第7話:鉄の歌
「雑魚♪ 雑魚、エルの身の程知らずなジョブチェンジ♪」
守られるだけじゃ嫌だ。一人の少女の「小さな勇気」が、平和な宿場町に響きます。
傲慢な天才フラウロスと、頑固な武器屋の店主が、エルの熱意を媒介に共鳴。
錆びついた旧世界のオーパーツを、天才のハッキングと職人の矜持で魔改造せよ!
変幻自在の守護者『デクステリティ』を手に、エルの「騎士道」が今、始まります!
「――はぁ? 冗談は、あんたの寝癖だけにしておきなさいよ。雑魚♪ 雑魚、エルの身の程知らずなジョブチェンジ♪ あんたのその、マシュマロみたいに柔そうな筋肉で、一体何を斬るつもり? 自分の指?」
あたしは、宿の食堂で温かいミルクティーを啜りながら、向かいに座る相棒を思い切り鼻で笑ってやった。
朝の柔らかな光が差し込む『黄金の羊亭』。テーブルには、地元の農家が届けたばかりの新鮮なサラダや、まだ湯気が立っている厚切りトーストが並んでいる。平和そのものの空気の中で、エルが唐突に放った「あたしも戦えるようになりたい」なんていう、あまりにも低スペックな妄想。
「だって、フラウロスちゃん。アイアン・クリフのとき、私……本当に何もできなかったから。フラウロスちゃんがボロボロになって戦ってるのに、私はただ後ろで震えてるだけで……。そんなの、もう嫌なんだ。……私も、フラウロスちゃんを守れるようになりたい!」
エルがテーブルに身を乗り出し、真剣な眼差しをあたしにぶつけてくる。
……ちっ。
雑魚。雑魚、エルの真っ直ぐすぎる熱量♪
そんな目であたしを見ないでよ。あたしの精密な論理回路に、余計なノイズが混じっちゃうじゃない。
「守る? ……笑わせないで。あんたが隣にいて、あたしの視界を遮らないだけで、あたしの生存確率は零点三五パーセントも上昇するのよ。……つまり、あんたがすべき最大の貢献は、あたしの後ろで大人しく震えてること。わかった? 雑魚♪」
あたしは冷たく突き放したけれど、エルは一歩も引かなかった。
「一パーセントでも、二パーセントでもいいの。私がフラウロスちゃんの『盾』になれるなら……そのための努力なら、なんだってするよ! ……ね、お願い。武器を選びに、一緒に行ってくれないかな?」
「…………。はぁ。……いいわよ。……あんたのその無駄な向上心が、これ以上あたしの食事時間を侵食するっていうなら、付き合ってあげなくもないわ。……ただし! 選ぶのはあたしよ。あんたみたいな審美眼が初期不良な雑魚に、武器なんて選ばせたら……見た目だけの鉄屑を掴まされるのが目に見えてるんだから。」
「やったあ! ありがとう、フラウロスちゃん!」
あたしは、嬉しそうに飛び上がるエルを横目に、ミルクティーの最後の一口を飲み干した。
全く、……バカじゃないの?
