第13層「東南司令と初めての衝突」
中央大陸――
2つの大陸を総称してそう呼ぶのだが、西側に位置する大陸はすでにその大部分が帝国の領土ということもあって帝国の名前であるベルガンディアから名づけた『ベルガンディア大陸』という呼び名で呼ばれることが一般的になりつつあった。
そのベルガンディア大陸と東側のエウレシア、エレメンツィアがある大陸――いわゆる中央東大陸という呼び名の大陸の間には、両大陸の中継地点的な島があって、そこには帝国側によって一方的な国境が敷かれる形で大きな砦が建てられていた。
常時20万人以上が常駐するというその砦は、ラーレン砦と呼ばれており、
帝国軍東南司令ラーレンの居城となっていた。
その砦の1室に、ラーレン砦の主でもあるラーレンと膝をついて傅くようにラーレンへとひれ伏す部下である諜報隊の1人がいた。
部屋の中はある種の贅を尽くしたかのような高級な調度品、芸術品、この時代では珍しいとされる窓ガラス付の部屋で絨毯には高額な魔獣の一頭をまるごと皮を剥いで作られたような敷物が敷かれていた。
絨毯にひれ伏しながらも、情報を伝える諜報隊は以上ですと報告を終えた。
「ほう。ようやく計画も最終段階と言う事か。宝玉も奪えぬあの弟の使えなさには情けなささえ覚えたモノだが......ここに来て、迷宮とやらを奪う道筋となってくれただけマシだと言う事か」
「......はっ」
諜報隊の男は、元・バーレン率いる諜報隊にいたものの1人だった。
名前から察することができるようにラーレンはバーレンの兄であり、肉親だ。
しかし、彼の言葉はそんな肉親にかけられるような言葉ではなく、ただただ道具のような物言いしかしないために、元上司をそんな道具扱いに見るラーレンのことを心情では思うところもあったが、ここの主であり東南地域に関しては 絶大な権力を持つラーレンに口を開くことなど男にはできなかった。
「あやつがもたらせてくれた迷宮、それを創造したタクトとやら、そして魔法の力。ふっふっふ......その3つと俺の知があれば、宝玉など容易に手に入り、中央東大陸を瞬く間に支配して、俺の名を名づけてラーレン大陸として支配するなど造作もないだろう」
気分良くといった感じで椅子から立ち上がり、高級な調度品の棚からこの世界ではまだ高級な部類に属する果実酒を取り出すと蓋を開けてグラスへと注いだ。
その一つを男へと渡すと、呟く。
「お前も飲め。今、俺は気分がいい......」
「あ、ありがたき幸せ」
そうして渡されるままに男は、酒を受け取り命令通りに煽った。
口触りから喉を通り抜ける酒の旨みが、胃へと到達するその過程は安酒しか口にしたことのない男にはただひたすらに美味以外の何ものでもない味を感じた。
胃にくる酒の独特の熱さもこれほどまでかと思ったその瞬間――
高級そうなグラスを持つ手は震え、男は胃が火傷するかとも形容できそうな衝撃を受けて倒れた。喉は溶けたかのようにただひたすら苦しみしかやってこないそれに毒かと今頃になって気付いたが、すでに手遅れとでも言うかのように胃から込み上げて来る血を一気に吐き出しながら男はやがて、痙攣しながらも絶命したのだった。
それら一連のことをまるで嬉々として玩具で遊ぶ子供のような目で見ていたラーレンは、その動かなくなった玩具をつまらなさそうに一瞥して呟く。
「気分が良い時の苦しみもがくというある種の芸術は楽しいが、......今回はつまらなかったな」
事切れた男に興味を失ったラーレンは、立ち上がって机に置かれている小さな鐘を鳴らした。
やってきたのは、小男とでもいいそうな背に見栄えの良い服で着飾ったいかにもな部類の老人だった。
「若。"趣味"に口を差し挟むつもりはございませんが、あまり諜報隊のモノを遊び半分で殺しすぎるのはお勧めいたしませぬぞ?」
「ふん、相も変わらず口うるさい爺だ。......それで、こやつで全員か?バーレンの子飼いは」
その言葉に、まさかと手を口に当てた爺と呼ばれた老人にラーレンがニヤリと弧を描くように笑った。
