第26層「プラティニア、変身」
大湖には2つの湖がある。
タクトが目撃した大湖、その北西に位置する小さな湖でそれらは中で繋がっている。そして、小湖には水竜の祠という遺跡のような巨大な建物があった。
そんなたゆたう湖の中にある水竜の祠。
そして、その中に奉られるための大きな祭壇の間――
そこには、奉られる存在であるとぐろを巻いた美しき白銀の鱗を持つ東洋の龍――ともいえる竜が、心地よくも"幸"という美味な宴に酔いしれていた。自らが保護する者たちが幸せそうに笑う姿、そして悩みながらも懸命に生きる姿に白銀の竜・プラティニアは心地よく悦に浸っていた時のことだった。
ぼんやりとした中に金色の光と共に現れた存在――
自身の楽しみを邪魔されたと不快に思ったプラティニアの前に現れた金色の髪をした女は特に悪びれることもなく語りかけてきた。
「こんにちは、白銀なる水の司竜」
「......金色の――"管理者"か。我は悦に浸っておった......それを邪魔する"出現"は、それほどに価値があるものであろうな?」
その言葉を聞いても、意に介す様子を見せずに管理者――レティーナは、微笑みを浮かべた後に、少し真面目な顔をして語りかけるように文言を呟いた。
「"これなる光景は偽であり、あなたが現の夢を見ているに過ぎぬモノ"」
「......!」
そんな一言を放った次の瞬間、自らが見ていた光景がまるで幻のようになっては泡のように消えていくことにプラティニアは呆然となった。
そして、目じりをあげてプラティニアはレティーナを睨む。
しかしレティーナはやはり意に介すことなく手元から何かを取り出す。
「こちらは宝玉『胡蝶』――。この宝玉は、力の優劣などが一切介在しない唯一無二の宝玉。今まであなたは、こちらの宝玉により現実でたゆたいながらも夢を得ている状態となっていたのです。それは、あなたほどのお力を持っていても、気付かれぬもの......ですが、その効果もちろん、あなたにのみ作用するにはうってつけであり、それ以外――......つまりは、この湖に住まう生命である"あなたの保護する種族たち"には眠りの効果を与えることができます。 ......勝手ながら、私が解除させていただきましたが」
宝玉『胡蝶』。
宝玉の類は知っているが、種類まではプラティニアも知らなかった。
故に自分がそのようなもので現の夢を見せられていたというのは、何よりも耐え難い自尊心を傷つけられる結果となった。
「礼を言うべき......であろうな。我の保護する者は無事か?......そして、その玉を仕掛けたものにも心当たりがあると......?」
揺らりとした水の中、それが荒れ狂うかのようなプラティニア自身の怒りの波長を感じ取ったレティーナは、手を掲げるとお引きなさいとだけ伝えてそれらを鎮めた。
「くっ......」
白銀のプラティニアと金のレティーナ――この世界において、その色位というものはそれほどの開きがあるのものだった。銀は金を超えることができない。
たとえ竜の中にあって、最強に近いプラティニアであってもそれに抗うことはできないものである。
「落ち着いてください。あなたの保護するものたち――1人は残念な結果となりましたが、それ以外の同種族の者たちはこの湖の中で眠りに包まれているのみで無事ですよ」
その言葉に安堵するプラティニアに、レティーナはさらに話を続けた。
「あなたが特に目をかけている人魚と人形族たちも、拉致されようとしたようですが、現在は"とある者"によって無事に保護がなされております」
「とある者......?」
「はい。私がこの世界へと招いた異世界の――タクトという"人間"です」
「人間......人の間?」
「......言い得て妙、ですね」
そう言って寂しそうな笑顔を浮かべるレティーナに、プラティニアは考えた。
管理者が別の世界から誰かを招くなど聞いたことがない。
自らを生み出した創造主ですらそれを禁じていたし、今現在はそのお方はいらっしゃらないが、管理者たちにもある意味で禁じ手となっていたはずだ。
しかし、この管理者はその禁じ手を切ってまで呼び寄せたというのだからプラティニアにとっては驚き以外の何物でもなかった。
「その人間とやらは、なんのために?」
「はい。迷宮を創造してもらうためです」
「......迷宮だと?」
聞いたことのない言葉だった。
その迷宮とやらについて詳しく聞いても、だ。
管理者の性格からしておそらくはこの世界にとって有用なるものと思うのだが、それを別の場所からわざわざ呼び寄せてまでさせる意味がプラティニアには理解ができなかった。
「異世界の――創造主もそうですが、私たちの側ではできない色々な発想の下で行なうことができる可能性......つまりは、そういうことです」
「......た、たしかに。なるほど、異世界のもたらす可能性か」
あのお方もそうだった。
