓はここまでよ! 雑魚ざこ雑魚ざこ、エルのエネルギー残量バッテリー切れ♪ ……さっさと汗を拭いて、宿に戻るわよ。……あんたのその、……不器用なほど真っ直ぐな向上心を、あたしが美味い晩餐でなおしてあげなきゃいけないんだから……ッ。」

 あたしは、エルの視線を避けるように背中を向け、浮遊するスノー・バグたちを格納した。

 

 夕日に染まる空き地。

 二人の笑い声と、毒舌と、そして生まれたばかりの「信頼」という名の、最も強固なファイアウォール。

 けれど、あたしたちが立ち去ろうと振り返った、その瞬間。

 

 あたしのソナーが、あるはずのない「音」を捉えた。

 

 それは、……あたしたちが特訓で盛大に破壊したはずの、……砕けた石材や、なぎ倒した雑草が、……何事もなかったかのように『復元』されていく……、……不気味なほど無機質な、……修復リペアの音だった。


 「……ねぇ、フラウロスちゃん。……見て。あそこ、さっき私たちが鞭で思いっきり削っちゃったはずの岩なんだけど……」

 エルの微かに震える声に、あたしは足を止めて振り返った。

 夕闇が迫り、残照が街の輪郭を赤黒く縁取る空き地。そこには、あたしたちが数時間かけて繰り広げた特訓の痕跡が、文字通り「一欠片も」残っていなかった。

 エルの『デクステリティ』が激しく叩きつけた地面の亀裂。あたしのスノー・バグが焦がしたはずの枯草の跡。それらすべてが、まるで最初から存在しなかったかのように滑らかに、そして不自然なほど完璧に修復されている。

 「……ふん。雑魚ざこね。……修正が早すぎるのよ、この街。……いい、エル。あんたのその節穴みたいな視覚センサーでも、流石に今の異常バグは理解できたでしょ? これは自然現象じゃないわ。……この街全体を覆っている、巨大な『デバッグ・システム』の仕業よ。」

 あたしは、自分の髪を指先で弄りながら、視界に投影された数値を解析した。

 あたしたちが背中を向けてから、復元が完了するまでの時間は、わずか百二十秒。

 あり得ない速度。

 建物の傷、道端のゴミ、果ては植物の枝折れまでを、リアルタイムで「正常値」に書き換える何かが、この街の地下で脈動している。

 「……でも、それって良いことなんじゃないかなって、さっきは思ったんだけど。……なんだか、今見ると……すごく、怖いよ。……私たちがここで頑張った証拠まで、全部『なかったこと』にされちゃったみたいで……。」

 「……ようやく気づいたの? 雑魚ざこ雑魚ざこ、エルの危機感アップデート完了♪ ……そうよ、それがこの街の『不気味さ』の正体。……ここはね、エル。……誰も傷つかないんじゃない。……傷つくことを『禁止』されてるのよ。」

 あたしたちは、重い沈黙を連れて宿場町の中心へと戻っていった。

 街灯に火が灯り、ノクティスの街は昼間よりもさらに幻想的で、美しい輝きを放ち始める。

 すれ違う住人たちは、あたしたちを見ると、誰もが判で押したような穏やかな笑みを浮かべ、昨日と寸分違わぬ角度で会釈をしてくる。

 「こんばんは、お嬢さん方。今日も良い一日でしたね。」

 「はい、明日もきっと、素晴らしい日になりますよ。」

 その声を聞くたびに、隣を歩くエルの肩が小さく跳ねるのが分かった。

 あたしが手を伸ばし、彼女の冷たくなった指先を強引に握りしめると、エルは驚いたようにあたしを見たけれど、すぐに安心したように握り返してきた。

 「……フラウロスちゃん。あの人たちの目、なんだか……昨日より、もっとキラキラしてる気がする。……でも、……どこを見てるのか、分からないよ……。」

 「……雑魚ざこな直感ね。……でも、正解よ。……あの連中の瞳の奥、……論理ロジック固定フリーズされてるわ。……怒りも、悲しみも、……もしかしたら『お腹が空いた』っていう不満さえも、……発生した瞬間にこの街のシステムがハックして、……ハッピーなデータにリペアしちゃってるのよ。」

