第29層「組織と立場」
("んじゃ、レティ頼むぞ")
("はーい")
そうしてレティへとあることを頼んだ後、それなりに懐かしい中央大陸の迷宮"チュートリアル"内のラウンジへ向かう俺は、馬車に設置されたという部屋へと歩いている途中で、ジャックスと遭遇した。
「おう、まだ居て良かったぜ」
「護衛か? ラウンジだから、良いってのに。てか......アベさんたちは?」
「旦那たちは学校で今は勉強しているぜ」
俺はその言葉に、あの出発から2週間は過ぎててあの程度の規模なら、もう学校も始まっているかと納得するのだが、なんでアベさんたちも? という疑問から聞いてみる。
「そりゃ計算とか文字の読み書きとか、そういうのができたほうがいいだろ? ......てめぇが気を失っている間は、勉強か鍛錬かの毎日だぜ」
「3人ともか?」
アベさん、オーリエ、アラーネと気がついてからここまで、見なかったそんな努力してくれる理由に3人は頑張っているんだなと嬉しく思う。
「......でよ、エロナちゃんから預かってきたぜ。......これをかけろよ」
そうして渡されたのは、薄いケープのような衣だった。
黒くて半透明な素材は一体どんな構成で作られたんだろうと思うも、今はどういうことだと聞いてみる。
「変装のマントの改良品だとよ。それを身に着けりゃ、全く別人に見えるものだぜ」
その説明にへぇ~と納得した俺は、アイテム情報を表示させる。
【アイテム情報】
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アイテム名 :変装のケープ(非売品)
効果 :視錯覚効果
アイテム説明:変装のマントを改良し作られたジョイの力を染みこませた糸 によって織られて作られたケープ。錯覚を起こして全くの別人 に見せる効果がある。
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ジョイの力を染み込ませる、か。
血の記憶でも使ってかなと、その場で考えそうになったことを悟ったのかジャックスから『おい、ラウンジに行くんだろ』と声をかけられたことによって俺は、改めてケープを羽織るとすでにケープを羽織ったジャックスとゲートを潜った。
身につけているもの同士には影響しないのかと思いながら。
D.C施設本部のゲートからラウンジへ出た俺たちはそのまま、エロナから聞いた酒場にいるという情報からそこへと向かう。
ラウンジ内は結構な賑わいを見せており、たまに東の大陸で見たような格好の傭兵とかもいたことから、あの露骨な宣伝活動が功を奏してあっちからも流入しているんだなと、俺は満足げに頷きながら酒場まで歩いていた。
また、何人かが俺たちとすれ違うも以前は結構あった"おい、あいつ迷宮主だぜ?"からの絡みとか、魔法武器を狙った唐突な襲撃もないことにこの『変装のケープ』がきちんと役割を果たしているんだなと実感もしていた。
――ああ、そっか。
「ジャックス、お前騒がれなかったか?当初」
「......気付いたか。まぁ、そういうこった。あんたジャックスさんじゃないか......なんて、東の大陸で知り合った傭兵が声をかけてくるからよ......影狼で名が売れているこっちでなおかつ、迷宮主の関係者ってことがバレたらって思ってな......その場はごまかせたが、あん時はヒヤヒヤしたぜ」
そこは、ジャックスにグッジョブと言っておこう。
俺たちの顔は、東の大陸の傭兵達、南西の住民たちには傭兵。
逆に中央大陸には、迷宮主として顔が知れている。
あの場で迷宮の魔王なんて名乗ったから、勘の良い奴はあの時の魔王側が使っていた武器などで現れた『魔王』が俺たちという道筋が出来るかもしれない。 だからこそ、ケープなんてものが用意されたのかと思い至った。
クリアムたちのことがなければ別のバレてもいいんだけど、せっかくあんな最低なところから立ち直ろうとしているのに、俺たちのことで水を差したくはない。......サラリーが言っていた変装もこれのことかと納得した。
そんな話をしていると、やがて酒場へと着いた。
水路が作られ水路になっている入り口の水の気を自然に感じながら敷設された橋を渡って扉を開けて中に入った。
