第24層「そして彼は決断する」
男は............18歳の少年というのは、とかくエロい。
それはどれくらいか?
今までそう言う事とは無縁とも言うべき、妹の面倒を見ていた少年からその妹を失い復讐に生きて世界を超えて迷宮創造主なんて職についた少年でも決して例外じゃないくらいだ。
そんな未だ少年とも言える俺は、あの後その場で決めることができなかったので考える時間が欲しいと一言断わった上で部屋へと戻り、夕飯を取ったり風呂に入って就寝中にある今もずっとどうすればいいのか、他に方法はないのかという思考に悩まされつつあって眠れずにいた。
横でスヤスヤと眠るレティにチラっと視線を向けて、その幸せそうな表情に俺は悩みなき娘が羨ましいと心の中で毒づきながらも頭を撫でてまた改めて考え始める。
どうすればいいのか。
そういう行為とは対極にあるトラウマ持ちの俺が、そういう行為をすることで救える立場というのはなんという強烈な皮肉なのだろうと思う。
それは去り際に意識を取り戻し、せめて否定をしてほしかったアラーネから告げられた言葉――
『............タクトなら、私構わない』
という言葉を聴いた心境からも感じられることだった。
しかし、あれには参った。
ゆえに眠たげな中に見えた本気とも言える赤い顔ながらのあの目は、俺にとってここまで本気で考えてしまうという結果に繋がっているのが現状だ。
トラウマさえなければ、俺も男なわけだからすぐにでも飛びつけそうなものだったのだがと思ってしまう。
強制的な行為と同意的な行為の違いくらいは分かる。
それであっても......というものがトラウマだ。
「......ねぇ、パパ。そんなに葛藤してしまうの?」
「! ......起きていたのか、レティ」
「近くでこれだけ"救いたいけど、怖い"の感情が溢れてれば......ね」
なんというか、自分の恥ずかしい部分を聞かれたようで顔を背けたい気持ちが沸いてくる。
「......仕方ないな、パパにはいい薬かなとも思ったんだけど」
そう言うと、レティは俺の耳元でボソボソっと語りかけてきた。
呟かれた言葉に俺は、決断をした。
眠れるかどうかは分からないが、本番時に寝ぼけていてはあれかなといったこともあって可愛いレティを抱きしめつつも目を閉じた。
こいつがやる気であれば、俺に暗示をかけた上で無理やりにでもやれそうなものをわざわざ俺に選択する余地をくれたのだと思った俺なりの礼みたいなものだった。
そのまま暖かめなレティにおやすみと呟くと、きちんと睡眠をとるべく少しの間を要しつつもやがて、眠りについた。
翌日――
俺はD.C診療室にいた。
なぜか、オーリエが不安げな面持ちでいたのが気になったが、決断した俺はジョイ、エロナ、そして......アラーネに告げる。
「俺は......俺は、アラーネの気持ちに答えるというよりもまず第1歩を進めたいがために決断したよ。ジョイ、エロナ、アラーネ、俺でできることで協力させてもらう」
そんな俺の言葉に、ジョイのそうなのねとだけ返されてあとは静かな空間が広がるのみだった。
「............タクト」
そう呟いたアラーネは視線を動かして、オーリエがいるほうを見てから俺のほうを見た。
「......迷惑かけて、ごめんね」
「......いいさ。俺は手の届くモノで救えるモノがあるなら救いたい」
俺はそんなことを語りかけると、アラーネに近寄ることにした。
「父さん、私たちは......席を外すわね」
そうして出て行こうとするのを俺は、引き止める。
「いや、見ててくれ。体の専門家、魔力の専門家ともいえるお前らがいなけりゃやる意味がないだろ?」
「え、え~~~~!?お父さん、それはちょっと」
「父さん、さ、さすがにそれは恥ずかしい......って、あ~!」
俺はエロナの言葉に取り合うことなくアラーネに近寄り、そっと呟く。
「いいか?」
緊張からか俺の頬に汗が流れるのが分かる。口はカラカラで手が震えているし、先ほどから妹の絶望的な表情が何度も、何度も想起してその度に心臓の鼓動も血管が切れるんじゃないかと言えるほどに脈動しているのが感じられた。
「............タクトならいいけど、タクトが」
「だ、大丈夫だ......すぅ~~~~~はぁ~~~~~」
そして俺はアラーネにかけられた毛布を手で掴むと、そっと剥がす。
可愛いへそが見えた中で俺はそこに震え涙すら浮かぶ自分との戦いというべきそこにそっと口を押し当てた。
アラーネの吐息が聞こえるかのようなそれに俺は、恐怖の最中にあっても自身の抱く男の本能のようなものを抑えながらそれを続けるのだった。
やがて、行為を終えた俺はそっと口を放す。
「......なるほど。そういうことだったのね」
「あ~~~ドキドキしたよ~」
「......トレーニングしてくるヨ?」
娘2人は何やら赤い顔で俺の行為を見てほっと胸を撫で下ろし、オーリエはそう呟くと早々と部屋を出て行った。
「オーリエ?......てか、なんだと思ったんだ?俺はレティに聞いた解決法を実践しただけだぞ? って......それよりもどうだ?体調とか......」
「..................あ」
