第10層「船旅~母乳の謎~」
――ズオオオオオ!
海が音を立てて割れるかのようにして現れたのは、俺の理想的とも言える海の魔物。
まだ出発して間もなく、さてこれから今目の前で起きているようなことをするためのことをしようと思った矢先の出来事である。
ご都合主義的な何かを感じたが、まぁこういうことも時にはあるかもと思い直して改めて目の前に現れたものを見て一言自然と呟いてしまう。
「でかいな......こりゃ」
そんな俺の下には、船内を見学していた仲間たちが何事だと駆けつけてくるが、それを手で制した。
それに疑問を持ったのか、ジャックスが問いかけてきた。
「なんだ、タイマンでやろうってのか? 海の魔物とやりあうには少々頼りねぇ船だぜ?」
この船の船体はだいたい30mほどで、有名な海洋交易ゲームによるゲーム知識でいうところのキャラック級くらいの船だ。
それに比べ海の魔物は体長がだいたい15mほどはありそうな感じだ。見た目は、昔図鑑で見た首長竜とでもいうかのようなその魔物が圧し掛かればたちまち転覆すること請け合いである。
迷宮化もされていない普通の船であればの話だが。
「ま、ちょうどよさそうだから少し試させてくれ」
そう告げると同時に睥睨するかのようにしていた首長竜は、海水を吸い込むようにすると口からその水を大量に吐き出してきた。
ウォーターブレスみたいなもんかと理解した俺は、新たに開発した水色の色紙を取り出して力を発動させる。
「折色紙――吸水海豚」
それによって折り上がった水色の海豚は複数生み出されるとそれぞれが相手の暴力的な水のブレスを分散して吸収していき、やがて体積をまるでシャチかといわんばかりに膨らませていく。
そして――
「......借りた物は返すぞ!」
その言葉と同時に、指揮棒を水の息吹によって体積を増した折海豚たちを指してさらに技を発動させた。
「海豚水圧爆弾」
海豚内の水圧を増して凝縮させたそれを相手へと返していくと、首長竜っぽい魔物の回りで次々と爆発していく。その際に飛び散る水滴が相手へ次々と突き刺さっていった。
ゴアアアっという雄叫びとともにダメージを与えられたことを確認した俺は、殺すつもりじゃなくとも結構な威力だなという納得をした後にダメージの大きさゆえかふらふらする首長竜っぽい魔物に近寄ると手を当てて、
「生命契約レベル1 ......よし、じゃあ負傷した首を船のほうへ......治ったな? それじゃあこれからの牽引を頼むぞ」
隷属化させた首長竜――クビナ(命名)の負傷を船内という迷宮空間下に入れることで超回復させると今後頼むことを伝えてクォォという了承によしよしと撫でて頷いた。
「な......こ、これが迷宮主の実力なの!?」
{さすが迷宮主様ですの}
デニアは振るわれたその力に驚愕、ティニは俺にしてみればなんとなく嫌な予感を感じさせるものを文字から読み取れた。
今回使ったこれの利点は、吸水は当然として吸収した後の活用法は、主に空気を凝縮させるという迷宮魔法『空気圧縮』によって体積を増したイルカに詰め込んで水圧を増した水爆弾とも言えるカウンターもできるという使い方もできると実証されたこととなる。
威力に申し分もなく、他にも可能性が広がるこの使い勝手のいい水色紙は今後の海上での戦場にも有効的だと判断した。
「まさかとは思ったが、船を牽引する目的でか?」
「......それ以外に何があるんだよ? 船と言えば、牽引する竜はゲームでも常識だぞ?」
そんなことを言いながら、クビナに乗り込んだ俺はポーチから事前に"こういう時のため用"の縄を取り出すと、クビナから苦しくない位置を教えてもらいながらそれをつけて固定させていった。
「......てめぇのいう何々と言えば何々の理屈が、結構付き合いがなげぇわけだが未だに理解不能だぜ」
続けてそれにしても初めて見る種の魔物だとかなんとかいいながら、そんなことを言うジャックスの言葉はスルーして作業を続ける。
やがて、迷宮"船"とクビナを繋ぐ作業を終えた。
「よし。......アベさん、帆を畳もう......お前もだ、ジャックス」
「ガウ」
「へいへい」
「タクト、私ハ?」
「オーリエは、そのまま操縦を頼むよ。あ、そうだ。まずは出発前に取り付けた各所の迎撃用の魔道具を作動させるからそれの手伝いを帆を締まった後にアベさん、ジャックスとともに頼む。で、オーリエ用に船も拡大させないといけないからしばらく海上にいてもらうことになる。んで、クビナと舵を連携させられるようにするから海図兼進路担当のリリィもしばらく洋上を頼むよ。アラーネは彼女の付き添い兼護衛よろしくな」
「わかったヨ」
「............コクン」
「御意にございますわ。宵闇様」
と、指示をしたところで牛人族の2人がこちらに視線を投げかける。
「お前らは......今のところやってもらうことないからデンとかの介護とか自由にしてもらってていいぞ」
{畏まりましたの}
「......そうさせてもらうわ」
