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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第三幕:技術屋メイの物語

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第114話:砂塵の胎動、鳴り止まぬ「死の拍動」

 「開拓の音は、死を招く旋律だった。」

 順調に進む鉄の轍。しかし、地底から這い出たのは超巨大なサンドワームの群れ。

 アスタロト不在という絶望の中、重機「テツクズ号」を、そしてメイたちを守るために立ち上がったのは、グロリア率いる新米騎士団でした。

 音を喰らう怪物に対し、最強の武器を封じられたフラウロスの涙。

 絶体絶命の砂塵の中で、言葉なき盾が繋ぎ止める「生」の境界を描きます。

 レゾナンスの東門から伸びる、まだ出来立ての「道」。

 アイシャが操縦する重機「テツクズ号」が吐き出す青白い排気ガスが、朝の冷たい空気に溶けていく。背後には、整備班や補給班の住人たちが、自分たちの役割を噛み締めながら、砕かれた岩石を片付け、路面を均す作業に勤しんでいた。

 その光景は、数日前までの「死を待つだけの避難所」からは想像もつかないほど、生命力と規律に満ち溢れている。

 アスタロトは今朝、街の防衛ラインの再編と予備兵力の教練のため、一時的にレゾナンスへと帰還した。

 現場の護衛を任されたのは、副団長格へと昇格したグロリアと、彼女が率いる十数名の「新米騎士団」だ。彼らはまだ、支給されたばかりの簡素な甲冑に身を包み、慣れない手つきで槍や盾を握っている。だが、その瞳には、昨日の選別試験を潜り抜けたという、確かな自負の火が灯っていた。

 「……ねぇ、フェネクス。なんだか今日、空気が変じゃない?」

 メイは、測量図面を広げたまま、膝の上で微睡むフェネクスに問いかけた。

 フェネクスは緋色の瞳を僅かに開き、言葉を発する代わりに、その小さな耳を地面へと向けた。

 

 ドォォォォン……。

 アイシャが岩盤を砕く、規則正しい衝撃音。

 だが、その音の余韻の中に、別の「何か」が混ざり始めている。

 それは、重機の金属音よりも低く、内臓を直接揺さぶるような、生物的な拍動。

 「……メイ、離れろ!!」

 フェネクスがメイの肩に飛び乗り、鋭い警告を放った。

 その瞬間、測量員たちが打ち込んでいた杭が、まるで生き物のように地面に吸い込まれた。

 「……えっ!? 杭が……消えた?」

 測量班の若者が呆然と立ち尽くす。その足元の砂が、急速に渦を巻き、アリ地獄のような巨大な穴を形成し始めた。

 

 「――総員、離脱!! 土木団を下げろッ!!」

 グロリアの、低く、鋼のように鋭い号令が響き渡る。

 しかし、その警告よりも、大地の「拒絶」の方が早かった。

 ドガァァァァァァァァンッ!!

 

 テツクズ号の直下、そして整備班が固まっていた地点の地面が、爆発的な勢いで跳ね上がった。

 砂煙の中から現れたのは、直径二メートルを超える、おぞましい肉の円筒。

 体長十メートルを超える「超巨大サンドワーム」の群れだ。

 彼らには目がない。ただ、頭部の先端にある無数の牙が螺旋状に並んだ口が、獲物を探して不気味に開閉している。

 

 「……う、嘘だろ……。なんだ、このデカいのは……!」

 整備兵の一人が、恐怖のあまり腰を抜かした。

 ワームの一体が、まるで鞭のようにその巨体をしならせ、テツクズ号のクローラーに噛みついた。

 キィィィィン!! という、金属が悲鳴を上げる音が響く。

 

 「……っ、このクソ虫がッ!! アタシの相棒に触るんじゃねえよ!!」

 アイシャが操縦席でレバーを叩き、重機を咆哮させる。

 だが、そのエンジンの振動が、さらなる災厄を招いた。

 

 砂の下から、次々とワームの影が浮上してくる。

 三体、五体、十体……。

 彼らにとって、テツクズ号が放つ強烈な低周波は、荒野のどこにいても聴こえる「最高のご馳走の合図」に他ならなかった。

 「……フラウロスちゃん! 装置を使って、あいつらの気を逸らして!!」

 メイが叫ぶ。

 コンテナの上で、フラウロスが震える手で集音器を握りしめていた。

 だが、彼女は動けない。

 彼女の指先は、装置のトリガーに触れることさえ拒んでいた。

 

