第18層「笑撃と衝撃」
「......おい、これはどういうことだよ」
俺の怒りの言葉に、東南司令でバーレンの兄だという男は涼しい顔で告げた。
「貴様の判断は、"道筋"によって予め見えていたことだったということだ。よって、お前が最も嫌うであろうやり方で、それでもなおこの状況下で貴様が従わざるをえないという状況で絶望に満ちた姿の従属という結果を導き出したにすぎないということだ」
銀行強盗で人質を取った後に、説得中の警官の前でその人質をじわりじわりといたぶりながら、逃走手段を要求するようなやり方に俺は拳を握り締める思いを抱く。
「とことん、正当なクズのやり方だな。お前が、あの弟の兄だというのが分かるってもんだよ」
「......ふん。余計な挑発をする前に、従うか......従っても、貴様は最初から俺への態度が見てられんほどにひどかったからな。従属の信を問う意味でもこの下郎らのどれかの首でも頂くか」
そうして、何やら奇妙な形の腰に差した剣を抜くとチラチラと見せかけるように3人へと当てた。
そこへ扉の破壊音とともに、アベさん、ジャックス、オーリエの3人が現れた。
「おい、タクト。例の奴はいねぇみてぇだぜ。......っ!」
ジャックスは話した後に、俺の前にいた東南司令を睨むように見つめた。
「よう、帝国一の自尊心野郎・ラーレン様じゃねぇか!」
「ふん。"影狼"......貴様は、相も変わらず力のある者の下でしか尻尾を振れぬ情けない醜態を晒しているそうだな」
と、何やら睨み合うジャックスと東南司令――ラーレンって言うらしい――に、俺は待て待てと間に入る。
「ジャックス。因縁があるのは分かるが、今は俺が話しているしあいつは俺の仲間を捕らえてやがるんだ。邪魔をするな」
「......ちっ」
そうして素直に俺を護衛できる位置へと移動して、再びラーレンを睨みつけた。
「話など......もうすでにこの場は決しているのがわからんか?」
そう言うと、ラーレンは奇妙な剣を改めて3人のほうへと向けた。
「ひ、卑怯な!き、貴様は~......それが人のすることか~~~っ!!」
俺の裏声混じりの叫び声は広大とも言える室内に響いた。
すると――
「..................プフッ!」
「......くっ!......くっくっく......はーっはっはっは!」
「......め、迷宮主。それはひどい"演技"ですぞ」
そんな言葉が、人質となっている3人のほうから聞こえてきた。
なんだ?と視線を向けたラーレンは3人を見てやがてぎょっとしたような顔つきになった。なんせ、そこに居たのは――
「......久々の再会が笑い。ししょ......タクトらしい」
「拙僧もアラーネ殿に同意であるぞ、仏よ」
「......ひどい演技を見た気がしましたな」
そんなことを言って、堂々とラーレンの前を通りアラーネは何やら手元でクイっと引くような仕草をした後に俺達の下へとやってきた。
ポカーンとするラーレンがこちらを見た瞬間に翳されたそこには、
こう書かれていた。
『ドッキリ!だーいせーいこーう!』
日本では昔あったという相手をどっきりさせるという番組があったらしい。
赤いヘルメットを被って、今の俺が持っているプラカード型にそう書かれてネタ晴らしの時に見せるというものである。
今回、俺はそれを真似て実践するためだけに色々と仕組んだ。
当然これは、ある種帝国側へのパフォーマンスとも言えるものだった。
羽織を使って、この砦の島の対岸にいるソウリョと砦に着く前日に打ち合わせをしてわざと捕まるところから始まり、後からたまたま故郷から戻ってきたというアラーネとアラクネちゃんにも羽織越しではあるが再会をして事の成り行きを説明した上で、このドッキリ作戦に参加してもらうように伝えた。
神経のみで行おうとしていたが、ここにきてのアラーネ参戦によって俺はアラーネに神経と糸の相性を説き、その上で密かにアラーネの糸越しにラーレンの神経を支配してマヤカシとなるように細工をしたのだ。
視神経、聴覚神経などを操作したことで3人への拷問を行なったと見せかけた後に自分の判断という錯覚の誘導で、俺と面会をするという思考回路をソウリョによって操作された形となる。
3人を見せ付けられた時、当然俺は知っていたがさすがに無傷だと見えてしまうとさっきのやりすぎた俺の演技みたく見えてしまうと思って、わざと俺のほうにも拷問をかけられたような錯覚を目には見えない細い糸を着席後に屏風っぽいあちら側から飛ばして見させてもらったのだ。
そんなわけで、俺はネタ晴らしをさせてもらうとしよう。
