第46層「代償」
森の中を私は進む。
恩を......感じるからそして、私は"ああなりたくはない"からこそ、私はあの人のために力になりたいために私は私のことを早く済ませようと思った。
あの迷宮からたまに森に出る機会もあったけれど、これまでこの森は不思議と誰も住んでいないことに気づいた。思えば、兎頭族の下へと逃亡していた時もこの森を通りかかった時も思ったことだ。
今それよりもなすべきこと、それは私の復讐を遂げること。
幾日にちが過ぎても、決してあの鎧姿は忘れることはない。
あの......欲に溺れた濁った目の私兵たちを。
できることならば、私は結局はあの男に自分を売るように働きかけ村を滅ぼすきっかけを作った女もどうにかして復讐してやりたい......でも、今はそれは後回しにしよう。
しばらく走り、すぐ近くにチラチラと野営の明かりが見えてきた。
あの男の仲間達だろうか、それとも本陣というものか私は息を潜めてそっと木の裏に隠れるようにして様子を探った。
糸を生み出し、相手の首を絞められる強度にして私は私の本来の戦い方を行おうと思う。師匠にはそんな私を見られたくないからそのためにあそこで封印していた戦い方で私はあの男を殺そう。
待っててね、師匠。
師匠を思って気持ちを入れると、私はゆっくりと焚き火の死角から襲い掛かる。
「誰だ!?」
気づいたようだけどもうだめ、すでに私はあなたの後ろにいる。
そうして私は、これまで逃亡の折に身につけた後ろから近づき、素早く自分の糸を相手の首に巻きつけると自分の体重を後ろにかけてかの男を絞め殺した。
焚き火は至る所にあった。ならば、その一つ一つを処理していけばいい。
幸いにも人数は15人ほどなので多数いても切れない糸で動きを縛っては、確実にやればいいし、そしてやがてはあの男に行き当たるだろうと私はその後も焚き火を見つけては木の陰に隠れては1人1人と着実に締めては殺してく。
もうどれくらい殺したのだろうか。
空が明るいかのようなそこに見えたのは、私が復讐をする男だった。
相変わらず悪趣味でまるで脂塗れの蛙のような容姿をして汚い色の長髪姿に、私はやっとだとその目的を絞って、師匠の教えである期を探って隙を絶対に見逃さない体勢でその時を伺った。
しかし、私は気づかなかった。
それは周りの木々から何やら月の光か、焚き火の明かりかが照らしたのかキラキラしたものが私の辺りに舞っていたのを。何だと気づいた時点で私は体が動かなくなり、とても強い眠気を感じるとそのまま抵抗をすることもできずに、意識を失うことになった。
私は罠に嵌められたのかと気を失う直前にそう思うことしかできなかった。
* * * * *
「......どうだ?」
「うん。改めて探しても居なかったよ! ......やっぱり、迷宮外にいるってことは間違いないよ」
アラーネが行方不明となって叩き起こされた俺は、すぐにパパの部屋へやってきてはその間に探ってもらったレティの共感能力による探索にも彼女は引っかからなかったようだ。
そして、外が明るくなってきた現在は森へと小人忍と馬の体毛によって再生のオーブに生み出された騎乗用の白毛の魔獣『ホワイス』に跨って機動性に特化した警邏部隊の警邏総長・プーを放つことで捜索を始めている。そして俺達は現在、その結果待ちの状態である。
駆け出そうとしたが、こういう時の役割分担は大事だと足を止めたのは今更ながら、正解だったのだろうか。そんなことを考えてしまう。
