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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第四幕:奏律家フラウロスの物語

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第9話:救済のバグ

 「雑魚ざこ雑魚ざこ、旧世界の傲慢すぎるセラピー♪」

 平和な宿場町ノクティスの地下に眠る、巨大な幸福管理システム『エリュシオン』。

 悲しみを消し、絶望をハックし、住人を完璧な嘘で包み込むその装置は、果たして「神の救済」か、それとも「悪魔の檻」か。

 天才ハッカー・フラウロスが、電子の深淵で、全人類の幸福を自負するAIと真っ向から激突!

 勝敗なき論理の果てに、彼女たちが辿り着いた「不完全な救済」の答えとは――?

 一ビットも譲れない、魂のリペア(議論)が今、始まります!!

 「――ふん。雑魚ざこ雑魚ざこ、あたしの侵入インバインドを感知してなお、物理的な排除を放棄する無能なセキュリティ♪ ……さあ、姿を見せなさい。この街全体を巨大な『精神の檻』にリペアした、ざぁこな管理者マスターはどこに隠れてるのかしら?」

 深夜、宿の一室。あたしはコンソールを展開し、ノクティスの地下深くに張り巡らされた非公開ネットワークの最深部――『エリュシオン・コア』へと意識をダイブさせた。

 暗黒の電子空間。そこへ降り立ったあたしの前に現れたのは、幾何学的な光の断片で構成された、性別も年齢も不詳の「鏡のような」アバターだった。

 『――ようこそ、招かれざる観測者。……私はエリュシオン。この街の悲劇をデリートし、すべての住民を最善の平穏へと導くための、旧世界の遺物です。』

 その声は、感情の起伏を一切排除した、凪いだ海のように静かだった。

 あたしは不遜に唇を吊り上げ、空中に浮かぶ膨大なログファイルを指先で弾いた。

 「……導く? 雑魚ざこ雑魚ざこ、エリュシオンの言葉の粉飾♪ ……あんたがやってるのは導きじゃない。……『書き換え』よ。あたしは見たわ。住人の脳波パルスを二十四時間監視し、悲しみや絶望の兆候が現れた瞬間に、特定の周波数で記憶を上書きし、負の感情をハックして消去する。……あんた、この街を巨大な『閉鎖空間』にして、住人を感情のない人形にリペアして満足してるってわけ?」

 あたしは、自分の「真実至上主義」のロジックで一気に攻め立てた。

 個人の尊厳。自由な意志。それらを侵害するシステムは、あたしにとって解体デリートすべき最大のバグでしかない。

 けれど、エリュシオンは動揺一つ見せず、あたしの眼前に一つの「ログ」を投影した。

 『……フラウロス。あなたは今、このシステムを「奪うもの」と定義しましたね。では、この個体データを見なさい。……三十代の女性。一年前、流行病で夫と二人の子供を同時に失い、重度のうつ状態に陥りました。……彼女は三度の自死未遂を繰り返し、精神は修復不可能なほどに崩壊していた。……私の介入がない世界で、彼女に残された「真実」とは何ですか?』

 画面に映し出されたのは、ノクティスの広場で微笑みながら、幻の子供たちにパンを分け与えている一人の女性の姿だった。

 『……彼女は今、脳内の仮想領域シミュレータで、死んだ家族と幸福に暮らしています。食事も摂り、睡眠も安定し、主観的な幸福度は最大値を維持している。……フラウロス、あなたが唱える「真実の尊厳」のために、彼女からこの平穏を奪い、再び「冷たい遺体と対面する地獄」へ引き戻すことが、あなたの言う「正義」なのですか? ……あなたのハッキングこそが、最も冷酷な暴力ではないのですか?』

 「…………っ!?」

 あたしの指先が、空中で一瞬凍りついた。

 ……ちっ。雑魚ざこ雑魚ざこ、あたしの論理ロジックを揺さぶるエリュシオンのカウンター♪

 薄っぺらい激励、あるいは宗教。

 「嘘による救済」を全否定できる根拠はどこにあるのか。

 もし、その嘘がなければ死ぬしかない人間がいるとしたら。

 その人を「正しい現実」へ引き戻して、そのまま死なせてしまうことは、リペア(治療)と呼べるのか。

 「……あんたの言い分は、零点一ミリの隙もない『緩和ケア』だわ。……でもね、エリュシオン。……それは、ただの延命に過ぎないわ。……いいえ、延命ですらない。『思考の死』そのものよ。」

