第9層「大鬼族の集落(下)」
翌日の朝方、大鬼族の集落の広場で俺とアベさんの声が響き渡った。
「アベさん、ひどいじゃないか!俺はアベさんのこと信頼してたのに!」
「ガウガウ!」
「何言ってるかわかんないよ!言いたいことがあるなら、日本語で言ってくれ!」
「ガウ!」
言い合う2人の周囲には、ポツポツと大鬼族や小人族が集まっている。
そんな中でも俺は罵声をアベさんにぶつけて、アベさんも俺に爪で威嚇しながら返してくる。事件は昨夜の寝場所における争いだった。
理由は今朝になってアベさんが隣に寝たために毛皮に埋もれた状態だったせいで、全く寝ることができないことに憤慨を覚えたからだ。
寝起きの時に口論しながら外に出て、しかし怒りが収まらずに広場辺りで言い争いがより激しくなった。つまりは"そういう"ことだ。
「おい、みんな見てるぜ!2人ともやめろって!」
そんな声をかけながら、俺を羽交い絞めにして止めようとするジャックスに構わず、俺は罵詈雑言をアベさんにぶちまける。
「ガウ!」
ぷいっとしたアベさんは、そのまま集落の出口へと向かっていった。
「お、おい!旦那!............おいおい、どうすんだよ」
「あんなアベさんなんて知るか!」
そう言って俺は、その場を後にした。
しばらく適当にぶらつきながら、柵に沿って怒ってるぞと道端の石を蹴りながら歩いていた。そんな俺の後ろからジャックスが走りよってくるのが分かった。
生命契約の効果なのかそういうのが分かってしまうのだが、対象者にはそういう居場所ナビのようなものもあるのだろうか。
あの時の説明にはなかったから何かしら別の力が働いているのかと思ったが、今はどうでもいい。俺はジャックスが近寄るのも構わず歩みを止めない。
「おい、どうするんだよ。唯一の歯止め役の旦那が集落出て行っちまったら、俺ら何されるかわかったもんじゃねぇぞ?」
「............」
「無視かよ」
何も言わずにぐるっと回ってそのままオーリエの家へとたどり着いた。
そして、ジャックスが懸念したように家のドアが壊れかねないほどの衝撃で叩く音がした。迎えるためにドアを開いたオーリエが誰かに突き飛ばされるのが見えた。
その様子を見て、かなりイラっとしたが、
我慢してしばらく見ていると中に3mくらいのこの大鬼族の中でも体格のいい奴らが1人を先頭に俺のほうへとやってきた。
その顔には、侮蔑や蔑みといった様子で見下しているのが分かった。
「オマエ、イツマデイル?クワレタイノカ?」
どうやらアベさんが出て行ったことで遠慮することがなくなったと思ったのだろう、そこにはアベさんが居ない事からなのか余裕の表情すら見えていた。
「ああ、今日はこれから長とやらに会って返事を聞かせてもらうつもりだ」
俺の余裕を持った声色に一瞬不審そうにしたが、構わずに俺の胸倉を掴みあげて顔を近づけて言い放つ。
「ジイサマガ、オマエトケモノダケニナッタヤツラニ、アウトオモウノカ?」
爺様って、......こいつがガンゴってやつか。
「つまりはアベさんが怖くて、従うふりでもするつもりだったってことか?」
「キサマ......」
図星だったのか、その怒りが拳に宿るかのように握る音が聞こえた。
「いいのか?別に俺は、ケンカしたからってアベさんと離別したわけじゃない。俺を殺しでもしてアベさんが再びやってきたら全滅するぞ?この集落」
俺の言葉に殴ろうとした拳を止めて、俺を再び睨んでくる。
「ともかく明日には出て行くさ。だからそれまでほっておいてくれればいい」
その言葉を発したと同時に、ガンゴは俺を押し出すように投げ打った衝撃のせいで、俺は家財道具らしき場所に背中や頭を打ち付けてしまう。目に星が出るほどの激痛が走るが構わず相手を睨みつける。
