第11層「使者と衝撃」
ピリピリとした部屋の中――
初めてとも言える外交用としての用途で作られた迷宮主邸の応接間にはそんな空気が漂っている。
あくまで、あちら側が......だが。
「では、我が帝国の要請は受けないと......?」
「......何度もいってるだろ?帝国の使者は一度言ったことすら聞き取れないバカか何かか?」
俺の言葉に、怒り心頭といった形で見た目だけはプライドが高そうな使者らしい人族は立ち上がると腰に差してある剣に手を伸ばしかけた。
だが――
「くっ!」
それを遮るように、後ろに控えていたジャックスの短剣が首元へと当てられるとここがどこかを思い出したのか剣から手を離してポスンとソファに座った。
川の用水工事から3日後にやってきた使者は、あのバーレンやこちらへと取引を持ちかけてきた帝国商人と同じような傲慢とも言えるものの言い方や態度を取る典型的な"帝国人気質"の使者だった。
最初のうちは余裕を誇っていたが、話を進めるうちに俺の決して揺らぐことがない態度に訝しげな目を向けると今度は彼らにとってやや高圧的――こちらにとっては犯行予告とでも言いそうな物言いをしてきたので、呆れた俺は先ほどの言い回しでバカにすることにしたのだった。
帝国の要求は、もちろんこの迷宮の譲渡と創造したという俺たちの帝国側への帰順"命令"だ。
俺の考える使者っていうのは、調停役みたいなのを考えていたのだが......
一度奴らの考える使者という役割についてじっくり聞いてみたい気もするが、聞いてもきっと理解できないと思うので、話を進めさせてもらう。
「ま、早い話が俺達はお前達には決して下ることはないし、バーレンとかいうバカの"おかげ"でお前達に協力することも、ましてや取引相手としてみることもないからな。そんなわけで、さっさと帰れ」
俺の言葉がいちいち憤慨に値するのか、また立ち上がって武器を抜きそうになるが気にせずに俺は立ち上がって扉へと向かう。
残される形となった使者の呪詛的な罵声は、おそらくあちらの世界にいた頃の俺が聞けば身震いするほどの怒りを感じただろうものだった。
迷宮主邸を出た俺は、傍にいた小人忍に聞いてみる。
「あいつか?例の動きの主導的な司令官の子飼いは」
「はっ。中央、並びに西南ともに現在は静観――というよりは西側の大陸にて何やら動いている様子ですので該当するとすれば、東南指令というのが濃厚のようで」
「わかった。引き続き頼むよ」
「御意」
俺の言葉に一瞬で消える小人忍を見送る形で俺は向き直り、川の工事での作業のためそちらへと向かう。
川の工事は現在、掘削作業中である。
工事計画中にだが、昔、テレビでやっていたどこかの第4位の規模を持つという巨大な塩湖が、その時の政策が原因で30年後、干上がってしまい生態系などに悪影響を与える規模のまるで想像もつかない砂漠だらけの湖へと変わったことを思い出した俺は、その話を持ち出して同様のことが起こらないように調整しながら工事を進めることを提案した。
結果、それが採用される形となって当初から考えられていたほどの規模ではなくなり、川の水量を見ながら拡大していくことにして、その調整役となる水門を設けて随時調整を行う仕組みを作ることにした。
現在は掘削班に6、ラウンジ内の水路4という割合で人員が割り振られている。
それというのも故郷が南の大陸で水路建設を以前やったことがあるという奴隷がいたこともあるので、基本は水路班はその奴隷にお願いして、掘削班はダイクや土竜頭族が行うことになったからだ。
力仕事が得意だという自称・モジョの弟子であると自負する奴隷ファナに頼んで、あの居住区の騒ぎ同様何があっても対処できるように、水路班のほうへ配置してある。侵入者たちと諍いが起こらないとも限らないからだ。
