第36層「色々、憂鬱」
米のないカレーで腹を満たした俺とアラーネは、ホステスのいる酒場を後にしつつも考えた。
「やっぱり、米は必要だな......」
「............?」
俺の独り言に疑問的な視線で見つめる眠たげなものになんでもないよと答えつつも、その方法がないかを考えていたが、やがてある場所に着いて気持ちを入れ替えた。
森側の入り口から入り、右側にある部屋で向かいには作業部屋がある場所。
再生のオーブによって魔物が量産され、それぞれの階層へと送られるいわゆる魔物部屋である。
中の広さはボウリングレーンを参考にしていて、だいたい60レーンほど並べられるほどの広さに拡大されているため広く、中央には再生のオーブが設置されている。
全50階層からなるこの迷宮へのゲートが10層ごとに分けられている仕組みであった。1~10層、11~20層という感じでランダムに転送される番号ゲートに魔物を生み出す条件が書かれた紙にも番号を振ってその番号のゲートへと魔物が足を踏み入れると転送されて、各自自由に迷宮内をうろつき、侵入者に攻撃を仕掛けるだけというものである。
一応再生のオーブ自体に、モジョの作った罠の位置やらそういうのを基本情報なども設定されて吸収させているので知能のない魔物がそこに飛び込んで自滅ということのは、なくしている。
「さて、作業を始めるか」
そう呟くと、ポーチから大袋を取り出して再生のオーブを手元に置いた。
ドロップ品の設定である。
全階層に住まう魔物には、迷宮ギルドで設定された"魔石"がランダムでドロップされるようにしなければならないし、時には色々な効果を持つ魔道具もドロップさせる必要があるのだ。
旅で必要なものを経験したこともあり食料、水、野営に必要なものの中で水と野営キットは魔道具で補えるようにする。回数制のためにある程度使うとなくなってしまうため、先に進むには魔物を倒してつつもという必要性を与えるためにそしていわばそれがどんどん深みへとはまるための"罠"でもある。
ちなみに魔物の中には、俺が手ずから作り出した宝箱型の魔物もいる。
シャッフルボックスというものであるが、これらは攻撃をせずただ自らの中に俺が指定するアイテムを治めるのみでじっとしている生きた箱である。
この魔物の主な特徴は中身を、他の同属と自由に入れ替えるだけというシンプルなものだが俺の魔力でそれらを行っているため、もちろん迷宮の外じゃ機能しない。ゲームじゃないものとして考えた時に思いついた持ち出しという行為――つまり、外へと持ち出して中身が自分たちに都合のいいものに変わった瞬間に取り出すとかいう手を考える者たちがもしも"現れた時"用として対処もしている。思いつけば後でいらなくなっても、やってみることが肝心だ。
現状ではこれらの魔物のドロップ設定を行っていないために俺は、この手の中身担当をリストバンド型の迷宮通信機で呼びかける。
("エロナ、聞こえるか?")
("あ、お父さん?どうしたの~?")
("今、魔物部屋にいるんだができたものを俺の袋に入れといてくれ")
("あ、ドロップ設定するんだね~?りょうか~い")
あの舌っ足らず娘は通信においても、相変わらずであった。
しばらく待っても全然引き寄せられないのでどうしたのかと尋ねようとした時に件のエロナは彼女よりも身長の低い140cmくらいの美少年を連れてやってきた。
「......なんだよ、ホストも連れてきたのか?」
「なかなか離してくれなくてぇ~」
どうやら甘えん坊ショタ属性持ちで、弟属性をも併せ持つホストに甘えられまくったと見えた。
「おとうた~ん~」
そう言って俺に抱き付こうとしたが、あいにく俺にはそんな属性に反応する趣味はないのでスルっとすり抜けさせる。だが――
「うわ!」
下唇から生まれた影響か、ホストがわざと垂らした涎が俺を逃すまいと絡んできた。おかげで俺の体はベタベタする......。
相手を"攻める"辛味の魅惑の女性・ホステスと、相手を"溶かす"甘味のショタ属性持ち美少年のホストというこの極端な組み合わせは俺も想像すらしなかった組み合わせである。