そうしてやるべきことを各々伝えた後は俺も、早速港町を出る前に仕掛けた魔道具を作動させるために動き出した。
本来であれば、出航後となるこのへんでまさにクビナのような魔物を釣って牽引させる予定だったが、結果的にいい意味で無駄になったのは僥倖と言えた。
出発前に海の魔物の情報や東の大陸に関する海図の入手と片腕の親からの望みのまま名義で奪った食料も当面は問題ない量を確保している。情報によれば、これくらいの船で時化次第じゃ1週間くらいであちらに着くということだ。
その間にも、俺はやれることをやるつもりである。
まずは海の魚を試験的に釣り上げてどういうのがいるのかとか海の魔物にはどんなものがいるのかとか、その辺だろうけどそのための魔道具作りだったり、ティニとの約束製作もなるだけ早く作る必要がある。
そんな洋上でできうること考えながらも着替えるために一旦、船内に入ることにした。
迎撃用の魔道具起動と船内拡大やら何やらを終えると、すっかり日が沈み現在は暗闇に包まれる中俺たちは船内の一番大きな居間といえる空間で、俺以外がその用途に見合う形で各々談笑をしている状況だった。
「まるで......船の中とは思えないほどの空間ね。......でたらめだわ」
「デニア様、それが宵闇様のお力ですわ」
「......リリィ、呼び捨てでいいわよ」
「では、デニアさんと」
{オーリエ様、こちらはどのようにお使いになるんですの?}
「......この蛇口を捻ると水が、この蛇口を捻るとお湯がでるヨ?」
「旦那、珍しいもんを持ってたぜ?あのボンボンの父親は」
「ガウ?」
「キュウ~」
「............よしよし」
各々コミュニケーションを取る会話をBGMとして耳にしながら俺は、あるものを作るための作業を行なっていた。それはあの港町でのティニとの取引によって示すもの――ティニの声をどうにかする魔道具である。
ちなみに古傷は皮膚から生み出したホムンクルスの息子イシャによって治療されているので、痛々しかった傷も現在ではなくなっていた。
それはデンたちといったあの暴力を受けた末に色々と使い物にならなくなった腕やらそういうのをカバーする意味でも治療がされている。
「錬金術式練成!......よし、これでいいはずだ」
そうして俺は、出来上がった物のアイテム情報を確認した。
【アイテム情報】
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アイテム名 :声高のチョーカー(Rank:S20)
効果 :声量増幅
アイテム説明:魔物の皮、迷宮創造主の喉、風精石、イヤホンマイクのマイク のみを取り出した材料によって作り出された声の量を増大させ る効果を持つチョーカー型のアクセサリー。
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「じゃ、試すとするか」
そうして俺は、自分の首に巻いて光ったことを確認したので適当に声を出す。
「あー」
――キーン......
あれ?
なんか耳がおかしく......てか、こちらを向いて驚いているみんなの顔というか仕草はまるで耳を塞いで苦しそうにしているかのようだった。
そしてしばらくして耳が正常になった俺が、まずやったことは正座だった。
「タクト、熱中するのはいいことだが......ここでやるのはいただけないぜ」
「鼓膜破れるかとおもったヨ?」
「ガウガウ」
完全に俺が悪いので、俺は小さくなりひたすら謝る作業を繰り返した。
調整をミスったかとその後、ティニに付き合ってもらう形で改めて作業室へと連れて行き、試行錯誤を繰り返してできたチョーカーをティニに渡した。
「あ......あー......あ......っ!」
声が普通の状態になったことに感激したのか、自分の口を押さえるかのようにして感極まったティニは勢い込んで俺に抱きついてひたすら感謝をしてくる。
だが、しかしだ。
ティニによかったなと思うのだが、そのとてつもない破壊力を持つ兵器を押し付けられていると色々ともにょもにょとしちゃいそうなので離れて欲しいのだが、こういう時に限って悪いことは重なるようで――
「......ちょ、なにしてんのよ!」
「ぐはっ!」
「ああ~迷宮主様!」
デニアが様子を見るために入ってきたのはまさにその瞬間ということで、俺は誤解の下に一撃を食らって吹っ飛ぶこととなったのはいうまでもない。
色々あったが落ち着いて、今は喜び合う2人の牛人族を見るだけとなった。
あ、そういえば。
「なぁ、聞いていいか?」
「なによ?」
「いや、お前じゃなくて。ティニに聞きたいんだが」
「......あ、そう」
と、プイっとさせたデニアに苦笑するも気を取り直してティニに聞いてみる。
「あんときの戦闘で、なんていうか......その......ぼ、母乳みたいなの出して固めてからデニアに投げてたよな? あれは種族特性みたいなものか?」
俺の問いかけに顔を赤くするが、そうですねと言うと説明をしてきた。