この森はそれなりに広い。
彼らの哨戒能力を考えても、すぐに結果が出るわけじゃなかった俺は――
「くそ!」
こらえようのない自分への怒りを机へと叩きつけた。
彼女がいつも俺に引っ付くように行動していたのに、あの時だけはなぜか俺から離れるように別行動を取ったアラーネのあの行動になぜもっと不審を抱かなかったのか、とそんな自分を愚かしく思う。
「パパ......」
心配そうなレティに言葉を出すことができない。
そうして自分の中でのこれまでの彼女について何かなかったかを考えた。
すると、考えられるとすればだが、おそらくはあの傭兵や魔物狩りのほかに居た初めて見る兵士っぽい人族だ。
あの時にアラーネが物音を立てた。
つまり――
「パパ、小人忍部隊から報告!」
そういうと、扉から現れた小人忍が3人現れて、跪きボソっと簡潔に報告をした。
「ここより南西、南東、北西、北東の位置に野営の跡、その後方から考えれば囲い込みの要領でこの中央へと進軍していた模様。が、今現在はそれぞれの周囲に南の方角へと移動した形跡あり。つまりは撤退行動かと。また......南西の位置には何やら粉っぽいものを発見。......以上です。品はこちらに」
そうして忍の手甲へ収納しておいたのだろう、そこから出したのは透明なビニールに入れられた一つまみ分の紫っぽい粉と黄緑の粉が混ざったものだった。
俺はそれを受け取ると、中を開けて手を入れようとするが――
「......お気をつけを。そちらには、眠りと痺れの効果があるとのこと」
と言う言葉にピタっと止めて、小人忍のほうを見た。
「わ、我らの仲間がそれで数人、みな眠る、痺れる以外には身体にも影響はなく無事ですのでどうぞ、ご安心を......」
俺を見て何やら焦った顔をしたが、俺はその言葉を聞いて安心するが......
「私に貸して!」
俺の思いに反応してかレティはその袋の中のものを手で掴むと、ん~~と言って何かを探る。
「うん。さっきの報告の通りにその二つの効果以外はないっぽい。だから、安心して」
という判断を下したので、そうかと納得した。
小人忍には悪いが、迷宮内に限り保証を得るという意味では彼女ほど万能な保証ができる存在はこの中にはいないのだ。
それらの行動は森内にある監視眼を見ながらの行動で、彼らの報告のある場所で視聴できる部分を拡大させたりして確認するとなるほど、たしかに野営跡と草などが南側へと倒れ、その規模もそれなりにあることがみてとれた。
「アラーネが行方不明、そして謎の侵入者で、粉か。レティに気づかれずに迷宮内から外に出るなんて不可能だからそれらは自発的に外へ出たことになるんだよな」
「それにあんだけ広範囲でいたのに、それがまるで引くようにすぐいなくなったって......」
そうして考え事から顔をあげると俺は、レティに同意して一言呟いた。
「ああ、捕まったんだろうな。......あの妙な兵士風を連れたこれの黒幕に」
そんな結論の中、信じられない報告が入る。
「森林火災だと!?」
* * * * *
「レティ!あなたは逃げなさい!」
そんな声の後にそれは悲鳴へと変わり、赤い血が舞い散った。
そして――熱い感覚が、私を焼くようなその熱で村が......全てが燃える。
私はなぜまたここにいるの?
あんなに、あんなに好きだったお母さんもお父さんもなんで......なんで?
