第20層「戦後処理、残心処理」
ラーレン戦後、3日が経過していたようだった。
していたようだったというのは、俺がすぐに出血多量(右肩重症→そんな状態でボコボコ殴った→興奮と無茶による出血多量)にて気絶をしたことが発端となる。
俺以外のポーチに入っていたポーションによっての緊急治療後、目覚めた俺にもたらされた情報から、以下のことが分かった。
砦の最高責任者、帝国軍東南司令ラーレンはあの後に俺による撲殺ですでに死亡している状態だったという。今まではわりとサクっとしたやり方をしていた俺からすれば信じられないほどのやり方ではあったが、後悔はしていない。
奴にはそれすらも生温いと判断できるほどのことをしてくれたわけだからだ。
しかもその後に俺が大勢の兵士の前で気絶したことによって、突如として反乱があったらしい。
俺がいなくなればまだ巻き返せるとか思ったのだろうか。
少なくない数の反乱で、砦は真っ二つに分かれ、反乱組vs迷宮側+降伏組に分かれての戦いが始まったそうだ。
しかしながらそれはあっという間に事態を沈静化させたようだ。
こちらの戦力であるアベさんを筆頭にジャックス、オーリエ、ソウリョ、アラーネ、チャシブといううちじゃ上位に位置する連中もそうだが、何よりも俺のポーチが破壊された影響で防犯用に備わっていた『破壊時分割転送機能』付のそれぞれのポーチに俺のポーチの中身が転移されたことでそれらの魔道具、魔武具といったものが期限付きで貸し出された戦力強化もあったというから、相手にとっては溜まったものじゃないだろう。
俺が目覚めた頃には、もうすでにそれらは終結して主要な者もそれ以外に反乱へ加担した者も全員が処刑された後だった。
その後、話はフェニャの母親の遺体についても聞いた。
アラーネの返答は、以前俺がアラクネちゃんの遺体を洗っていた時にやり方を見ていたのでそれを参考にして、自ら綺麗にした後に馬車内にそのアラクネちゃん用に作られた安置室にて現在は安置されているそうだ。
そこで2度目となる救えなかった命という事実に、心が重くなって2日ほど部屋に引き篭もって色々と自己嫌悪や自己責任に押し潰されながらも過ごすこととなった。
目覚めて1日、引き篭もって2日。
合わせる事3日が経過した経緯である。
そして今朝になり、さすがに迷宮創造主という立場にある俺がこれくらいで立ち止まってはいけないという思いに行き着き、まだまだ心が安定していないためにそれを払拭するべく、ソウリョを呼び出すと強引に神経をいじってもらい思考回路をポジティブへと意向させることとなった。
脳が焼き切れるんじゃないかと思える痛みを伴うほど強引な試みだったけど、おかげでみんなのことをという思いで立ち上がることができたのは僥倖だ。
その後に改めて、砦についての決定権が迷宮創造主としてではなく、制圧者としての俺にしかないということで保留となっている状態を聞くと急いで移動することにした。
戦後処理なんて適当にということを、言い出せる空気じゃなかったこともあるので俺はそれならばとある準備をするとラーレンの部屋へとやってきた。
その間にここで長年ラーレンに仕えていたという老人がいると知った俺はその老人を呼び出してもらった。
そうして部屋で対面した老人と簡単な挨拶を交わすと、まずは大筋の説明として決めなければいけないことを挙げてもらった。
制圧した後の砦の用途、その砦の後継責任者、帝国との摺り合わせ、降伏した兵士の処遇(今は業務を停止中とのことらしい)などといった内容だった。
そこで俺はこの砦で、実質ナンバー2的な者に全てを押し付けることにした。
「本当にわしでよろしいのですか?」
「......聞く所によると、爺さんは奴のことを"若"と呼ぶほど付き合いが長いと聞いた。てことは、一番身近にいて仕事していたことになるよな?だったら、爺さん以外に適任者はいないと思うけど?」
「それは......」
