第21層「帰還と報告」
「会長、ただ今到着しました!」
制圧した帝国の砦。
そこから俺の魔紙とも言えるマギペーパーを使用して折られた通信目的に使用する折紙『電書鳩』で迷宮側へ大体のことを伝えて使者をよこすように飛ばして数日後、その使者がようやくやってきたようだった。
襟首を正してキュっとネクタイっぽいものをつけたどこからどう見てもサラリーマンとも言える使者は、サラリーの配下魔獣『シャイン』の1人。
そしてその横に立つのは、モジョの配下魔獣であり、その中でもまだ大分マシな変態度の事務服っぽい衣装に身を包む『フジョ(ジム)』だった。
「あぁ、お疲れさん。......クレイオフ老、この2人が俺の代役となるから今後のことについてはこの2人を通して話をしてほしい」
「か、畏まりました。......ふむ~これが魔物とは」
俺はその一言に訂正を求める。
「魔獣だ魔獣。俺の支配下に入ったっていうなら、そこらへんも正しく言い分けられるように頼むよ?」
「これはしたり。......そうでございました」
そう言って頭を下げるこの老人は、なぜか以前に比べて険のようなものが取れた実に清清しい顔をしている。よっぽどひどいことがあったけどそれが解決したのかなと邪推しながらもあえて聞かないことにした。
「それじゃ、2人とも。後は頼むよ。俺達は戻る」
「グフフ。モジョ様も早く再会をと願っておられますので、一刻も早く!」
そう言うとスーっと自然な立ち居振る舞いで頭を下げるテレビで見たことがあるビジネス人っぽいその所作に思うところがあったのか、何やらクレイオフ老は感心しきりな様子とフジョから感じる禍々しいものに妙な視線で見つめていた。
フジョに関しては、まぁ付き合っていけばわかるだろうから俺から何も言うことはない。ただ、カップリングだけは注意しろとは凄く言いたいが。
そんなフジョの言う早く戻れという言葉を聴いた俺の心境としては、あっちに戻ればしたくない報告をある少女へしなければということもあるので、気後れしてしまいそうだが、教えるのならば先がいいよなと思い直して適当に返事をすると元・ラーレンの部屋――現代官の部屋を後にした。
蝉の鳴く季節にありながらも、その音は耳に入ってこないなんとも変な意味で異世界にいるという認識を持つ外に待たせてある馬車へ俺は乗り込んだ。
「ソウリョとチャシブはもう出たのか?」
「うん。タクトによろしくって言ってたヨ?」
「そうか」
乗り込んだところでオーリエが先に出発したことについて教えてくれた。
これからもあいつは帝国とこちらとを行き来して情報収集やその他、とある計画のために潜伏してもらうためだ。
そんなやり取りをして出発する際に、手の空いている者たちが見送りに現れては一斉に自らの立場ごとに敬礼をしてきた。
「んと......まぁ、頑張ってくれ」
何やら言葉をせかされている空気を感じたのでそんな適当なことを言うと、彼らは『はっ』と声を揃えて答えを示した。
彼らは帝国に属していた元兵士や使用人などで、その大半がそのまま残るということで、D.C別働隊としてこの砦に仕えることにしたと報告された者たち。
なんていうか俺としてはこの人族らに関しては、微妙な感じだ。
「じゃ、頼むよ。パトリシャ、パトライル」
そんな微妙な俺の呼びかけに二匹の馬が答えるように嘶きをした後、馬車はゆっくりと進みだした。最後まできっちりと見送るというかのような砦に詰めるものたちがやがて小さくなっていくのを一応は目に留めておく事にした。
「......相も変わらずお前も、素直じゃないやつだ」
そんな俺に投げかけるうっとおしい奴を俺は一瞥すると、
「......素直どうこうじゃない。見覚えがない忠誠に戸惑ってるだけだ」
気絶してた間に起こった反乱を迷宮組とともに制圧した降伏組の彼らは共に戦ったからだろうか、妙な仲間意識っぽいものが芽生えたらしく、俺に至ってはあんな感じで忠誠をという態度をとられていた。俺の知らない間に起こったことに対する出来事によっての"そういうのは"さすがに戸惑いしか感じられない。
とりあえず彼らには頑張ってくれとしか言うことはできない。
俺もラーレンほどではないが、どこかで道具という感覚で見ていることには変わらないのだから。
結局、人間なんてそんなもんである。
「......おめぇがおめぇらしくでいいと思うぜ」