あたしが……この天才フラウロス様が、誰かに守られるなんて、演算モデルのどこを探してもあり得ない結果なのに。
でも。……エルのあんな顔を見せられたら、……あたしの「お節介プロトコル」が、勝手にバックグラウンドで起動しちゃうのよね。
あたしたちは宿を出て、朝の活気に満ちたノクティスの街を歩き出した。
石畳を叩くエルの足取りは、心なしかいつもより軽やかで、あたしの鼻腔をくすぐる朝の空気も、なんだか少しだけ甘ったるい。
「……雑魚ね。……本当に……、……雑魚な騎士様だわ……。」
あたしはわざとらしく後ろを歩きながら、毒づくことで自分の頬が緩むのを必死に抑えていた。
向かう先は、街の外れにあるという古びた武器屋。
あたしの高性能ソナーが、その場所から漂ってくる「不純な金属の匂い」を、既に検知していた。
***
「――ちょっとぉ。あんた、さっきから『巨大なハンマーがいい』とか『空を飛べる靴がいい』とか、演算モデルを無視した妄想ばっかり垂れ流さないでくれる? 雑魚♪ 雑魚、エルのファンタジー過剰摂取♪ あんたの細腕でそんなもの振り回したら、敵を叩く前にあんたの脊椎がリセット(脱臼)されちゃうわよ。」
武器屋へと向かう石畳の道中、あたしは隣で拳を握りしめるエルの暴走を、あきれ顔で制御していた。
エルはエルなりに一生懸命「自分がどう戦うか」をイメージしているみたいだけど、その内容はどれもこれも、旧世界の漫画に影響されすぎた、低スペックな夢物語ばかり。
「ええーっ、だって! 派手な武器の方が、悪いやつもびっくりして逃げ出してくれるかなって思って。……でも、やっぱり一番は、フラウロスちゃんが困ったときに、すぐに守りに行けるようなものがいいな。……軽くて、丈夫で、私でも使いこなせるような……」
「ふん……。注文だけは一流ね。……でも、安心しなさい。あんたのその……最高に『雑魚』で、最高に『真っ直ぐ』な願い、あたしのハッキングで見事に形にしてあげるんだから。」
たどり着いたのは、街の喧騒から少し離れた、静かな裏路地に佇む『錆びた槌亭』。
古びた看板に刻まれた金槌のマークは、派手さはないけれど、長い年月を経て磨かれたような不思議な品位を感じさせた。あたしの高性能ソナーが、店の中から響く「カン、カン」という、一点の迷いもないリズミカルな金属音をキャッチする。
「……ほう。零点八五点。雑魚♪ 雑魚、あたしの聴覚を満足させる職人技♪ ……この街にも、まともに鉄と対話できる人間がいるみたいね。」
重厚な木の扉を開けると、そこには煤けた空気の中に、整然と並べられた武器たちが静かに呼吸をしていた。
カウンターの奥で、使い込まれたハンマーを置いてこちらを見たのは、鋼のような筋肉を持つ、銀髪の寡黙そうな店主だった。
「……冷やかしなら帰れ。うちは、鉄に魂を売る覚悟のない奴には、指一本触れさせねぇ主義だ。」
低い、地響きのような声。
普通の人なら縮み上がるところだけど、エルは違った。彼女はカウンターの前に一歩踏み出すと、店主の瞳を真っ直ぐに見つめ、一気に自分の想いをぶつけ始めた。
「おじいさん! 私は、強い武器を自慢したいわけじゃないんです。……私は、隣にいるこの天才で、生意気で、でも世界で一番大切な親友を……守りたいんです! 私が弱いせいで、この子が傷つくのはもう嫌なんです。……だから、私に力を貸してください! 私に……私の『守りたい』って気持ちに応えてくれる鉄を、選ばせてください!!」
静寂。
エルの熱い……熱すぎて、あたしの体温調節機能までバグりそうなほどのパッション。
