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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第三幕:技術屋メイの物語

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第100話:共鳴する世界、修理屋の建国宣言

 祝祭の翌朝、突きつけられたのは「生存」という名の残酷な計算式でした。

 自由を求めて押し寄せる数千の漂泊者と、枯渇していく水。建国初日にして、メイは「誰かを見捨てるか、全員で沈むか」という、かつての管理者が下してきた非情な選択を迫られます。

 しかし、彼女が握りしめたのは支配の指輪ではなく、泥にまみれた一本のレンチでした。少女たちが知恵と意地で挑む、史上最大規模の「インフラ・リペア」が今、始まります。

 黄金の麦畑が朝露に輝き、レゾナンスの街が新しい国旗の下で目覚めた時。メイを待ち受けていたのは、建国の余韻に浸る暇もないほどの「現実」という名のバグだった。

 「……嘘、……あんなにたくさん?」

 アークの展望デッキに立ったメイは、絶句した。

 地平線の彼方、砂塵を上げてこちらに向かってくる人影の列。それは十数人といった規模ではない。数百、いや数千に近い漂泊者たちが、レゾナンスの「自由」と「実り」の噂を聞きつけ、吸い寄せられるように集まってきていたのだ。

 彼らはボロボロの荷車を引き、痩せこけた体で、けれど救いを求める必死の眼差しで門の前に立ち尽くしている。

 「……ざぁこな人口爆発。……シミュレーション終了よ、メイ。……絶望的な数字が出たわ。」

 フラウロスが、充血した目でホログラム・ディスプレイを弾いた。そこには、街の貯水槽の残量を示す青いバーが、目に見える速さで減少していくグラフが映し出されている。

 「……今の浄化塔メイ・タワーの処理能力は、……定住者500人を想定して設計されてる。……そこに、……この2000人近い難民をブチ込んでみなさいよ。……三時間後には水圧が死ぬ。……六時間後にはフィルターが目詰まりを起こして破裂。……明日の朝には、……この街の全員が、……泥水を啜ることになるわよ!!」

 フラウロスの言葉は、冷たい刃となって広場に突き刺さった。

「冗談じゃないわ!」一人の女性が、洗濯板を握りしめたまま叫んだ。「私たちは、メイさんがくれたこの麦畑を、毎日必死に守ってきたのよ! あの人たちが来たら、私たちが今日食べるパンも、明日飲む水も全部奪われちゃうじゃない!」

「そうだ、エデンを見ろ!」元市民の男が、憎しみを込めて吐き捨てた。「あそこは『選別』したからこそ、あんなに豊かだったんだ。全員を救おうなんて、結局は全員を殺すのと同じだぞ!」

メイは、彼らの言葉を否定できなかった。それは「悪意」ではなく、明日を生きようとする切実な「生存本能」だったからだ。背後で、門の鉄格子を叩く音が響く。救いを求める数千のてのひらが、錆びた鉄を擦る乾いた音。

(……正論だよ。リソースは有限だ。おじいちゃんなら、どうしたかな。)

メイは、自分のポケットの中で震える管理者権限の指輪に触れた。これを使えば、システムを強制的にロックし、侵入者を物理的に排除することもできる。神の如き非情さで、レゾナンスという箱庭を守ることは容易だった。

だが、メイの指先が選んだのは、指輪ではなく、ベルトに差した「18ミリのスパナ」の冷たい感触だった。

「……リソースが足りないなら、計算式を書き換えればいい。管理者がいないなら、私たちが『新しい管理』を作ればいいんだ。」

メイの呟きは、怒号にかき消されそうなほど小さかったが、隣に立つアスタロトの耳には、軍鼓ドラムのような力強さで届いていた。

 

 「メイさん! 門を閉めるべきだ! ……これ以上入れたら、俺たちの麦も、命も、全部枯れちまう!」

 「そうだ! せっかく手に入れた自由なんだ。……どこの馬の骨かもわからん連中に、食い潰されてたまるか!!」

 広場を支配するのは、生存本能からくる「排除」の熱気。

 メイは、ぎゅっと自分の拳を握りしめた。

 門の向こう側にいる人々。その中には、かつてエデンという「完璧な揺りかご」から追い出され、行き場を失っていた頃の自分たちの姿が重なって見えた。

 (……神様だったら、きっとここで選別をするのかな。)