「............タクトがやっと泣いたのは喜ばしい」
そうしてジャックスの後ろから、ほんのり赤い顔をしたアラーネが現れた。
投げかけた言葉が多分、アラクネちゃんの時のことだろうと思った俺は何も言えず黙ることしかできなかった。
考えてみればみっともないほどに泣いたのだから、当然と言えば当然だ。
それを突っ込んでくるアラーネも大分垢が抜けたかのようなその顔には、無表情でもありながら少しばかりの微笑みすら伺えた。
「なんていうか、それはいいっこなしにしてもらいたい。......それよりも、顔が少し赤い気がするけど大丈夫か?」
「......大丈夫。少し暑さでやられただけ」
熱中症の類か。
一度俺もあれには"お世話"になったことはあるが、迷宮輪の時とは違う独特の酩酊感のようなものがあったから嫌な症状だと当時は思ったものだ。まぁ、比べるまでもなく迷宮輪のほうが数十倍はひどいけど。
「室内で首筋とか冷やすといいって聞いたことある。後は、水分補給はかかさずにな」
「......うん」
「キュー」
今回俺が救えた唯一の擬人化された魔獣第一号といってもいいアラクネちゃんが泣き声を上げながらアラーネに抱きついた。キュウ?というその表情に俺は救えなかった命もあれば、救えた命もあったのだなとかまた妙なことを考え出したので頭を振るってそれを追い出した。
橋を超え、街道を行く最中俺は御者台で自分の羽織の補修をしていたことで、たまたま見たこともない馬車とすれ違うこととなった。エウレシア最北端の町や帝国で見た馬車といった幌馬車タイプじゃなく、真四角といってもいいほどの木製の檻のようなものがドンと乗せられただけのそんな馬車だ。
身分の証明とも言える何かの国章みたいなものもなく、ギラギラとした御者台に座るおっさんは俺のほうを一瞥すると特に興味なさげにすれ違った。
「......他国の馬車か?」
ここらで別の国を挙げるなら、北の神聖エレメンツィアとかいう国しかないけど、確かそこの国は帝国を経由しないといけないはずだと......考えたが、まぁいいかとやり過ごすことにした。
その後は特段変わったことはなく俺達は迷宮の森へと入り、公道も比較的進んでいる様子を見せる道を横目に脇道から迷宮チュートリアルへと帰還することができた。
そして――
何やら未だ気分の優れない様子のアラーネは言葉少なめにオーリエに介助されながらも部屋へと戻るのを心配だなと思いながらも、俺は向き合う覚悟を決めることにした。
「おかえり、パパ!」
「ああ、ただいま」
そんなやり取りをしてレティの出迎えを受けると、なぜか日頃は決してなかった抱きつきをしてくるレティに俺はどうした?と頭を撫でた。
「......いいの。パパは、いいの!」
「???」
レティの言葉に疑問が残るが、俺はある事に気がつきやがてレティをそっと離す。向き合う覚悟がいる相手であるフェニャが見えたからだ。
その顔はどこか嬉しそうながらも、はにかんだ表情に俺は胸が締め付けられる思いとなる。こうしてきちんと正面から見ても、本当に妹に似ている。
性格は活発な妹に比べて大人しい感じではあるが、雰囲気で見れば瓜二つに見えてしまうから辛いものだ。
「あの、おかえりなさいです......そ、それで、お母さんは」
「......」
逃げたい。
俺の心にはそんな思いが一瞬で過ぎ去った。
「............お母さんは、ちゃんと笑顔で死ねましたか?」
「............え?」
思っても見ない答えだった。
なぜ、知っているんだとそんな思いである。
ここに来るまで連絡を取りようがなかったし、取ったとすればそれは――
まさかと思った俺は、唯一砦へと使者を送るために連絡をしたあの電書鳩によるやり取りを思い出した。だが、そこにはフェニャの母親を救えなかったということは一言たりとも乗せていない。
「レティ、お前......何かしたのか?」
「したよ。パパのために」
そう言ってのけるレティは悪びれることもなく堂々とそう言い放った。
「私はパパのためならなんでもする。パパが送ってきた電書鳩に残滓として残るパパの思いから復元させたパパがあっちで経験、体験した出来事はもうすでにここで知らない人はいないくらいに知っちゃってるよ」
「な、なんでそんなことを!?」