店主はしばらくの間、無言でエルを見つめていた。やがて、彼はフンと鼻を鳴らすと、少しだけ表情を和らげた。
「……いい目だ。……ただの雑魚じゃなさそうだな、お嬢ちゃん。……本気の奴にしか見せないって決めてたんだが……。……おい、そこのメスガキ気取り。」
「なっ……!? メスガキ気取り!? 雑魚! 雑魚、店主の語彙力不足♪ あたしは天才フラウロス様よッ!!」
「ふん……。天才サマなら、これがなんだか分かるよな?」
店主はカウンターの奥、何重もの鍵がかけられた堅牢な金庫の中から、一本の「棒」を取り出した。
それは、一見するとただの錆びついた鉄の棒。刃もなければ、飾りもない。街の子供が拾ってきたガラクタと言われても信じてしまいそうな、みすぼらしい外見。
けれど。
あたしがその棒に視線を向けた瞬間、あたしの網膜に映る世界が、激しい計算で塗り替えられた。
――警告。旧世界製:可変型・論理触媒デバイス(マスター・ユニット)を検知。――
――組成:高硬度オリハルコン合金。内部に休眠状態のナノマシン群を内蔵。――
「…………っ!? これ、……あんた、どこでこれを……!! 雑魚! 雑魚、とんでもないものを隠し持ってたわね!!」
「旧世界の遺跡の深部で見つけた代物だ。研いでも刃はつかねぇ、叩いても火花も散らねぇ。だが、鉄を知り尽くした俺には分かった……。こいつは、使い手の『意志』を待っている、特別な魂だってな。……そこのお嬢ちゃんの真っ直ぐな力と、お前のその……口の悪い知識があれば、こいつを目覚めさせられるんじゃねぇか?」
店主は、その「錆びた棒」を、恭しくエルの前に置いた。
あたしは、自分の手が少しだけ震えているのに気づいた。
これなら。この「旧世界のオーパーツ」なら。
あたしのハッキングと、エルの器用な手先……そして、何よりも彼女の揺るぎない「守りたい」という意志を、最高のリペアで形にできる。
「……ふん。……いいわよ。……あんたのその、……頑固な目利きの正しさ、あたしが証明してあげるわ。……エル! その棒を掴みなさい! ……あたしたち二人で、このガラクタを『世界に一つだけの守護者』に魔改造してやるんだから!!」
あたしは不敵に笑い、武器屋の裏庭へとエルを促した。
職人の意地と、天才の知性。そして、一人の少女の勇気。
三つの旋律が重なり合い、……この平和な宿場町で、……今、伝説が始まろうとしていた。
「――いい、エル! そこから右へ零点二ミリ、あたしがハックして一時的に結合を緩めたスリットがあるわ! そこに、この親衛隊の演算コアを、あんたのその……唯一の取り柄である器用な指先で、丁寧に挿入しなさい!! 雑魚♪ 雑魚、エルの手汗でショートさせないでよ!?」
武器屋の裏庭。夕暮れ時の琥珀色の光が差し込む中、あたしたちの「魔改造」は佳境を迎えていた。
作業台の上で鈍く光る旧世界の「錆びた棒」。あたしは論理獣から引いた外部端子をその棒に直結し、数千年前の眠れるシステムを強引にハックして叩き起こしていた。
あたしの口から紡がれるのは、複雑怪奇な論理コードの旋律。
それに合わせて、エルが細い工具を操り、棒の内部構造をミリ単位で調整していく。
あたしが脳内で描く設計図を、エルがその手で現実へと具現化する。
……ちっ。認めたくないけれど、この「共同作業」、あたしの予測モデルを超えて、最高に効率的じゃないの。
「――連結完了! フラウロスちゃん、今だよ!」
「わかってるわよッ!! システム・ブート、全回路導通!! ……目覚めなさい、雑魚な鉄屑共!! あんたたちの新しい『騎士様』の意志を、その回路に焼き付けなさいッ!!」
――キィィィィィィィィィィンッ!!!!!