 「……無理……。無理よ、メイ……。」

 フラウロスの、消え入りそうな声。

 「あいつら、音を喰ってるの……。あたしの装置を使えば使うほど、……あいつらはもっと興奮して、……もっと正確に、……あたしたちを喰いに来る……!」

 

 最強の「音」を操るはずのフラウロス。

 だが、その能力こそが、この怪物相手には最大の「毒」となる。

 自分が何かをすれば、仲間の死を早めるだけだという、残酷な真理。

 傲慢だった彼女の瞳に、初めて絶望の涙が溜まっていく。

 

 「……ざぁこな能力……。……あたしの力なんて、……ただの撒き餌じゃない……ッ!!」

 フラウロスが膝をつき、耳を塞いで蹲る中。

 サンドワームの群れが、メイたちの円陣を飲み込もうと、一斉に首をもたげた。

 アスタロト不在。頼みのフラウロスは沈黙。

 レゾナンスの開拓者たちが、建国以来最大の絶望に直面しようとしていた。


 ***


 地響きは、もはや絶え間ない震動となって、新米騎士たちの足の裏を激しく叩いていた。

 砂塵が渦巻き、視界を茶褐色に染め上げる。その向こう側で、肉の塔のようなサンドワームたちが、テツクズ号のエンジンの咆哮に呼応して、おぞましい円を描くようにうごめいている。

 「ひ、ひぃぃっ! 来るな、来るなよッ!!」

 一人の若い騎士が、持っていた槍をデタラメに振り回した。先端がワームの粘液にまみれた外皮を滑り、虚しく空を切る。

 アスタロトという「太陽」を失った戦場。彼らにとって、この荒野の怪物は、自分たちの矮小な正義など一飲みで咀嚼してしまう、圧倒的な終末そのものだった。

 

 逃げ出したい。武器を捨てて、まだ開いたままのレゾナンスの東門へ駆け戻りたい。

 そんな、組織という名のネジが一本ずつ外れていくような、致命的な瓦解の予兆。

 その時。

 

 ――ドォォォォォンッ!!

 

 地響きに負けない重厚な音が、崩れかけていた新米たちの中心で鳴り響いた。

 グロリアが、自らの大盾を、荒野の硬質な岩盤へと深く突き立てたのだ。

 

 彼女は一言も発しない。

 ただ、大盾の陰に潜み、右手の拳を固く握り、膝を深く沈める。

 その背中は、どんな言葉よりも雄弁に、騎士たちに「ここが境界である」と告げていた。

 

 「………………。」

 

 グロリアの瞳が、恐怖に震える若者の一人を捉えた。

 言葉は、ない。

 だが、その揺らぎのない黒い瞳には、「隣に立て」という静かな、けれど絶対的な強要が宿っていた。

 

 若者は、唾を飲み込んだ。

 「……やるんだ。……俺たちは、……レゾナンスの騎士なんだ!!」

 

 彼が震える手で自分の盾をグロリアの盾の端に重ねると、まるで伝染するように、他の騎士たちも次々と盾を連結させ始めた。

 

 ガギィィィン!! ガシャンッ!!

 

 エデンの廃材をリペアして造られた、不揃いな盾の壁。

 それは、昨日の選別試験でグロリアが背中で見せた、「不動の境界」の模倣。

 メイとアイシャ、そして蹲るフラウロスを囲むように、歪な、けれど誇り高い「鉄の円陣」が産声を上げた。

 

 その直後。

 ワームの一体が、地中から弾丸のような速度で跳ね上がり、円陣の正面へと激突した。

 

 ――ドォォォォォォォンッ!!

 

 凄まじい質量の衝撃。

 先頭に立つグロリアの肩が、一瞬だけ大きく軋んだ。

 だが、彼女は下がらない。

 昨日のアスタロトとの死闘で学んだ、衝撃を大地へと逃がす「脚の運び」を、今、この実戦で極限までリペア(最適化)させていた。

 

 「……う、ぐ、うぁぁぁぁぁッ!!」

 グロリアの隣で盾を支える新米たちが、悲鳴に近い咆哮を上げながら踏ん張る。

 腕の骨が軋み、盾の裏側の革ベルトが掌を切り裂く。

 だが、彼らの盾は、死の波濤を撥ね退けていた。

 

