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第17層「ラウンジの変」

 タクトが砦で会見をしている頃、ラウンジ内はまだ事態の収拾へと至ってはいなかった。


 どこからともなく現れる帝国――それも砦の東南司令による傭兵や魔物狩り、帝国軍による襲撃が苛烈だったためである。


 本来は、東南司令による森側の外とラウンジの内という2正面作戦とも言えるはずだった戦いだったのだが、森側では予想外にも竜族による支援を受けた奴隷達の猛攻、警邏隊による水鉄砲の威力などで士気が著しく低下してしまったことを受けてまずは、ラウンジをと一点集中型の侵攻を企んだ帝国軍の司令官により、逆にラウンジへと溢れるほどに流れてしまう事態となったのが背景にあった。


 そのせいもあって気付けば、ファナや共に戦っていた戦闘経験のある奴隷たちや配下魔獣といった面々も、押し寄せる数の暴力にはさすがに耐えることができないため、居住区にダイクたちによって急遽作られたバリケード内に撤退していた。


 バリケードはどこからともなく現れたダイクによってラウンジ内の建物のあらゆるところに作られた。


 攻める帝国軍もその魔法懸かったかのような不思議な堅さを維持して数で押しても突破をすることができずにいる。時にやってくるバリケードの建物外から矢の攻撃によってやられたりするなど、迷宮側と帝国軍はまさに一進一退の攻防が各所で行われていた。


 迷宮側にとっての幸いは、ホームであるここをタクトが作り、タクトが破壊不可というルールを作っていることにより武器による建物の打ち壊し、火矢による延焼攻撃などが通じないなどの恩恵だろう。


 そして――


溶涎沼すれいばーまっしゅー!」


強酸味唾スパイシーシャンパーニ!」


 ホストの広がる粘液効果とゆっくりと溶かす成分の涎という攻撃、ホステスの触れた瞬間に溶けてしまうかのような強酸効果の唾という攻撃手段に帝国軍は、非戦闘員同然に見ていたことによって予想外ともいえるホステス、ホストの抵抗に四苦八苦となる原因にもなっていた。


 各所に散らばる施設――酒場宿はギャルコ、ギャルオが守り、D.C施設ではサラリー、モジョ、オフクロの配下魔獣が配置されていて、それぞれ防衛をしているのが現状だ。


 しかし、たとえ迷宮側だからといっても被害がないわけではない。

 戦力の人員だ。


 だが、その中で司令官は違和感を感じていた。

 攻めている側がなぜか攻め寄せる度に相手側への被害とともに、与える被害の倍以上の被害を受けているという報告に、だ。


 それはまるで帝国側に一定の戦果は果たさせてやるが、対価の戦果は迷宮側がより多くもらうぞとでもいうかのような......そんな風に司令官には映るのだ。


 さらに中央付近に陣を敷く司令官たちの軍は、そんな違和感を抱きつつも我が方が優勢だろうとする自尊心によっての弊害のためかどんどんと規模が縮小していくこと、そしてそれが迷宮側によるアリ地獄作戦という計画によることを知る由もなく事態はいよいよ収束へと進んでいくのだった。


 

 とある狐耳を持つ少女の怯えによって。




 * * * * *




「あ、あぅ~......あ、あの時の"子"......が」


 商業スペースの一角で、不思議な膜によってエロナ率いる錬金術師団によって保護をされていたフェニャの呟きがエロナの耳に届いた。


「フェニャちゃん?......大丈夫~?」


 この商業スペースは、小人族、そしてエロナによる錬金術によって生み出されたポーションの販売所などがあるスペースとタクトの許可を受けた商会の者たちの臨時の避難所としてエロナ特性の錬金術士気防衛膜『防刃防弾シート』によって守られていた。よって帝国側もその膜の影響で攻めあぐねており、事前の情報で言う不思議な薬をどんな手を使ってでも奪取したいと考えていたが、先の理由から囲い込み後は兵糧が尽きるのを待つという持久戦ともいえる戦闘方法しか行うことができないでいた。


 見習いとして働いていたフェニャは、エロナの下で働いていた時に軍勢が現れたこともあってそこに避難をしていたのだったが......何かを見たときの尋常じゃない発汗と恐怖による青い顔がエロナには理解ができなかった。


 最初、怖い形相で押し寄せる帝国軍の兵士たちによっての恐怖かと背中を摩り大丈夫だよと声をかけるなどで対処していたのだが、2日経った現在でも変わらないその怯え方はさすがにエロナから見てもおかしいと判断できるものだったのだ。


「あ、あたしに......あの時あたしが見てしまったことに気付いて......?う、うぅ~......」


 可愛らしい狐耳を精一杯両手で隠すかのような仕草で蹲るフェニャに、エロナは戸惑いが隠せなかった。


 今のように時々、同様の独り言を呟くからだ。

 それを聞いて返答があれば、対処のしようもあるのだが、それが行われているわけではない。

 