 誰を生かし、誰を見捨てるか。効率と生存のために、非情な境界線を引く。それがこれまでの世界のルールだった。

 けれど、メイが選んだのは「修理屋」の道だ。

 「……閉めないよ。……誰も、追い出さない。」

 メイの静かな、けれど芯の通った声が、広場の喧騒を射抜いた。

 「……メイ? ……あんた、……算数ができないの? ……リソースがないって言ってるのよ!!」

 フラウロスが食ってかかる。

 「……足りないなら、……増やせばいいんだよ、フラウロスちゃん! ……浄化塔を大きくするんじゃない。……この街全体の『循環システム』を、……今すぐリペアして拡張するんだ!!」

 メイは、腰のレンチを高く掲げ、集まった住民たち、そして門の外で怯える漂泊者たちに向かって叫んだ。

 「みんな、聞いて! ……今日から、この街に『お客さん』は一人もいない! ……ここにいる全員が、……今日からこの街を直す『修理屋スタッフ』だ!! ……働ける人は全員、レンチを持って! ……力がある人は、シャベルを持って!! ……自分たちが飲む水を、……自分たちの手で掘り出すんだ!!」

 その宣言は、あまりにも無茶苦茶で、けれど圧倒的にポジティブな「建国」の産声だった。

 「……ふん。……主がそう言うなら、……私の仕事は門番ではないな。……この数千の民を、……一糸乱れぬ作業部隊へと編制する『現場監督』だ。」

 アスタロトが大剣を背負い直し、野盗を威圧するための殺気を、民を導くための「規律」へと変えて一歩踏み出した。

 「……ざぁこ。……本当に、……とんでもない無茶振りね。……いいわよ、……やってやろうじゃない。……あたしの演算能力をフル回転させて、……この数千人の『バカげた熱量』を、……一滴の無駄もない建国エネルギーに変換してあげるわ!!」

 フラウロスが、不敵な笑みを浮かべてキーボードを叩き始めた。

 レゾナンス建国初日。

 押し寄せる「混乱」を「動力」へと変える、前代未聞の大規模リペア作戦が、今、幕を開けた。


 ***


 「――右から3番目のピストン、圧力が逃げてる! 誰か、18ミリのスパナを持ってきて! 急いで!!」

 メイの叫びが、掘り返された赤土の谷間に響き渡った。

 彼女の顔は油と煤で真っ黒になり、自慢の作業着も泥にまみれて本来の色を失っている。だが、その瞳だけは、濁流のような難民の流入という絶望的な状況を前にしても、一度として光を失わなかった。

 門を開放してから四時間。レゾナンスの広場は、巨大な「屋外作業場」と化していた。

 メイが考案したのは、既存の浄化塔に頼るのではなく、街の地下に眠る古層の水脈を網の目状に連結し、街全体を一つの大きな「濾過装置」に作り替えるという、狂気じみた突貫工事だった。

 「……ざぁこ、ざぁこ! 演算が追いつかないわよ!!」

 アークの屋根に設置した臨時のコマンドセンターで、フラウロスが四枚のホログラム・ディスプレイを同時に操作しながら絶叫していた。

 「……新参者の作業員Aグループ、掘削速度が予定より15%遅延! Bグループは配管の接合角が0.5度ズレてる! ……メイ、このままじゃ接合部から水圧で爆発するわよ! あたしがリアルタイムで補正信号を送るから、あんたは現場のバカ共をどやしつけなさい!!」

 フラウロスが構築した「レゾナンス・ワーク・OS」は、数千人の漂泊者たちのスマートフォン(エデンの遺物やガラクタを改造したもの)に直接、作業手順と現在の進捗を送り届けていた。

 文字が読めない者には図解を、言葉が通じない者には色と音で。フラウロスの細い指がキーボードを叩くたび、混乱していた群衆が、巨大な「一つの生き物」のように統制された動きを見せ始める。

 「……静まれ!! 騒ぐ者は、この場から去れ!!」

 

 現場で荒れ狂う不満やパニックを鎮めていたのは、アスタロトだった。

 彼女は大剣を抜き放ち、それを「武器」としてではなく「指揮棒」として掲げた。

 「……お前たちが握っているのはシャベルではない、自分たちの子供に飲ませる水の『命』だ! 隣の男を疑うな、そいつは共に喉を潤す戦友だ!! ――一列に並べ! 泥を掻け! 修理屋メイの言葉を、神の啓示だと思って聞け!!」