 「……あいつら、……やってるわね。」

 テツクズ号のハッチを固く閉ざし、内側から必死に操縦桿を握りしめていたアイシャが、息を切らしながら呟いた。

 「……メイ。……グロリアを信じな。……あの娘、……自分の声を、……全部あの盾に預けてやがる。……あんなに頑固な『境界』……そうそう壊れやしないよ。」

 

 メイは、円陣の中央で、恐怖に震えるフラウロスの背中を抱きしめていた。

 「……うん。……グロリアさんの盾、……温かいよ。……震えてるけど、……絶対に折れない音がしてる……。」

 

 一方で、フラウロスは依然として、自分の集音器を抱きしめたまま震えていた。

 「……ごめんなさい、……ごめんなさい……。……あたしのせいだわ、……あたしの耳が、……余計な『死の声』まで拾いすぎちゃうから……。」

 彼女は、ワームたちが砂の下を這い回る音、土を削る音、そして仲間が食いちぎられる瞬間をシミュレートするような、おぞましい振動を、誰よりも高精度に「聴き取って」しまっていた。

 自分が音を出せば、ワームの標的はさらに絞られる。

 それを理解しているからこそ、彼女は「音の魔術師」でありながら、この戦場において最も無力な「部品」へと成り下がっていた。

 そのメスガキ的なプライドは、砂塵の中に無惨に散乱し、ただ震えるだけの少女をそこに残していた。

 

 グロリアは、そんなフラウロスの絶望さえも、盾の向こう側に置き去りにするように、次の一撃に備えた。

 

 「…………。」

 

 砂の下で、巨大な質量が旋回している。

 ワームたちは、盾の壁という「障害物」を認識し始めた。

 次は、単なる体当たりではない。

 地中からの「突き上げ」が、騎士たちの足元を狙っている。

 

 グロリアは、右手の槍を逆手に持ち替えた。

 盾の隙間から、砂の動きをじっと見据える。

 

 ドッ、ドッ、ドッ……。

 

 心臓の鼓動と等しい周期で、地面が膨れ上がる。

 

 来る。

 

 グロリアの瞳が、一点を射抜いた。

 言葉はなく、ただ一筋の鋭い視線が、新米騎士たちに「来るぞ」と警告を発した。

 

 直後、円陣の足元が、爆発的な勢いで跳ね上がった。


 ――ズ、ゥゥゥゥンッ!!

 円陣の直下、新米騎士たちが踏みしめていた地面が、まるで内側から爆発したかのように大きく盛り上がった。

 地中の巨大な質量が、獲物を一気に突き上げようとする捕食の予兆。

 「う、わぁぁぁッ!?」

 一人の若者が、足元の急激な隆起に均衡を崩し、連結させていた盾の端がわずかに開いた。

 その刹那、グロリアが動いた。

 彼女は一言も発さず、自らの身体を強引に割り込ませると、崩れかけた盾の隙間を自らの大盾で強引に埋め戻した。

 

 ドガァァァァァァァンッ!!

 

 突き上げられた衝撃。

 グロリアの足首までが砂に埋まり、甲冑の継ぎ目から不気味な軋み音が漏れる。

 だが、彼女の視線は死んでいなかった。

 

 「…………。」

 

 グロリアは、隣で腰を抜かしかけていた騎士の襟元を、左手一本で力強く掴み上げた。

 言葉はない。ただ、「立て、まだ終わっていない」という、火の如き意志が瞳の奥で燃え盛っている。

 その瞳に射抜かれた若者は、恐怖を忘れたかのように再び盾を握り締め、グロリアの背中に己の全体重を預けて踏ん張った。

 

 「……メイ! アイシャ! ……今はまだ、動かないで!!」

 ルサニコフが、背後のメイを庇いながら、砂塵の向こう側に蠢く無数の影を睨みつけた。

 彼の右手には、測量用の杭を改造した急造の槍が握られている。

 「……フラウロス、聞こえるか! ……ワームの動きを、……その耳で捉え続けろ! ……次にどこから来るか、それだけでいい!!」

 

 「……無理、……無理よぉ……!!」

 フラウロスは、メイの膝元で耳を塞いだまま、嗚咽混じりの声を上げた。

 「……聴きたくない……。あいつらが、……砂を噛む音、……胃袋が鳴る音、……あたしたちを『肉』として選別してる音が、……頭の中に直接上書きされてくるの……っ!!」

 