いつも突拍子もないことを始めたりして、それが結果生きとし生ける者にどういうわけかうまく作用していた。そしてそれを嬉々として――まるで幼子のように喜ぶと、別の場所へ行って精一杯楽しむと言い残し旅立って往かれた。
それが今回呼び寄せたというその人間とやらも同じ可能性を感じてこの管理者は連れてきたのかとプラティニアは理解した。
「そうです。おそらくはここにくるでしょう。......そうですね、もしよければ、そのタクトがこちらに運び込んだ"賭け"というものをしてはみませんか?」
「賭け?......なんだそれは?」
その言葉に実はかくかくしかじかと伝えたレティーナに、ほうと感心したプラティニアは了承をした。どうせ、その人間とやらも他の人族と変わらぬだろうといった安易な考えで。
「賭けの内容ですが......もし、あなたの下に現れたタクトがあなたへ敵対したり、もしくはあなたが与える苦痛に弱音を吐いてくじけてしまった場合は、あなたの勝ちとしましょう。......賭けの賞品は――そうですね、この世界の生きとし生ける希少族をこの湖の周辺へと集め、あなたにそれらの管理権を贈呈しましょう。今は私のみしか"管理者"がいませんし、楽にもなりますから」
楽になるとは、何を考えているのだとプラティニアは疑問に思うのだが、あえて別のことを問いかける。
「良いのか?そのようなことを言って......。そんなことをすれば、我は世界中に大洪水を起こして気にかけておる種族以外はみな、100年ほど前のようになるかもしれんぞ?」
「構いません。ただ、私の勝ちとなった場合はどうか彼の行なうであろう謝罪を受け入れた上で、迷宮創造のために協力をしてあげてください」
そう言うとレティーナという管理者は、プラティニアへと笑顔を向けた。
この管理者もそうだが、どいつもこいつも管理者と言う連中は笑顔ばかりを浮かべる気がすると、プラティニアは思う。
しかし今は関係ないかと、不敵な笑みを見せるとよかろうと伝えて管理者との賭けを了承したのだった。
* * * * *
「――と、いったことがあった。ちなみにあの管理者は宝玉を回収した上で、その宝玉を持ち去ったものに、罰を与えるといっておったな」
プラティニアへの謝罪の日から目覚めて見れば1週間後――
馬車で目覚め、そこから出た俺が見た空間は超広大な祭壇の間だった。
今が昼か夜かは知らないが俺は、そんな事情を語りかけたプラティニアへ背を向けるようにして聞いている。前置きとしてあれは実は賭けだったのだというネタ晴らしによる憤慨を態度で示す形で、だ。
アレだけ酷い目にあった出来事が、ただの賭けの上だというのは納得ができない。
「タクトよ、そろそろ我を許してはくれんか。お前の気持ち、我は人間というお前のその想像以上の気持ちに誇りに持つに至ったのだ......だから――」
「――だからって、俺の覚悟をまるで観戦するかのようなその態度は看過できるもんじゃないぞ。いくら、好きなドラゴンであったもだ!」
俺の言葉を、目の前にいる青い顔をして見上げるジャックスがおい、てめぇ!と言いながらも叫ぶように言ってくる。
「バ......てめぇは誰を相手にそんな態度を! さっさと謝りやがらねぇと、こ、殺されるぞ..................俺らも!」
自分の心配してるのか、と俺はため息とともに振り返る。
「いいか? プラティニア。あんたがドラゴンだから今回は許すけど、本当なら――例えば、ジャックスだったら4649回ほど殺してもまだ足りないんだぞ!」
「どんだけ安いんだよ!俺の命!」
さっきまでの厳かで、俺にとっては初めてとなる恐怖の先となるモノを体験した場面と違うそんなやり取りにジャックス以外の周囲もまるで『まぁ、タクトだし』的な何かを感じるが、それって失礼じゃないだろうか。
ちなみにここにある馬車とともに仲間達はあの後、プラティニアの招待で呼び寄せたらしい。しかも、前日にそれぞれの夢へとプラティニア自身が現れて今回の賭けについて協力をと呼びかけを行い、また再び『タクトなら』という意味不明な全会一致で了承されたという。
あの時、送り出したシーアの発動前の呟きは、恐らく謝りだったのかもと考えるとまぁ謝ってはくれたしと俺は許す気持ちでいた。調子に乗りそうなジャックスは許さないけど。
すでに目覚めていたプラティニアは、本来、ここに呼び寄せての賭けをするために水中にあるはずのこの場の水を抜いていたということらしいが、結局は
楽しそうだと湖に出現したということだった。
「......ふぅ。なんとも、管理者が連れて来た人間は面倒なものだ」
「それをあんたが言うなよ!」
そんなやり取りをする中で、さっきまで俺にごめんなのだごめんなのだと言っていたシーアは、いつの間にかプラティニアの傍に寄っては甘えるようにしてじゃれついていた。
プラティニアもまるで可愛い娘に接するかのようにして、そんなシーアを暖かい目で見守っていていたが、そのままこちらを向いて話しかけてきた。