「エサノブンザイガ......ヒトモドキトコンヤオソワレナイヨウニイノルンダナ」
と言いながら、ゲラゲラと笑いながら帰り際に倒れたオーリエの足を蹴りつけながら奴らは去っていった。そしてその日の夜、襲撃を警戒したが想定していたことは起こらず想定外のことを奴らはやってくれた。
オーリエの家の外から拳大の石を一夜中に渡って投げつけられたり、罵詈雑言を浴びせられたりで眠りにつくどころか、バリケードで囲ってそれをやり過ごすためにずっと眠れずに過ごさせると言うものだ。
それら嫌がらせの最中の側で俺と共に必死に身を隠しているオーリエが辛そうに涙を堪えているのを見ると、かなり憤慨する思いだったが我慢した。
「くそっ!このままやられっぱなしかよ!」
「......モウ、ここニハいられナイ」
「......ジャックス、オーリエ、今は悪いが耐えてくれ。
"今の感じ"からすればぎりぎりだけどもうすぐ準備が終わる」
「どういうことだ?」
「ま、そのイライラをぶつける機会を与えてやるってことだ」
2人の声が耳に痛いが、俺は耐えるように言って俺自身も耐えることにした。
朝になり、日が昇るとウトウトとしていた自分の頬を叩いて気づいた。
周りを見ると、いつの間にか石の投げつけられる音はせずにどうやら嫌がらせは終わったようだった。
俺はあくびをしながらも眠くてたまらなかったが、トイレに行く事を告げてオーリエの家の外に出た。
戻ってきて、さすがに飯を食ったら爆睡しそうであったため水だけを飲んで、
オーリエにこの集落から出るために荷物をまとめさせた。
ここまで耐えてくれたことに感謝と謝罪を心の中でして、また今後は俺が精一杯面倒を見るつもりだ。
なんせ、俺の狙いは叶ったも同然だったから。
オーリエの顔は憔悴しきっていたのだが、ここまでひどいことをされたことに少しばかり怒りを滲ませている様子だったのだ。そんな出立の準備をしている彼女の荷物はそこまで多くはない。
せいぜい、数着の自分用のボロボロの服とかだ。見た目がナイスバディでさすがに目の行き場に困るため、持っていたカーテン製の外套もどきを羽織らせて、準備を終えた。そして俺は一言声をかけた。
「オーリエ、ここまでされたんだ。もうここにはいられないと思う、だから改めて聞く。俺のところで働いて欲しい」
その言葉にオーリエは頷いて了承するのであった。
「お、おい、まさかそれを狙って............」
「黙ってろ!」
寝られなかったことでイライラしていた俺は、余計なことを言いそうだったジャックスに視線でも黙れと戒めた。
「お、おう......」
そうして俺たちは準備を終えてオーリエの家から去る。そのまま歩いていき、丁度広場と集落の出入り口のところで人が集まっていた。
何やら武装している連中が見える。......正直、予想外の武装で狙うとおりとはいかなかったが、まぁこんな展開でもいい。
そんなことを思っていると、何やら先頭の3人、それからその中央の祖父がこちらへ歩み寄ってきた。その顔には捕食、敵意、侮蔑といった色々な表情を浮かべている様子がみてとれた。
周囲にいる大鬼族からも全方位でそれらが見て取れた。
「よう、おはようさん。なんだ、俺たちを見送りにきてくれたのか?」
そんな奴らに普段通りに声をかけると、あれほどの嫌がらせをしたのにまったく堪えた様子のない俺に気づいて何かむかついたのか、怒りの形相をしたガンゴが一歩前に出て俺に罵声を浴びせる。
ただ、流暢じゃないその言葉のためめんどくさいのは抜きにして一部抜粋するとどうやら――
"貴様らはここから出られないぞ!俺たち大鬼族を侮辱したんだからな!あの銀毛はお前らを食った後にでも同胞を募って戦えばなんてことはない!俺たちは最高の最強の種族だからな!"
