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第12層「フェニャのこと、思惑のこと」

『タク、み、見ろ!このケモ耳キャラ。......可愛くないか!?僕はケモ耳で一番狐耳が好きなんだ!』


『......落ち着けよ、オタク』



 あちらの世界にいた時のあいつとのやり取りを思い出す。

 フィギュアというものに一喜一憂する彼と同じように、まさか俺も獣耳というものにここまで反応するとは......そんなことを思ってしまった。


 アベさん、ジャックス、兎頭族に土竜頭族とこれまで獣頭型の種族とは出会ったが、ここにきて初めて人顔のケモ耳でしかも庇護欲をとてつもなくそそるこの子には戦々恐々だった。


 昼を過ぎたということもあって、閑散としている食堂内で2人向かい合うように座る俺とその狐の獣人族っぽい少女は沈黙を貫いていた。


 それは険悪な沈黙というわけじゃない。


 ただ単にどう接すればいいのか、お互いに図りかねているだけである。


 俺は先ほどの取り乱し方による羞恥心だが、彼女はまさか俺にということからだろうと察した。


「と、とりあえず......さっきのことは悪かったな。自分でもおかしかった」


 俺の言葉にピクンとする狐の獣人の少女は、慌ててフルフルと頭を振ってヘニャ~と耳を垂れさせて、太い尻尾をブルンブルンとさせながらも答えた。


「あ、あたし!ま、まさか......迷宮主様にこうしてお、お、お目通りできるなんて思ってなくて!あ、あの!」


「......。ハッ! あ......あぁ、まぁ落ち着いてくれ。あとさ、あまりそういう動きをしないでくれると助かる」


「??」


 ジョイが一目見れば、鼻血どころか出血死してもおかしくない仕草はある種の罰であるかのようだった。


「それで、あの商人達といたようだけど......君はどうしてあの場に?」


 俺の言葉に、ハッとした少女はペコペコと頭を下げてくる。


「あ、あたしは狐人族の商人......候補のフェニャと言います!あ、あの......実はここで商売をさせてもらいたいために伺いました!......な、なぜかすごい金色の女の子が絶対ダメと言われてお、お目通りできなかったのですが......」


 いちいち、なんとも言えないものをそそる耳の動きに我を忘れて、撫でまくりたくなるのを抑えて俺が声を発しようとしたその瞬間――


「あー、遅かったー!......もう、こんな風になるから会わせようとしなかったのにぃー!」


 娘長を自称し、競馬ゲームに現在ハマっているレティである。


「レティ、どういうことだよ?」


「どういうこともこういうことも......パパ、レティが誰と繋がっているか分かってるの?」


「誰って......そりゃ血のつながりで言えばお前とだけど」


「うん。だからね、パパの琴線ってのも理解できるんだ。あの猛烈な奴隷の子にはさすがにそれは発動するほどじゃなかったけど、その子は絶対に"パパの理想的な庇護欲対象者"へとなりうると思ってわざと会わせない様にしていたのに......。ゲームに夢中だった自分を自分で叱り飛ばしたい気分だよ!」


 そりゃ、どういう意味だ。

 いくら庇護欲をそそられた対象者だとしても、それで俺はどこかの始皇帝のような傾国とも言える現象を起こすことはないんだぞ。


 そんなことを思っていると、レティはパっと気付いてこう答えた。


「あー、違う違う。そっちでパパを疑っているんじゃないんだってば」


「なら......一体?」



 ――ドドドドドドドド!


「世にも可愛い少女が来たと聞いて!」


「ピョー!ジョイ様ー、抱えて走られると目が回るピョー!」


「ち、父がついに変態の領域に!」


 と、言う言葉とともに現れたのはジョイとそのジョイに抱きかかえられたピョルナ、あとはなぜかモジョだった。モジョに至ってはOLモードといわれる状態で、である。


「お、お前らは......」


 そこには唐突に現れてそんなことを言う彼女らにため息をつく俺と、何がなんだか分からないらしい狐人族のフェニャが目を白黒とさせて驚いていた。




 結果的にジョイが俺に見せたような仕草をしたフェニャに視線を向けたことで、鼻血を大量にピョルナにかけてしまって、ピョルナの泣き声とどさくさに紛れて抱きつこうとするモジョにチョップを入れるというオチによってレティが言いたかったことになんとなく気付いたのは言うまでもなかった。


