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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第三幕:技術屋メイの物語

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第99話:暁のレンチ、新しき地平への一歩

 一年という長い旅路の果て、彼女たちが辿り着いたのは「王座」ではなく、油の匂いと麦の香りが漂う「我が家」でした。

 世界を管理する全能の指輪を捨て、あえて不完全な大地を踏みしめるメイ。しかし、自由になった街には、新たな「責任」という名の課題が突きつけられます。

 支配を拒み、自立を誓う住人たちと共に。メイが掲げた、かつてない「国」の形と、その象徴となる紋章の産声を聞いてください。

 アークの車内に差し込む朝日は、かつての荒野で浴びた刺すような鋭い光ではなく、黄金の麦畑を潜り抜けてきた、柔らかで芳醇な色彩を帯びていた。

 「……ん、……ふぅ……」

 メイは、微かな寝息と共に、重いまぶたをゆっくりと押し上げた。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れたアークの天井――ではなく、自分のすぐ横で、穏やかな寝顔を晒している二人の女性だった。

 右側には、長い銀髪をシーツの上に散らし、彫刻のように整った横顔を向けて眠るアスタロト。彼女の逞しくもしなやかな腕は、無意識のうちにメイの腰をしっかりと抱き寄せ、その体温を離すまいとしている。

 左側には、猫耳のようなアンテナを時折ぴくぴくと震わせ、メイの肩口に額を預けて丸まっているフラウロス。彼女の白い指先は、メイの寝間着の裾をぎゅっと握りしめたまま、幼子のような安らかな寝息を立てていた。

 昨夜の、あの熱い「共鳴レゾナンス」。

 お湯の熱と、月光の下で重なり合った肢体の感触。互いの傷を指先で愛撫し、言葉にならない情熱をぶつけ合った、あの夢のような、けれど現実よりも確かな一夜の記憶が、メイの脳裏に鮮やかに蘇る。

 

 「……えへへ、……おはよう。……二人とも。」

 メイは、身動きが取れないほど密着した二人の温もりに、言いようのない幸福感を覚えた。

 管理者という孤独な神の座から降り、ただの「一人の女の子」として二人に受け入れられたこと。その事実が、メイの心にある最後の強張りを、朝日の中に溶かしていく。

 「……む、……主か。……おはよう。……まだ、……夢の続きかと……思っていたぞ。」

 アスタロトが、低い、心地よい朝の掠れ声で囁いた。彼女は目を開けると、黄金の瞳でじっとメイを見つめ、慈しむようにその額に柔らかな接吻を落とした。

 「……お前の肌が、……こんなに温かい。……それだけで、……私は救われる思いだ。」

 「……ざぁこ。……朝から、……惚気のろけてんじゃないわよ、……筋肉騎士。」

 フラウロスも、目を擦りながら身を起こした。彼女の肌には、昨夜の情熱の名残のような淡い赤みがまだ残っている。彼女はメイと目が合うと、一瞬だけ頬を赤らめ、そっぽを向いたが、握っていたメイの裾を離そうとはしなかった。

 「……あたしの内部クロックによれば、……今は、……新しい一日の、……0.1秒目よ。……ほら、……いつまで寝てるの。……今日は、……忙しくなるんでしょ?」

 メイは、二人の手をそれぞれ取り、力強く握りしめた。

 「うん! ……私、……昨日の夜、……ずっと考えてたんだ。……ゼロさんが守りたかった世界も、……タムさんが愛したこの星も。……一人の神様が管理するんじゃなくて、……この街みたいに、……みんなが『自分たちで直しながら生きる場所』にしたいって。」

 メイはベッドから抜け出し、アークのハッチを開けた。

 外には、朝露に濡れて輝く広大な黄金の海。そして、遠くで朝の修理を始めている住人たちの姿があった。

 「……アスタロト、フラウロスちゃん。……私、……この街を『国』にしたい。……誰かに支配されるんじゃなくて、……自分たちを自分たちでリペアし続ける、……大きな、……世界で一番大きな『工房』みたいな国を!!」

 メイの真っ直ぐな宣言に、アスタロトは誇らしげに胸を張り、フラウロスは不敵な笑みを浮かべた。

 