と、そんなことを語っている場合じゃない。
「"消えろ"」
慌てて言霊令で涎の拘束を解くとアラーネに――
「あいつを縛ってそこらへんに吊るして置いてくれ。ああ、あまり弱い強度にすると唾液で溶かすかもしれないから出来るだけ強めで頼むよ」
「............コクン」
と、頷いたアラーネはふえーんとかいっているホストめがけて糸を放ち蓑虫という感じで天井につるし上げた。
「お、お父さん」
「エロナ、あいつはあまり甘やかすなって言ってたはずだぞ?別に野郎だから言ってるわけじゃないんだ。今後の教育のために言ってるんだ」
「もう~」
ねぇ~はなしてよ~おとうたーんとか抜かしている息子を一瞥することもなく、俺は無視して作業を始めることにした。
ホステスとホスト。その力は、唾液にある。
ホステスは強烈な酸のような"辛味”を持ち、ホストは意思を込めれば逆にゆっくりじっくりと溶かす"甘味"を持ち合わせている唾液を扱うことを特異としているホムンクルスだ。
普段は涎で相手を拘束するだけの使い方しかないホストに比べ、それを俺とレティ以外のだれかれ構わず振り撒くホステスを見ていると、そんなところまで極端な口という特性を生かさなくてもいいのにと思う俺である。
まぁ、今はいいや。
「エロナ、あいつはいいから今は迷宮の作業だ。ドロップ設定するから、袋からできている武防具と魔石を出してくれ」
そう言うと、わかったよ~といってエロナが自分で作ったポーチから袋を出してそれを逆さまにして中から色々な武防具や数十ほどの特徴的な色々な色の魔石を取り出した。
俺はそれらを手にとって、アイテム情報を確認して不備がないかをチェックした後に手元のポーチから、"魔物帳"というタイトルのファイルケースを出して、紙にそれぞれの魔物などを書き込んだ後に、階層分けをしてアイテムのドロップに関しても付随してから、それを再生のオーブへ一緒に吸収させた。
そして――
「よし、作業完了だ......と?」
俺は自分の爪が作業のためか、欠けているのを発見した。
ついというかめんどくさくなった俺はそれを千切ってついでに再生のオーブへと吸収させることで処理をした。
「じゃあ早速生み出して、どういう感じかテストしなくちゃだな」
「私もやるの~?」
「......当たり前だ。お前も自らに何かあった時にも自衛しなきゃいけないんだからな」
「............ファイト」
「うぅ~、アラーネちゃんまで~」
錬金術バカではあるが、エロナは俺と同じで戦闘が苦手のようだった。
炊きつけつつも俺も自分の武器である折り紙を取り出して、生み出されるのを待った。
5分ほどで光り出てきた魔物を見た瞬間、さーっと冷や汗が流れるのが分かった。
出てきたのはウルグルフである。
......ウルグルフで間違いないと思う。
しかし、その容姿は大きく違っていた。
黒いだけじゃなくどことなく白い部分が多めだが赤黒くてなおかつ、体長が6mほどもある巨大ウルグルフだが。
大きいなんてものじゃないそれの牙も鋭く目を見れば、知性を感じさせる様子が伺えた。
「お、父さん?......えっと、こんなボスも作ったの~?」
「い、いや......そんなつもりは全くないぞ」
と、見上げながらものんびり話している暇はないようだった。
ウルグルフは、敵と認識した俺たちへととてつもない突進速度でこちらへと突っ込んできた。俺たちは、ばらけるように横へと避けるが、もう次の瞬間には巨大なウルグルフの前足が俺たちへと振り下ろされようとしていた。
その瞬間的な動きに戦闘に慣れていない俺は一撃を覚悟しながらも、転がるようにさらに体を回転させた。左肩をかするかのようなその衝撃はひどくて感覚としてはごっそりいかれたのを感じた。
激痛が襲うけど、次の瞬間にはルールによって瞬間的な回復をしたそのことに驚きとともにどうしてこうなったと額から流れる冷や汗を拭うことになった。
「あいつらは大丈夫か?」
あの一撃で分断されたことに気づいた俺は周りを見ると、何やらホストが必死に唾で牽制していてその下にはエロナが彼を救おうと自らの作りだしたのだろうはさみで必死に切ろうとしていた。
