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第9層「竜爺の憂鬱」

「おら、竜爺。そっちは行きすぎだぞ!」


「竜爺、もう少し手前だ!」


「あー竜爺さん、喉渇いたから飲み物もってきてくれねぇか?」




「おめぇ、絶対いい死に方しないぜ......」


 テントの中で、迷宮公道のために必要な道具作りをしている俺にため息まじりにそう言い放つジャックス。理由はまぁ、今現在外で伐採した範囲の地馴らしをしているドラゴンの爺さんに対する奴隷達の対応についてだろう。


「俺だってな、こんなことはしたくないんだ。ドラゴンは俺の憧れ、ドラゴンは俺の好きな生物なんだ。だけどな......だけどな!」


 そうして俺は目一杯誰にでも聞こえる規模で大声を張り上げた。


「あの爺さんが!!むわぁ~さぁ~かぁ~好きなぁ~メスのドラゴンのぉ~気を引くためにぃ~あんな卑怯なことをぉぉぉ――」


「やめるのじゃああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 ズシンズシンと局地地震を起こしながらも聞こえていたらしきドラゴン姿の爺さんが駆け寄ってきて、その巨体を撓らせながらこちらを覗き込んでグルルと威嚇してきた。


 初対面で、あのやり取りもなく俺がこの世界に最初にきてこの姿を見たらさすがにチビるだろう迫力も今の状態じゃため息しかでない。


「命のやり取りにならずに、爺さんのおかげで色々とこちらにとって得るものを与えてくれたことには感謝しているけど......さすがに"アレ"は......」


「ぐっ!......グルゥ」


 二の句もあげられないとはまさにこの事なのだろう。


 竜爺さんという奴隷達の呼びかけにすごすごと引き下がるその巨体はどこか小さく見えるのは気のせいじゃないかもしれない。


 あの時の戦いの幕引きとなった爺さんの告白は、羽織を通じて外側へと広まると噂が先行して俺が目覚めた頃はとても語れないほどに小さくなった竜爺の姿があったのだ。


 意識を失う間際に聞いた竜爺の告白はそれほどまでに衝撃的な内容だったのだ。


 あれ以降、鉱脈探索下に入った爺さんのピカピカの部屋で働いていたらしいあの時に見た巨大なリスの獣――ジュエロンでさえ縄張り内で絶大な力を誇っていた竜爺をまるでゴミでも見るかのような目で見つめる始末となった。


 さすがにそれじゃあ可哀想かなと思った俺は、公言をした。


『このドラゴンは俺の支配下に治まった。よって、この爺さんの悪口は俺への悪口だと思え!』


 これによって日々聞こえていた陰口なども鳴りを潜めて他の奴隷たちと同じような関係性となった。いや、最底辺ともいうべき関係性かな?


 最初の頃はあの10mを越す巨大なドラゴン姿に奴隷達もさすがにビビったようだが、慣れという者は恐ろしいものでもうすでに最底辺の奴隷として溶け込んでいた。


「さすがに度が過ぎれば罰されるのは分かってるんだ。あいつらも微妙なさじ加減でいじっているだけだから......ま、気にしないことだ」


「純土一色性の竜爺が不便だぜ」


「ガウガウ」


 ジャックスは呆れ顔、共にいてじっと外を見ていたアベさんはどこか面白がる感じがしていた。


「何はともあれ、竜爺のおかげで工事も大分短縮できそうだから結果としてはプラスだ」


 本当は弱みを言わせるだけで一矢報いるつもりが、竜爺にとっては十矢にも百矢にも効果があったようであちらのほうからなんでもするからあのことはどうかという頼みを受ける形で現在のような関係性を維持している。


 普段はあの鉱脈の竜爺の部屋に住んでもらって、ゲートを設置しているので労働時間の時だけこちらにきてもらうようにしていた。


 そんな竜爺の加入によって、あの大きな巨体と属性による相性もあって、木をなぎ倒した後に地馴らしという作業短縮が可能になったことで、冬までかかるはずの工事が秋の初旬くらいには終わるほど短くなった。