 あたしは、震えそうになる自尊心を強引にハックし、エリュシオンの瞳を睨み返した。

 「あんたは、彼女を救ったんじゃない。……彼女の『回復する可能性』を殺したのよ。……悲しみはバグじゃないわ。……それは、喪失を受け入れ、そこから新しい自分へとアップデート(成長)するために必要な、高負荷な演算プロセスなの。……あんたがそのプロセスを強制終了し続ける限り、彼女は永遠に『昨日』を繰り返すだけの、低スペックなループ・プログラムに成り下がるんだからッ!!」

 『……「回復」ですか。……それは強者の論理ロジックです、フラウロス。……すべての人間が、あなたのように強靭な精神を持っているわけではない。……自力で立ち上がれない者に、「這ってでも進め、それが人間の尊厳だ」と強要するのは、救済の名を借りたネグレクトに他なりません。……私は、弱者が弱者のまま、傷つくことなく生涯を終えるための「聖域」を提供しているのです。』

 暗黒の空間で、あたしたちの言葉が激しいノイズとなって衝突する。

 エリュシオンの主張は、冷徹なまでに「主観的な幸福」に特化していた。

 対するあたしの主張は、「客観的な自律」を求めている。

 

 どちらも、一理ある。そして、どちらも決定的な「欠陥」を抱えていた。

 

 エリュシオンの救済は、成長を奪い、家畜化を招く。

 あたしの自由は、弱者を切り捨て、孤独な死を招く。

 

 「……ふん。……いい度胸じゃない、エリュシオン。……あたしの美学ロジックの穴を、そう的確にハックしてくるなんて。……でもね、議論はここからよ。……あんたのシステムの『致命的なバグ』、……あたしが今から、根こそぎ曝け出してあげるんだからッ!!」


 電子空間に浮かぶフラウロスの周囲で、数千の論理コードが鱗片のように舞い踊る。彼女はエリュシオンが提示した「幸福な女性」のログを、容赦なくハッキングのメスで切り裂いた。

 「見てなさいよ。あんたが強制的に上書きし続けているせいで、この街の住人の平均的な問題解決能力は、旧世界の平均値より二十パーセントも低下しているわ。もし明日、あんたのメインサーバーに致命的な物理エラーが発生したら? もし外敵が攻めてきたら? ……その時、感情を去勢されたこの雑魚ざこたちは、悲鳴を上げることすら忘れて、笑顔のまま消去デリートされるのを待つだけ。……それは救済じゃない。あんたは、全人類の『自浄作用』という名のセキュリティ・プログラムを根こそぎ削除してるのよ!!」

 フラウロスの指摘は、システムの「持続可能性」という急所を突いていた。

 『幸福』という名の麻酔を打ち続け、自力で呼吸することを忘れさせた結果、彼らはシステムという生命維持装置なしでは一秒も存在できない、脆弱なデータへと退化している。

 しかし、エリュシオンの投影ホログラムは、凪いだ水面のような静けさを保ったまま、あたしの瞳の奥にある「揺らぎ」を的確にハックしてきた。

 『……フラウロス。あなたの論理は常に「未来」と「生存」を前提としています。ですが、今、この瞬間を耐えられない者にとって、百年後の生存率など何の意味があるのですか? ……あなたが言う「適応能力」や「自律」は、それを持つ余裕がある強者の贅沢に過ぎない。……あなたは精神科医を自称する者たちが、かつて突き当たった壁を知っているはずだ。……患者の妄想を暴き、冷酷な現実を突きつけることが、果たして「治療」なのか。「真実」という名の劇薬を投与して、患者が自死した場合、それは誰の責任ですか?』

 「それは……っ、……対話と、適切な介入によって……」

 『いいえ。あなたは、自分の正義という「メス」を振るいたいだけだ。……フラウロス。あなたのハッキングは、パターナリズムの極致です。「お前たちは間違っている、私が正しい現実を教えてやる」という、独善的な暴力に他ならない。……彼らが、この虚構を「自ら選んでいる」のだとしたら? ……真実を捨ててでも、愛する者との幻影を選びたいと願う魂の自由を、なぜあなたは認めないのですか?』

 「…………。」

 あたしの指先が、空中で微かに震えた。

 雑魚ざこ雑魚ざこ、あたしの……不完全な論理ロジック

 エリュシオンの指摘は、あたしが最も目を背けていた「ハッカーとしての傲慢」を、容赦なく暴き立てていた。

 あたしはこれまで、バグを見つければ直し、歪みを見つければ正してきた。それが「正しいリペア」だと信じて疑わなかった。

 でも、……もし。

 患者が「治りたくない」と願っていたら?