事が事だと判断した俺は、後ろにいたアラーネに声をかけてあの糸を外すようにと指示するも――
「......一回そういう風に作っちゃったら解除はできない」
といって俺を守るように粘着性多めな糸で必死に後ろから援護する形で、巨大ウルグルフへと飛ばして牽制していた。そうかと思うとともにそれどころじゃない現状を打破するべく俺は、折り紙を掴みホストへ向けて発動させた。
「折"疾風車"《フレシブリズ・カッター》!」
すると、折り紙は風車に折られてそのままホストのほうへと疾風速の速度で真っ直ぐ飛んでいった。指定すれば切れるものしか切れないそれは見事にアラーネの糸を切り裂いた。
「ホスト!お前の粘液であの巨大狼を釘付けにするんだ!」
そうして、俺は逃げ回りながらも素早い動きをする巨大ウルグルフ相手にホストへ放った折紙の技を放ってアラーネとともに牽制をしていった。その折疾風車でさえもその毛皮には太刀打ちできないようで、金属音のようにカキンカキンとして跳ね返していた。
「おいおい、アラーネの最高度の糸すらも切り裂いたんだぞ!......っと!」
また突進をしてくるそれを間一髪といっていいほどのタイミングで避けて、横へと退いた俺はホストのほうに目をやるとそこはレモンのようなものを片手に大量の涎によって生み出した唾液で沼のような状態の場所が出来ていた。
「すれいばーまっしゅー!」
そう言うとその涎の沼は、一斉に巨大ウルグルフの足元へと飛んでいくと、やがて絡みつくように足止めを始めた。いくら瞬発力やら防御力やらが優れていようとも粘液が糸の非じゃないそれは足止め効果には十分だったようだ。
ホストの傍にいたエロナが、自身の錬金術で生み出した実を取り出して――
「え~い!はじけちゃぇ~!」
といって、全長50cmもある大きな風船っぽいものを投げると、自らの手元に5cmの針を取り出してふわふわとするその風船が巨大ウルグルフの前に来たと同時に投げた。
「風船爆弾!」
ひゅーっと向かう針が風船に当たるや否や、音、風、あらゆるものを巻き込んだそれは衝撃とともに大きな音を立てて大爆発をした。爆風に立ってもいられない俺たちやらホストとエロナも巻き込んで壁際へと叩きつけられる。
「やりすぎだーーーー!!」
耳鳴りがひどく、つっこみも大声になる中でその攻撃力の凄さには驚かされるばかりだが、加減の全くない俺が好きだった番組である芸人がいうところの『マジのやつじゃねぇか』的なものであった。
色々と落ち着いた後に警戒しながらも辺りを見ると、巨大ウルグルフの姿はなく――いや、足元だけを残して人体発火現象の如く、上半身は忽然とその姿を消していた。
隣ではケホケホとして煙いのか、手を左右に振らせながら立ち上がるアラーネがいたので立ち上がるのを手伝ってあげる。
「大丈夫か?」
まだ耳がキーンとしているため、自分がどれくらいの声量か判断もできない状態で聞くと首を縦に振る様子だったのでほっとして今度はこんなことになった本人のほうへと向かった。
そこには、目を回して気絶する娘と息子の二人の姿があり、先ほどまで叱ろうとしていた気持ちが萎えた俺のため息だけが残るだけとなってしまうのだった。
翌日、騒動を起こしたことで一番上の姉で直属の"娘長"と謎の自称をするレティに俺は"おしおきどーん込み"の仕置きで怒られて、エロナはなぜか不問になった。
彼女の言い分は至極もっともだったからに他ならない。
『パパは何者なの?この迷宮の中で一番偉い人!なんで魔法なりでさっさと片付けなかったの?パパ、そんなにレティに心配かけたいの?......えと、んと......パパはバカなの?アホなの?死ぬの?』
なんという罵詈雑言かとでもいいそうではあるが、俺の場合は"前科"があるのでそういう意味じゃ何も言い返せない。そのおかげでもっぱら、我が家《迷宮内》のヒエラルキーが現在著しく低下しているのは言うまでもないことだった。
レティのあの算段活用を教えた件でギャルコの黒ギャルっぽいものを全部真っ白にというお仕置きをした俺は、魔物部屋に来てあの突然変異ともいうべき巨大ウルグルフについて考えることとなった。