と言いたいらしい。
まぁ、これで完全に敵になったってことだ。
最高の最強ってかぶってんぞと思いながらも状況は整ったと思った。
これからが計画の最終段階だ。
ってことで、俺も言いたいことを言わせてもらう。ちらほらと大鬼族の家の影に隠れている人たちに向けて。
「聞いてくれー!小人族の人たち!君らはこのバカたちに力で叶わないからという理由だけで色々と理不尽な思いを受けて悔しいだろうと思う!それは俺が晴らすから、その後君たちがもしよければ俺たちと一緒に働こう!返事は後で受け付けるよ!」
大声でそういうと俺は立ち塞がる奴らの前に行くと、
「俺たちを全員殺してアベさんも殺したい......それが、お前たち、大鬼族の総意ってことでいいんだよな?......どうなんだ?長殿」
その声に武器を持つヤツは力を込めたり、四方八方から敵意やら何やらの視線が激しくなった。
「オマエタチハココデシネ!」
その言葉と同時に先頭でガンゴが俺を殴り殺すべく拳を振り上げてきた。
俺は避けることもせずにそれを頬に浴びる。ジャックスはタクトォっと焦った様子で声を放つが――
「ん?どうした?」
俺は平然とジャックスのほうに向いた。
一方、俺を殴りつけたガンゴは殴った拳が完全に潰れたようでその手がグニャングニャンになっていた。グアアッと言う声とともにその手を押さえながらもんどり打つ。
「さぞや痛そうだな、まぁ、お前はそうしてるといい。お前は最後まで残しておいてやる。オーリエを蹴ったり、寝させなかったこと、アベさんへの侮辱は全部その身で"罰"を受けてもらうからな」
そういうと、俺に攻撃が効かなかった事に驚いたのかぼーっと立ち尽くす大鬼族が気を取り直して、石のようなものをつけた武器を俺に向かって振り下ろしてきた。戦闘がド素人である俺はそれを見切ることはできないが、"どうせ効くわけじゃない"のでそのまま攻撃を受ける。
そして、それはそのまま武器の破損へと繋がりまた唖然とこちらを見た。
「致死性の攻撃をされたよな確実に。......つまりは、俺を殺そうとした。なら、お前ら殺されても文句はないよな?てことで――」
"ガンゴを除く大鬼族、全員動くな"
その声を発した瞬間、動き出そうとした連中は全員金縛りにあったかのように動かなくなった。驚愕するとともに俺に向けて放つ視線は恐怖と呼ばれるものも増えてきたように見える。
「敵対されて殺そうとしたお前たちを俺は、生かすことはしない。だから――」
"呼吸困難で死ね"
そう言い放った瞬間、そこかしこで喉を両手で抑えて苦しそうに呻く大鬼族たちの姿が広がる。またこの場にいない者たちもそれは同様だった。
必死で息を吸おうとするがまるで酸欠したかのように呼吸ができない奴らは長も含めてそのうち倒れて、しばらくピクンピクンと動いた後に動かなくなった。
「さて」
俺は、そんな中で痛みで転がっていたガンゴへと視線を向けた。
ガンゴはあまりの光景に痛みを忘れたかのように必死に後ずさりながらも顔面蒼白の状態で俺を見上げていた。
「お前は"普通"に殺さないよ。10時間かけて受けながら死ね」
そう言って、俺は指を差すと"迷宮魔法を発動"する。
「迷宮魔法――10G重力《テン=グラビティ》!」
その瞬間、周囲はまるで鉄球が衝突したような凹みが起こり、その中央にいたガンゴはグォォォといいながら地面へと縫い付けられるようにうつ伏せで倒れる。衝撃は止むことなくそれは10時間ずっと続くことになる。
「知ってるか?俺が元いた世界じゃ罪を犯した後は"罪の重さ"にあった刑罰が与えられるんだ。犯罪者でしかない俺ではあれかもしれないが、その力が揮えるならば俺はオーリエにしたこと、昨日のオーリエへの暴力、オーリエとジャックスが寝られないほどの嫌がらせ、アベさんへの宣戦布告、あとついでに俺への暴力の分をその身に味わってからその重さを受けて潰れて死んでくれ」