「あの部屋は接収しないのか?普通だったら、てめぇの迷宮のためにしそうなもんだがな」


「するわけないだろ、あの部屋はあの爺さんの財産だし。それに手をつけるのは、お前みたいな盗人のすることだよ」


「ぐっ!......だから俺はただの盗人じゃねぇってあれほど!」


「俺からすればどんな名称をつけようが盗人は盗人、殺人者は殺人者だ。それを実行した段階で背負っていかない覚悟がないバカはどうでもいい」


「そーかよ......てめぇもつくづく自分を曲げねぇやつだ」


 そんなことを呟きながらもニヤっとするのは気持ち悪いからやめろと言いたいが、まぁ、このおっさんは言ったところでまた口すっぱくいいそうだし面倒なので言わないでおこう。



 そんな感じで各々の仕事を夜まで行って、作業終了後はいつものようにテント型の酒場で自分達の労を労うのが日課になっていた。


 もう高校生として決して戻れない領域まできたなと思いつつも、俺は関係ないと酒を一口飲んだ。

 周りを見れば、奴隷達が酒に食べ物にテーブル席ではブラックジャックにと賑わっている中にある。


 しかし、その中で1人ポツンとため息を吐きながら、酒を飲む老人がいた。


「......ワシはなんでこんなところで人族に使われておるのじゃろう」


 その向かいにいるのは、俺とジャックスであるが同情をすることもなく持ってこられた酒をただ煽るだけで何も言わない――というか、何も言えない。


 過去をばらしたのは確かにやりすぎではあるが、初体験を告白したジャックスのレベルすら超えるその内容はさすがにドン引きを越したものを感じずには得られないことだったためだ。


 それに俺には聞きたいことがあった。


「爺さん、愚痴っているところを悪いが俺には教えて欲しいことがあるんだ。それに答えてもらえないか?」


「......お前さんは、老人にあんな過酷な作業をさせておいてすっかり支配者気分かのう?」


 悪いが、労働前と労働後でひぃひぃ言っている姿を見たことはない。

 そればかりか、すごい生き生きして木をなぎ倒して大地を地馴らししているとすら思えるほどだ。


 だが、ここは何も言わないでおこう。


「......ま、今じゃそうなるから、支配者気分だと言われても否定することはできないよ。ただああする意味も少しは考えたほうがいいよ、竜爺」


「なんじゃそれは......」


「答えを知りたかったら、俺の質問にも答えて欲しいところだよ」


 話をそらせようとするそれから決して逃さないようにして、俺は竜爺に質問を投げかけた。


「......俺がある力を発動しようとした時にタイミングよく邪魔するあれは一体どういうことなんだ?」


「............さぁ~て、なんのことかのぅ?」


 竜爺はしれっと酒をチビりと飲むと、鼻を逸らしてとぼけ顔を作る。


「ま、言いたくないのであれば別に構わないけどさ」


 そうしてあっさりと引き下がった俺に不思議な目を向ける竜爺。

 俺は気にせずに自分の酒を煽って、一言呟く。


「俺は別に力がバレても気にしない。問題は、竜爺が知る過程の中でそいつが俺に敵対しているか、それともしていないか......ただそれだけだ」


 俺の言葉に、ほう~なるほどのぅと言葉を零しては一気に酒を煽って飲み干した。


「......安心せい。その情報元は、決してお主の敵にはならんよ」


「そっか。ならいいよ」


「ほっ......お前さんは不思議な男じゃのぅ」


「そうか?......普通のつもりなんだけど」


「普通のつもりのやつが、竜族相手にあんなことするかよ!」


 何やら納得できない感じのジャックスが思うところがあるように言い放った。


「そうじゃ。さすがにあんなやり方をされるとは予想だにしなかったわい」


 そう言うと、頼んだつまみをポリポリと食べ始める。

 こりゃ硬くて歯ごたえがありうまいのうと堅果にご満悦な様子だった。


 俺も堅果をつまんでポリポリと音と舌触りを楽しみつつも答える。


「やりすぎたのは反省しているが、さっき竜爺が聞いてきた質問の答えを言えば、俺としてはあのまま"なあなあ"にしておいてさっさと竜爺の下を去ることも出来たんだよ」


 そうすれば、こちらにとっては被害ゼロで結果的に迷宮軍にとっての課題のみを得たとプラスな撤退が可能だった。だが――


「......さすがに、竜爺の下にいるあのジュエロンの態度の変わり方に引っかかりを覚えたし、その切欠になったのは俺のせいでもある。何より――」


「何より?」


「俺はドラゴンが大好きなんだ!あの雄大な身体に俺は無敵だぜとでもいうべき実力はまさに竜爺が具現化させてくれて俺はそれにどうしようもない感動を与えてくれたと感謝すらしているんだ!」