ふむと考え込んだ爺さんに俺は、面倒くさいからという本音を建前で隠すかのようにして話を続けた。
「苦労をかけるかもしれないが、まぁそれが俺達へと戦いを挑んで負けた者の"敗者の責"だと思ってくれればいいよ」
「なるほど」
「それにこれだけは言っておく。俺はまず帝国のようにどこぞを侵略して支配するつもりはない。俺は迷宮創造主、そして俺の仲間はその助けをしてくれる者たち。迷宮を創造して運営をする......それが俺の領分だ」
これは本音である。
ここがぶれては、俺の存在意義がなくなってしまうからだ。
「畏まりました。不肖ではありますが、爺がその役拝命いたしましょうぞ」
「よろしくな」
俺は、なんとか自分がこの砦の主にならずに済んだことにほっとした。
「まぁ、そうは言っても......この砦はすでに帝国から支配を離れた場所となりますので実質的にはあなた様が我々の主となるのは間違いありませぬが」
「......え」
俺はその答えに、愕然とした。
こういう場合はつまり、どんな理由があるにせよそこの責任者を討伐・拘束後に処刑してそこに勤める兵を全て制圧下に納めた場合その制圧した者がそこの主となるのが一般的だと言う事らしい。
彼はそれで言えば、この砦の代官に任命をされただけで実質的な支配者はやはり俺のままだということを説明された。
「え、えと......後で使者を送るからそいつと話し合ってくれ」
俺は、そういうのが荷が重過ぎるということからのせめてもの提案だった。
「畏まりました。......では次に帝国との関係性はいかがなさいますかな」
帝国との関係性か。
つまりは、制圧した主として隣国となるあちらとの折衝になるのだが......
「......そうだな。今しばらくは騙すとするか」
俺の答えに爺さん――クレイオフと言うらしい――は、騙すとはと疑問的な顔をしたので俺は予備として作っておいたポーチからある物を取り出した。
そしてそれを身につけて、あることを念じると――
「わ、若!?」
老人が言うように、見た目いかにも老人のいうここの元東南司令ラーレンっぽく見える外見へと見えるようになったようだ。
「......どうだ?緘口令を敷いた上であれば爺さんなら、一番長く伝えてあいつが言いそうなこととか知ってるだろうし、これを使えば、あっちをしばらく騙すことも可能じゃないかと思うんだけど」
俺はそういうと、マントを自ら剥ぎ取って姿を元に戻した。
これは言ってみれば、俺の記憶を参考にした『転写』と『形状記憶』による迷宮魔法技術で作られた外套である。
名前をつけるとすれば"変装の外套"ともいうべきものだ。
あらゆるサンプルが必要になってくるために、死して顔面がボロボロとなった奴の遺体を記憶の通りに整形したりしてそこから作り出したラーレンの顔と、すでに死後硬直した体の採寸といったあらゆるものを取り入れている。
死者改造という感じになったことに対するある種の忌避感を感じたが、迷宮のためという思いでやりつつも、やっていることはあいつと変わらないという色々な自己嫌悪が襲う代償を支払うこととなったのは言うまでもない。
「あそこまで正確にとは......いやはや迷宮創造主様の技術には目を見張るばかりでございますな」
純粋に褒めてくれているのは分かるが、未だ過去のあの魔剣に追いついていないというのが現状の俺には一つも嬉しくない言葉だ。
もちろんあれ以上のものを作り出すというのは、俺の気性か血なのか分からないが絶対的な目標の一つになっている。
俺の目に何かに気付いたかのようにして頭を下げた老人に、いやいいと返事をして話し始めた。
「ああ、別に怒っているわけじゃない。俺それでこの魔道具『変装の外套』を爺さんに進呈する。これを使ってあっちから使者が来た時なんかはそれでうまくごまかしてくれ」
「はい」
俺の言葉に老人は頷いて傅いた。
もうすでに俺に従う気まんまんというその行動には苦笑が漏れそうになるが、続きとなる部分を話すことにした。