そうして俺は、勝手なことをする娘に怒るかのように声を荒げるも――
「パパが......パパが1人で背負い込もうとするからだよ!」
というレティの言葉に反論を上げることができずに口を噤むこととなった。
「背負い込む覚悟は分かったよ。でも、パパ1人じゃないんだよ......?町にいってひどいことがあっても、結局、みんなにこういうことがあったんだって共有してくれることもなかった。悔しかったよ!それに......それにね――」
「レティ姉さん、もういいよ」
そうしてレティを止めた上で出てきたのは、サラリーだった。
メガネをかけたサラリーは決まりのようにメガネをクイっとあげることはなく、ただ静かに俺を見つめて話し始めた。
「僕が姉さんに余計なことを言ったからだと思う。そして、使者を送って欲しいという父さんからの手紙の裏に感じ取った僕の勘が姉さんの好奇心を誘ったが故のことだった......謝罪するよ。......ごめん、父さん」
砦で見た配下魔獣よりも誠意を感じるそのお辞儀に俺は何も言うことができなかった。
そんな場にあって、フェニャはこちらへとやってきてこう言った。
「......えいぞうか?という物で、レティ様とサラリー様から教えてもらったので、お母さんにあったことは知ってます。......お母さんの......お母さんはどこですか?」
全てを知り、今なお辛そうな表情をしながらも母親との対面を望む言葉に、俺は子供達に何も言うことはなくフェニャを案内した。そして馬車内に設置された安置室で対面を果たした親子。
俺は直視できるわけもなく、短い言葉でしばらく誰も近寄らせないからとしてそのまま部屋を出た。
安置室の中は、沈黙令がかかっているためここからでは2人の様子は聞き取ることはできない。だが、なんともいえない気持ちになった俺は待つこともなく馬車から外に出るため歩き出した。
そして、魔獣部屋へと移動させた馬車から出た俺の前に、レティとサラリーが辛そうな表情でいたので、俺は近寄ると2人の頭を撫でた。
「......悪かったな。お前らに心配をかけたくないからってこの考え自体が心配をかけているのを俺は知るべきだった」
「パパ......」
「父さん、僕たちは父さんの味方だ。これからどんなことがあっても、何があってもね」
俺はその言葉を重く受け止めた。
反対やそれによって起こる反発なんかも結局のところはこいつらなりの思いなんだって知れた気分だったからだ。
「ほんと、テンチョーっていう生き物ほど超めんどぉ~なのっていないんじゃね~?」
「マジうける~。センパイ泣くとかありえないし~」
そんなことを言いながら、ギャルコとギャルオは近寄ってきてあんま心配かけないでほしいんだけどとボソっと呟いた。
「まぁまぁ~お父様が帰ってきたのだし~今日は奮発しようかしら~」
「ダディってば可哀想に。安心して~わたしのキスで目覚めさせてあげるわ♪」
「おとーたーん、だっこ~」
そうしてメイドを伴って現れたのが、オフクロとホステス、ホストの3人だ。
「......ま、分かってたことだけど負担少ない方がいいんじゃない」
「父上、ご心中お察しいたしますぞ!それがし、いついかなる時も父上をお支えいたしますゆえ!」
「オヤジを泣かせるたぁ~うらやましいぜ~!なぁ~レディースよぉ~!」
「てめぇ~、あたいのオヤジ泣かせる気かぁ~?あぁ~?」
と、いつの間にか傍にいたプーと歩いて咽び泣くようなブシドウ、そしてなぜか睨みあいながら歩いてくるヤンキーとレディースの傍には、エロナとダイク、ジョイとモジョの姿もあった。
「お父さん~おつかれさま~!」
「はっは~!ま、酒でも飲んでよ、気晴らしといこうや!」
「......父さん、大丈夫だったかしら?」
「父~!乳を慰めるのは、ぜひこの私に――ハブゥ!」
お決まりのチョップを決めながらも、外交中のシスター、ソウリョ以外に全員揃った子供達に俺は辟易とした思いながらも都合よく痛む目を擦りながら、答えた。
「......仕事が各々あるってのに、お前らは......」
「パパ、言葉が違うよ!」
「......そうだな」
俺は、照れくさくなりながらもそれを捨てて、子供達に言い放った。
今の家族であり俺が守るべき......決して、3度目の正直となって2度の悲劇を繰り返さないためにも改めて、ただいまと伝えるのだった。




