第31層「老婆の祈り」
んあ......。
そんな声を上げながら、眩しい光が差すカーテンに刺激されて目が覚めた。
「ふぁぁぁぁ~~~~~~」
大きなあくびをしながらもベッドから落ちていたガラケーを拾って、今の時間を見ると現在、午前7時と表示されていた。
一緒に寝ているレティのほうを見るとまだムニャムニャとしていた。
こうして静かに寝ていると、とてもプラティと互角に渡れるような勇ましさを感じない娘の頭を一撫でする。
そんな習慣を済ませて俺は勢いよく起きると、歯を磨き、顔を洗ってトレーニング用のジャージに着替えて身支度を整えると、その足でD.C施設の食堂へと向かうことにした。
「おはよう、お兄ちゃん」
食堂にやってきた俺に声をかけてくるのは、アベさんたちと同じく迷宮"学校"へ通っている妹のフェニャだった。
彼女の部屋は、亜空間側にもあるが、今は迷宮"学校"に作られた女子寮に住んでいる。ラウンジの居住区の西側からここまで、結構な道のりであるにもかかわらずにわざわざ俺と食事を取るためにとここの食堂まで足繁く通っては朝食を共にとっていた。
それというのも、東の大陸に行って帰ってきてからとこれまでの間、あまりコミュニケーションが取れなかったために寂しそうにしていたというレティからの報告にもある通りに、ようは家族のスキンシップをとりたいという理由にあるからだそうだ。
ま、表向きじゃ迷宮創造主の妹って色眼鏡でかけられるのを避ける意味でのこうしたスキンシップに、俺は健気だなと言う思いにかられているのは言うまでもない。
「おはよ、フェニャ」
挨拶を交わして頭を撫でる日課を終えた俺とフェニャは、朝食をとりながらも学校でのことを色々と話すことにしている。勉強のこと、学校生活のこと、前の日にあったことを色々と話してくれることで、俺としてもその中で学校の修正をするべき点を考えて、それをリリィに伝えて改善させることができるといった利点にも繋がっているのだ。
「そういえばチャイムちゃんが、新しく"ぶれざあ"っていうのを作るって言ってたけどお兄ちゃんは知ってる?」
「ブレザーか......」
ブレザーの制服に、俺は懐かしいなと思った。
あちらの通うほうの学校で最後に見かけたのは、いつだったかそんな思い出に浸りながらも知っているよと答える。
「校章で揉めに揉めてるんだって聞いたの。確か、お兄ちゃんの横が――」
("モジョ~~~~~~~~~~~~")
("うひっ!い、いきなり父が話しかけるなんてそ――")
("チャイムに伝えろ! お前から伝えろ! ......俺の横顔なんてものを校章に使ったら、迷宮創造主権限でお前の下へと供給されている生地やら何やら全て停止させる上に予算も全部カットだ! あとはモジョ、今度やったら......お前が大事にしているらしい写真を炎折鶴で燃やした上にひたすら穴を掘って、それをまた埋め戻す作業を迷宮"大湖"が出来上がるまでやらせるからな! ......わかったか?")
("しょ、しょぼ~~~ん。わ、わかったわ......")
「ふぅ~。ああ、なんだっけ......そうだった。校章だな、校章。......うん、その件はもう解決したぞ」
「???」
きょとんとしているフェニャになんでもないと言いながら、俺は改めて迷宮"学校"のことをまた毎日聞かせてくれるようにお願いしておく。
「じゃあ、いってきます!」
「ああ、頑張ってこいよ」
そうして朝の兄妹コミュニケーションを終えると、先に食べ終えたフェニャはふとましい尻尾を揺らしながら学校へと向かっていった。
送り出した俺は、未だ食べ終えてない朝食を食べながらも頭を切り替えてから、改めてどうしようかなと考える。
今俺が考えるのはもちろん、魔力凝縮についてだが考える限りじゃ何も思いつかない。
こうポンポンと奇策が思いつくご都合主義的な何かを期待するが、俺にはそんなものはないようだ。ちなみに、体力作りはあの頃を思い出すかのようにして血反吐を吐きながらまた1から行なって毎日続けている。
この後ももちろん食休みの後に行う。
その後――そういや、今日はこの後は硬貨製造魔力補充の日だったっけ。
あの売り上げの報告から、改めて気にして見ているとこの迷宮独自となる迷宮硬貨も、いたるところで見かけるようになったので、普及しているんだなと感じた。
時よりケープを被って視察っぽいことをしているのだが、挑戦者らしきパーティが、魔動自販機で買えるようになった迷宮用の携行食や、清涼飲料水を買う姿もちらほらと目撃するし。
サラリーの作戦もうまくいっているようで何よりだと思った。
代わりに俺の作戦――というか、修行は難航を極めているのが現状だ。
「モグモグ......んくんくんくっ......ぷふぅ~! ごちそうさんっと!」
そうして色々と考えながらも、朝食を食べ終えた俺は手を合わせるとトレイを返却口へと戻して部屋で食休みをするために戻ろうとした時だった。
("父さん、ちょっと湖に来てほしい。お客さんがお見えだよ")
こんな時間からもう働いているらしいサラリーにそう告げられて俺は分かったとだけ返すと、指定されたところへと向かうことにした。
ゲートを潜ってやってきた大湖の朝は、まだ山羊月の中旬なのだが寒いという感覚を感じるほどに空気が冷えていた。北の大陸からの寒気とかだろうか?