今は昼に差し掛かったくらいの時間で、酒というよりも先に漂う鼻から得られる情報として主に御飯時という感じで、実際どの挑戦者らも食事を取っている様子が視覚からも伺えた。
入ってきた俺たちへとみなが一瞥するようにこちらを一瞬見るが、知らない奴とでも言うように視線を戻してまたそれぞれ食事を楽しみ始める。
そんな中、明確に見知っているという感じでギャル子がやってきた。
「テンチョー、久々って感じ?」
「おう、ギャル子。相変わらずギャル子だな。ギャル子、このギャル子が!」
「なんで名前4回言って罵るん~? てゆうか~、いきなりこんなとこ来るってぇ.。もしかしてどーてー卒業しにきたとかぁ? マジウケるんだけどぉ」
「おい、ギャル子。お前もおぼギャル(※処女ギャル)のくせに、どーてーバカにすんなよ? このおぼギャル風情が! まぁそれはいいとして......今日来たのは、ちょっと頼みたいことがあってな」
「なんでいちいち罵るって感じなんだけどぉ~? もーもーたちならあっちだし」
そして指を差した方には確かにデンたちの姿が見えて、デニアとティニもいた。
「サンキュー、このおぼギャルが!」
「お前はたまに訳分からなくなるよな」
ジャックスの言葉を無視して俺は、ギャル子に一撫でをしてからそこへ向かった。
「ま、俺の愛情って奴だ」
「どんだけ歪んだ愛情なんだよ」
聞こえないところでそんな話をしながら歩いていると、途中であいつここの店主の頭を撫でたぞとか聞こえてきたが、そういえば今はただの傭兵に見えるんだっけかと、自分の失敗に気付くも気にせずにデンたちのテーブルへとやってきて、声をかけた。
「よう、迷宮はどうだ?」
俺の言葉に一斉に視線がこちらに向けられたが、誰?という表情をするので俺は少しケープを捲って正体を晒すと納得したようだ。
「迷宮――いや、この場合はタクト殿と呼んだほうがいいだろうな」
「ああ、そっちで頼む」
「何しに来たのよ?」
「お前には用がないから......大丈夫だ、問題ない」
「なんですって!」
そんなやり取りをしながらも、俺たちはオーダーを取りにやってきたギャル子の部下魔獣『コギャル』に適当な飲み物を頼んで、さっきの話の続きを促す。
「ああ、我らは26階層まで辿り着くことができた。貴重な魔法道具もそれなりに手に入れることができ、魔石を補充することもできた。それもこれも、この義腕のおかげだというのは言うまでもないことだ。改めて礼を言う」
相変わらずそんな固い喋り方をしてくるデンに俺はため息を吐くも、いいよいいよと言って苦笑いを浮かべながら、そいつらもちゃんと取引通りに仕事をしてくれたしと返した。
一瞬その言葉にピクっと目じりを動かしたが、俺は気にすることなく話を続けようとしたがそこでまたデニアが横槍を入れてくる。
「それで?久々の同胞再会の場を壊すようにして現れたあんたは一体、何の用なのよ?」
いちいちこいつは口が悪いなと思いながらも、視線をティニへと移す。
「実は、ティニが秘伝として教えられた技術『魔力凝縮』を教えてもらいたいと思ってここまで来たってのが主な理由だ」
「......そうですの」
と、俺の話を聞き何やら意気消沈といった感じでティニは下を向いた。
なんだ?と思った矢先に顔をあげてティニが気まずそうにしながらも答えてきた。
「我が一族に伝わる秘伝なので、それを知るのも我が一族に限りますの。め――タクト様は一族の者ではないので......申し訳ないですの」
だから、それを俺に伝えるわけにはいかない......か。
「......そっか、わかったよ。"悪いな"、邪魔をした」
そうして立ち上がろうとした俺に、デンが声をかけてくる。
「タクト殿。......"一族になれば"というのは、つまり......ティニと婚儀を行なえばという話になる。ティニはこの通り容姿にも優れ、器量も良いだろう。だから――」
「ああ、それは却下だ」
その言葉に目を丸くするデンと他の者たち。
そしてあからさまに嬉しがるデニアと呆然とするティニに俺は伝えた。
「"取引上"の相手をそんな対象には見れないだろ? ......それに、俺は今それどころじゃないってのもあるからな」
俺はまだこの2人を仲間だとは認めていない。
それに――まぁ、これは後で分かるからいいか。
