第50層「アラーネの決断」
人の死とはどうしてここまで疲れるんだろう。
俺は、そんなことを考えながら帰宅の途にある中で馬車内に作られた部屋でアラクネちゃんを綺麗にしていた。墓へ埋葬しようと思ってだった。
そんな俺の部屋へノックがされた。
ここに今のタイミングで来るならおそらくは――
「......どうぞ」
俺の言葉に、入ってきたのは予想通りのアラーネだった。
じっと佇むその姿は、折れそうな枯枝のように頼りなくそのまま折れてしまいそうなほどに憔悴しきっていた。目元に涙の後が見られて、真っ赤になっていた。
「......どうした?用があったんじゃないのか?」
「......」
そうして俺は手を止めずに丁寧に、丁寧にアラクネちゃんの遺体を洗い続ける。
そんな中、部屋の中にすすり泣く様な声が響く。
悲しいんだな、例え魔獣であっても自分の糸という縁から生まれた女の子だ。
でも、だからこそ......俺は彼女を傷つける言葉を放つ。
「なぁ、弟子。......お前は破門だからな。師匠の言うことも聞けない弟子なんて要らないし、自分の魔獣が死んだくらいでそんなにメソメソする弟子なんて俺には必要ない」
俺の言葉に反応をせずに、ただひたすらに泣き続けるアラーネ。
それに反応することなく、俺は洗い続ける。
泡が目へと入り染みる目を擦るが、構わずに洗い続けた。
「......し――タクトは、どうしてそんなに悲しむことを拒むの?」
師匠を俺の名前に言い換えた律儀なアラーネの言葉に俺は答える。
「それはな、お前とは違って覚悟したからだ。泣いてもどうにもならない現実を知っているし、涙を失う覚悟、堪える覚悟、強がりの覚悟、あらゆる覚悟を俺はあの男を刺した時に決めた......そんなもんだ」
あ~目に入った泡が染みるな、くそ。
ゴシゴシと繰り返してジャージの捲くった袖で目を擦るも、どうも泡が取れずに染みて仕方がない。
「俺は思うんだが、お前にはその覚悟がなかったから復讐ができなかったんじゃないかと思うんだ......泣くことは大事だけど復讐の前にそれはいらないと俺には思う。泣いてたって、現実は変わらないなら、泣く前にやることをやるその判断が必要な場面ってのはきっとこの先来るはずで、俺はそれを見極めなきゃいけないからな。......仲間を失いたくないし」
「......」
「だから俺は覚悟を決めたあの瞬間――妹を失った時に泣くことを"諦めた"。葬式の時も、あのクソ野郎に手をかけた時も、拘置所での面会時に両親に泣かれた時も、どんなときも俺は泣くことはしなかった。だからこそ、今の俺がいるといっていいと思う」
そうして語りかけていたが、何かが俺についていることに気づきそれを見ると、そこにはほっそりとした糸が右腕についていた。
窘める思いで振り返ると、そこにはまるで辛くて仕方ないかのようなひどい表情で嗚咽したままのアラーネの顔が見えた。その顔を見た俺は、何も言えるはずもなく黙ってまた再びアラクネちゃんを洗った。
「......こういう時に読むのは間違っていると思うぞ」
俺の言葉にグスグスと鼻水が絡んだ声で答え返してきた。
「タクトの......代わりに泣くくらいは......」
その言葉に、手を止めるが思い直して頭を上げると俺は再びアラクネちゃんを労わる様に優しく手を動かして洗い続けた。安らぎとも言えるアラクネちゃんの死に顔に俺もこんな顔で逝けたことにまだマシだったなと思うと共に、帝国に対しての怒りは静かに、とても静かに育んだ。
獲物は必ず食らいつく。
なればこそ、俺はそれを駆逐していく。
そうしてしばらくの間、その空間は二つの水音しか聞こえなかったのだった。
2日ほどかけて戻ってきた迷宮内のある一角に俺は部屋を作った。
それは墓地である。今回の戦いでの犠牲は何もアラクネちゃんだけではない。
各々の迷宮軍に属して働いてくれた魔獣も犠牲となっているのだ。
そんな彼らの慰霊のためにと俺は自分のできる迷宮空間を作って祀った。
手を合わせて御霊を偲ぶという習慣のないこの世界の住人であるアベさんを筆頭に、オーリエも、ジャックスも同じように手を合わせた。
俺の記憶を持つレティに続くように、娘達、息子達も習うようにそれぞれ時間を空けては手を合わせていた。
数日が経ち、アラーネはあれから部屋を出ていないとレティに聞いた。
何かを作っていたり、手を合わせていたりと状況をレティは伝えてくれるが、彼女の心境的な余韻もあるだろうとあまりそういうことはしないようにと注意をして俺は放置することにした。
原因が取り除かれ、弟子を破門され、その後......これから先は彼女が決めて、彼女が行動する時期だ。
破門によって、もうすでに俺と彼女との繋がりは何もない。
......出て行くのは自由だ。
別に俺は怒っているわけでも、彼女を憎んでいるわけでもない。
あの時サラリーにも言ったが弟子の責任は師匠の責任というかっこつけで救い出しはしたのだから、結果的にはアラクネちゃんという犠牲が生まれたがその先に何を見出して今後破門した彼女がどういう選択をしていくのか、俺はそれを見届けたいとそう思っているだけである。
そうして、いよいよ迷宮の全ての準備が整いそうな時のことであった。
亜空間の部屋で色々な準備を整えた俺の部屋にノックをする音が聞こえた。
「どうぞ~」
声をかけると、扉が開きやがてそこには2人の人影が入ってきた。