それとも湖とはこういうものだろうかと思いながらも南側に設置されたテントの周囲をキョロキョロと見ながら歩いていると、炊き出しのためかところどころに煙が立っていて、建築される神殿用の資材加工などの準備も行なわれていた。
ポツポツとすれ違う奴隷や氏族の人たちとの挨拶のやり取りをしながら、さらに歩いていくと、やがて指定された湖への入り口となる辺りの斜面に差し掛かった。下りていくとそこには、平面な場所のところに馬車が停車していて、何やらサラリーと誰かが話しているの人の姿が見えた。
「ああ、父さん。こっちだよ」
そうして声をかけられたサラリーの近くまで来るとその正体が誰か分かった。
「久しぶりだな、婆さん」
南西の町で俺がクリアムの姉を弔ったことで知己を得ることになり、その後も色々と作戦に協力をしてくれた杖をつく糸目の老婆その人と御付っぽい人たちだった。
「久々だねぇ、お前さん」
婆さんにお前さんって言われると、まるで俺が婆さんの夫みたいじゃないか。
「あたしにも好みってのがあるよ」
まるで心の声が聞こえたかのようにそう返す老婆に、俺は色々な意味でため息を吐いた。まぁ、この場合助かったというべきか。
「ところでどうしてこんなところに?」
「一度、あんたに直接礼をいいたくてねぇ。後は、......水竜さんに直接謝りたいってのもあるさねぇ」
そう語った老婆は、なぜか全身を小刻みに震わせていた。
どうしたんだろうと言う俺の視線に気付いたのか老婆はああ、この震えかい?と前置きした上で答えてきた。
「お前さんらみたく、あんな風に湖の陸側へ直接天幕を張れるほどあたしら人族は水竜さんと交流がないからねぇ。あたしみたいに長く時を生きている人族ほど......水竜さんの怖さったら......ないからねぇ」
ああ、そういうことか。
俺らは俺を基点として一応は友好的にとしているが、老婆たち人族にとってはそんな繋がりはないし......話を伝え聞く分じゃ震えるほどに怖がっても仕方がないかと俺は理解した。
「それなら、俺が取り持つから大丈夫だよ。こっちだ」
「それじゃあ父さん、僕は仕事に戻らせてもらうよ」
この場所は、一応迷宮ラウンジの入り口となるところだ。
そのためにサラリーが監督として作業の打ち合わせをするのだろうと思った。
「ああ、後は頼むよ」
「父さんも早いとこ"魔力凝縮の完成"をよろしくね」
くそ、みんなが顔を見るなりまだー?的に嫌みったらしく聞いてきやがってとは口が裂けても言えない......自業自得だし。
「あ、ああ」
と、適当に返事をすると御付たちを馬車に残した老婆は俺と湖側へと向かうことにした。
準備をする人々を見て感心しきりの老婆と俺は、到着するとともに早速念話で呼びかけた。
("おーい、プラティーちょっと出てきてくれ")
("はーい☆")
と言って出てきた魔法少女然としたプラティの姿に、老婆が唖然とするのは仕方がないことだろう。格好がふざけているとしか思えないし。
そんな対面を果たしたプラティと老婆だったが、早くもプラティは嫌そうな表情をして早速、言い放ってきた。
「タクちゃん、人族の老婆なんて連れてきて......これヤっていいのー?」
「やるなよ。......この婆さんは、俺が南西の町で世話になった人だ。一応、水竜であるあんたに謝りたいってわざわざ来たんだそうだ」
「お初にお目にかかります、水竜様。わたくしの名は――」
「あー、いいよいいよー☆ どうせ覚えるつもりないから......それだけ?」
プラティのその態度に少しイラっとしてしまいそうになるが、歴史背景を見れば、人族ってのはそれだけのことをしてきたのだから俺が口を挟む資格はないだろうと堪えた。
そんなプラティに構わずに、老婆は下が地面であるにも拘らずに正座して折り目正しい土下座を行なって口を開いた。
「お怒りごもっとも。......されど、こうして一度は水竜様に御目通りがかなった折に、老婆の小さき礼とは言え、水竜様の......そのお怒りを少しでも御鎮め頂こうとするのは我らサチホの民の勤め。それが叶ったことを嬉しく思うとともにこの通り、平にご容赦くだされますよう」
そんなサチホの民ゆえにという言葉から、俺は昔の日本かなとそう思った。
昔の日本も災害やら天変地異的なものが起これば、祈ったり、神社作ったりして祀ることで怒りを鎮め敬ったという歴史もあるのだ。
