第24層「大人の務め」
「......」
「ひそひそひそ」
「......」
「ひそひそひそひそひそ」
本当になんだというのだ。
今の俺の心にはそんな思いが宿っていた。
まぁ、自業自得なわけだけど。
こうなった経緯は、あの戦いから目覚めた翌日――つまり今朝のことだ。
目覚めたばかりの俺は、訪れたアラーネの頼みを聞くことになる。
それは、魔力暴走の気に犯されつつあるということで、未だ眠気でぼーっとしながら下腹部へ口をつけてそれを抑えていた時に、クリアムとともにいたレムが俺を起こすためにと俺の部屋に訪れた。
キャーの悲鳴とともに、なぜか俺ビンタ。
俺、完全に起床。
そして、次だ。
毎朝俺は、押し付け取引のトラウマ克服のためにティニの乳搾りをする日課を送るようになっていた。そこへレムが現れて――
............以下略!
「はぁ~~~......」
まぁ、気持ちは分かる。
あの場で仕方がなかったとはいえ他人の胸を吸っているなんてそりゃもうなんだあの変態はって思うのは。だが、コップにわざわざ移して飲むよりも直接飲んだ方が効果的だったし何より、俺の血はどんどん減っていくのだ。
そりゃ必死にもなるってものだ。
だが、そんな言い訳が通じるはずもなく。
まぁ、まともな人が一連のことを見れば、どう考えても変態に映るだろう。
だけど知っているかい?
これでもまだ、童貞なんだぜ?
こんな冗談を言えればどれだけ救いがあるか。
そんなわけで、レムから紅葉2枚を彩られた俺は、なぜか罰だと朝から炊き出しの手伝いをさせられるハメとなるのだが、如何せん住民の女性も光景を見ていたり、その女性が広めたのか俺の噂を聞きつけては俺を見て、ひそひそと煩わしいことこの上ない結果に陥っているのであった。
炊き出しというのは、主に労働者層で家が倒壊してしまったものや強盗に押し入れられたことによって食べ物がなくなったもの、またオークによる襲撃を受けて親を亡くした子供などへ提供するというクリアムの名を借りた慈善事業だ。
中央大陸にあるという迷宮で手に入れた『テント』という魔法道具を宣伝しては倒壊して家のない人に提供したのも、もちろんそういう狙いからである。
炊き出しで出している食事も迷宮で取れたものを使っているとか、木材を切るための斧なども迷宮で手に入れた魔法の武器だとここぞとばかりに宣伝した結果、傭兵達は知らなかったようで、機会があれば挑戦してみると息巻いていたことに俺としては『まいどありー』という心境だった。
さて復興自体は、仲間達の尽力もあってもうすでに今朝からうちらの援助で提供された馬車の中に転移陣用に詰められていた木材や、望みのまま的食料を供給することで、建築系の職に就く住民たちにより今朝から始められた。
畜生と呼ばれる人族の大半もそれの手伝いをするということで、頼んでみたそうだが、わりと難色を示していたとデニアらの報告があった。
"誰のおかげで戦法"をすることでしぶしぶ納得していた感じを見れば、あんなイベントがあったにも拘らず、まだ問題の根は深そうだなという思いがした。
ここから見える今も、傭兵たちが炊き出すほうは住民達で混んでいるのだが、畜生と呼ばれる少年少女たちの列には、ぽつぽつとしか並んでいない光景を見れば一目瞭然だ。
あとは彼らにとってのワンクッションが何かあればいいんだが......。
ちなみに、俺の列に並ぶものは皆無である。
変態で有名になった俺は女性の敵であり、嫉妬と言う意味では男の敵でもあるらしい。
男に関しては、羨ましそうでいて敵意剥き出しって感じで見られていたから仕方がないかもしれない。
そんな俺のところへ物好きにも誰かが集団でやってきた。
顔をあげて毎度~ともうヤケとなった口調で話しかけると、そこには1人だけ前に出た男がいた。格好を見るに、白い――のが薄汚れたようなゆったりとしたローブを身に纏った40代前半といえるひょろひょろとした姿で俺へなぜか笑顔を向けていた。
どことなく、その纏う空気がソウリョとシスターに似ている気がする。
「おはようございます。あなたが、クリアム君を導いたという傭兵の方ですか?」
「導いた?......いや、別に――」
「クリアム君から聞かせていただきました。あんちゃんが~あんちゃんなら~あんちゃんは......と、です」
クリアム、後で泣かす!