「キュウ?」
頼りなさそうな手でもう1人の着ている旅支度のような格好の外套の袖を掴むその子は俺が墓を作ってそこに埋葬した八本足の甲羅のようなものを背中につけて言葉が話せないアラクネちゃんと瓜二つの"別"のアラクネちゃんだった。
そして、そんな彼女の頭を撫でて怖くないよとでも言うかのようにする少女は、黙って俺へと頭を下げてきた。
「......"それ"がお前の覚悟か?」
「......コクン」
俺の問いに、彼女は頷いて答える。
「そっか......旅支度をしているけど、どこに行くんだ?」
「............故郷の村に、あの村に帰って墓を作りに行く」
なるほど。
......そういうことか。
「......送ることはできないぞ?見送りくらいならしてやれるけど」
「......いい」
そんな短い会話の応酬だったが、彼女の故郷へ帰って墓を作るという選択を俺は尊重したいと思う。それだけ、短い彼女の無口なその言葉からは思いの篭ったものが伝わったから。
「......その後は冒険者にでもなるか?」
そうすると、首を傾けるがやがて何かに気づいたのか首を横に振って答える。
「............今度は、きちんと過去にさよならしてくる。失った分をこの子を守って強くなりたいし、墓を作って............決めてくる。だから――」
そう言うと、頭を下げて短く伝えてきた。
「今度は、迷宮内で働けるための弟子にしてください」
俺はその言葉に頷くことも、言葉を発して何かいうこともしなかった。
翌日――
見送りのためにと、現れた俺の子供達やアベさん、オーリエ、ジャックスまでもやってきた。また氏族の兎頭族と土竜頭族という関わりを持った人たちも来ていた。思い思いに彼女へ言葉をかけて、ピョルナちゃんは足に抱きついて寂しいピョ~と可愛く泣いていた。
さすがにそういう萌えなものが好きなジョイも黙って、成り行きを見守っていた。目は異様にギンギンしていたので後で隔離しておこう。
そして、色々と別れの言葉を交わす中で俺の前までアラーネはやってきた。
「......タクト。ありがとう」
「ああ、達者でな」
俺の言葉に、糸を伸ばそうとするが躊躇った後にその糸を引っ込めた。
俺は頭を一撫ですると、じゃあなと声をかけて背中を見せながら迷宮の入り口へと入っていった。そんな態度に何やら回りから不満そうな空気が漂うが、俺は気にせずに迷宮へと入っていく。
「............私はここに帰ってくる。だから......だから、待ってて」
その言葉に俺は立ち止まってある言葉を伝えた。
「......あの"セーブポイント"で待ってるぞ」
その言葉に俺は少しキザっぽいのを感じて恥ずかしくなり、転移にてその場を立ち去った。
そうして締まらない俺はアラーネと別れたのだった。
レティが戻ってきてモニターから去っていくアラーネを見送っていた俺に、レティは不満そうに愚痴ってきた。
「パパったら、かっこつけちゃって~......。あんなに大きい子は今後、オーリエちゃんだけになるよ?」
「......お前は俺を何だと思っているんだよ」
ただの父好きが、乳好きだと思われていたとは思わなかった。
お前はモジョか。
「まぁ、パパも色々と厳しいもんねぇ~!今後もあんな個性的な子供なんて作られても娘長として私も困るし!」
なんていうか、図星ではあるがそんなに言わなくてもいいじゃないかと思う。
「俺は何もしてないよ。弟子を救い弟子がふがいないから破門にして、彼女自身が決めて出て行ったまでだ。そこから先はあの子のことだから、自分でちゃんと決められるはずだ」
だから、俺は何も言わないし彼女の選択に従うと伝えたはずだ。
「......つまりは戻ってくるんだったら受け入れるからあの15階層で止まった試験攻略も一緒にやろうぜってこと?......それまでやらないつもりなんだ~!もう!この~ツンデレ~!」
うりうりとされると若干イラっとくるが、娘のすることと捉えて俺は放置することにした。
「でもさ~アラーネちゃんも粋なことをするよね~」
ん?どういう意味だ?
「あ~......そっかぁ~!あの子が言う前に、パパ迷宮に戻っちゃうから」
「なんだよ?」
俺の言葉にニマーっと笑ったレティは――
「犬小屋、行ってみれば分かるよ」
俺はその言葉のままに、アラーネがここに来てから使っていた犬小屋へとやってきた。そして――
「......こういうことか」
なんていうか、これじゃ――
「鶴の恩返し......かよ」
俺の呟きは、俺が持って広げられたそれに響くかのようだった。
手に持った『彼女の糸製の俺が愛用するジャージ』はまるで、これを私だと思って使ってと言っているかのようだった。
手紙も入れられていて、口下手な彼女らしく、手紙では饒舌とも言えるほどの色々な謝罪の言葉が連なっていた。こんなことだったら、もう少し別れの言葉も付け加えるべきだったかもな。俺はそんなことを考えてため息をついた。
アラーネは新たに自分の意思で作り出したアラクネちゃんと共に旅立っていった。
彼女がいつ戻ってくるのかは分からないが、俺は戻ってくるのを楽しみに......いや、怒ろうと思う。なんせ――
「サイズが合わないよな......これじゃ」
春の陽気に包まれた迷宮"チュートリアル"は、いよいよ開放の時が来た。




