第14層「ダンジョンライフ・ロンダリング」
迷宮創設初めてとも言える子供たちとの初めての衝突の結果として終わった会議の場から俺は逃げるように亜空間の自宅へと帰ってきた。
ベッドへ倒れ込むように身を預けると、自分の中で煮え切らない思いが沸き起こってきた。
レティも、サラリーも、子供達みんなが俺のためにと思ってくれての言葉だってのは分かっている。
アラーネとは状況がまるで違うのだ。
あの子の場合は、それぞれも関わりがあって状況的にもまだ迷宮が開放される以前のことだったこともあり対処もしやすかった。
しかし、現在はそうじゃない。
迷宮は開放され、子供たちもそれぞれにやるべきことができたこともあって、余計なことに人員を割く事はできなくなっている。
そんな中での今回の俺の我侭とも言える発言だ。
ああなっても仕方がなかったと後悔するばかりである。
こういう展開になるだろうからと、レティは知っていた風に語っていた。
俺の考えが血の繋がりによって透けて見えるように察することができたのだろう。だからこそ、あの子の事情を共感能力によって知り、選考から外して俺の目の届かないようにしていたようだった。
そんな俺の中にある今の気持ちは、あの時レティの言った一言がずっと渦巻いていた。
『ただ、妹を助けられなかったから、あの頃のパパの妹と被るフェニャの力になってあげたい』
図星以外の何者でもない一言だ。
でも、だからこそそう考えることは悪いのかと思えてくる。
別に俺は機械じゃないしそういうムラのでることだってあるのだ。
生まれてまだそこまで経っていない子供に、何が分かるという気持ちと子供だからこそ純粋に心配してくれているのかという気持ちとでジレンマに陥っていくかのような感情に揺れ動いていた。
そんな中、ノックをする音が聞こえた。
こういう時にやってくるのは決まってあの狼男だと俺は無視するように体を壁側へと向ける。
今、あのおっさんと話でもしたら俺は何を言い出すか分からない。
それほどまでの不安定な自分を見せたくないという気持ちもあったからだ。
そんな思いからのせめてもの抵抗だったが、次の瞬間――
バキッっという音とともに扉が壊れる音がした。
ジャックスにそんな真似ができるはずはないと慌てて、起き上がって部屋へと入ってくる足音とその正体に俺はギョっとした。
そこには褐色の肌に今まで作業をしていたらしき黒いタンクトップを汗か何かで張り付かせた大柄の長身美女オーリエの姿だったからだ。
オーリエは、俺の元までやってくるとやがてベッドに腰掛けてこちらを見下ろすと穏やかな目で見つめながら次の瞬間、俺の頭をその豊かな胸に押し付けるようにして抱きしめてきた。
咄嗟のことに反応できない俺は、その暖かさに包まれながらも谷間から覗く二つの目に目を合わせながら問いかけた。
「い、いきなりどうしたんだ?オーリエ」
「......大丈夫、しばらくこうしてテ」
「こうしてって......」
18歳を迎えても基本的に俺の反応は変わるものじゃない。
性欲を刺激するそれを抑えるかのようにして、抵抗をするが力で彼女に叶うはずもなく成されるがままに――やがて、俺は委ねるかのようにしばらくじっとしていた。
何をしているんだろうという気持ちと、作業中だったはずのオーリエがここに来た意味について考えようとするもいい匂いが鼻をくすぐり何もできずに時だけが過ぎていった。
どれほどの時間が経ったのか、いつの間にかウトウトしていた俺を放してベッドに横たえる感覚に気付いた俺はその優しげな目と合うと急に何やら恥ずかしさのようなものが込み上げてきた。
「タクト?......ごめんネ。起こすつもりなかったヨ」
「あ、いや......。こっちこそ、その......」
顔に未だ残るかのような暖かで柔らかい感触に先ほど情けなくも委ねてしてしまったことに自分の顔が赤くなるのを感じて、俺はついつい頬を指で掻くと照れをごまかすことにした。
俺のそんな仕草に何がおかしかったのは、オーリエはニコっと普段滅多に笑わない顔で微笑むと俺の名前を読んでこういった。
「......タクトはそんな風にしていたほうがいいヨ」
「オーリエ?」
そう言うと、ベッドに腰掛けてジッとこちらを見る。
その真っ直ぐな目に照れる俺だったが、何か大事なことを伝えようとするオーリエから目を離さなかった。
「タクトの過去に何があったのか......知らないけど、今の"そんな"タクトを私は知ってるヨ?」