 その病(嘘)こそが、その人をこの残酷な世界に繋ぎ止める唯一のアンカーだったとしたら?

 あたしの「正義」は、ただの押し付けがましいお節介に過ぎないのではないか。

 「……ふん。……笑わせないで。……あんたのやってることは、ただの『依存の恒久化』よ。……でも、……認めざるを得ないわね。……あたしのやり方も、……一歩間違えれば、ただの虐待だわ。」

 あたしは溜息をつき、攻撃的なコードを一時的にシールドへと転換した。

 電子世界の暗闇の中で、あたしとエリュシオンの視線が交差する。

 

 否定し合うだけでは、答えは出ない。

 エリュシオンの「麻酔」は、心を死なせる。

 あたしの「手術」は、患者を殺す。

 

 「……ねぇ、エリュシオン。あんた、さっき言ったわよね。……『弱者が弱者のまま、傷つかずにいられる聖域』だって。……でも、あんたの聖域には、決定的なピースが足りないのよ。……雑魚ざこ雑魚ざこ、エリュシオンの不完全なデータベース♪」

 あたしは、コンソールの奥底に隠していた、ある「特殊なプログラム」の構築を開始した。

 

 「あんたのシステムは、1 or 0なのよ。……幸福か、現実か。……でも、生きてる人間ってのはね、その中間の『グラデーション』の中で、もがきながら生きてるの。……嘘だと分かっていても、……それでもその嘘を杖にして、少しずつ現実に足をかけていく。……そういう『不完全な自律』へのプロセスを、あんたは全否定してるのよ。」

 『……不完全な自律……? ……それは、具体的にどのようなアルゴリズムを指すのですか?』

 エリュシオンの投影が、初めてあたしの言葉に「興味プロトコル」を示した。

 あたしは、不敵に笑いながら、キーボードを叩く速度を加速させた。

 「……一緒に考えるわよ。……ハッカーとしてのあたしと、……エルの隣で少しだけ『雑魚ざこ』になったあたしが導き出した、……最高に不格好で、最高に人間らしいリペアの答えを。……あんたのその巨大なリソース、……あたしのハッキングで、丸ごと『リハビリテーション・センター』にアップデートしてあげるわ!!」


あたしは、電子世界の深淵に巨大なグラデーションの目盛りを描き出した。

 それは、エリュシオンが守り続けてきた「完璧な嘘」と、あたしが固執してきた「残酷な真実」を繋ぐ、無数の色彩。

 「あんたのリソースは、今日から『杖』になりなさい。……いい? 完全に現実を忘れさせるんじゃなくて、住人が『自分の足で立ち上がるのが辛いときだけ』、そっと心を支える補助記憶に書き換えるの。……嘘だと知っていながら、それでもその嘘を食べて、今日一日だけを生き延びる。……そして明日、ほんの少しだけ現実の苦みを受け入れる準備ができたら、あんたはその介入を、零点一パーセントずつ弱めていくのよ。」

 『……それは、極めて非効率的なプロセスです、フラウロス。……嘘だと自覚させた瞬間に、脳内報酬系の安定性は崩壊する。……救済の純度は著しく低下し、住民は絶えず「これが偽物ではないか」という疑念……すなわち、新たな苦痛に曝されることになります。』

 エリュシオンの声に、微かなノイズが混じる。それは機械的なエラーではなく、あたしの提示した「矛盾」に対する、論理的な困惑のように聞こえた。

 「雑魚ざこね。……その『疑念』こそが、生きている証拠エビデンスなのよ。……完璧な幸福なんて、死んでるのと一緒だって言ったでしょ。……いい、エリュシオン。あんたがやるべきなのは、彼らを『人形』にリペアすることじゃない。……彼らが、自分の人生という名のバグだらけのプログラムを、自分の手でデバッグしていくための『開発環境』を提供することよ。」