俺はため息をついて、それであんたはどちらさんと問いかけた。
「これは失礼をいたしました。それにこのような格好で申し訳ない。私は、この町の教会に勤める共存宗派に属するエメリケと申します」
そう言った直後に指をご焼香の時のように摘むと、額に当てて礼をして後ろに控えていた同じ格好の男女の人たちも同じように礼をしてきた。
その行為を見るに......宗教系か?
関わりたくないなと思いながらも、それでそのエメリケさんがどのような用でと聞くと彼は実はと話始めた。
「......そうですね。まずは我々のことを説明をさせていただきますと、我々は宗教信仰をしている者です。そしてその宗教は、主に2つの宗派に分かれており、魔王なるものが死を与えた者たち......そのほとんどが、主に身分制度における支配層固辞を掲げる宗派――我らは現主宗派と呼んでいるのですが、それが1つ。......もう1つがそれらを否定し、生きとし生けるもののみなが身分信仰といった愚かな行いをすることなく平等に生きることを教えとする、我ら共存宗派があるのです」
現主宗派に共存宗派ね。
じゃあの時晒した大司教とかも現主宗派のボスだったってことか。
同じ宗教であっても、ああいうのとこういうのとで分かれるんだなと思った。
「我らは、圧倒的なまでに宗派としての力がなかったこともあってか、何かあればすぐに教会地下の解毒の間と呼ばれる――あなた方でいえば監獄に近い場所に閉じ込められておりました」
「そこに篭って、毒――つまりは身分を善とする考えに改めれば出られるとかそういうのか?」
「おっしゃる通りです」
あちらの世界の昔だったか、どっかの国で魔女裁判とかそういうのもあったくらいだからまだ閉じ込められるだけマシとも言えそうだが......こうしてみると、薄汚れたローブのひょろひょろっとした体は、栄養不足のためかガリガリといっても差し支えないほどの体格なので、食事も満足に取らせてもらえなかったんだと思うとそれなりに不憫だなと思った。
「今ここにいるってことはそこから救い出されたってことだよな、それで?」
「はい。商国長不在であり、現主宗派の方々があのようになってしまった折に広場の片付けをしようとしていた矢先にいつの間にか掲げられた十字型の木枠にそれらが晒されていて、それぞれの遺体の頭にこのようなものが張られていたそうです」
俺は渡されたそれを受け取るも、すでにそれもジャックスが突き止めたいわゆる"悪どい証拠"となる書類の紙片なので、適当に読むフリをして返した。
「ひどいなこりゃ......(棒読み)」
「? ......はい。また、これらの証拠からもしやと今朝方になって執務室へと査察部隊が踏み込みあらゆる証拠を集めたことでこの町の長たるあの方も断罪されるべき者となりました」
俺が執務室で見たものは全て、コピー用紙を魔道具させた『複写紙』という魔法の紙で、全て写し取ったのでそれらは元の位置に戻しておいたのだ。
狙いはこの町に住むものが自らそれを知って、対処させるという謀なのは言うまでもない。
「北西の町と共謀し、希少族を狙った上でそれらによって北の国、南の国の再興という愚かな歴史を反省しないというものにはさすがに我々も愚かと思わざるを得ません」
――そう
北西、南西の町の長の狙いは、希少族を使ってよその町を脅した上で支配した上で新たに北の国、南の国を再興させることにあったようだ。
守り神の呪い《プラティニアン・カーズ》は、希少族を攫うと発動する呪いである。それとティニから聞いた『奴隷紋をつけた希少族』を連れ歩くメリットというのはつまり――こう解釈もできると気付いた。
発動するはずの呪いが発動せずに、希少族に奴隷紋を刻んだ上に連れ歩くことが出来る――つまり、バックに100年前の洪水を起こして簡単に国を滅ぼした水竜がいる。と言う風に解釈ができるというものだった。
そりゃ、あの中央大陸のバカ息子の親も望みのものをなんでもくれるはずだと資料や書類を見て改めて思った。
しかし、報告書を見る限り遅々として進んでいない様子に、もしや裏切ったかと兵站を整えて俺らが到着する前日に出発したということだった。
気が早いというかなんというか......。
まぁそれを考えれば、ルート的に俺らと鉢合わせになると思うのだがと考えた時に、侵攻ルートがご丁寧にも残されていたことで、どうやら湖経由で進んで側面から攻め寄せようとしていることを理解するに至った。