傍には当然のようにアラーネ......それからまた何かあっても良い様にと、レティ命令でアベさんが付けられている。......いやオプション扱いなんて、アベさんに失礼か。
「しかしやっぱり事の原因は、やっぱり俺の爪だよな......」
「ガウ?」
「ん?アベさんも試してみるって?......いや、俺のだけでもあれだったのにさすがにアベさん級に強いのじゃ......」
そう言って断ろうとする俺に、アラーネがジャージの袖を引いてアピールしてきた。
「いやいや、アラーネは実際に体験したから分かるだろ?」
と、考えるが何も攻撃しろと命令しなければいいだけだと思い直した俺は実際にやらせてみることにした。アベさんはその銀毛が俺的にあの会議を思い出して容易にそういうことをさせるのはアレかもしれないと思ったので自粛してもらった。
アラーネの生み出した糸を渡してもらい、俺が考えた糸でなおかつアラーネというものからアラクネをイメージさせた紙とともに吸収させた。すると――
「............?」
「ガウ?」
背中に八本の蜘蛛足みたいなのが付けられた甲羅のようなものを背負っていて、頭には可愛い2本の触覚を生やしたそれは人間の顔で、人間の体をして二本足で立つ不思議な魔物が生み出された。パチクリと辺りを見回すとまるで親だとでも言うかのようにアラーネに抱きついてキュウキュウと泣き声をあげた。
「え?なんだ、これ......」
俺が想像したのは、女の上半身と蜘蛛の下半身という典型的なものだったはずなのに。
出てきたのは、二次元オタクがいうところの萌え~なアラクネ"ちゃん"であった。
まるで自分の娘かとでも言いそうに撫で回すアラーネに、キュウキュウと泣き声をあげて甘えるそれを呆然とした俺は、
「言葉は話せないのか」
という感想しかでてこなかった。
その後の結果から言えば、アベさんもオーリエも、ジャックスも巻き込んだ自分の毛皮や爪や血や体液など色々と試した結果――アラーネの時と同様に不思議な可愛さを放つ萌え~な魔物が生み出されることとなった。
あまりにあれだったのでもうすでに生み出されアラーネに懐いているアラクネちゃん以外を一度リセットした俺は、別の――ホムンクルスたちの体液でも試すと俺並ではないがやはり知性があり、きちんと命令どおりに動く魔物?が生み出された。
「おやじぃぃ!おもしれぇもんができたってぇきいたぜぇ~!!」
「オラ!ヤンキー!てめぇ、親に対してなんて態度だぁ!ぶっこむヨォ?」
一通りの実験が終わった後に現れたのは、ホムンクルスの中でも一番騒がしい2人の不良たちだった。
「落ち着けお前ら。面白いとかじゃないぞ?俺はこれで散々――」
俺の言葉が聞こえないかのように2人は、再生のオーブに自分の唾やら、持っていた魔武器の木刀で自分の手のひらを少し切って血を出して吸収をさせていた。
「聞けよ!」
そう言って二人にチョップをかましてこちらを向かせると、
「んだよぉ~おもしれぇじゃねぇかぁ~!これで俺らの族がつくれんだぜぇ~~?」
「わりぃ、おやじ!あたい、チーム作るの夢だったんだヨォ!」
ワイルドだろぉ~?とでもいいそうな口調と上半身サラシを巻いた白い特攻服とギャルコとは別の意味で派手な赤い特攻服みたいなのを着たヤンキーとレディースの言葉にため息をつきながらも、動機が理解できた俺はまた余計に騒がしくなりそうだ肩を落とした。
肩を落とした俺は後日、さらにため息によって幸せが逃げていく感じを覚えた。
なんせ、ホムンクルス16人全員の下位組織が作られることになったのだ。
シャッフルボックスと魔物のドロップ設定を終えた俺は、先日のカレーを思い出してその後に思い出した米びつの2,3粒を吸収させて作り出した『麦の魔物』を狩って言い知れない憤りをぶつけるつもりで米にして久々カレーライスだーと食ってやったことは、間違ってはいない......はずだ。
こうして魔物の設定も終わった俺はいよいよ、迷宮テストプレイを始めることにした。――温泉のあとで。
増加を続ける登場人物などは、この章の終わりに一覧を作る予定です。