 髪を振り乱し、最前線で泥を跳ね飛ばしながら鼓舞するアスタロトの姿に、絶望に沈んでいた漂泊者たちの目に、次第に「労働」への熱が宿り始める。

 自分たちは単なる「厄介者」ではない。この新しい国を、自分たちの手で「修理」している一員なのだという、猛烈な帰属意識が芽生え始めていた。

 メイは、巨大な地下配管の連結部に潜り込み、重いボルトと格闘していた。

 「……くっ、……回れ……! 回ってよ……っ!!」

 

 一人では動かない。テコの原理を使っても、錆びついた旧時代の遺産は沈黙を保ったままだ。

 「……メイさん、俺たちが貸すよ!!」

 「私たちが、支えるから!!」

 

 気づけば、メイの周りには、さっきまで門の外で震えていた漂泊者の若者や、元エデンの技師たちが集まっていた。

 十数人の手が一本の巨大なレンチに添えられ、メイの「せーの!」という掛け声と共に、全体重がかけられる。

 ギギィ……ッ、ガキィィィィィィィン!!

 鉄が悲鳴を上げ、数百年ぶりにボルトが回転を始めた。

 「……繋がった……。フラウロスちゃん、メインバルブ、解放して!!」

 「……了解よ! ざぁこな配管、あたしの完璧なタイミングで通水してあげるわ!! ――全セクター、注水開始イグニッション!!」

 ドォォォォォォォォォン……。

 

 大地の底から、巨大な獣が唸るような音が響いた。

 アークのエンジンが外部ジェネレーターとして咆哮し、地下水脈から汲み上げられた濁流が、メイたちが連結した新しい「血管」を通って、一気に浄化フィルターへと流れ込んでいく。

 「……圧力が安定しないわ。……メイ、あんたが作った逆止弁チェックバルブが耐えられるかどうか、ここが正念場よ……!!」

 

 フラウロスのディスプレイに、真っ赤な圧力警告が点滅する。

 メイは、泥水に顔を半分浸しながらも、配管の振動を両手で直接感じ取っていた。

 機械と、人間と、大地が。

 今、一つの鼓動になろうとしていた。

 「……大丈夫。……この街は、……もう独りじゃない。……みんなの力が、……この配管を支えてるんだから……っ!!」

 メイの祈るような叫びと共に、水圧計の針がピタリと適正値で停止した。

 

 「――通水、成功……!!」

 瞬間、地平線の彼方まで届くような大歓声が沸き起こった。

 それは、単なる「水が出た」という喜びではなかった。

 数千人の「余所者」が、一つの目的のために泥にまみれ、不可能をリペアしたという、共同体としての産声だったのだ。


 「……水だ! 水が出たぞぉぉぉぉぉ!!」

 泥だらけの掘削溝から、そして新設された給水スタンドから、歓喜の咆哮が爆発した。

 汲み上げられたばかりの、地底の冷気が残る真水が、メイたちが繋ぎ合わせた「生存の血管」を通り、街中の蛇口から溢れ出したのだ。

 漂泊者たちは、ひび割れた手の平でその水を掬い、顔を洗い、むせ返るように飲み干した。1年前、エデンから放り出された者たちが「泥のスープ」で命を繋いでいたこの場所で、今は清冽な水が、数千人の渇きを癒している。

 メイは、ぬかるんだ土の上にへたり込んだまま、震える手で顔の泥を拭った。

 「……よかった。……間に合った、……んだよね……?」

 「……ざぁこ。……あたしの計算、信じてなかったの? ……水圧偏差、0.02%以内。……完璧なリペアよ。」

 

 アークの屋根から降りてきたフラウロスが、足元をおぼつかせながらもメイの隣に座り込んだ。彼女の指先は、数百万行のコードを叩き続けた負荷で、小さく痙攣している。

 アスタロトもまた、大剣を杖代わりにし、肩で息をしながら歩み寄ってきた。彼女の白銀の甲冑は泥にまみれ、美しい長髪には赤土がこびりついている。けれど、その瞳には、戦場での勝利よりもずっと深い満足感が宿っていた。