そう言うと、2人が驚愕の視線を向けながら突っ立っていた。
「お、おい、何がどうなってるのか全然わからねぇよ」
「あんたにも見せただろう?迷宮魔法を」
「いや、それって魔素が消えた外じゃ――ってまさか!」
俺はそれにふふんと顔を向けると、オーリエへと歩み寄る。
まだ困惑している様子だったが、俺を見下ろしながら問いかけた。
「......私ノタメ?私がイジメられてたカラ?」
「それだけじゃないって。本当に俺のところで働いてほしいって思ったからだ」
その答えに一瞬目を閉じるが、再び開けるとペコっと頭を下げて
「ありがトウ、そしテ、これからヨロシクお願いするヨ」
と言った。
「こちらこそ」
下げた頭の下から何かポタポタと落ちていたが、俺は見ないようにして
今は普通に頭が撫でられそうだったので思わず撫でた後にまた大声をあげた。
「小人族のみんな!殺されそうになったから結果的に大鬼族全滅しちゃったけど......俺の強さを理解してくれたと思う。だから、これからは俺の庇護下――いや違うな、俺のところで働いて欲しい!対等な条件でね!」
その言葉にわらわらと小人族の人たちが集まってくる。
その中でチャビンが一歩前まで歩いてきた。
「全く無茶するぜ!だけど、あんた強かったんだな!オイラびっくりしちゃったよ!」
「いや条件が整っていたからだ。また話してやるよ。......こっちこそ、話しを広めてくれたみたいでありがたい」
「いいってことさ。オイラも賭けだったけど長としての仕事が全うできて何よりさ!」
そう言ってちっちゃい手を出されたので、俺は慎重にその手を握り返した。
ていうか、長だったのか。そうとは知らずに無礼を働いた気がしたがまあいいか。気にしてなさそうだし。
しかし今回は至るところでだいぶ冷や冷やした。
昨日の背中の痛みやら頭の痛みはさすが大鬼族とでもいうほどのダメージを食らったし、先にオーリエの家を迷宮空間化しておいて、襲撃に備えていたがまさか石投げによる睡眠妨害をしてくるとは思わなかったが............終局に至るこの時点の結果から考えればよかったとも言える。
そんなことを考えれながら、集まった全小人族の人たちにこれから小人族の大移動のための準備をしてもらうためにそれぞれ家に一旦帰した。
しかし、そこであることに気付く。
「............あーそういや、この集落を全部迷宮空間にした分と、迷宮魔法の*重力と*2言霊令の分と、ガンゴ不死10時間分と、"絶対防御"のルール追加で俺にはもう全く魔力がなかったんだった............はぁ~」
最後に締まらない自分へため息をついた。
出入り口からやってきてうまくいったようだなという表情のアベさんを視界に治めながらも、俺はせっかく用意して集まってくれた全小人族の前で土下座してこの集落にしばらく滞在してもらうようにお願いした。
なお、ガンゴは10時間後のタイムリミットまで必死に重力10Gの洗礼を受けた後に潰れるのだった。
そんなわけで今回の遠征により、小人族とオーリエが仲間になった。
今後、迷宮魔法が登場する頻度が増えてきますので、新しい魔法が出る度に
にここで説明しますので、ご了承ください。
* :重力
対象1体に対して重力による押しつぶしを行う。指を指し、魔法名の先頭にどれくらいGをかけるか指定できる。
例)10G重力《テン=グラビティ》
100G重力《ハンドレット=グラビティ》など。
*2:言霊令
言葉に発して自動発動し、対象者は発動者の言う通りの行動に強制的に従う効果がある。別名:言霊式デ○ノート