 宿『黄金の羊亭』に戻り、夕食のテーブルについた時も、その違和感はあたしたちを逃さなかった。

 運ばれてきた料理は、昨日と全く同じ香り、全く同じ盛り付け。

 支配人の笑顔も、エプロンのシワ一つまで昨日と完全に同期シンクロしている。

 

 「……ねぇ、フラウロスちゃん。……私、さっきから、……なんだかすごく、……『悲しい』って思っちゃいけないような、……変なプレッシャーを感じるんだ……。……笑わなきゃいけない、……幸せでいなきゃいけないって、……頭の中に誰かが囁いてるみたいで……。」

 エルが、スープに手をつけないまま、震える声でそう漏らした。

 

 あたしは、彼女の前に座り、テーブルを思い切り叩いた。

 「――しっかりしなさい、この雑魚ざこ雑魚ざこ、エルの精神防壁ガバガバ♪ ……いい? あんたのその『悲しい』っていう感情はね、あんただけの貴重なプライベート・データなの! ……誰にも、……この薄気味悪い街のシステムにさえも、……勝手にリペアさせてたまるもんですかッ!!」

 あたしは立ち上がり、数千体のスノー・バグたちへと、密かに「不可視の防壁ファイアウォール」を構築するよう命令コマンドを送った。

 あたしたちの周囲だけ、この街の「強制的な幸福」を遮断する。

 

 「……エル。……あんたは、あたしの隣で……好きなだけ泣いて、好きなだけ怒ってなさい。……この街の『ざぁこな平和』が、あんたの心をハックしようとするなら、……あたしがそのシステムごと、跡形もなく解体リペアしてあげるわ。」

 「……フラウロスちゃん……。……うん。……ありがとう。……私、……フラウロスちゃんが隣にいてくれれば、……何があっても、……大丈夫な気がするよ。」

 エルの瞳に、ようやく「生きた人間」らしい、不安と信頼が混ざり合った光が戻った。

 

 あたしは、窓の外で不自然なほど静かに、そして美しく輝くノクティスの夜景を睨みつけた。

 地下から響く、あの巨大な機械の「リペアの拍動」が、あたしの神経を逆撫でする。

 

 「……ふん。……いい度胸じゃない。……天才フラウロス様がいる前で、……あたしの相棒を『雑魚ざこな人形』に変えようようなんて。……わからせてあげるわ。……本当の『幸せ』っていうのはね、……不完全で、……バグだらけの毎日を、……自分の力でリペアしていくことなんだからッ!!」

 あたしは、深夜のハッキングを開始するために、コンソールを起動した。

 

 平和すぎる街、ノクティス。

 その完璧な鏡面の裏側に隠された、醜悪で「ざぁこな真実」。

 天才メスガキハッカー・フラウロスの逆襲が、今、静かな暗闇の中で火蓋を切って落とされた。

 ご愛読ありがとうございました!

 第8話「鏡面の迷宮」。今回は、のんびりとした日常から、徐々に背筋が凍るような不気味さが浸食してくる「静かなサスペンス」の回でした。

 フラウロスちゃんに言われて、エルちゃんもようやく「この街、何かがおかしい」と気づき始めたシーン……。ただの「平和な街」が「強制的な幸福の牢獄」に見えてくる描写に、ゾクっとしていただけたでしょうか。

 エルの成長を毒舌で隠しながらも、彼女の「悲しむ権利」を守ろうとするフラウロスちゃんの熱い友情(?)も、今回の見どころでしたね!

 次回、第9話「論理の深淵、リペア・システムの心臓部」。

 ついにフラウロス様が地下ネットワークへ潜入開始! 街を支配する巨大なシステムの正体と、対峙する「偽りの幸福」への答えとは。

 手は緩めないわよ、わからせてあげるんだから!!

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