 「……主よ。……見ろ。……お前が蒔いた『種』が、……今、……大きな一つの森になろうとしている。」

 夕闇が迫るレゾナンスの広場。

 メイは、仲間に支えられながら、積み上げられた資材の山――即席の演壇へと登った。

 

 広場を埋め尽くしたのは、古参の住人も、今日この街に辿り着いた漂泊者も区別のつかない、泥にまみれた数千の顔、顔、顔。

 彼らは一斉に静まり返り、自分たちに「レンチを握れ」と命じ、共に泥を掻いた小さな少女を見上げた。

 「……みんな、……お疲れ様。」

 メイの声は、拡声器を通さずとも、静まり返った広場に隅々まで届いた。

 「……今日、私たちがやったのは、……ただの水道工事じゃない。……自分たちの命を、……自分たちの手で取り戻すっていう、……最初の『リペア』なんだ。」

 メイは、腰のレンチをゆっくりと抜き、夕日にかざした。

 「……ここには、王様はいない。……私だって、ただの修理屋だ。……誰かが完璧な魔法で、……お腹をいっぱいにしてくれることもない。……でも、……ここには、……壊れたら直せる『仲間』がいる!!」

 メイの言葉に、エルの瞳から涙がこぼれた。

 「……私たちは、……もう二度と、……見捨てられない。……見捨てない!! ……このレゾナンスは、……世界中から集まる『ガラクタ』を、……一番輝く宝物に変える、……修理屋たちの国だ!!」

 メイがレンチを空高く掲げた瞬間。

 数千の群衆が、それぞれの手に持っていたシャベルを、スパナを、ただの木の枝を、一斉に天へと突き上げた。

 

 「「「レゾナンス(共鳴)!! レゾナンス!! レゾナンス!!」」」

 地響きのようなシュプレヒコールが、黄金の麦畑を震わせ、闇が降り始めた荒野の果てまで届いていく。

 それは、神の管理から解き放たれた人類が、自らの足で歩み出すことを決めた、歴史的な「建国宣言」だった。

 「……ふん。……これだけのバカが集まれば、……あたしのOSレゾナンス・ネットワークも、……一国を動かす巨大な『脳』に進化せざるを得ないわね。」

 フラウロスが、メイの背中にそっと寄り添い、小さく微笑んだ。

 「……メイ。……次は、……この街を守るための、……本格的な『インフラ監視網』を組むわよ。……それから、……周辺の村との無線通信網。……あんたの仕事、……あと百年分は残ってるんだからね。」

 「……ああ。……そして、……我が騎士団の編成も急がねばな。」

 アスタロトが、メイの反対側の肩を強く抱き寄せた。

 「……主よ。……この地を狙う不逞の輩が、……必ず現れる。……だが案ずるな。……私が、……この数千の民を、……世界最強の『修理屋の盾』へと鍛え上げてみせよう。」

 メイは、二人の温もりに包まれながら、夜の静寂が降りる地平線を見つめた。

 

 「……うん。……やることがいっぱいだね。……いつか、……みんなで装備を整えて、……あの砂塵の向こう側に、……新しいオアシスや、……おじいちゃんが言ってた『海の向こう』を探しに行こう。……そのためにも、……まずはこの街を、……最高の拠点にリペアしなきゃ!!」

 三人と一匹、そして数千の仲間たち。

 

 第100話。

 それは旅の終わりではなく、……世界という名の巨大なガラクタを、……自分たちの色で塗り替えていく、……壮大な「建国リペア」の、……輝かしい第一歩だった。

 掲げられた二本のレンチの国旗が、星空の下で誇らしく翻る。

 

 メイの物語は、今ここから、……地平線の彼方へと加速していく。

 ご愛読、本当にありがとうございます!記念すべき第100話を、最高に泥臭く、そして希望に満ちた「建国宣言」で飾ることができました。

 王様ではなく「親方」として、支配ではなく「共鳴」を。メイが掲げた理想が、数千のレンチと共に地平線を震わせる光景は、物語の大きな転換点となりました。

 神の管理を離れた人類が、自らの手で未来を直していく。その壮大な建国譚の第一歩を、共に見届けてくださり感謝いたします!

 次回、第101話「鋼の規律、守護騎士団の産声」。

 豊かになった国を狙う影に対し、アスタロトがその真価を発揮します!

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