「何はともあれだ。こうしてこの子とあのリリィの一族が無事にここへと連れ帰ってくれたこと、我は嬉しく思う。改めて礼を言おう、タクトなる人間よ」
「......まぁそれは俺の目的における取引交渉をしやすいっていう手でもあるためのものだからさ、気にしないでくれ」
「ふふふ、......目的のため、か。臆すこともなく真っ正直にそこまで語れる奴がいるとはな」
そう言うと、続けてそうだったと何やらプラティニアは俺へ質問を投げかけてきた。
「そういえば、あの管理者が言っていた。お前から見て、我は固いか?」
話し方かなと思った俺は、まぁたしかに固いなと答えた。
「そうか......。ならば、お前の脳から我自身が感じるであろう柔らかいとする写象といったものを拝借したいのだが、頼まれてくれぬか?」
「軽い......写象といったもの......か」
「ああ。何、特にお前が負担となることはない。ただその――姿や声、そして性格を写し取って我がその姿と性格になるだけだ」
まぁ負担がなければ、俺としては別にいいがと俺は了承した。
「それでは少し、水でお前の頭を囲う」
と、一言告げられたので俺は目一杯息を吸うと頷いて了承した。
やがて、水が俺を取り囲むように現れると、何やら頭の辺りがかゆいというかそんな感じがした。そして少し経った頃にどうやらイメージが決まったらしいようで水の囲いも霧となって消え去った。
「よし、では変わるか......ほう......これはいいな!」
なんか良いイメージを見つけたようで、興奮している気がした。
一体、どんな感じになるのだろうか?
知り合いで言えば、竜爺のように......イメージから言えば老婆かなと考えていると決まったらしく、これだと言った瞬間――
プラティニアの周囲に光が放たれる。
そして、その超巨体な龍体とも言える体がどんどん縮んでいった。
しばらくするとその大きさは、だいたい140から145cmくらいで止まったために、やっぱり老婆くらいになるのかなと思っていると光が序々に収まっていき、やがてその"変身"した姿が現れた。
「............................................................え?」
俺......いや......俺たちは、全員そんな表情で固まることになる。
その呆気に取られる"変身した姿"を下から順に見ていくと――
細い足の先には、可愛めの小さい蛇がデザインされたポイントがついている靴を履き、その太腿には濃い色のハイソックスが身につけられていた。
プリっとしたお尻に身につけたスカートは、フリフリの――いわゆる中にレースがあるタイプのスカートを身に着け、発展途上間違いなしという上半身には上着というか......ショールのようなものが身につけられており、丈が長く太ももくらいまであるので、まるでマントに見えた。
内側に着た洋服は、大きなリボンが胸元に飾られていてまるで制服のようなデザインがされたものを着ていた。
手には、蛇が2つの蛇でハートの形となったものが、先端についているマジカルステッキとでもいいそうなものを持っており、髪は白銀でつやつやしているが髪の量によるボリュームがすごくあって、それをポニーテールのようにして後ろで蛇が絡み合ったかのようなアクセサリーで括られている。
総評して該当するのは、オタクの友達がある番組を差して『これ面白いよ』と薦められたために一度だけ見たことがある魔法少女モノのアニメ――
その名も『魔法少女まじかる☆すねーく』の主人公の少女・プラチィの姿をしていたのだった。
よりにもよってそれかよ!という俺の突っ込みは、その格差が生じる衝撃によって何も言うことができずにただただ固まっているのみである。
そんなプラティニアは自らの格好でどこかおかしいところはないかと見回しているが、一通りチェックをすると、ステッキを振って決めポーズである『ブイサインを水平にして涙袋のところに当てる』という格好で話しかけてきた。
「ニョロっと変身~☆ ねぇねぇ、どうどう~☆」
は、話し方も声も、きゃぴきゃぴになってしまい語尾がなんとなく星の記号がつけられているかのようなそんなイメージすら与えるかのような大分残念な結果がそこに現れていた。
あの......あの厳かで、ドラゴン大好きの俺が感激するほどの強大さや威厳といったものがもう色々と残念な形となって何もかもを壊してしまっていた。
あまりの衝撃に俺は、『orz』的な格好でがっくりと項垂れるのは仕方がないことであろう。
亜空間の俺の部屋で、そういうチョイスのマンガやゲーム(エロナの服は似ているがここまでキャピキャピじゃない)がなかったため、そんな俺の部屋に入ったことのある4人ですらも、ただ呆然とした様子でいた。
そのあまりの劇変ぶりにしばらくの間、俺たちは固まるしかなかった。