「そもそもな、今回迷宮を出る前に用意していたこのプラカードを作ろうとしたきっかけは......いかにお前ら帝国側をおちょくるか......敵ですらないと表現するかで悩んだ結果だったんだよ」
俺の言葉に、趣旨が分からずとも狙いが読めたのだろう。
ラーレンは初めて顔色を真っ赤に染めて睨みとすら思える目でこちらを見つめて問いかけてきた。
「帝国を......敵ですらない存在......だと?」
「ああ、お前らは敵じゃない。改めて言うがお前らは只の......"獲物"だ」
そうしてプラカードをポーチに入れて、語りだした。
「アラーネにも言ったことだけどな。所詮お前らというのは、罠へと群がるただの獲物なんだよ。......そして、罠を仕掛けて獲物が訪れるのを待つのが俺の役割。その役割を持っている俺が、結局のところはある女の子の母親を救い出すためだけにとやってきたのは現在の立場からすれば、自己嫌悪モノの反省点だ。だがな、救いたいと思った。お前らにとってはゴミにも見える命だろうが、俺が愛した家族に似た少女の祈りはそれだけで原動力となってしまうんだ。仕方ないだろう、それが"俺"なんだ。だからな、まだ"未成年の俺"は自分への怒りと家族との摩擦の罪を償う意味で八つ当たりをする方法を考えた」
そうして俺は、ラーレンの前に立つと弧を描くように口を曲げて伝えた。
「どうすれば......お前――ひいては帝国《お客様》が楽しめるコンテンツを提供できるのかを......な。で、結果が大好きだとさっき言ったお前の顔を見て核心したよ」
そのまま指を立てて、ラーレンへと向けて言い放つ。
「大成功......ってな。悪いな、てことだから大人しく――......」
ざけるな。
「ん?」
「ふ......ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
大音量の声とともに、真っ赤な顔で叫び声を挙げるラーレンにびっくりしてしまうが、気を取り直して向き直ると何事かをブツブツといった後にその手に持った奇妙な剣を振り上げて振り下ろした。その瞬間――
「!」
何か、とてつもない風の音とともに俺へと向かってきた。
目には見えないそれにオーリエが持っていた大剣を構えて俺を守るように立ちはだかり、それを受け止めようとするも、
「ガウッ!!」
何やらアベさんの体を引け的な訴えによって当たるギリギリで体を後方へと倒したオーリエの頭上をその謎の風が通り抜けた。そして――
――キュイン......ドゴッ!............ズズーン
なんというか、それはオーリエの剣が見事に真っ二つにした後も威力を落とさずにやがて扉のほうへと進みそのまま扉ごと切り裂いて、向かい側の城壁すらも切り裂くというとんでもない威力で進んでいったのだった。
後に残った城壁の一部が崩れるかのような音に俺は唖然とするほかなかった。
例え砂鉄製であっても、俺が俺の持てる力で懸命に作り上げた大剣だ。
それをあっさりと斬られてしまうなんてという一種の職人としての腕を否定されたかのような気持ちになったからだ。
「......なんだ、あの剣」
奇妙な形の剣だなとは思ったが、一振りであの威力はまさに魔剣とでもいえそうなほどの威力を誇っていた。それにより冷静さを取り戻したらしいラーレンは、くっくっくと笑い声を上げた。
「......貴様以上の"錬金術"として腕を持つ者は過去にもいたということだ」
馬鹿正直に、過去とつけてそう説明されたことにそういえばレティーナ様も昔はそんな歴史もあったとあの初めて招かれた時に言っていたと思い出した。
なんていうか、俺もまだまだだと改めて決心をさせられた気分だ。
「そして......わが帝国にはな、こういうのもいるとあの世で後悔しろ」
そう言ってパチンと指を鳴らしたラーレンのいる場所の近く、高級な調度品なんかが並んでいるテーブルの下からぬぅっという感じで人型の――妙なヘッドギアっぽい兜を被り、左腕は人のものだが右腕は石を組み上げたかのような義腕っぽい腕をしており、体は黒っぽいビニールのようなピッチリとしたラバースーツを着用した人族が姿を現した。
元々そこまで背は高くないようだが、さらにそれを猫背っぽく折り曲げる姿はさらに小柄な印象に映った。
「隷従族と我々は呼んでいる。我ら帝国のためにと、パーツを組み合わせて作られたコイツは帝国兵に代わる新たな我らの戦力だ......言っておくが、並の戦闘力じゃこいつには勝てぬぞ?」
そうしてラーレンが腕を上げた瞬間――
目の前で猫背の隷従族とやらが消え去った。しかし、
――ガキン!