投降した兵には基本的に選択を与えること。
帝国に帰属したいのであれば、若干の記憶をいじらせてはもらうが自由にしてくれて構わないしここでこのまま働きたいのであれば、そのまま働いてもらうことにする。
「そういえば、資金的には大丈夫なのか?」
「それでしたら当面問題はございません」
どうやら東南司令のラーレンの家というのが、帝国内でもそれなりの地位にいるということで金貨を含む資産もそれなりにあるということだった。あの変装によって実家からそれらを砦の運営資金にして吸い取るだけ吸い取ったら、あとはポイという作戦を取るとか言っていた。
帝国人らしいというか、こういうことに関してはさすがだなとしか思えないのが感想だった。
「そこは好きにしてくれ。迷宮側――ひいてはD.C側としてのこの砦の用途は主に帝国側への監視塔のようなものになるだろうし」
「はっはっは......それは充分に承知しております」
「そっか」
そんな感じでとんとん拍子に決まっていった話も最後となる。
「迷宮創造主様の......あらゆることへの御配慮に感謝いたします。それで、あの剣と盾はいかがなさるのですかな?御持ちになるのであれば――」
「......それは"生産職"として拒否する!......だから爺さんが認めた奴にくれてやれ」
俺は迷宮創造主であり、錬金術師でもある。
先ほども言ったことだが、過去に負けているという現状で俺はそれ以上を作るために、過去の遺産に縋ることはしたくないこと......それが、一番の理由でもあり、男の意地でもあった。
何より、あいつが手にした武器や防具は手にもしたくない。
「......畏まりました」
話は済んだとばかりに俺は、じゃああとはよろしくという言葉を残して部屋から出た。
あと行くべき場所とするならば、と考えた時に思い当たったことがある。
その思い当たることに向けて俺は、迷宮"馬車"のある場所へと赴いた。
そこは非常に狭く、人が3人入ればもうすでに満員とも言えるくらいしかない。だけど、だからこそ安らかに眠る場所には適しているかもしれないと思って作ったそこは沈黙令の魔法付与がされた静かな安置室である。
部屋に入る前に死者へ一礼して、俺はその中央に設えられたベッドで眠るフェニャの母親へと手を合わせた。
片方だけとなった顔は静かにだが、瞼を閉じていて死によるためか顔が青白くとても美しい表情を作り出して眠るかのようにいた。
「申し訳ない。色々と立て込んでて来るのが遅れてしまった」
そうして俺はフェニャの母親へと話しかけた。
「......俺はこれで2度、救えなくて......2度、ここへ死者を安置していることになるんだ。本当に申し訳ない。不甲斐なさが招いたことだと、フェニャ
との約束を破ってしまったことについて改めて謝りたい」
俺はそう言って、頭を深く下げた。
ポタッポタッとした音が沈黙された部屋に聞こえることはなく、自分の足元にじわっと広がった水滴のようなもので自覚した。
また、俺は泣いているのかと。
妹が死んでさえも泣かなかった俺なのに、なぜこの場にきてここまで泣いてしまう理由が分からなかった。
どれくらい経ったか分からないが、俺は頭を戻すとまた手を合わせて呟く。
「娘さんになじられようが、責められようが、俺は俺の覚悟を持ってあんたの娘であるフェニャを守るから......どうか安らかに」
そうして俺は安置室を後にした。
やることがなくなったこと、それからどこか一箇所にいたくない心境のなんとも言えない気持ちの俺は、一通り砦の中を見学することにした。
1人で部屋にいると、また暗い考えになってしまうのはあっちの世界での経験からくるものだからでもある。
その道中、なぜか俺に敬礼する兵士や頭を下げる侍女や使用人らしきものたちに返事を返すこともなく歩いていく。