そんな態度にプラティはへぇ~と言った様子で感心した風だが、しかし――
「老婆1人如きが頭下げても仕方がないよねー☆ ま、その礼はタクちゃんの顔を立てた上で受け入れるよ☆」
「ありがたき幸せ」
そんなやり取りを終えると、プラティは用はそれだけだよね?とだけ言い残して湖へと去っていった。
礼の状態を、プラティが消えるまで行なった後に立ち上がった老婆は少しだけ目元を濡らしているのが見えた。
「ほっ......、生きとる間にこうして拝むことができてあたしゃあ嬉しく思うよ。これもお前さんのおかげさね、どうもありがとうよ」
「え? あ、ああ......気にしないでくれ。結構時間がかかるかもしれないけど、あんな態度のプラティだって結構譲歩しているところはあるんだから......いずれは、身を結ぶさ」
「......そうなればあたしも浮かばれるってもんだよ」
危ない危ない。
人との会話の時に思わずあることを思いついたために、老婆の礼を聞き流すところだったと思ったところで俺は改めて考えを深める。
自然信仰、自然への敬意、水竜、地鎮、祈りか......。
パッと頭に浮かんだのは先ほども挙げた神社だった。
俺は周囲を見渡すと、だいたいここから先ほど下った斜面――坂道まで、だいたい500mほどあると目測する。
そして、その上でまだ建築が始まってない今ならばと俺は思い至るとあることを聞くために老婆へ尋ねた。
「婆さんのサチホの国には、神社とか仏閣なんてのはあったか?」
「お前さん神社を知っとるんかね?」
「まぁな」
祀神を祀るための場所で厳かな場所。
そして生贄――人身御供を捧げて災害をお鎮めする場所だっけか。
プラティは人族なんて滅びればいいという思考だ。それならば、彼女にそれを委ねればいい。
祀神様として――
この場合の人身御供というのはもちろん、迷宮へ挑戦する者たちだ。
あらすじとしては試練に挑戦し、それを祀神である水竜役のプラティの目に適えば生かされて、適わねば死ぬ......そんな感じの迷宮だ。
やっていることは挑戦者にとって反感を招きかねないが、元々俺の目的は間引きだし、老婆の小さな礼を受け付ける場所も設えればと考えるとこれを利用しない手はないと思った。
("サラリー! 悪いが、神殿建設は中止!")
("......はぁ~............また何か思いついたんだね?")
("ああ! 神社を作る!")
("......あの老婆が関係しているっぽいね。分かったよ、詳しいことはまたあとで")
そうして念話を切ると、俺は改めて考える。
元々神殿というのも、適当に決めた建物なので上に建つものは何でもいいのだ。
しかしここに来て折角意味合いのあるものを考え付いてそれが色々と合理的だとする理由ができたならば、そちらを優先させるのは当然だと言える。
せっかく準備をしてくれていた人たちには非常に申し訳ないけど。
それに――
「婆さん、ここに神社を作る。それで、もし......まだ水竜に謝りたいと、祈りを捧げたいとそんな風に思うんだったらさ、まだまだ元気に生きてここまで来ればいい。ここは人を殺す迷宮だが、それと同時に婆さんみたいにあの水竜へ謝るための場所にもしたいって思うから」
「......お前さんという男は。ほんに、死んだ爺さんがいなけりゃあたしゃ惚れていたのかもしれないねぇ」
それはカンベンしてくれ、とは言わない。
「ま、婆さんの願いとこちらの思惑が合致したのと俺が気に入っている人には、少しでも長生きしてもらいたいだけだから......気にしないでくれよ」
「ありがとよ。それじゃこちらもお返しをさせてもらうかねぇ......見たところ、以前とは違って"体脈"が乱れているようだしねぇ」
体脈?
「ああ、それを補修させるための教えを授けるよ。......少し辛いとは思うけどねぇ」
「修行的な何かか?」
「その"前段階"さね。......ま、あたしにまかせなさいな」
相手は剣術指南役を勤めていたほどの人だ、そりゃお願いできるもんならお願いしたいところだと思う。
しかし、ここに来て、俺はあの食事の時に考えていたご都合主義的な何かに恵まれたのかと考えるに至った。
こうして、サラリーとの神社建築における計画変更で生じた金銭の補填を俺の小遣いからさらに行なうという話を聞くといった不幸なことが起こったのだが、俺としてはそれよりも魔力凝縮の技術を習得できそうな術を得たことに喜びを感じるのだった。