「そ、そうか......。似合いの2人に見えていただけに残念だ。......ああ、そうだ。しばらく組織を離れたので一度我らは帰還することになった......よって」
「デニアとティニも連れ帰るんだろ?じゃあ、取引はここで終了ってことだ」
あの乳がもう揉めなくなるのは、やっぱり男として大変残念ではあるが彼らにも事情があるならばここは黙って見送ろう。
「そ、そうか......。それで――」
「ああっと、そうだった。一応、取引上ってことでお前達の仲間を預かる形でいたが、この取引完遂とともに、ここからは"迷宮創造主"である俺は、今後お前達を一挑戦者として扱うからそのつもりでな」
俺の言葉に憤慨したのか、デニアは立ち上がって叫ぶようにして声を張り上げようとするも周囲に俺が迷宮主だとバレるといけないので、咄嗟に言霊令でデニアの声をかろうじて聞こえるの声量へと調整させた。
「取引取引って!結構今まで長く行動を共にしてきたのに、その言い方はあんまりじゃないの!?」
発した後の声の小ささに驚きの表情をするも、俺のほうへと睨むことは辞めないデニアに俺はため息とともに伝えた。
「......俺は最初に言ったよな。どこの組織にも属さないって......ティニとデニアのその気持ちは正直嬉しいんだが、デンとともに組織に属している限りはお前達はずーーーーーーーっと『獲物』だ。それを忘れるな」
そして俺は出てきた飲み物を一息で飲んで立ち上がると、最初から知り合いじゃないような素振りで何の言葉をかけることなくジャックスとともにその場を去っていった。
しかし、それを引き止めるものが居た。
それは――
「テンチョー。食い逃げ上等って感じ~?」
「しまらねぇな......」
俺は、少し恥ずかしげに代金を支払ってジャックスの足を踏むと、酒場から出ることにした。
例え迷宮創造主であっても、ここの決まりに従うのが俺なりのやり方なのは言うまでもないことである。
* * * * *
『迷宮公道』という広い道を、迷宮とは逆側へと向かって進む数人の牛人族の姿があった。
彼らは、タクトが去った後しばらく呆然としていたのだが、デンによる静かな"行くぞ"という声とともに、迷宮"チュートリアル"から組織へと帰還の途についていた。
そんな彼らの中でデニアが憤慨するような表情でブツブツと何やら文句を言っていた。それは、兄であるアールデンから自分たちの知られざる作戦のことについて知った後のものである。
「デニア、いい加減に弁えろ......作戦は失敗したんだ」
そうして兄上からの言葉にデニアは渋々と口を閉じるが、やはり収まらないのか今度は直接言葉を使ってデンへと言い放った。
「兄上! 懐柔する作戦だったのなら、最初からそう言ってくれれば良いのに、どうして最初から言わなかったのよ!」
「......」
そんなデニアとは違って、先ほどから黙っているのはティニである。
デンはその様子を見ながらもデニアへと答えを語った。
「お前ほど、演技が下手な奴は知らないからな。仕方がないだろう? それにな......」
そう言って区切るようにしたデンは、ティニのほうを見ながらもはっきりと伝えた。
「我ら一族のためだ。......希少族となってしまったティニも、そこは納得してくれているものと思っている」
「だ、だからって......あんな......」
あの時タクトに感じたのは、同情的なものだった。ティニの胸をだらしない顔で揉んでいたあの顔が嫌いだったし、口うるさいだのなんだのと人の神経を逆なですることを平気で言うしと色々最悪な奴だった。
だけど、とデニアは思う。
そんな......そんなあいつでも、東の大陸を共に旅して南西の町で畜生と呼ばれる者たちを救うための作戦を考え、うまく行くように何度も何度も同じことを入念に行なって、それでも表情は不安いっぱいといった感じで......あの男がこれまで見せた様々な表情は、何かは分からない感情を感じることにもなった。
だけどさっき見た表情......それはデニアにとって、理解ができない種類の怒りとショックを感じるに至った。
それもデンが、タクトへ取り入ろうとする作戦だったというのだからデニア自身としても裏切ってしまったという気持ちが沸いて仕方がなかった。