 そんな一幕を演じた後、改めてフェニャの話を聞くことにした。

 この場には混乱をさせた原因となるジョイらはおらず、代わりに誰もこないようにとジャックスが扉付近に、レティと俺とで話をという感じになった。


「あ、あの~?」


「......悪かった。色々と混乱させる形となって......それで失礼を承知で聞きたいんだけどさっき商人候補って言っていたので目的は理解したんだけど、君の非戦闘的な容姿としてあの場まで無事にいたことに俺は疑問を持っているんだ。どういうことか教えて欲しい」


 戦えそうもないしあんな扱いで、すがりついてくるということはあいつらとはグルじゃないだろうと思える。ま、明確にそうじゃないとは証拠もないので、決めつけはできないけど可能性を考えれば、まず彼女みたいな子がこの場に1人で、来れるほどここらは治安がいい訳じゃないのだ。


 そこに不思議な違和感のようなものを持った俺がそう聞くとフェニャはビクっとして耳を寝かせて体を震わせて訴えてきた。


「て、帝国の割符を見せれば......だ、誰も襲い掛かれません。あ、あたしはあの......あの......!」


 と、口を開こうとしたのを遮ったのはレティの静かな憤慨の声だった。


「......帝国ってば、こんな子に」


「......どういう意味だ?」


 どうやら共感能力を使ってこの子の内情を理解したらしいレティは、ため息とともに俺へと説明をしてきた。


「パパ、この子帝国に騙される形で母親を借金のカタに取られてるよ。返して欲しくば、パパとの間に商人交渉を成してこいって言われてる」


 彼女の体験を読み取ったのかそんな説明をしてくるレティに俺は何も言うことはできなかった。


 フェニャはフェニャで、その時のことを思い出したのかプルプルと震えながら目元から涙をぽたぽた流して静かに泣いている。

 食堂にかけられた時計の針は、ちょうど16時に懸かると食堂内にはむなしさを表すかのような鐘の音が鳴り響いていたのだった。




 * * * * *




 迷宮ラウンジ内には、監視網が引かれている。

 だがある一部分では、それが唯一引かれることのない場が存在していた。


 ラウンジ内には、花町のような――男の欲を満たす場所はない。

 迷宮主タクトによる嫌悪感を刺激するという理由からだった。


 しかし、そんな中にあっても別に絶対にダメということではなくお互いが同意した上でということであれば、可能な場も宿屋には存在している。


 嫌悪感を刺激するという意味において、先ほど挙げた監視が唯一引かれることがない場所とその行為を行うことができる場とは等しく繋がりを持っていた。


 そんな部屋へと目的のためか、ある一組が入ってきた。

 ローブを着た人族と、接客業ということもあってか見た目が他の奴隷よりもきちんとした衣服を着ている奴隷だった。


「......本当にここは大丈夫なんだろうな?」


 部屋に入り、中をキョロキョロと警戒気味に見渡して口を開いたのは、ローブを着た声の太い男性の人族だった。


 その声に、まるでからかう様に答えるのは線が細くて少女とも言える声を持つ奴隷である。


「心配ないよ。あの迷宮主は、こういうのがお嫌いらしいし」


 そんなことを言う奴隷だったが特に衣服を脱ぐこともなく、ただベッドに座って顔を向き合わせるのみである。ローブの男性も同様だった。


 奴隷の言葉にローブの男はそうかと態度を軟化させると自分の伝えるべきことを奴隷に伝えた。


「計画は順調。あの使者もどきは逃げ帰り、狐の亜人娘もどうやら迷宮主に接触が出来た様子。あの方の思惑通りに事が進みそうでこちらとしても重畳だ」


「それより......早く、例のものを」


 唐突に震えだした奴隷は、自らの体を抱きしめるようにすると今までとは違って落ち着きなく目を震わせながらローブの男へあるものを催促した。


「ああ、すまない。......ここの迷宮というのが厳重すぎて渡す機会を失くしていた所だ。あの時、大量に渡したがさすがにこれだけ日が経っていると切れもするだろうな」