何やらアラーネもぽかーんというか、彼女には珍しい表情となったが自らの体を見て手を動かすと毛布を掴んだまま起き上がった。
「......なんともない......あれ?」
どうやらこれから何をするのかとか、一切合財知らされていなかったらしい。
それに娘2人の様子を見るになんとなく俺はレティの悪意あるいたずらみたいなのを感じるに至った。
「......まったくあいつってやつは」
緊張からの弛緩によるためか、全身から汗が吹き出る思いだがだからこそ俺はそれを伝えた。
「......あのな、俺がただ単に――」
そうして汗を拭うと、言い放つ。
「"へその下に経口となる口から魔力を送り込む"くらいでこんななのに、お前らが考えることをするわけがないだろ」
レティの呟き、それは――
『パパ、へその下にある魔臓に直接口を通して魔力を流すっていうのも選択肢にあるよ?』
だったのだ。
おかげで随分と負担が減ったことにより、夜は気持ちよく眠れた。
先の子宮と近い場所にあるという魔臓は、その子宮と密接に関わり合うわけだけどそれならば直接魔臓のある部分へと俺が俺の魔力を流し込めばいいらしく、それは経口――つまり、口を通してと言う手段に限られるものだが、そういう行為をするよりも俺にとっても負担はかなり低く現状の俺みたいなもので済むものだった。
だが、もちろん――
「......レティによれば、それも応急処置......らしい。つまり、根本的な解決じゃないことだから......そ、その」
「定期的に、ってことよね。......レティ姉さんったら、ホントに意地悪だわ」
「もう~~~本当に驚いたよ~」
娘たちによるその呆れとも言うべき呟きに重なるように聞こえたアラーネの残念だったと言う言葉はこの際、聞いてないフリということで対処した。
その後はすっかり良くなったアラーネは、元気(?)にトレーニングルームへと消えていった。何やら数日動けなかったこととかその他色々でツケを支払うとかそんなことを呟いていた。
まぁ、彼女も不本意とも言えるものだろうからなと俺は納得して送り出した。
「2人とも、これからも完治のために引き続き調査を頼む」
「まかせてよ、父さん」
「了解だよ~お父さん~!」
俺はその言葉に納得して診療室を出た。
* * * * *
トレーニングルーム――
広く作られたこの施設の端っこのほうで、タクトによる魔道具『重力アレイ』というもので汗を飛ばしながらもオーリエは懸命に筋力トレーニングをしていた。
まるで、何かを振り払うかのように。
そんなオーリエの下に、やがて体が鈍ったという理由でやってきたのは診療室から移動してきたアラーネだった。
アラーネは、そのまま別のほうへと行くわけではなく真っ直ぐにオーリエのほうへと歩いて近づいた。オーリエは特に気にするでもなく、只黙々と汗を掻きながらトレーニングを続けるのみである。
「......オーリエさん」
「......」
それはアラーネの呼びかけにも答えないほどの熱心さで。
「............妬いているの?オーリエさん」
「妬いていル?......意味が、分からないヨ?」
オーリエのそんな返しに、アラーネはため息をつきながらも眠たげな目でじっとオーリエを見つめると言い放った。
「............とぼけるのはずるいって、思う」
「......」
「......気付いてないのなら――」
「......胸が痛イ。そして......なぜか、アラーネ見ると......イライラするヨ。これでイイ?」
「......やっぱり」
そんなやり取りをした後には、いつの間にか手が止まったオーリエとアラーネがただ静かになった空間内でお互いを見つめていた。
「............それは多分、一緒にトレーニングすれば少しは晴れる」
「......でも」
オーリエは、正直アラーネを下に見ている傾向にある。
なんせ彼女の力はアベさんにも匹敵し、並のものであればその力で容易く握りつぶせるのだから。
「......オーリエさんは......少し私を舐めすぎ......っ!」
そうして手を組んだ状態で、広げたアラーネは技を発動した。
「綾繰――箒星糸撃!」
両手から編み出された釣り糸ほどの細い糸は、箒型に姿を変えるとともに左手にかかる糸を外して振り上げた。右手に残ったその箒は柄の部分であり、柄の部分にかかった糸をオーリエへ向けて振り下ろした。すると、まるで流星ともいうべきキラキラとした光を宿しながら、5本の残滓光を残しながら、オーリエとその足元までをも範囲にして切り裂くような鋭い斬撃となって襲いかかる。
慌てて避けたオーリエの肩口は5本の線が残り、地面はというとざっくりと明確な5本の線が走っていた。その威力で言えば充分に前衛をも勤められるほどのそれほどの威力だとオーリエにも理解できた。
「......これハ」
「............私も、頑張った。タクトのために」
その言葉でキっとしたいつも穏やかなオーリエらしくない視線でアラーネを射竦める様に睨んだ。
「......わかったヨ。"トレーニング"やるヨ?......幸い、ここは迷宮内だから死ぬような攻撃でも安全!」
そうして、ここにタクトが決して知ることはないオーリエとアラーネの謎のトレーニングと称した女の戦いが幕を開けるのだった。