 2日が経ち、いよいよとじれてきたエロナは思い切って盗み聞きによってどういうことかと本腰を入れてそれを聞いてみることにした。


 その結果、どうやら彼女にとってはとても怖いある人物を見たことが原因だと分かった。


 そこでエロナは、自分製のコンパクトミラーに水晶で保存している顔写真を順番に映していって反応を見る作戦を思いついた。


 恐怖で震える彼女に対して悪いとは思いながらも、彼女の視界に入る位置へと順に映していく。


 ギルドに登録した傭兵、魔物狩り、登録外の帝国兵といった順番で映していくが、フェニャの反応が特に変わることはなかった。


 コワモテと連想しての行動だったのだが、不振に終わり発見に至らなかったことにため息をついていっそ眠らせておくことで戦いを見させないようにしようかと思った折にレティから通信が入った。


("エロナちゃん。......その照合に、奴隷を入れて!")


("レティお姉ちゃん?")


 エロナはなぜ非戦闘員で、誰も彼もが傭兵たちよりも厳つくない奴隷をと疑問に思う。


("エロナちゃん、フェニャちゃんの最初の呟きを思い出してみて")


 そんなレティの言葉に、う~んと考えるとそういえば彼女はこう言っていたと思い出した。


 あの時の子。

 確か、フェニャはそう言っていたと思い出した。

 まさかと思ったエロナは、分かったよ~と返事をすると早速奴隷の顔写真もフェニャへと順番に見せていく。


 やがて、これまでとは違う変化が訪れた。


「あ、あ、あ、あぅぅ~~~~~............」


 恐怖が最大まで高まったのだろうか、そんなことを言った後にフェニャは失神したのだ。


「え?もしかして......この子が?」


 気絶したフェニャを受け止めつつも、レティに聞いてみると喜色に富んだ返答をしてきた。


("エロナちゃん、その子に感謝しておいて!......これで、迷宮の......ううん、パパが嫌悪感を感じていたがためにわざと見過ごしていた盲点が分かったよ")


("え?ど、どういうこと~?")


 そうして聞き返すが、レティはそれに答えることはなくあとはこっちでまかせてねと一言返すと通信が切れてしまった。


「え、え~と......」


 状況が全く分からないエロナは、こうして最大の功労者らしいフェニャを抱きかかえるとスペース内に設置しておいた収納機能付のベッドへと横たわらせた。


「どうして、あんな子にフェニャちゃんは恐怖を感じているんだろう~?」


 後に残るのは、そんなエロナの呟きだけだった。




 * * * * *


 場所は代わり、ギルドカウンター外から駆ける二つの人影が見えた。


「お姉ちゃん!助けて!!」


「アルム!」


 助けを求めるアルムの声に叫ぶように応答するのは、ファナだった。


 アルムを抱えるのはローブを着た男――踏破者の男を刺した帝国側の間者である。


 現在の拉致とも言えるアルムを強奪された経緯は、外で避難をしていたアルムが隙を見てか隠れながらも居住区を目指していた時にいきなり現れたローブの男がそのアルムを抱えて連れ去ったことが所以である。


 その一連のことを居住区内にてバリケード越しに帝国軍と戦っていたファナの目に留まり、他の奴隷たちの制止を振り切って飛び出したことで現在の状況にあった。


 そんな彼女をほおっておく帝国軍はおらず、追いかけながらも襲撃を受けるという彼女にとっては煩わしいことこの上ない展開にだんだんと冷静な判断が失われつつある。


 ファナはそんな彼らの作戦に気付くこともなく、奴隷たちが利用する宿屋の従業員口から侵入をしたローブの男を追いかけていった。


 2Fへと一気に駆け抜けていき、普段はそういう行為の場となる一室へと飛び込んだローブの男を追う形で入ると、ローブの男はアルムに剣を突きつけながらも待つようにして佇んでいた。


「お、弟を放しなさい!」


 と、そういった瞬間――

 その部屋に隠れていたのか帝国軍服に身を包む軽装の男がいきなり襲い掛かってきた。冷静さを失っていながらも、彼女の機転はそんな襲撃すらも容易く打ち砕きファナの剣によって亡骸へと変わることとなった。


 その隙を突いたかのように、アルムはローブの男の足を思いっきり踏みつけると姉のファナのほうへと駆け寄った。


「お姉ちゃん!」


「アルム!」


 アルムを抱き寄せて守るように後ろへと回し、これで形勢が逆転したと判断したファナは多少これまでの戦闘に次ぐ戦闘に疲労を残しつつもローブの男へと言い放つ。


「これで、もう人質の意味はないわ!......大人しく、死になさい!」


 だが、男は動くことも焦ることもない。


 不思議に思ったファナはもう言うことはないと構えて切りかかろうとしたまさにその瞬間――


 ――ドン


 ファナへある衝撃が走った。

 それとともに決して抗えない痛みもである。


 矢でも気付かずに打ち込まれたかと咄嗟に自分の胸に生えたものを見るが、それは矢などというものではなく、短剣くらいの切先だった。


 自分のほうで......切先が見える?