 「……王を持たぬ、……守護の国か。……良いだろう。……私の剣は、……もはやお前だけでなく、……お前が愛するこの民すべての盾となろう。」

 「……ふん。……ざぁこな理想主義ね。……でも、……あたしのOSレゾナンス・ネットワークがあれば、……そんなデタラメな夢も、……論理的に成立させてあげるわ。……感謝なさいよね、……ざぁこ建国者さん。」

 「……カカッ! ……ついにお主も、……一端の『親方』になるか。……面白い。……このフェネクス、……その新しき国の、……最初の『居候』として、……見届けてやろうではないか。」

 アークの屋根の上で、フェネクスが羽を広げ、暁の空に向かって高らかに鳴いた。

 三人は、顔を見合わせて笑った。

 昨夜、一つになった魂は、今、新しい「目標」という名の燃料を得て、さらに激しく燃え上がろうとしていた。

 

 「……よし! ……まずは、……エルたちと話し合おう! ……みんなで、……どんな国にするか、……決めなきゃ!!」

 メイは、いつもの、けれど昨日までよりもずっと重みのあるレンチをベルトに差し、レゾナンスの街へと駆け出した。

 それは、世界を管理する指輪を捨てた少女が、自らの足で新しい歴史を刻み始める、輝かしい「起工式」の始まりだった。

 黄金の麦が朝露に輝く広場。そこには、メイの呼びかけに応じたレゾナンスの住人たちが集まっていた。

 先住民の少女エル、村の長老、そして元エデン市民の代表である元技師の老人。彼らの表情は、一様に複雑だった。1年ぶりに帰還した英雄への「感謝」と、彼女が口にした「国にする」という言葉への「警戒」が、朝の冷気の中で火花を散らしている。

 「……メイさん。……あんたたちのことは恩人だと思ってる。」

 元エデンの技師だった老人が、錆びついた杖を地面に突き立て、厳しい声を絞り出した。

 「……だが、……『国』を作るというのは、……また新しい『王』を、……管理者を戴くということか? ……俺たちは、……エデンのシステムに家畜のように管理されるのが嫌で、……命懸けでこの荒野に逃げてきたんだ。……あんたが、……今度はこの指輪の力で、……俺たちを支配しようっていうのかい?」

 その言葉に、広場の空気が凍りついた。

 メイの腰にある、あの銀色の指輪。全能の力を秘めた管理者の証。住人たちにとって、それは救いの象徴であると同時に、自分たちの「自由」を再び奪い去る「鎖」に見えていたのだ。

 メイは、一歩前に出た。

 彼女の隣には、威風堂々と大剣を携えたアスタロトと、腕を組んで不敵に微笑むフラウロス。その威圧感は、確かに「統治者」のそれに見えたかもしれない。

 「……ううん。……違うよ、おじいさん。……みんな。」

 メイは、ベルトから一本の、使い古された「レンチ」を抜いた。

 指輪ではなく、油の染みた、傷だらけの道具を。

 「……私が作りたいのは、……王様がいる国じゃない。……誰かが誰かを命令して、……言うことを聞かせる場所でもないんだ。……私が作りたいのは、……大きな、……世界で一番大きな『修理工場ワークショップ』だよ!!」

 メイの声が、澄み切った朝の空気に響き渡った。

 

 「……管理っていうのは、……誰かが決めた『正解』を押し付けること。……でも、修理っていうのは、……壊れたものを、……みんなで知恵を出し合って、……また動くように直すこと。……そうでしょ?」

 メイは、集まった人々の顔を一人ずつ、真っ直ぐに見つめた。

 

 「……私たちが旅をしてわかったのは、……世界はもう、……一人の神様じゃ直せないほどボロボロだってこと。……だから、……レゾナンスを『国』にするっていうのは、……ここに住むみんなが、……一人一人が『自分の人生の修理屋』になるって、……そう誓い合う場所にしたいってことなんだ!」

 「……自分の人生の、……修理屋……?」

 エルが、不思議そうに呟いた。

 「そう。……お腹が空いたら、……みんなで麦を育てる。……水が止まったら、……みんなでパイプを直す。……誰かが悲しんでいたら、……みんなでその心をリペアする。……特定の誰かに『直してもらう』のを待つんじゃなくて、……『自分たちで直す権利』を、……誰にも邪魔されないように守り抜く組織。……それが、私の言いたかった『国』なの。」

