第32層「不思議な夢」
土竜頭族の洞穴へと到着したはいいが、魔物狩りが現れて襲撃を受けた彼らを救った俺たちはその魔物狩りの標的となっていた少女を追いかけて魔物化した猿頭族とも言える猿の魔物・エイプに襲われていたところを救い出した。
少女は自衛手段としてか、謎の白い塊へと自ら包まれていたためにアベさんの爪でそれらを切り裂いて中から救出した俺は、少女のそのひどい状態に二の句もあげることはできなかった。
ここに至るまでの旅垢とも言える伸ばしっぱなしの髪やボロボロの衣服、清潔さを保てなかったであろう鼻につく匂いや、襲撃の影響以外にも見受けられた古い傷や、結構新しい印象を受ける傷など色々ひどい状態だった。
緊急性を考慮して、ポーチから回復薬を取り出そうとしたが、いつもの手に吸い付くように出てくる緑のポーションが出てこなかった。
「......度忘れすぎるだろ」
ここに来て悪い癖だと舌打ちしながらも、ここからあの洞穴までの距離を考える。魔道具《韋駄天》を使ってもこんなに息が細いんじゃ間に合わないかもしれない。
あれしかないか。
そう思って右手につけられた指輪を見つめた。
そして、アベさんたちのほうへと視線を向けると――
「これからある力を使うけど、確実に俺は倒れると思うから......後は頼んだよ。2人とも」
アベさんたちは不安そうな顔をしていたので、死ぬわけじゃないとしつつも決して折れないような態度で接したことで不承不承ながらも了承した。
本当に俺にはもったいない人たちだ。
俺は自身に起こるであろうあの実験時のことを思い出しながらも、深呼吸をして落ち着きいざ!っと、発動キーを呟いてそれを発動させた。
「迷宮空間"ゾーンバインド"!」
俺の言葉に右手につけられた指輪から光が溢れる。
それはやがて周囲5mほどに広がりを見せた後、うっすらした赤い煙のようなものを空間内に作り出した。
今ここは迷宮空間下にある。
迷宮空間とはそもそも、物理的なもの、囲われた空間によって形成されていない範囲じゃないと発動しない。しかし俺は、過去の......あの拉致されたことによってそれでは何かあった時に困ると思って、再度色々と見直した。
その結果――
"条件に合致しない範囲でも、限定的な迷宮空間を何かで作り出せるように"
を、コンセプトを元にしてこの指輪を作り出したのだ。
迷宮輪だ。
迷宮輪は指輪型の魔道具であるが、俺がこれでもかと心血を注いで、そして血反吐を吐いてまで作り上げた自衛手段の最高峰である。
レティーナ様がおっしゃっていた"認識できればいい"というヒントからそれを目――この場合、色で判別できる手段に考え付いた。
人間の色視覚で一番分かりやすいものを色々と考えるうちに辿り着いた答えは昔、妹とやった球状で火をつけると様々な色の煙が出る花火の体験だった。
ここにきて、また妹に救われるという情けない兄の図に内心思うところがあるも、今ではその思い出に感謝をして煙の出る色煙花火を応用する形で煙に着色する技術などを実験を繰り返して完成させた。
あとは、小人忍の武器や手甲にも施した収納機能と、迷宮創造の劣化版に当たる限定空間という迷宮魔法を組み合わせて付与させた指輪は、現在の俺にできる一品モノだ。
だが、これにはさっきまで躊躇するくらいの欠点がある。
それは、こんなことになる可能性を思って、予め設定しておいたルールによって少女の傷が癒えていくのと同時に襲う俺への反動のようなものだった。
できるまでも、出来た後でも襲うこの反動は正直筆舌しがたいものだった。 本来はきちんとした形で迷宮空間を作らねばならないのを無理やり捻じ曲げるようなことをしたのだから当然だろう。
まぁ、煙で空間を視認させた後に迷宮創造発動実験時に比べればまだマシなほうだ。あの時は、レティが泣き叫ぶほどの事態になった。
全身から血がプシュー!っとなって俺は俺でそれらの激痛が及ぶ間もなく意識がシャットダウンすれば、そりゃそうもなるか。
「ぐっ......」
大量の魔力が抜ける感覚によるまるで上下左右に激しく全身を揺すられた感じの凄まじい酩酊感と、その負担を補おうとでもいうのか、いたるところに走る激痛が集中を途切れさせようと俺に襲い掛かる。それに比べて、彼女への超回復設定に基づいたそれは一向に速度を上げる様子はない。
が、なんとか保ちつつも彼女が癒えるまでその反動に耐えることにする。
痛みに関してはプロを自称してもいいくらいのことをされてきた俺でも、この酔う感覚は歯痛に匹敵する頬のもので、実時間が1分ほどだろう経過時間がまるで1時間にも思えるほどの苦行だった。
やがてその苦行もようやく終わりを迎えた。
癒し独特の光を発さなくなったと同時に完治したと判断して気が抜けた俺は、先ほどの苦行とは別の意味で襲ってくる強烈な眠気と疲労感に今度は抗うことなくもなく、意識を失っていった。
燃える――
あらゆるものが燃えている。
熱い――まるで、サウナが突然火を起こしたかのような猛烈な熱さだった。
その中にいた俺は、現状を全く理解できなかった。
少女を助けて気を失う感覚までは覚えている.....だが、それ以降に今見えているこの襲撃されたとしか思えないその光景は意味不明なものだった。
そんなことを考えている俺に突然、何かが襲い掛かってきた。
咄嗟に手でそれを凌ごうとするもまるで自分の手ではないように動くことができない。......いや、それをする前に何やら白い細いものがその相手の手を縛るようにしていた。
恐怖が胸の中を駆け巡る感覚がした後に、俺が宿ったその何かは悲壮にくれながらもその場から逃げ出した。
これで何度目だ。宿った何かの感情が俺の中にも流れた。
(村が、私が......何をしたの?