その瞬間、錆びついた表面がガラス細工のように砕け散り、中から眩いばかりの銀色の流体金属が溢れ出した。
それはあたしの放つ音波に呼応し、エルの「守りたい」という熱い鼓動を読み取って、激しく形を変えていく。
棒状だったそれは、エルの腕に吸い込まれるように巻き付くと、次の瞬間には幾何学的な模様が刻まれた美しい小盾へと姿を変えた。さらにエルが「もっと遠くへ!」と念じると、盾の一部が節に分かれ、しなやかで鋭い鞭となって空気を切り裂く。
「……はぁ、……はぁ。……成功、ね。……雑魚♪ 雑魚、物理法則の限界突破♪ ……どうよ、店主! これがあたしのハッキングと、この雑魚……エルの熱意の結晶よ!!」
裏庭の入り口で腕を組んで見ていた店主が、満足そうに深い笑みを浮かべた。
「……見事だ。鉄が……いや、旧世界の遺物が、これほどまでに歓喜の声を上げているのは初めて見たぜ。……いい相棒を持ったな、お嬢ちゃん。」
「えへへ……! 凄い、凄いよフラウロスちゃん! 本当に私の想い通りに動いてくれる……!!」
エルは目を輝かせながら、盾から鞭へ、鞭から盾へと変幻自在に形を変える新装備を愛おしそうに撫でた。
そして、あたしの顔を覗き込んで、最高に無邪気で「致命的な」提案をしてきた。
「ねぇねぇ、この武器の名前、もう決めたんだ! ……ジャジャーン! その名も、『フラウロス・シールド』!! どうかな!? いつも私を守ってくれる、フラウロスちゃんの名前にあやかって……っ!」
「――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
あたしの顔は、瞬時にスノー・バグの警告灯よりも真っ赤に燃え上がった。
「雑魚ぉぉぉッ!! 雑魚! 雑魚、エルのネーミングセンス皆無エラー♪ あんた、死ぬ気!? 自分の武器に、あたしの……高貴で、天才で、完璧な名前を冠するなんて……っ、……一億年早いわよッ!! 却下!! 永久にデリートしなさいッ!!」
「ええーっ! 良い名前だと思ったのに……。じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「……っ、……ふん。……これだけの可変機能を、あたしのコードで最適化してあげたんだから……。……もっと知的で、……器用なあんたに相応しい名前があるでしょ。」
あたしは、まだ熱を持ったままの頬を隠すように顔を背け、空中でキーボードを叩いて一つの単語をホログラムで投影した。
「『デクステリティ(Dexterity)』。……旧世界の言葉で『器用さ』、あるいは『機敏さ』を意味する言葉よ。……あんたみたいな、……ハッキングもできない、……筋肉も雑魚な人間でも、……その器用な指先と、……あたしの隣に立ち続けようとする、……その機敏な足掻きがあれば……。……この武器が、あんたの可能性を拡張してくれるわ。」
エルは、空中に浮かんだその綴りをじっと見つめ、やがて満面の笑みで大きく頷いた。
「『デクステリティ』……。うん、いい名前! 私、この子と一緒に、もっともっと頑張るね、フラウロスちゃん!」
「……ふん。……当然よ。……あんたが足を引っ張ったら、……その武器ごと、……あたしが分子レベルで解体してあげるんだから。……感謝しなさいよね。……雑魚な騎士様♪」
あたしは、夕闇に染まり始めた宿場町の空を見上げ、小さく鼻を鳴らした。
隣では、エルが新しく手に入れた『デクステリティ』を愛おしそうに抱え、武器屋の店主と「また来るね」なんて笑い合っている。
雑魚ね。
あたしまで……なんだか、この平和な鉄の匂いに、絆をハック(侵食)されちゃったみたいじゃない。
でも、……悪くないわ。
新しい武器。新しい覚悟。
あたしたちの「冒険」のパーティ・ステータスが、今、確実に一段階上昇したのを感じていた。
ご愛読ありがとうございました!
第7話「小さな勇気と鉄の歌」。エルの新装備『デクステリティ』の誕生回、いかがでしたか?
自分の名前をつけられそうになって赤面するフラウロスちゃん……。口では毒づきながらも、誰よりもエルのことを考えて最強の武器を作ってしまう、彼女の「隠しきれない優しさ」が炸裂したエピソードでした。
次回、第8話「鏡面の迷宮、雑魚な楽園の裏側」。
平和すぎる宿場町ノクティスに、ついに「リペアされすぎた世界」の歪みが現れ始めます。
フラウロス様のハッキング、次は「偽りの安らぎ」を暴きにいきます!