 最強の聴覚は、今や彼女を内側から破壊する呪いと化していた。

 自分にできることは、ただ「死の足音」を誰よりも早く、正確に、そして絶望的に受け止めることだけ。

 メスガキとしての傲慢さは完全に霧散し、ただの震える小さな命として、彼女は己の無力さを呪い、砂を掴んで泣いていた。

 

 その時、テツクズ号のハッチがわずかに開き、アイシャの怒鳴り声が響いた。

 「――フラウロス!! ざぁこな泣き言言ってる暇があったら、……あいつらが『どこを狙ってるか』吐き出しなッ!!」

 

 アイシャは、横倒しになりかけた操縦席から、必死にレバーを操作し、重機のバランスを保っていた。

 「……あんたの耳は、……飾りのリペアパーツじゃないだろ!! ……あいつらが次に突っ込んでくる方向を教えなッ! ……グロリアたちだって、……いつまでも闇雲には耐えられねえんだよ!!」

 

 アイシャの叱咤。

 フラウロスは顔を上げ、涙に濡れた瞳で、最前線で砂を被りながら盾を構え続けるグロリアの背中を見た。

 グロリアの盾は、もはやワームの体当たりによる粘液と、激突の衝撃による傷でボロボロだった。

 それでも、彼女は一度も振り返らず、一言も弱音を吐かず、ただ「壁」であり続けていた。

 

 「…………っ、……あ、……あいつら……。」

 フラウロスが、震える手で集音器の出力を絞った。

 「……右、……三時の方角! ……地中の密度が急上昇してる!! ……デカいのが、……一気に来るわよ!!」

 

 フラウロスの叫びと、グロリアが盾を三時の方角へ向けたのは、ほぼ同時だった。

 

 ドォォォォォォォォンッ!!

 

 これまでの個体とは比較にならない質量。

 ワームの「王」とも呼べる超巨大個体が、砂の波を蹴散らして円陣へと激突した。

 

 「が、はぁぁッ!!」

 グロリアの両脇を固めていた新米騎士たちが、衝撃波に弾き飛ばされ、砂の上に転がった。

 円陣が、ついに物理的に「分断」される。

 

 「……騎士団!! 下がるなッ!!」

 ルサニコフが叫ぶ。

 

 だが、ワームの王は、そのおぞましい口腔を開き、無防備になった円陣の「中身」――メイとフラウロスへと、鎌首をもたげた。

 

 絶体絶命。

 新米たちは、衝撃で立ち上がることができない。

 アイシャの重機は、ワームの巨体に阻まれて動けない。

 

 その「境界」に、ただ一人。

 

 グロリアが、自らの身体を翻した。

 

 「………………。」

 

 彼女は、弾き飛ばされた仲間の槍を、落ちていた砂の中から無造作に拾い上げた。

 左手に盾。右手に槍。

 そして、獲物を狙う肉食獣のような鋭い瞳。

 

 彼女は一歩、メイたちの前に出た。

 それは、組織としての「円陣」を捨て、ただ一人の「壁」として、この死地をリペアしようとする、狂おしいまでの自己犠牲。

 

 「……グロリア、さん……?」

 メイが震える声でその名を呼ぶ。

 

 グロリアは、答えない。

 ただ、大盾の裏で、自分の腕を固定するベルトを、歯で噛んで締め直した。

 

 ワームの王が、咆哮を上げる。

 砂塵が、二人の「境界」を飲み込んでいく。

 

 アスタロト不在。

 仲間は地に伏し、援護は絶たれた。

 

 だが、血に染まった砂の上に立つグロリアの影は、夕闇の荒野で、どんな巨塔よりも大きく、揺るぎなく聳え立っていた。

 

 次の一撃で、全てが決まる。

 レゾナンスの「盾」が、真の極致へと至るための、地獄のような時間が幕を開けようとしていた。

 ご愛読、ありがとうございました!

 新米たちが必死に盾を並べる姿、そして無力感に震えるフラウロスをメイが抱きしめるシーン……組織が瓦解しかける瞬間のリアルな恐怖が伝わったでしょうか。

 円陣が分断され、王を冠するワームが牙を剥く。

 仲間を、そしてメイを逃がすため、血に染まった砂の上にただ一人残ったグロリア。

 次回、第115話「孤独の境界、沈黙の残響」。

 沈黙の盾が、地獄のただ中で「孤独な防波堤」となる、壮絶な孤軍奮闘が始まります。

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