ちなみに俺とエロナは、公道のほうが落ち着いたこともあり現在は川の工事に必要な触砂手付与のツルハシ作りと、砂を排出させるための場所作りや水門作りを担当している。
ツルハシなどはもうすでにできているのだが、水門のほうは仕掛けを試験しながらなので、間に合うかギリギリといったところだ。
俺が住むことはない白亜の城を連想させる邸宅を出て、目新しい賑わいを見せる商業スペースを抜けると至る所で川の通り道となる掘削風景が見えるところまでやってきた。
北西の奴隷の住居区、南西の魔獣厩舎、北東の酒場に南東をグルリと取り囲むようにして作られる水路は、日本のお城のように幅3m、深さ5mの御堀を使って、それぞれの迷宮本丸、森からのラウンジ入り口には開閉式の吊橋がかけられるようにする予定である。
ラウンジ内、本丸内を改装・増築する際に、一時的に侵入者をラウンジ内から追い出して作業をする時などに使用するのが目的である。そのため、森側の入り口から入った空きスペースをラウンジ内と同じだけ両サイドに拡大させたり、縮小させたりといった仕掛けを工事開始前からモジョに頼んで作ってもらった。
嬉々としてそこにあの嫌らしい罠を設置しようとしたが、チョップで止めたおかげで事なきを得ている。
現在見る限りでは、だいたい3分の1が終わったくらいか。
周囲の工事風景を見ながら移動し、住居区の東に設置している一般的な池くらいのいわゆるたまり池にはまだ川の水が流し込まれていないので、深さ5mの落とし穴の下地っぽいものが見えるのみだ。
そこから奥へと向かえば、現在掘削中となる工事現場に辿り着く。
ツルハシを振るう音とサァーという砂が流れる音が響く中で、作業員たちとなる奴隷や土竜頭族でも割かし若い者を中心とした者たちによって、作業は順調に進んでいるようだった。
その後ろで待機しているのは、兎頭族の若者で彼も川にいきなりぶち当たらないようにということから、この作業に従事している立派な作業者だ。
そんな彼らの働きと、工事の状況を見ながらも俺は最終的な穴の深さを測定したり、あるものを設置するための印を刻んでいった。
水門は川側の手前くらいに設置するが、川の水が飲めなければいけないのでそれらを浄化する意味で、水流量調整と浄化機能付の水精石を設置しなければいけない。
川からの水は、主に入ってくる側と出て行く側という二種類の穴を掘削しているので、倍ほどの水精石が必要ではあるが効果実験的には+3も効率的に錬金できることもあって上々だった。
また常に水が流れている場所になるので、わざわざ潜って水精石を取り替えたりしないように水流口の横には作業用の穴も掘削する予定である。
これらを繋ぎ合せて、レティとサラリーによる"ねっとわーく"とかいうもので、制御してパパの部屋から調整することが可能になるといわれた。
なんというか......ここだけえらいハイテクな気がするけど、そういう方面には疎い俺としてはそれらのことはあいつらに任せたほうがいいと思っているので、口出しはしない。
ギリギリ見栄えだけでもファンタジー要素であれば、唸りつつも納得するしかないのだから。
そんな作業はやがて昼のアラームによって休憩時間となった。
腹減ったと、ラウンジ内に戻ると何やら言い争う声がしてきた。
騒いでいるのは、午前中に送り返したはずの帝国側の使者だった。
「どうしたんだ?」
様子を見ると、何やら傭兵達に絡んでは何事かを吹聴しているようだ。
気になった俺は近くにいて成り行きを見ていた休憩中らしき奴隷に話しかける。
「あ、迷宮主様。そ、それが......」
話を聞くと、どうやら傭兵やら、魔物狩りといった帝国側と繋がりのある者を炊きつけてこの迷宮を乗っ取ろうとしているということだった。
なんていうか、呆れる以上にむなしささえ感じるその行動に俺は思わず顔に手を当ててため息しかでない、そんな気持ちになった。
気を取り直して、騒いでいる使者に近づくと後ろから背中を蹴った。