 そんなことを呟いてローブの男は、手元から何かを取り出すとそれを奴隷へと投げ渡した。奴隷は嬉々としてそれを受け取ると、急いで中身を取り出して飲み込んだ。


 奴隷はやっと落ち着いたとばかりに、多少艶の伺える様子で顔をほんのりと赤らめて男性に向き直った。


「......それで、今後はどう動く?」


「落ち着け。着々と取り込みは進んでいる。この迷宮という場は、前情報から鑑みても不用意に動くことはできない。タイミングを図る意味でも外部との連携は必須だからな。遠めから見た段階で、あの迷宮主は我ら帝国に対してこう思っているだろう」


 そうして間を置くと、ローブの男は目の奥でほくそ笑むようにして笑いながら呟いた。


「帝国はなんとも情けない者たちだな、と」


「......それが狙いだとも知らずに?」


「そうだ。我ら帝国の知は、そうやってことを成してこの規模にまで国土を広げたことをおそらくは奴も知るまい」


 そうして、帝国人らしい自画自賛をするローブの男を胡散臭げに見つつも、奴隷は別の思いを馳せていた。


「早く、"父上"にお目通りを叶えたいよ......」


 それを目の奥では見下すように、だがそれを悟らせぬようにローブの男は同情的な声を作って言い放った。


「......あのお方も貴様の働きを嬉しく思っているそうだ。安心しろ」


 そうして互いに別の思惑による笑いが、部屋に設置された時計の鐘の音4つとともに響き渡るのだった。




 * * * * *



 ――バキッ!


 涙を流してすっきりしたのか、落ち着いたフェニャからある程度の事情を聞くことができた。


 結果、こんな子をという憤慨の気持ちを表すもそれは、テーブルを叩くことで発散することはできないと俺は気付いた。


 彼女は行商の商人の母とともに、大陸を巡っては商売をしていたがある時に帝国の商人を名乗るものから商売を持ちかけられたそうだ。そのフェニャの母は、兼ねてからまだ齢的にも未熟な娘のためにとどこかで定住をして商売をしたいと考えていたそうだった。


 そんな考えの下に、その話に乗る形となるがそれが帝国の商人の罠だと知った時は多額の借金を背負わされていたそうだ。

 身売りする形で娘を解放する代わりにと、フェニャの母親は借金のカタに売られてフェニャ自身が今度はその借金を返すためにと商売をすることにしたそうだった。


 だが、見様見真似では決してできるものではないということから、それならばと提案を受ける形で今後必ず利益が上がるというこの迷宮の存在を聞いたそうだ。


 帝国の割符を譲り受ける形で、それが身を守る手段ともなっているために危なげなくここまで来ることはできたが、門前払いを食らってしまってどうすることもできない状態で自分と同じく、門前払いを食らったという小規模の商人たちに食料と交換で雑用として使われる形でその場を動くことはせずに、ただただ次のお目通りを待つ日々を過ごしていたというのが、これまでのフェニャの説明から伺えた流れだった。


 ここにきて俺は自分にむかっ腹が立っていた。


 帝国のやり口――それはいちいち自分とは合うことはないということじゃなくて、結果的にはこんな子を生み出し続ける行為を平然と行うまるであの妹を襲った犯人のような......帝国のやり方に、だ。


 俺の行いに怯えるフェニャに、近寄ると怖がらせてすまないとまた俺らしくもない言葉を投げかけた後にそっと頭を撫でた。


 耳障りのいいケモ耳はますますあのオタクには何も言い返せないほど心地のいい感じがする。


「......安心しろ。君の母親は取り戻してあげるから」


 たとえ、娘たちに他の誰かにまたかと言われようとも、俺は俺のためにこの子を助けることを決断した。




「......はぁ~。"こうなる"のが分かってたから、わざと外してたのに」


 レティの声は俺に届くことはなく、ただフェニャのためにという決心の下に俺は次にどう動くべきかを考えることにするのだった。

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