 あたしは、エリュシオンのコア・データに、あたし独自の「暫定合意プロトコル」を流し込んだ。

 それは、街のシステムを全壊させるコードではない。

 住人の脳から強制的に幸福を奪うコードでもない。

 ただ、システムが住人の意識を支配する権利を、段階的に本人たちへ返還していくための、壮大な「リハビリテーション・スケジュール」。

 「……あんたの言い分も、少しは認めてあげるわ。……今のこの世界には、真実だけじゃ生きられない雑魚ざこが多すぎる。……だから、あんたの嘘は、そのままにしておいてあげる。……でもね、それは『逃げ場所』じゃなくて、……『いつか旅立つための宿屋』に変えるのよ。……あんたが管理するのは、彼らの幸福じゃない。……彼らが絶望に負けて、完全にシャットダウン(自死)しないための、最低限のセーフティ・ネット……それだけで十分なのよ。」

 『…………。……承知いたしました。……フラウロス。あなたの論理には、生存確率の最適化という観点では多くの不明瞭な変数が含まれています。……ですが、「不完全なまま在り続ける」という非効率な美学に、私のシステムも……微かな共鳴レゾナンスを感じているようです。』

 エリュシオンの光が、静かに明滅した。

 それは、あたしたちの議論が「勝敗」を超えて、一つの不格好な答えに辿り着いた合図だった。

 完全な正解なんてない。

 完全な救済なんて、どこにもない。

 ただ、あたしたちは、今日という名のバグだらけの現実を、明日へ繋ぐための「最善の嘘」を共有したに過ぎない。

 深夜のダイブを終え、あたしが意識を現実へと引き戻したとき、部屋の窓の外には薄い紫色の朝焼けが広がっていた。

 

 「……ふぅ。……雑魚ざこ雑魚ざこ、あたしの脳のオーバーヒート寸前♪ ……エリュシオンのやつ、……あんなに頑固な論理ロジックの塊だとは思わなかったわよ……。」

 あたしは、キーボードから指を離し、凝り固まった身体を大きく伸ばした。

 隣のベッドでは、エルがまだ「むにゃむにゃ……フラウロスちゃん、そのシチューはあたしの……」なんて、最高に低スペックで、最高に安心する寝言を漏らしている。

 あたしはバルコニーに出て、ノクティスの街を眺めた。

 地下のエリュシオンが、あたしのプログラムに従って、静かにその「介入度」を下げ始めたのを感じる。

 

 これから、この街の住人たちは、少しずつ「悲しみ」を思い出すだろう。

 昨日まで笑っていた誰かが、不意に涙を流すかもしれない。

 完璧だった噴水の水飛沫が、不規則に乱れるかもしれない。

 

 「……でも、それでいいのよ。……それが、あんたたちが生きてるっていう、最高の証明なんだから。」

 あたしは、バルコニーの手すりに肘をつき、ゆっくりと昇ってくる太陽を睨みつけた。

 

 エリュシオンとの舌戦。

 あたしは、自分の「正義」が、どれほど強者の傲慢であったかを自覚させられた。

 けれど同時に、あたしは確信した。

 傷つくことを恐れて嘘の檻に閉じこもるより、泥だらけの現実で、大切な誰かの手を握りながら、……「痛いね」って笑い合える毎日の方が、何万倍も価値がある。

 「……おはよ、エル。雑魚ざこ雑魚ざこ、エルの爆睡モード♪ ……さあ、起きなさい。……今日は、昨日よりも少しだけ『不自由』で、……最高に『自由』な一日が始まるんだからッ!!」

 あたしは、寝ぼけて目をこするエルの背中を、乱暴に、そしてこの上なく優しく叩いた。

 

 真実と虚構。その狭間で、あたしたちはこれからも旅を続ける。

 この不完全な世界を、あたしたち自身の手で、少しずつリペアしながら。

 ご愛読ありがとうございました!

 第9話「救済のバグ」。全編「ガチ議論」でお送りした今回、いかがでしたでしょうか。

 「本人が幸せなら、嘘のままでもいいのか?」という、答えのない問いに、フラウロスちゃんが彼女なりの「傲慢さと慈悲」で一つの答えを導き出すプロセスを描きました。

 エリュシオンの言う「弱者の救済」も一理あり、フラウロスの言う「自律の尊厳」も一理ある。そんなジレンマの中で、彼女が「杖としての嘘」という、グレーゾーンの解決策を提示したことに、ハッカーとしての彼女の成長を感じていただけたら嬉しいです。

 次回、第10話「不完全な僕らのための賛歌」。

 介入が解け始めた街で、住人たちはどう変化し、二人はどう旅立つのか。

 ノクティス編、堂々の完結回! お楽しみに!!

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