デニアは、口をキュっと閉じることで言葉を強引に噛み切ると、自分よりもさらに直接的な思いを感じていたであろう親友の意気消沈とした面持ちを浮かべる、そんなティニのほうへ目線を動かした。
声を取り戻してくれたに恩を感じ、しかし何をおいてもあの東の大陸における騒動でタクトの頑張りを傍で見ることで、明確な好意を持つに至った親友のティニの気持ちを考えると、同じ女だからこそ分かるなんだかやるせない思いを感じてしまうのだ。
「......ならばお前達だけ、組織を抜けるか?」
「そ、それは......」
それは、できない選択だった。
どの組織でもそうだ。
この時代の組織というものは、確固たる決意を持ってそれぞれが一丸となって取り組まなければいけないものとして考えられている時代である。
現実社会で学生がバイトに飽きたからという理由で辞めるケース、社会人が、今勤めている会社よりも待遇がいい会社が見つかったので、依願退職いたします。といったケースほどの自由さは認めていない。
故に彼らは彼らなりの野望があれど、組織としてレジスタンスに入っている以上そこから安易に抜け出せることはできないし組織のために命令されたことを行なわなければならないという使命を持ってそれを実行していた。
「......俺たちも迷宮主には恩義を感じている......だが、それでも作戦は作戦だ。迷宮の情報を入手した上で彼らと接触し、できればこちら側へと引き込めるようにと......そういう作戦が組織から提示された以上はやらねばならんのだ。弁えてくれ、デニア」
「......」
「情報は組織に戻り次第伝え、また彼らに貰ったこの腕も渡すこととなるだろう」
「そ、それは兄上が......あいつからつけてもらったものなのに......!」
その言葉にデンは、ため息をついて強い目でデニアを睨むように見るとはっきりと伝えた。
「......それが、組織に属するということだ」
ティニはもうすでに泣き出していて、デニアもその兄の強い口調で制される形で口を噤むと下を向いていた。
そんな妹に申し訳ないという目で語りかけると、デンはみなに声をかける。
「迎えが来ているだろうし、少し急ぐぞ!......あの港町のピアスのこともあるからな」
そして彼らは、思い思いに思うところはあれど今は真っ直ぐに続く迷宮公道を少し急ぎ足で移動を始めるのだった。
その一連の様子を、迷宮公道のいたるところに設置された監視眼が見ていることにも気がつくこともないままに。
* * * * *
ため息とともに俺は去っていく彼らをモニター越しで見ていた。
「パパ、辛そうだね」
「......ああ、辛いな。これからあの乳を揉み解せないことを考えれば、な」
その言葉にレティは、俺は座っているにも関わらず俺の膝に座るようにしてその軽い身を預けてきた。
「うそつき!」
俺はその言葉に頭を撫でて答えを返すことにした。
正直に言えば、彼らのことは気に入っていたのだ。
しかし、それとこれとは関係ない。
「俺は迷宮創造主、迷宮を作って運営をすること。......まぁ運営はお前達にまかせているけど、その俺が個人の思いで考えたらダメだってのは当然のことだ」
「......よく言うよね」
レティはそう言うと、いつの間にか取り出したか分からないノートを俺のほうに向けてきた。
「はい、これ。話している間にティニちゃんの頭から秘伝『魔力凝縮』の知識を抜いて書き移しておいたからね!」
「助かるよ」
結局のところ、俺としては頼んで断わられようが何しようが関係ない。
申し訳なさそうにして断わっていたティニには悪いと思う......だが。
俺に取り入ろうとして裏で作戦を立てるなんて言う根性は正直受け入れがたい思いを感じたし、ケースバイケースってことで利用させてもらおう。
ティニの"本気"の気持ちは嬉しいが、俺にその気がない以上は仕方がない。
だが、しかし......。
「やっぱりもったいなかったな~あの手触り」
そんなことを呟きながら手でもにょにょと、何かを触るような素振りをする俺へ白い目を向けるレティに苦笑いを浮かべて、その動作を止める。
このノートによって迷宮構築がさらに進みそうだという思いとともに、俺は心の中でそっと気に入っていた奴らに頑張れよとだけ伝えることにした。
ここで2人が退場になりました。
が、しかし――という感じでご了承を。