だからそんな今の俺でいてほしいと、オーリエは言葉を結ぶと立ち上がって玄関のほうに歩いていき途中で振り返って――
「......出番があれば、私に声をかけてネ。私がタクトを守るヨ」
と、言うとそのまま玄関から出て行った。
人の心に触れるということの不器用さは、あのくらいの歳まで他の人との会話というコミュニケーション不足からくる不慣れさからくるものだろうと予想ができた。その上でも言葉の重みというか......彼女なりの言葉に俺はなんとも言えないものを感じるのだった。
レティの言う妹を守れなかったことを似た人に重ねて救おうとするのも俺だ。そう自覚した上で、今度はきちんと筋を通して話し合うことにしようと俺は立ち上がった。
玄関を出ようとした時、亜空間の再生力が働いたのか壊れたはずの玄関のドア俺が入った状態のままでいたことに苦笑しつつも外へと出た。
やがて、俺の呼びかけに再度会議に集まった面々に身勝手な形で会議を抜けたことに対する謝罪の意味も込めて俺は頭を下げる。
みんなじっと静かにしていたが、俺は構わずに語り始めた。
「なんていうかな、ぶっちゃけるとな......俺はこの世界の人族の性質を変えたいと思ってる。......一生をかけてな」
俺の言葉に疑問的な顔をしながらも黙って聞く様子に俺は続けた。
「生み出した際に説明した迷宮における人族の間引き――条件は、穢れを持つ者でそれが傭兵や魔物殺しに多いって話をしたよな。レティーナ様からのその言いつけは守るつもりだが、それじゃ"それ以外"はどうなんだって思ったんだ。
そこで考えたのが、それ以外に含まれやすい奴隷という存在だった」
この世界におけるこの時代の魔素が消えたために起きたあらゆる争いの犠牲者とも言える何の罪もない、ただの被害者ともいえる人たちを救いたい。
無論、全てがそうだとは言わないがこれからそれぞれの大陸にもやがて迷宮を作る側として、俺の現実からの逃避先となったこの世界に貢献が出来る手段を考えた時に真っ先に思いついたのがそれだった。
サラリーは勘で気付いていたようで、それを経済基盤にも組み込もうとしているようだが、ここで改めて理解できるように伝えたいと思う。
「俺がやろうとしているのは、"ダンジョンライフ・ロンダリング"だ」
――ダンジョンライフ・ロンダリング
マネーロンダリングという犯罪的に出所を隠したい金を色々なところを通じて潔癖な金にするという手法があるが、それとは全然違う。
奴隷を購入しては迷宮で引き取り、労働で自分を買い戻した後は各々、外に出て迷宮内で得た経験を元に人生をやり直させるという意味だ。
やってみたいことがあればそれに協力するし、そのための道具が必要でこちらが提供できそうなものがあれば、こちらで用意するという付加価値をつけることで、今戦乱の中にあるこの世界のいたるところに平和な場所を作ることを目的にしている。
ここからサラリーは恐らく、迷宮硬貨というこちらの専用硬貨の価値をあげることで経済基盤を作ろうとしていると思う。
成功するかしないかは、今のところ試すことでどうなるのかを見てみなければ分からないけど、その奴隷達から聞いた前情報における"亡国の奴隷"の誰もが戦争による残酷さ、困窮さを経験しているので、おそらく穢れを持つ割合の多い人族に比べれば発展しやすいと俺は踏んでいる。
レティーナ様は人族全員をとは言っていない。
ならばという思いで、俺は試すことにしたのだ。
この世界の人族の可能性を。
クズは出来る限りこちらで対処するからという意味も込めて。
俺はそれを俺なりの言葉でみんなに伝えた。
妹に似た雰囲気のあのフェニャのことは、俺個人の我侭だとしながらもそんな説明をすると思い思いに分かったよという了解の言葉が漏れ聞こえてきた。
「......僕は、最初からそのつもりで動いていたよ。モジョ姉さんもだろ?」
「え?私は父の乳――あ、嘘です。私も論理的に正しいと思ってるわ!」
「他はどうだ?」
そうしてサラリーはあたりを見渡すと――
「はっは~!俺は物が作れて、競い合うようにそれらが高めあえれば言うことはないぞ!」
「私もかな~?錬金術って~難しいけど、慣れれば楽々だからね~」
ダイク、エロナといった物作り担当はそう言ってくれた。
「あ~しも~、酒場盛り上げればイケイケって感じだしぃ~」
「......早く宿屋から脱出しないと色々超やべぇって思ってるっつーの」
酒場宿屋担当のギャルコとギャルオはそんな反応で賛成かどうか分からない。
ギャルオはホテルでも建てようと思ってるのか?