私はただみんなの役に立ちたかっただけなのに......なんで?)
そんなことが頭を過ぎる感覚に俺は、違和感を感じる。
宿っていると先ほど感じたそれは、まさにその宿主となる少女の想いだった。
手から放たれる白い細いものが理解不能だったが、それらを駆使して襲い掛かるものたちから逃れるために必死でそれらを交わす少女はとても必死だった。
生きることに。
なぜこんなことになったのか、そんなことを知りたいために。
(私は村のみんなが喜んでくれるからってこの悪魔付きの力も受け入れられた......なのに)
あの気味悪い悪趣味な服を着た男を思い出した。
あの"商人"はそう――もっと村のためになるとかそんなことを言っていた。
なのに、あの男の心根は私を帝国に売って利益を得ようとするものだった。
あの男の......そもそもきっかけを作った村人のせいで、村は旅の人が話してくれた時に聞いた残虐で他国の人間を人とも思わない帝国軍によって焼き尽くされた。おかげで私は、この悪魔付きとも言える力を持った私にも変わらず優しくしてくれた両親も、あの村の人たちも失ってしまった。
燃える村から、帝国軍たちから、"商人"の雇った傭兵たちから、
逃げながら私は考える。
私が悪いのか?と――。
そんな宿主の思いを俺は、まるでFPSのゲームみたく手元しか見えない感覚を体験している感じで見ていることしかできなかった。
ひたすらに自分が悪いのかと、その特異な力を持ってしまったことに後悔をしている少女に俺は何もすることもなく黙ってみていることしかできなかった。
度重なる襲撃と、そこから這い上がるように逃げ出す少女はさらに帝国の及ばない地である森へと逃げても変わることはなかった。魔物狩りに襲われ、非力な兎頭族の逃げる様や、斬り殺される様を見ながらも逃げる彼女は、やがて心を閉ざしていった。
考えるからダメなんだとそんな思いが俺にも流れ込んできた。
そうして俺たちが駆けつけるまでの間に起こったピョルナとの逃亡劇や、土竜頭族に匿われるところやまた、ただ生きたいと願ったために犠牲に次ぐ犠牲を生み出してしまい、最後には魔物化したエイプたちに絡まれる結果となり、それでも生きたいと願う故に白い細いもので身を包み守ろうと保身に走った自分へのただひたすらな後悔の念だけが、俺に流れるのみだった。
ひたすら続くかと思われたそれは急激に――まるで深海からすーっと上昇するかのようにして意識を取り戻した。
気がつくと目の前には天井があり、そこが岩のようにゴツゴツとしていることから考えるに俺はどうやら土竜頭族の洞穴まで運ばれたようだった。
さっきの光景や彼女の思いはいまだ頭や胸に残っている。
それよりも気になるのは、なんであんなのを見たのか、だ。
まるで追体験するかのような夢のあれは、不思議でしょうがなかった。
迷宮輪を使ったことの弊害なのか、よく分からない体験だった。
寝ている自分の調子を確かめて起き上がれそうなのを確認した俺は、ベッドらしきところから降りた。体調は問題ないようで、口元が不自然な感じで、何やら味を感じたので、おそらく誰かが俺に魔力回復ポーションとかを飲ませたのだろうと理解した。
そんなことを思っているとやがて部屋にオーリエが入ってきた。
桶のようなものを手に持って現れたので、俺はきっと彼女が看病してくれたのだろうと声をかけることにした。
「よっ、ありがとな」
「......タクト?」
そういって、チャイナドレスに身を包み迫力満点のそれを揺らしながらも近づいて俺を抱え込むような感じで顔の至るところや体を触ることに俺は恥ずかしさを感じて、それを制すると大丈夫だと体を離した。
あんまりされると、またホムンクルスができてしまう。
「それで、俺が気を失ってからどれくらい経った?」
「2時間くらいだぜ」
そう言って入ってきたのは、何やら笑いを噛み殺した様子のジャックスだ。
それを見て少しイラっとしたが、今はそれどころじゃないと気を落ち着けて、あの少女のことを聞いてみることにした。
「あの子なら今はジョイが見ているぜ。ただまぁ、見ているといっても部屋の前で座っていることしかできないけどな」
てことは篭っているのだろう。
なんせあんなことが連続で起きたんだ。普通の神経なら、相当堪えるだろう。
まあ、あれも俺の妄想かもしれないけど。
それにしても、ジョイか。
ジョイは、俺の"目"から生まれたホムンクルスで丈の長い白衣を着た長身の娘であり、あらゆる癒しの力を持つことからその服と名前を付けた。
......娘っていうよりも、完全に姉っぽいんだけどな。
サラリーは兄がいたらこんなんだろうという感じで、オフクロはやや天然傾向にあるが、しっかりと母親と言う感じだ。そして肝心のジョイは、その中でも姉という立ち位置なので娘にはとても思えないものである。
「どうするんだ?あのコは」
「様子はどんな感じなんだ?」
俺の言葉に、珍しくも鼻の頭を爪で掻く仕草をしたジャックスはため息をつきながらも答えを返した。
「......重症じゃないか?体じゃないぜ。心が、だ」
「......そうか」
あんな体験......俺の中では妄想もいいところだと現実では切り捨てるほどのものであるが、しかし実際にここは異世界で明晰夢のような感じで見たからにはそうやって切り捨てることもできない。
「まぁ、本人に一度面会してみるよ」
そういって起き上がると俺はオーリエたちを伴ってそこへと向かうことにした。