「がっ!だ、誰だ!?......き、貴様!」
一応この迷宮の主というのに、貴様発言にますますアレだなと思ってしまう。
対外交渉的に相手に対して無礼じゃないのかと思うが、そういえば帝国ってこういう奴ばかりだよなと納得した。
「帰ったんじゃないのか?......何を炊きつけて遊んでいるかは知らないが、あんまりやんちゃはしないほうがいいぞ」
そうして、手をしっしっとまるで犬を追っ払うかのようにすると逆上したのか、剣を抜いて襲い掛かってきた。当然それが届くことはなく、こそっと護衛をしている小人忍によって剣を振り払われて首筋に刀を突きつけられる。
こういう場は何度も見ているためか、他の傭兵や魔物狩りといった者たちは相手をせずにその場を去っていく。
「き、貴様達......! 我が帝国が面倒を見てやった恩を忘れたのか!?」
去り行くそれらに声を張り上げてみっともなく叫ぶ姿に再びなんともまぁという気持ちになるとともに、羽織の懐から指揮棒を取り出すとその頭に向けて迷宮魔法を唱えた。
「火炎球」
拳大の炎の球が指揮棒の先に発生すると、それは使者の頭を通り過ぎ去るかのようにして後方の地面へと着弾した。おかげで、彼の頭は正面がつるっつるとなりまるで落ち武者のようなハゲ頭となったが気にせずに俺は話しかける。
「......つまりはあんたらもお得意のこういう力があるほうを求めるってことだろ?帝国はこういう力やこういう力を安易に使える魔法の武器やらを提供できるのか?......分かったら、とっととこの迷宮から去れ」
俺の使った魔法にただただ青い顔をして恐怖に怯える使者は、じわーっと股間を濡らしながら情けなく後ずさるようにして迷宮の入り口へと逃げていった。
ハァ~っとその場に残る俺はため息を吐くばかりで、あんなのが帝国にはゴマンといると思うと今後がとても面倒くさいと思えてしまう。
「すげ~......魔法使ったぜ、あの迷宮主――」
「バカ、あの迷宮主は突然目の前から消えることも――」
「やっぱりああいうのを普通に使えるってことは、迷宮内には――」
聞こえない距離だと思っての喋りなのだろうけど、"ルール"によって漏れ聞こえてくる声には驚きと畏怖を混ぜたかのような声色で囁き合うある種の羨望的なモノに聞こえてきた。
予想外に、迷宮の宣伝になったらしいことに重畳だと思いつつも俺は、その場を離れて昼飯を食べることにした。
食事を終えて午後にラウンジに出ると、どこで監視していたのか商人風の男達が次々と話しかけてきた。
先日の商人交渉の場で選別されなかった者たちなのか、聞いている特徴とはどれも違う顔ぶれだった。どうやら直接交渉をと出待ちしていたらしいが、そんなことをしても無駄である。
警備兵を呼ぼうとしたその時、何やらレティくらいの小さい人影がその商人群とも言える群れからはじき出されるようにしたのが見えた。
その瞬間――
何やら背中を駆け巡り、前髪へと流れるある種の電流が走った。
何だこの子は......と。
普通の――いや、どこにでもいるわけじゃない可愛い容姿の少女がいた。
ただ、それだけじゃないのだ。
そのガサガサしたかのような黄緑のクルンとした特徴的な頭部には、ピコピコっと動く狐のようなケモ耳を備えて、お尻にはふとましい尻尾がついていた。
それを見た瞬間の俺の行動は今考えても可笑しいと思える行動だった。
突き飛ばした商人を、普段は決してすることがない速度の蹴りで吹き飛ばすと少女に近寄って丁寧に耳を摩ってこう言った。
「大丈夫かい? ......怪我は、ないかい?」
なんだ俺は、と思う。
出したこともない声でそんなことを言った俺は、ハッとして頭を振るとまずはこの場を脱出だと、周囲で呆然としている商人たちを押しのけるかのようにして狐耳の少女を抱きかかえると、転移を発動させるのだった。
タクトは目覚めてはいけないものに目覚めた?