「あらあら。私は、おいしいものを作ってそれを提供できれば言うことはないわねぇ~」
「色香に惑わせて溶かせる......ダディにこの楽しみを教えてあげたいわねぇ」
「おとーたんに甘えていいなら、なんでもいいよ~!」
オフクロ、ホステス、ホストの3人は各々が料理に接客?に......甘え?とそれぞれはっきりした目的を持っているらしかった。
「オレぁ~暴れれば何でもいいぜ!オヤジィ」
「アタイも!アタイだよ!」
「む。あまりに行き過ぎる場合は、ソウリョの兄上と戒めねば武士にあらず」
「............ま、トトのやりたいように。あたしはそれに"乗る"だけ」
武闘派とも言えるヤンキー、レディースは、暴れる気満々といった感じで、ブシドウ、プーの2人も各々が自分の意見を聞かせてくれた。
......俺達は武士じゃないぞと後で訂正しておくか。
「つまりは全員、パパの協力するってことだからあの子の母親を助けるための遠征も許可するってことー?」
その言葉にしーんと静まり返る。
それは、この中でも一番幼いといえる容姿をしているが、この場で俺以外に逆らえるほど甘くはない相手――娘長を自負しているレティの一言によるものだった。
「お前は反対か?」
「心情的にはね」
どういう意味だろう。
「あの日、帰ってきたパパのひどい目にあった経験は、繋がっているレティには相当辛かったんだよ?感覚を一方的に味わうのが辛いとかじゃないの」
そうしてレティは真剣な目で俺を見つめてきた。
「......パパの辛い気持ちや痛みが悲しかったからだよ!?」
レティはそういうと、椅子から飛び出して俺へと抱きついてきた。
「パパは不老、そして不病だけど死ぬ時は死んじゃう。この森から出ると、繋がりを感じることはできないレティは心配で......心配で」
だからフェニャを殺そうと、俺の触れて欲しくない妹のことまで触れてまで止めたというのだろうか。
俺には共感覚がないからレティのことが詳しくは分からないけど、この優しい娘はそんなことを考えてもおかしくはないと思ってしまう。
だからこそ、伝えることにした。
「あの場で怒って悪かった。そして、あの場で俺が言いたいことは先の通り、妹に似た彼女を救うことで俺自身の贖罪の足しにしたい。そして、"突端"を作りたい」
あいつが、大好きだったあの町を不老という力を利用して、どれだけの時間がかかってもそういう場所を作りたいとそう伝えて締めくくった。
「一生......背負うの?」
なんのことだろう、とは言わない。
「......ああ、一生背負う」
悪人が悪人を殺し、善人が善人を生かす。
前の世界を経験し、前の世界で復讐する際に集めた色々な情報から導き出した一番効率的な方法だと俺はそう考えている。
そんな俺の考えに納得したかのように、レティは俺から離れると分かったよ気をつけてねとだけ伝えてそれに重なるように他の娘達、息子達は一様に賛成をしてくれたのだった。
これで動くことができる。
帝国が動き軍が攻め寄せてきた時にと用意しておいた暇な時にちょこちょこと増産しておいた"あれ"を手にいざかの砦へと向かうことにした。