 そう言って俺は竜爺の手を両手で掴む。

 竜爺はさすがに俺のテンションに驚いて、やや身を引いて心境としても引いているだろうと思った。


 俺はそれに気づいて取り乱したとコホンと咳払いをすると、確信を話した。


「ま、そんな俺の好きなドラゴンがああやって部下とも言える獣に見下されるのが我慢ならない。だから、竜爺への意識向上をさせる意味でもドラゴンっていうのは何も偉そうにしているばかりじゃない、"下々"の仕事すらも容易くできるんだぞというアピールのためにという思いで今のようにしているだけなんだ」


「......俺はこいつとの契約である程度こいつの気持ちを汲み取れるんだが、竜爺......こいつの言っていることはマジなようだぜ。驚きだが」


「そ、そうなのかのぅ......」


「竜爺、なしてしまったことは永遠に消せない。そこからどう自分を上げていくかが鍵になるんだ。不遇から蘇ったドラゴンはきっと素晴らしく後世まで語り継がれる偉大なドラゴンになると俺は思うぞ!」


「今がその不遇の時期と......そういうことかのぅ」


「俺も経験があるからな。不遇な時を耐えたからこそ、今のように俺にとってはやりがいがあることをさせてもらえていると思っている」


 俺の真剣な語りにお前さんも苦労をしたんじゃのぅと何やら同情的な目で見られた。


「ギャルコ!酒をおかわりだ!お前達!今日は俺の奢りだ!竜爺が今日は頑張ってくれて気分がいいからな!どんどん飲めよ!とことん飲んでまた明日から頑張ろう!ほら、竜爺も!」


「そ、そうかのぅ!わかった。お前さんはなんだかんだと理由をつけてワシの部屋も接収することなくそのままワシの住処にしてくれたからのぅ!ワシは頑張るぞぃ!」


「......なんて単純なんだ、この先が心配になるぜ」


 奢りと聞いて喜ぶ奴隷達に忙しくなるのを嫌がるように青くなるギャルコ。

 両極端さすらも俺は機嫌よく受け入れて、きたばかりの酒をゴクゴクと飲み干した。


 呆れ顔を作るジャックスだが、そんなのはほっといて同じ不遇を経験したもの同士でその日は大いに飲み明かした。





 翌日――



「パパはあれだね、バカだよね?......奴隷達が楽しみにしている場をあんだけ壊すなんて......」


「ビャアア!」


 俺の金色の髪と目を持ち、白いワンピースを着るゴージャスな娘のレティと竜爺の獣で2mほどの体格と大きなもふもふ尻尾を持つリスっぽいジュエロンが正座する二日酔い気味な俺達の前で情けないという表情で見下ろしていた。


 朝に目覚めて辺りを見れば、テント内は何やら騒乱でも起こったかのような風景が広がっていたのだ。その犯人は主に俺達らしい。


 酒なんていうのは、未成年だったこともあってあそこまで気分良く飲んだこともなかったこともあり少々飲みすぎたと反省するばかりだ。


「......竜爺、これも試練だ」


「......本当かのぅ」


「パパ?話し聞いてる!?」


「ピャアアア!!」


「「はい」」


 それから2時間はずっと正座でレティたちの真っ直ぐな意見とも言える説教によって心がボロボロになったことは言うまでもないことである。


そして、悪いことをしたら罰は当然与えられる。


それは――




「おら、迷宮主様!そっちじゃねぇよ!」


「そうだぜ、おい、竜爺!酒臭さを漂わせてるんじゃねぇよ!」


「迷宮主様に竜爺、喉渇いたから水を――」



「「は、はいー!ただいまー!」」


 その日の俺達は前日の竜爺以上にこき使われて、誰ともなくただひたすらに白い目が向けられたことは言うまでもないことだった。

酒は飲んでも飲まれるな、です。

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