 まさかと信じられないとそんな思いで後ろを振り返ると、そこには見たこともない形相をした自分がこれまで溺愛し、時には口ケンカもしたり、タクト様への愛をと相談にも乗ってくれた可愛い弟のはずのアルムであった。


 なぜ――というには、肺にも達している刃物が邪魔をする形で声を出すことができずにやがて倒れ伏す結果となる。


 ゴポっという肺から溢れる血を吐き出しつつも、まるで信じられないと言った様子のファナは、やがてローブの男がいるほうへと歩いていくアルムがこちらを振り返り、決して見たことはない邪悪な笑みを浮かべる姿が映った。


 ぼやける視界の中で、本当のことなのかという絶望に襲われるファナへとアルムはその年相応とは言いがたい口調で語りかけた。


「......ようやくだね。"お姉ちゃん"が強すぎるから、こんな面倒臭い作戦になっちゃったけど......。ま、あの世であの傭兵長の"おじさん"と仲良く暮らせるんだから感謝するといいよ」


「ど......どういう......ゴポ」


 裏切られたのかと止め処なく絶望の涙が溢れ、溺れて水を吐き出してしまうかのように肺から溢れる血に、ファナは満足に聞くこともできずにいた。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。"はじめまして"、ボクはアルム=バルトゥリオ――"たかが傭兵"の子のお前とは違う優秀なる帝国の血をその身に宿す帝国軍東南方面司令ラーレン=バルトゥリオの息子さ。よろしく」


 ラーレンという言葉......そして、その息子という言葉にファナは傭兵長という二つ名を持つ自分の父との関連性にまさかと苦しみの中で考え付いてしまった。


「......あ、あの勧誘の場に......腹痛でお父さんが倒れてそのまま死んだってのは、も、もしか......ゴホッゴホッ!」


「もしかしなくても、ボクがやったことだよ。あのおじさん、ボクの出自を詳しく調べもせずに自分の養子するほどだから相当ここがあれだよね?」


 そうして醜悪な笑みを浮かべるアルムは、自分の頭をとんとんと叩いて子供らしくくるくるとさせた後にぱぁと手を広げた。


 そう、まだ子供――


 9才という年齢から考えられないその表情に、ファナは違和感を隠すことができずにいた。


 義弟ではあるが、父と他の子とそして自分と一緒に辛い時も楽しい時も過ごしてきた実の姉弟よりも弟らしかったアルム。


 ファナは目一杯可愛がって愛情を持って接していたし、アルムもファナに甘えてきて可愛らしい笑顔をしていたあの頃のアルムとはまるで違うそれは、より深い海へと誘われるかのような絶望を味わうこととなるのだった。


 それの何がおかしいのか、口に弧を描くアルムは優越感からだろうかアルムへ答え合わせをするかのように話し始めた。


「簡単なことだよ。傭兵長と言う虐殺者を油断しているところで毒を使って殺し、その虐殺者の子であるお前を殺すっていう道筋による物語シナリオ......父上が描いたのは、そんな道筋だったんだ」


 そうして、これから犯人を特定するかのような探偵みたくファナに近づくと、指を立てながら話を続けた。


「......なんせ、虐殺者という"帝国の道具"のくせに父上の話にまるで乗る気配を見せなかったんだ。だったら、活かすよりも後に反旗を翻す可能性のあるレジスタンス候補の実力者は消したほうが得だろう?......つまり、お前達も......そして後々父上の策略によって、解体された孤児院の連中も、帝国――引いては父上には不要の長物だったのは言うまでもないことだよ......お姉ちゃん?」


 そうしてしゃがんでいとおしげとすら形容できるように、ファナの頬を撫でたアルムは何が面白いのかナイフを取り出すとファナに突きつけた。


「......ふふふふ。今まで我慢してたんだ。もう死ぬだけだし、いいよね?」


「......あまり時間はない。手っ取り早くしてくれよ」


 ずっと語らずに様子を見ていたローブの男の言葉に、分かった分かったと返したアルムはファナに顔を近づけて囁くように呟いた。


「これまで隠れて、孤児院とかで買っていた弱そうな家畜を殺してお前たちみたいな下賎な者との生活の憂さ晴らしをしてきたから、生きている人族はこれが初めてだよ。喜んでボクに切り刻まれて死ぬといいよ。お姉ちゃん?」


 かつて孤児院で所有していた家畜――それも弱そうなものが死んでいたのは、数を減らした魔物によるものだと考えられていた。だがここにきて、その犯人が目の前のかつて愛情を注いだ弟とともいうべきアルムの仕業と知ったファナの目は輝きを失うかのように、ナイフがまるで目に入らぬほどの絶望へと至ることとなる。


「......じゃ、できる限り苦しんで死んでよ。......お姉ちゃん?」


 醜悪なその顔で笑いながら囁いて、ナイフを振り上げる様子にファナは希望を灯らせることはなく、ただ闇を求めて瞼を閉じたのだった。

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