と言う音ともに、アベさんが目の前で先ほど消えた隷従族の俺を狙ったらしき伸びた爪を自らの爪で受け止めていた。
「な、全く見えなかったぜ!?」
「......拙僧にも見えなかったのである」
「......危険な速さ」
「危険だヨ」
どうやら仲間たちにも見えなかったようだ。
その攻撃を受け止められずにいれば、俺は死んでいただろうと肝を冷やしたが
さすがはアベさんだという思いとともに、ギリギリと受け止めるアベさんへ聞いてみた。
「この場じゃ......アベさんでしか対応できなさそうだけど、やれる?」
「......ガ、ガウ」
できる、だけど......というアベさんの応答に俺は疑問を感じるが、頼むと伝えるとアベさんは短い返事の後に自らの腕力で押し返した。
くるっと回ったと同時にラーレンの傍で爪を構える隷従族は、標的はアベさんだとしてそちらへと目線をやった。
「ふん。まさか、こいつの爪を受けられる獣の亜人がいたとは......だが!」
そうして奴はまた例の切れる風を起こすために、剣を振り下ろした。
それと同時に隷従族がまるでその風が読めるかのようにして突撃をしてきた。
「......レディース。力を借りるぞ」
そうして俺は、咄嗟に指揮棒を取り出すと彼女の得意な技を発動させた。
「マイスタクト――"レディース・ホルモン"!」
指揮棒は俺の発動キーに合わせて、その指揮棒の先端からピンク色のホルモンを紡ぎだすとそれは急速な成長要素とそれによって構築されるホルモン壁は下から上にかけて軌道を変えられるようにして出来上がった。
そこへラーレンの生み出した風だったが、狙っていた軌道は反れる事もなくただ真っ直ぐに進んでホルモン壁を易々と切り裂くとまた先ほどと同様に城壁を通り越して、崩壊した城壁のさらに向かいの壁へと激突して切り裂いていった。
あちら側に人がいたのだろうか、何やら悲鳴やら絶叫が聞こえてきた。
俺はそれに反応する形でラーレンのほうを見ると――
「お前......向かいにも、お前の部下とか仕える人族がいると知ってての攻撃か?」
俺の問いに、ラーレンは何を言っているのだという顔をして答えた。
「......下郎がいくら死のうが、どうでもいいことだ。亡くなったのならば、またどこからか調達をすればよい下郎たちで何をそんなことを聞く必要が?」
......。
......はいはい。
分かってたけどね。
俺の心は、なんとも言えない心情で満たされた。
結局帝国なんていうのは根はこういう連中なんだと改めて思った俺は、
「......覚悟しろよ。お前みたいなガキは俺が一番嫌いな奴だからな」
「こちらこそ、だ。貴様は初めて俺に恥を教えてくれた。褒美に惨たらしくも残酷に殺し尽くしてくれるぞ」
こうしてアベさんと隷従族、俺達とラーレンという砦の攻防戦が幕を開けるのだった。