助けはしたが、別に自分に忠誠を誓えとは思っていないし、これからもここで働くか......もしくは外に出て行くかは彼らが決めることだからという思いと、多分だが間接的に奴のしたことをこいつらのしたことと捉えているのかもしれないという自覚もあった。
人と言うのは、悲しみ、憎しみなどというマイナス面はその逆とは違って心に残りやすいものだから。
そうして色々なところを特に考えることはなくぼーっとしながら見ている中で、やがて前のほうで腕組みをしているジャックスを発見した。
「何しているんだ?ジャックス」
「......おう。なんだ、まだメソメソ君か?」
「......うるさいな、初体験を19歳で騙して卒業した狼男野郎」
「なんで返しが、過去の恥ずかしい暴露つきなんだよ!」
そんなお約束とも言えるやり取りをした後に、ふいにジャックスがなぜか遠い目をしているような気がしたことにおれは気になったので聞いた。
「......なんでそんな遠い目をしてるんだよ?」
「おめぇ、あのチビの母親の下にいってたんだろ?」
「......ああ」
「あの母親は、いい死に方をしたと俺は思ってるぜ」
死に方に良いもクソもない。
俺は少し剣呑とした気持ちで問いただす。
「どういう意味だよ」
「......怒るな。まぁ、"親の気持ち"としてはだ。自分の死後におめぇへと託せられたその母親は......あの時の笑顔で分かったと思うがツイていると俺は思うんだよ」
「ツイてる?」
「帝国側なんてのは、そんな母親はおろかガキごと殺されることもある。胎児がいるってのにその胎児毎剣で腹を刺すクソみてぇな奴がゴロゴロしてるってのが今の帝国だ」
......。
俺はそこまでとはという思いから絶句した。
「昔から争いなんて言うのは、歴史を辿ればそれの連続、それの積み重ねってやつだ。その犠牲の上に今の国やら俺達という生き物が暮らしている。その中で満足に死ぬ奴と死ぬことが出来ねえ奴がいるけどよ、生前がどうであれ......あの母親は、まだマシだとはおもえねぇか?」
ジャックスの問いに俺は、確かに笑顔で死ねたことについて、俺という頼るべきものに自分の大事な者をまかせられたことという点ではそうかもしれないと納得した。
だが、ジャックスの言う親の気持ちとしてはという言葉に俺は少し引っかかりを覚えた。
「なぁ親の気持ち?って......その言い方だと、お前にも子供が――」
俺はハっとして改めてジャックスを見た。
「......ま、そのまさかってやつだ。ガキが1人いる。といっても......親友から預かる形で育てた養子みたいなやつだがな。今は、とある理由で西の大陸の俺の集落に置いてきているのが現状だ」
「......そうだったのか」
こいつの初体験という恥ずかしい過去については知っていても、まだまだ知らないことはあるもんだという思いだった。
「だからこそ......言えることだが、親としてはな、お前の決断はその母親の意に沿っていると思うぜ。"さっき"の態度からみりゃ外向きには向かない性格をしているが、内向きにおいてはお前くらいなのがいいかもしれねぇしな。だからよ――」
近づいてきたジャックスは肩を叩いて呟いた。
「ま、肩肘張らずにいこうぜ」
俺はその言葉を聴いた瞬間、言い知れない気持ちが溢れそうになった。
だから――
「象力転移パンチ!」
「だ、だから、てめぇ!なんで――」
そんな言葉を残してジャックスはどことも知れない場所へと殴られて転移するのだった。
消えたジャックスのほうを見て、それから空へと向くと俺はぼそっと呟く。
「......ま、感謝はしてやる」
無理やり軽くさせたものとは違う意味で、俺は自分の心が軽くなったのを感じた。
素直じゃないのは自覚しているが......まぁそれも俺だということだ。
そんなことを考えて、再び晴れ渡る空の中で入道雲が見える夏の独特の暑さが続く陽気を感じながらさっきとは違う心境で、俺は再び再建をするべく打ち鳴らされる木槌の音を聞きながらも歩き出した。
早く、子供たちに会いたいなと俺は思いながら。