「俺の部下に、あやつの子飼いなどいらん。それにこやつらのおかげで俺の知りたかった情報を仕入れることができ、計画も今まさに動き出そうとしているのだ。......最後となるこやつには、その礼にと最後の褒美に果実酒をくれてやったのだぞ。感謝をしてほしいものだな」
くっくっくっくと、さらに笑みを深めて笑う姿はまるで子供がいたずらに成功して祖父に成功したぞーとでもいいそうなほど老人には幼稚な姿に映った。
ラーレンという男ともうすでに30年ほどの付き合いとなる老人にとって、これほどまでに傲慢とは違う子供のような幼稚さとそのおかげで成り立った本人曰く"いたずらの成功への道筋"を立てられるほどの智謀が身に着いたとも言えるこの男には毎度毎度手を焼かされていた。
思えば彼がまだ8歳にも満たない頃、趣味の狩りに赴くために立ち寄った森で、とある肉食動物が草食動物を食料のためにと殺す場面を見てからというもの、それがどういうことかを知るために、同じ条件での殺し合いを邸宅の地下でやらせたのだ。そこからさらに人とはどうだという発展した考えから、家で肉食動物と彼の家に仕えていたメイドを同じ檻に入れて、一方的に殺される場面に初めての興奮を覚えた。そのことで味を占めたラーレンは、その後も同様のことで喜色を浮かべつつも人族は動物よりも弱いのだなという知恵を身につけたところから、この男は段々と今のような感じになっていったとも言えた。
彼は生態系の成り立ちに興味を持ったのではない。
どういう風に泣き叫びながら死ぬんでくれるかという期待と、その死の過程となる道筋を得るという知恵を身につけるための二つのことにしか興味が持てなかったようだった。
ラーレンの家は、帝国内でも比較的地位の高い代々の男爵家の分家に当たる家柄だったこともあり諌めるものなど当然いなかった。
今でこそ、老人は諌める立場にあるが、その当時はまだそういった立場にいなかったのも老人が頭を抱える一因になっているのだった。
老人は後ろに控える男へ、亡骸の処理を命じると椅子に腰掛けたラーレンへと近づいた。
「それで、獲物は餌に食いついたと聞いたが、その後は動きそうなのだな?」
「十中八九、そうなる予定でありましょうな。森の中は以前報告したとおり、そやつの有する魔法のような力によって監視されていると過程したラーレン様のお考え通りに、森の外からの監視と傭兵に扮して迷宮内で手頃に活動をして交わされたやり取り、また内部に潜む"ネズミ"からの報告を鑑みれば......。結果としてあの商人を動かし、異能持ちの女を捕らえたあれらの動きと合わせて考えればまず間違いなく......動き出すかと」
「......ここまで根回しをしたのだ。それに、俺は試したいことがある」
「試したいこと......?」
ラーレンの"いつもの"喜色を浮かべた表情にまた"実験"かと嫌な顔を浮かべながらも聞いてみる。
「ああ、あやつ――タクトとかいう迷宮を作った男が、自分に仕えるものたちを目の前で失くす時に浮かべる表情はどんな絶望なのか......をな」
「またそのようなことを......"あの女"で味を占められましたか?」
その問いに気を悪くすることもなく、ラーレンは言い放った。
「俺の趣味にとやかく口を出すな。......あれは"良い"収集物となったよ。おお、そうだ。爺にはまだ見せておらなんだったな、これから見せてやるぞ?」
「いえ、結構でございますよ......。それよりも予定されていた軍の配置は、完了をした模様にございますことをお伝えし忘れておりました」
自らの収集物とするあるモノたちに興味を示さない爺に、理解ができないといった表情となった後に聞いたその言葉でまた喜色を浮かべてそうかと一言答えた。
「......迷宮内とのやり取りは今後も注意深く行けと伝えろ。でなければ、貴様らの家族が貴様らの目の前で物言わぬ姿となって現れるだろうともな」
「......畏まりました。また、中にいるネズミ――あなた様の"一応"のご子息についてはいかがなさるのですかな?」
その言葉にラーレンは、ああそんなものもいたなという興味ない目で老人を見ると――