「迷宮主様のおっしゃるとおり、ホルステン種の特性であるという解釈でかまいませんの。私達は本来性別としてはその特性ゆえか女種族ですの。種はデン様の一族が主な役割を果たしてくれていたおかげで減らすことはなく私の一族は順調といってもよかったのですの」
そうして一旦説明を終えて、ため息をつくと今度は少し暗い感じとなって話を再開させた。
「......しかし、魔素が消えたためにその特性は使えなくなりましたの。......本来は魔力によって、母乳生成から搾取し、形態も固形化させたりということを行なえていたことができなくなりました」
「魔素が消えた......えと、22年前くらいのことか」
「はいですの。ゆえに、用途のなくなった私の一族は帝国によって慰み者という利用価値しかなくなったようで、狩りと証したものを行なわれそうでしたが慰み者になるくらいならば死をという考えの我ら種族は帝国と戦いましたの」
「......私たちが駆けつけたときはもうティニ以外、その命はなかったわ」
当時のことを思い出したのか、悔しそうにしたデニアがそう呟いた。
なるほど、と俺はその情報が巡ったせいで現状のような希少族に加えられたのかと納得した。
「それで、本来魔力がなければできないはずのそれができたのは?」
「......迷宮主様とのあの旅に同行させてもらっている最中に野菜との物々交換をさせていただいた時がそもそものきっかけともいえますのよ」
「野菜?」
「はいですの。あのお野菜を食した次の日、なぜか私の......その胸が張ってしまったのでおかしいとデニアちゃんと相談した結果、迷宮主様によりもたらされた野菜を食したことが原因ではないかと」
野菜......野菜ね。
と、思ったところでそういえばと思い出した。
あらゆる生き物が魔力を吸収すると様々な効果を発揮するということを。
それで今回のことに繋がるのだが、その魔力というのはエロナいわく混ざりけなしの俺の100%な魔力であるためもうすでに3回目くらいの収穫を迎える迷宮"集落"やら、迷宮ラウンジ内にある畑部屋、そして試験畑としていた亜空間の畑なども完全に俺の魔力下で栽培されているということになる。
ここからは憶測だが、おそらくあのラウンジ内での戦闘のころにはもうすでにいたらしい牛人族一行はそこから考えても丸々1年迷宮にいたことになるわけだが......その間にアラーネのような魔臓がどんどん活性化して適合してちょうど俺との物々交換の時に規定量を越したことで、その母乳が生み出されてしまったんじゃないかと考えた。
「なぁ、その母乳生成というのは初めてのことだったりするか?」
「私は、魔素消失後の生まれですの......それが何か?」
「いや、それを聞いて納得したよ。......そうか」
今回の件は、言ってみればアラーネの魔力暴走とほぼ同じ要件だといえる。
あっちは排出ができづらいらしいが、ティニの場合は母乳という排出方法があるようなので体調不良になることはないようだと聞いた。
なんていうか......このままある考えを加速させると、途端にアラーネの問題も解決しそうな気配がするけど、折角ここまで来たんだということで俺は別のことを聞くことにした。
「あの固形化やデニアが変わったのは......どういうことなんだ?」
「我らの一族には"魔力凝固"というものを先祖代々教わっていたんですの。もう決して使われるものではないのですが、伝統深い一族でもありましたし、またいつの日かという思いもあったようで念のために教授されたんですの」
「そうか」
「そして、私の一族の母乳は血族に強い"先祖"意識を持たせますの。故に、牛人族であるデニアちゃんが飲めばああいった作用が生まれるんですのよ」
「ふふーん!どう?私の実力!」
「あー、はいはい」
「面倒臭そうにしないでよ!」
そんなやり取りをしつつも、考えた。
先祖意識ってのは何かしらの働きかけをあの固形化させた母乳で摂取させ、何分かの限定的な能力返りみたいなものを起こすと考えればいいってことになる。
あのミノタウロスモードは相当なアドバンテージになりそうだと俺は思った。
しかしそう考えると、念のためにと教えていた技術がまさに身を結び、再び特性使用が可能になったのは悲惨な末路を辿った中であっても唯一彼女にとっては、幸運な出来事だったんだなと思う。
「迷宮主様から、改めて刻まれたこの奴隷紋に誓い今後はこの力も仰せのままに精一杯お仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたしますの」
そういって真摯に頭を下げるティニに、本当は取引後に適当なことを言って反故にしようかなと思っていただけに、素直によろしくと言えないのがもどかしかった。
「あ、ああ、まぁ......よしなに」
そして、母乳と言う特性で仕える意味を少々履き違えそうになった俺はどもりながらも、取引ということもあって了承するのだった。