げひょひょひょという笑いという声とともに現れた醜い男。
そうだ、こいつのせいだ。そして――きっかけを作った村で一番私のためにと近づいてきては親切にしてくれた......"元凶の元凶の女"。
その顔はまるでざまぁみろといっているかのような表情をしていた。
意識が戻る感覚とともに、私は瞼を開けた。
夢を見ていたのかと私は自分の首筋に感じる湿り気を感じる。
ゆっくりと背中を伝うそれが、自分の汗だと判断するとともに自分の現状と自分の心境を悟った。それは、自分への苛立ちと浅はかさ。
そして、師匠の言った復讐の心得だった。
『機を得るはこれに堪えに耐え、隙生まれるは逃さず即行動。それから――』
それから......そうだ。
そういえば、それを聞く前にレティちゃんからの呼び出しで曖昧なままだった。
思えば、私にとってはその"それから"の続きが一番大事なことなのじゃなかったのかと、思ってしまう。
そして――
私の今回の行動はまだ機にすら触れてもいないのじゃないかと、思えてくる。
それは焦りから来るもの、師匠が一番してはいけない大事なことだとそう教えてくれたのに。結果的に私は現在のように囚われの身となっている。
今はそれよりも早くここから出る必要がある。
と、考え付いてまずは現状を知ることにした。
そうしてゴトゴトと自分が揺れる感覚を感じていることに気づき、移動できるものにあたりをつけ上を見上げると帆が見える。そして鉄製と思われる棒が私を囲むように立っているということは、馬車の中で人が入れるほどの檻の中にいるということだった。
それじゃあ、自分の糸で対処できるかどうかということを考えた時に私はあることに気づいた。それは目の前に川のように流れ、私の口に広がる酸味の感覚があること。その跡を見てまさかと、私は自分のお腹を擦る。
そんな時、馬車は止まりやがて外から誰かが馬車内へやってきた。
「げひょひょひょ。気づいたようだねぇ~!」
相も変わらず派手さと汚らしさを撒き散らすかのような脂ぎって男としては肩にかかってカールした長髪の商人は私の前で下品な顔で愉悦な笑いを向ける。
「............モッサリーノッ」
「ボクの名を覚えておいてくれたとは光栄だよ~!げひょひょ。しかし、その態度は戴けないねぇ~君とボクは言わば同志ともいうべき仲間じゃないか!げひょげひょげひょ」
同志なんて言葉に唇を噛む自分の気持ちが理解できた。
虫唾が走るという言葉を習ったけど、これはこういう時に使うのだろうとも。
だけどとそこまで考えて、これまでのことを考えた。
あの後妙な粉のせいで体が動かなくなり、眠るように意識を失ったこと。
そこまで考えて粉というキーワードからあの兎頭族の族長さんから聞いた虫精族のことに行き着いた。粉を操る能力の虫精族つまり――この男は......
「......お前、やっぱり虫精族の変異体......」
「げひょひょひょ。やぁっと気づいたのかぁい~?ま、隠すつもりも何もないけどねぇ。ただ今までの君はボクから逃げることに必死すぎて気づかなかったってところかなぁ?げひょひょ」
あの時見た舞い散る粉は、この男の仕業だったのかと理解した。
「君のことなら何でも知っているよぉ~? 君の逃げ方から君の襲撃方法から匂い、性格、仕草、その体の"味"以外はなぁんでも知っている。......君のボクへの恨みもね」
私は恨みの部分で反応してしまい、それが相手にとって嬉しい態度となったことに自分への怒りが沸いた。
「いいねぇいいねぇ~げひょひょ。人はねぇ、一番相手を思える気持ちは愛憎だと思うんだよぉ~ただの愛じゃ冷めるのも一瞬だけどぉ、恨みなんてのは早々消えることはないだろう~?」
何を言ってるんだろう、この男は。
「ボクは君を初めて見たとき、ピンときた。この子はボクの伴侶になるべき、同志だとねぇ!げひょひょひょ~」
私がこの男の伴侶......? なんだそれは?