 メイは、手の中の指輪を高く掲げた。

 「……この指輪の権限は、……もう昨日、……フラウロスちゃんと一緒に書き換えたんだ。……特定の誰かを王にするためじゃなく、……この街のシステムが、……みんなの声を平等に拾って、……最適に配分するためだけに動くように。」

 「……ざぁこ。……あたしが徹夜で組んだ『分散型OS』を、……そんな簡単に説明しないでよ。」

 フラウロスが、呆れたように、けれど誇らしげに口を挟んだ。

 「……あんたたちが心配してる『私腹を肥やす』なんて、……論理的に不可能なのよ。……この街の資源リソースは、……全部透明化されて、……必要としている場所に自動的に流れるように、……あたしがこの指輪を『プログラム』に書き換えてやったんだから。……メイは、……ただの、……最高責任者チーフ・エンジニアに過ぎないのよ。」

 「……そして、……我が剣は。」

 アスタロトが、一歩前に出て、大地を揺らすような力強い声で告げた。

 「……お前たちを縛るためのものではない。……お前たちが、……自らの手でレンチを握り、……自らの足で大地を耕す、……その『自由』を侵そうとする外敵を、……微塵に打ち砕くための盾だ。……騎士が守るのは、……王座ではない。……民の誇りだ!!」

 アスタロトが剣を鞘に収めた時、広場を支配していた「警戒」という名の霧が、朝日に溶けるように晴れていった。

 

 「……そうか。……あんた、……本当に修理のことしか考えてないんだな。」

 元技師の老人が、ふっと顔を綻ばせ、小さく笑った。

 「……王様になりたい奴は、……そんな汚れたレンチを、……宝物みたいに握りしめたりしねえよな。」

 「……お姉ちゃん!!」

 エルが、パッと明るい表情でメイに駆け寄った。「……じゃあさ! ……国にするなら、……みんなが『あ、あそこに帰れば大丈夫だ!』って思えるような、……かっこいいしるしが必要だよね!!」

 「……印?」

 

 「そう! ……国旗だよ、国旗!! ……世界で一番かっこいい、……修理屋さんの旗を作ろうよ!!」

 エルの提案に、広場中から歓声が上がった。

 それは、支配への恐怖が消え、新しい「未来」を自分たちの手で作り上げるワクワク感に変わった、決定的な瞬間だった。


 「国旗……、私たちの、旗……」

 メイはその言葉を反芻し、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 かつてエデンという巨大な揺りかごにいた頃、旗や紋章は「管理される記号」でしかなかった。けれど今、エルや職人たちが目を輝かせて提案しているのは、自分たちが何者であるかを示す「誇り」の象徴だ。

 「よし! ……だったら、最高のやつを作らなきゃ! フラウロスちゃん、アスタロト、手伝って!!」

 メイが呼びかけると、二人は顔を見合わせ、苦笑しながらもメイの隣に腰を下ろした。広場に広げられた大きな白い布を囲んで、即席のデザイン会議が始まる。

 「……ざぁこなセンス。……あんたに任せたら、どうせ『スパナ一本』みたいな地味な絵になるに決まってるわ。」

 フラウロスが毒づきながら、端末から幾何学的なホログラムを投影した。

 「……国にするなら、……論理的整合性と、……美しさが不可欠よ。……この『完全な円環』と、……無限を意味する『フラクタル構造』をあしらったデザインはどう? ……理性的で、……いかにも頭が良さそうでしょ?」

 「……いや、フラウロス。……それでは、……この地の荒々しさと、……民の勇気が足りぬ。」

 アスタロトが、傍らに置いた大剣の鞘で地面を叩き、異議を唱えた。

 「……旗とは、……戦場で遠くから見ても一目で分かり、……敵を震え上がらせ、……友を奮い立たせるものでなければならぬ。……やはり、……不退転を誓う『銀の剣』と、……それを守る『盾』を中心に据えるべきだ。」

 「……うーん、……どっちもかっこいいけど、……ちょっと固いかなあ……。」

 メイは唸り、手元のスケッチブックに、つたない線で何かを描き始めた。

 