「......ああ。あやつの母親はちっとも楽しくない死に方をしてくれたからな。褒美として今度は別の死に方というものの足しにでもしてやろう」
老人は、思った。
死に方が褒美とは。
これが自分の子にする仕打ちかと。
以前、ある計画のためにと立ち寄った今は亡き孤児院で面会をしたあの他人の子ですら我が子という気のいい傭兵長がいた。
その男は、ラーレンの誘いを断わった――それだけで暗殺という形で消されたのだが、そやつとはまるで間逆とも言えるラーレンの命令によって、相手が妾とは言え一応は血の繋がりがあるはずの息子にでさえも、そんな道具のようにしか見ることができないラーレンの現状に、老人はため息を漏らすしかできない自分をただただ情けなく思うのだった。
* * * * *
「......そんなことを僕たちが許すと思うのかい?」
俺の彼女の親を救いたいといった一言に速攻で返事を返したのは、サラリーのそんな一言だった。
彼女――フェニャの母親を救うために未だ未完成ながらも森や国境とされる島にあるというソウリョからもたらされた砦の大体の位置が書かれた地図を見ての救出についての会議中のことだ。
サラリーが懸念しているのは、森の中ならまだしも完全に監視領域からは外れるであろう森外へ俺が自ら動くということについての反対なのだと思う。
「運営はお前達にまかせろと言ったよな? 公道は竜爺のおかげで順調に進んでいるし、水門は今、エロナが試験を繰り返しながら作っていてそれは俺抜きでもできることだ。......森での警戒やラウンジ内での警備のためにも、人を割くことはできないだろうから、今動けるとしたら俺くらいなものだ」
俺の言葉に各所からはぁ~とため息が漏れ聞こえる。
「"前提"から可笑しいといっているのよ、サラリー兄さんは。確かに、あの子の境遇は不幸だとも言えるから心中をお察しするけれど......それで父さんがわざわざ何の接点もない彼女の親を危険覚悟で救出する前提ってところがおかしいのよ」
「今現在では、迷宮内にネズミは色々といるし、その割り出しなども行っている。森の中はあの火事の時のように、襲撃をかけてきた一派が首尾よく姿を消していくことを考えた場合に、こんなことができるのは優れた統率者によるものと考えつくこととなる。そして、これを、罠かもしれないと考慮して生みの父であり、王でもある父さんを諌める気持ちを、理解できないのかい?」
そんなものは当然考えてある。
だが――
「......俺は助けたいんだ。別にあの子が自分好みだから、かっこつけとかそういうことで言っているんじゃない。俺はただ――」
「ただ、妹を助けられなかったから、あの頃の妹とかぶるフェニャの力になってあげたい......だよね?パパ」
そうして今まで大人しくやり取りを聞いていたレティの指摘に俺は、一瞬で口から何からの動きを止めた。
何を言ったこいつは、と。
「お前......」
「パパ、あの子を今すぐ殺してもいい?元を断ち切ればパパが動く意味がなくなる。......簡単なんだよ?今のレティにとっては......そうじゃないと、これからパパはきっとこういうことがあった時に毎度毎度――」
俺はその言葉を言わさないようにレティの肩を押さえつけるようにした。
「......それ以上言うな。お前を......お前を嫌いになりたくないっ!」
「............」
俺が初めて見せる娘に向けた怒りのためか、場は一瞬にして静寂となった。
身勝手とも言える頼みだと自分でも思うが、ここにきてなんだかんだと協力してくれたレティの一言に俺は言い知れない怒りを感じたのは確かだった。
「......お互いに考える時間が必要なようだ。しばらく、冷却期間を設けたほうがいいと僕は提案するよ」
俺はそれに同意する形で、振り返ることもなく現在の会議場となっている迷宮主邸を逃げるように転移した。
こうして初めてとなる互いの思いの食い違いを経験し、俺のガキっぽさが原因で物別れに終わった会議は俺の想像し得ない形で一時幕を下ろすのだった。