「............ま、まさか......そ、そんなことのために村を」
「げひょひょ。......言っただろうぉ? 愛だけじゃダメなんだよ~。愛だけじゃねぇ~。憎しみによる愛がボクの理想な形なんだぁ。......ま、あの金金うるさいクソみたいな村女から聞いてもしやと思った時は、信憑性の欠片もなかったけど君の糸を見て来て実際、見て見れば......なんて、なんて理想的な子だと欲を理性で抑えるのに必死だったよぉ~......おっと、失礼ぇ」
そうして自らの下半身をスっと抑えて――
「ついつい、あの時の興奮と帝国領のボクの屋敷に着いた後に繰り広げられる君と結ばれる日がもう間直だと考えると抑えられなくてねぇ~げひょひょ」
ニタリとした気持ち悪い笑みを浮かべてそう言うと、その脂膨れしたような太い指を一本立ててこう言った。
「げひょひょ。実はね、君の探索以外にも妙な噂を耳にしたんだぁ~。どこかで迷宮と呼ばれるものがあるとねぇ~」
その言葉に私は、心臓の鼓動を上げるのを感じた。
「ま、森のどこかだろうかと半信半疑ではあったけどねぇ~それとは別に、君を支援する部族を殲滅した後で君を救い出して保護する"どこかの誰か"がいるところまで......こちらは知ったんだよぉ~? その光景を"死んだふり"をしてコソッと逃げる結構腕の立つ魔物狩りからねぇ~?」
たしか、師匠たちは土竜頭族のものたちを救出後に私を救い出してくれたと兎頭族の族長・ピョゴンさんから聞いたことがある。
まさか――それらのことを知っている奴があの野蛮で残忍極まりない魔物狩りのようなものの中にいたなんてと、私はそんなことを考えた。
「迷宮とやらと、その連中が関わっているかまではわからないけどねぇ? 君を救い出そうとしたことについては......ま、評価をしてあげるけれど......ボクからそれを奪っちゃあ、いけないだろうぉ~?」
そうして一層気持ち悪い笑みを浮かべると手を広げて言い放った。
「だ・か・ら......君を見つけ、もう用がなくなったあの森は焼き討ちをすることにしたよぉ~......探すのも面倒だしねぇ? げひょひょひょ!」
私はその言葉に膝を落とした。
なんだこいつは。私が捕まって去ればいいものを、森を焼くまでするなんて。
「......ああ、一応ボクも帰ったら、取引先の貴族を通して帝国に報告を入れるからその後に無事逃げることや、迷宮とやらが発見されても......あの残忍な彼らだ、こぞって諜報やら、侵攻やらしてくることになるだろうねぇ。どっち道、そのものらが無事に終わることはないということだよぉ~げひょひょ」
もし万が一にでも、それらが実行され迷宮に及ばなくてもあの帝国に攻められれば、たとえ彼らであっても数の暴力によって滅ぼされてしまうだろうことはこれまでの逃亡生活内でも容易に理解ができた。
だから私はあんなふうに戦うようになったのだから。
そう考えた私は、結果的にその元凶を作ってしまった自分に絶望をした。
「蜘蛛頭族――それも、"白銀種"の痕跡を持つ血族がいたボクは嬉しいよ~。だから、今後君を奪うものがいても、いそうな可能性のあるものも全て......潰して潰して潰しぬくつもりだぁ!それがボクの愛だと知ることだねぇ~!げひょひょひょひょ!」
迷宮にいる師匠たちや小人族、土竜頭族、それに私を助けてくれたピョルナとピョゴンさんの兎頭族......。あの人たちへの危害に憤慨した私は、食物を抜かれてお腹に力が入らない状態にもかかわらず、先ほどまで感じていた絶望感を振り払う勢いで、檻を両手で掴むと悔しさと悲しさと聞きたくなかった事実を力に変えて必死に揺さぶった。
しかし結果的にそれも相手を喜ばせるだけだと思い至ると、もうどうしていいのか分からない現状に私は膝をついて項垂れた。
「げひょひょひょ!帝国領までの道程の後は、ボクたちの契約だ!やっと手に入れた君を今度こそ離すつもりはないよぉ~!」
それを見て優越感からくる下品な笑い声をあげながら、モッサリーノは馬車を出て行った。
後に残るのは、ひたすら泣き続けて両親と村の人、自分の身勝手によって迷惑をかけてしまうことになる師匠への気持ちしか今の私にはなかった。
失敗の代償という、経験を私はこのとき初めて知った。