 「……お姉ちゃん、……何描いてるの?」

 エルが横から覗き込む。

 「……これだよ。……私たちが一番大切にしたいもの。」

 メイが描き出したのは、二本のレンチを「X」の形にクロスさせた図案だった。

 「……これね、おじいちゃんの教えなんだ。……一本のレンチじゃ、……ボルトを回せても、……反対側のナットを固定できないことがある。……でも、二本あれば、……挟み込んで、……どんなに固い結び目だって解ける。……助け合う、二本のレンチ。」

 メイの言葉に、周囲の職人たちが深く頷いた。

 「……その通りだ、メイさん。……俺たちは一人じゃ、……この荒野を直せなかった。」

 「……そして、……それを囲むのは、……エルの育てた黄金の麦。」

 メイはレンチの周囲に、しなやかにたわむ麦の穂を二房、円を描くように描き足した。

 「……壊れても直せるっていう『技術』と、……みんなで分け合う『実り』。……この二つがあれば、……私たちはどこまでだって行けると思うんだ。」

 「……ふむ。……メイよ、……肝心なものを忘れておるぞ。」

 屋根の上から、フェネクスがひらりと舞い降り、メイの肩に留まった。

 「……この我という、……最高に美しく、……最高に尊い存在をな。……カカッ! ……我の翼なき旗など、……ただの雑巾に等しいわ!!」

 「……あはは、……そうだね。……フェネクス様がいないと、……寂しいもんね。」

 メイは笑いながら、二本のレンチの中央に、大きく翼を広げた鳥のシルエットを描き込んだ。

 

 それは、今ここにいる全員の想いが重なった、唯一無二の紋章だった。

 

 数時間後。

 街の女性たちが手作業で縫い上げ、フラウロスが最新の定着材で色を乗せた「最初の国旗」が、レゾナンスの広場に掲げられた。

 

 澄み渡る蒼天。

 そこを泳ぐように翻るのは、深い鉄色の「二本のレンチ」と、燃えるような「黄金の麦」、そして自由を象徴する「白銀の翼」をあしらった、レゾナンスの旗。

 

 「……いい旗だ。……我が人生で見てきたどの軍旗よりも、……誇り高く見えるぞ。」

 アスタロトが、眩しそうに目を細めて旗を見上げた。

 「……ふん。……まあ、……配色カラーリングは、……あたしのアドバイスのおかげで、……ギリギリ合格点ね。」

 フラウロスが、照れ隠しに腕を組んで鼻を鳴らす。

 メイは、掲げられた旗を見上げ、心の中で静かにゼロへ語りかけた。

 (……ゼロさん。……見ててね。……一人の神様が守る完璧な世界より、……みんなで泣いたり笑ったりしながら直していく、……この不完全な場所の方が、……きっと、……ずっと楽しいから。)

 「……お姉ちゃん! ……旗ができたなら、……次は何をするの!?」

 エルが、期待に満ちた目でメイを見つめる。

 メイは、腰のレンチを一度強く握り直し、最高の笑顔で答えた。

 「……まずは、……この街の『バグ』を全部出しちゃおう! ……水回りの効率化と、……太陽光パネルの再配置。……それから、……周辺の村から避難してくる人たちのための、……新しい住居の設計! ……やることは、……山積みだよ!!」

 「「「おー!!」」」

 住人たちの歓声が、黄金の麦畑を越えて、遠くの地平線まで響き渡った。

 それは、依存から自立へ、管理から共鳴へと舵を切った、新しい人類の産声。

 

 管理者(神)の手を離れた世界は、今、一人の小さな修理屋と、その仲間たちの情熱によって、最高に騒がしく、最高に力強い「再起動リブート」を果たしたのだ。

 ご愛読、本当にありがとうございます。記念すべき第99話を、最高に温かな「建国の儀」で迎えることができました。

 「二本のレンチ」に込められた、一人では回せないボルトも二人なら回せるという修理屋の精神。それは、これからの過酷な新章においても、彼女たちの不変の座標となるはずです。

 神の管理を離れた世界は、今ここから、自分たちの手で「リペア」される時代へと動き出します。

 次回、第100話「喉の渇き、流入する漂泊者たち」。

 建国という名の、最も壮大なリペアが始まります!

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