「そんなわけで、今不在のあの商国長の断罪はまず間違いないものとなり、もうこの町に支配者はいないこととなります。魔王なるものによってそれらの資格ある者たちが死に絶えてしまいましたので」
「それで?」
「それで、なのですが......もしよければ、あな「断わる」た......え?」
俺はため息をつくと、頭を掻いて答えた。
「なんで1傭兵である俺が、そんなことをしなきゃならない?......ただあいつを導くのに協力したってだけだし、やるんならよそ者の俺らじゃなくて、あんたらがやればいい」
「いえ、しかし――」
俺は頭の中であの連中のあることを連想して、苦虫を噛む思いで答えていく。
「ま、おおよその見当はつくよ。どうせ、あの婆さんやらクリアムやら他の区画のおっさんどもが一丸となって俺にまかせるとでも言ったんだろ?......だが、その手には乗らんぞ! それにな――」
そうして俺は一度息を吐くと再び話し始めた。
「現状は圧倒的に不利だというあんたらの宗派だと、きっと受け入れてもらえないと、そのためにここは第三者がっていうのも思惑もあるんだろう。だけどな、あんたらが踏ん張らないで、あいつらが身分って呪縛から解き放たれる日が来るのか? ......一応、あんたらは道を示すべき"大人"だろ?」
「大人......?」
「あれを見ろよ」
俺はその言葉とともに、顎を刳ってそちらへ視線を促した。
続くように神官たちが視線を移した。
そこには、例え並ばれなくとも額に汗を浮かべながら懸命に食事の準備をする少年少女の姿があった。
「あれを見て、お前らは何も感じないのか? ......他人に縋って、ああいうのも助けてくれと、お前らはそういいたいのか? ......いい年した大人がさ」
「......」
俺の指摘にそれぞれが痛ましいような表情をして口を閉ざしていた。
その光景を見てため息を吐いて言葉を続ける。
「......俺はな、クリアムにこう言った。"冷静にならなきゃいけない時こそ、子供という時を忘れて、大人になって相手のことをよく見ろよ"ってな......ちょっと違うかもしれないけど、まぁそんなことを言ったと思う。その結果、あいつは巨大オークの1匹をも殺して手柄を立てたし、多くの住民を守ることができた。......だが、現状じゃそれらも認められることもそう多くはない......未だ身分だのなんだのと騒ぐ連中がいて、ああいう空しい場面ってのはいくらでもあるんだ。そんな時に、お前らが立ち上がって守ってやらないで、誰があいつらを救ってやれるんだって話だ」
「......」
「共存宗派っていうご立派な信仰とやらを掲げるんなら、まずはお前らでなんとかしろよ......ていうか、そんな面倒なことを傭兵ごときに振ってくるなよ」
「ひそひそひそひそ(変態......ねぇ~......なのよ)」
「......」
「ひそひそひそひそ(あれかしら......だと、勘違いしているのかしら)」
「だあああああああああああ!!!」
俺はいきなり炊き出し用のテーブルを叩くと、周囲でひそひそ話していた女の住民がキャーー変態が暴れるわーと言いながら逃げていった。
「コ、コホン............ま、今みたいに少なくとも女性に変態と思われている俺じゃ無理な話だ。......とにかく、この町のことはあんたらにまかせるからあいつらを大事にしてやってくれって......俺も何を言ってるんだか」
まるでこの町のご意見番みたいな発言をする自分に呆れて、頭を掻いてため息をつく。
「......分かりました。今回の件は、しっかりと我々で対処しようと思います。変な申し出をしてしまい、申し訳ありませんでした」
そうして頭を下げてくるメルケル(?)さんに、俺はああそうだと伝える。
「今は住民の生活の建て直しが大事だからさ、しばらくはそれを"じっくり"とやって、その後に改めて他の町への報告とかのほうが"おすすめ"だ。明日にでも、俺らはお暇するから。そこんとこしっかりな、メルケルさん」
俺の言葉にはてと言う風に頭を傾げるメルケル(?)さんは、何か感じ取ったのか満面の笑みを浮かべて分かりましたと言って一言こう呟いた。
「ご忠告感謝いたします。そして、私の名はエメリケです」
と、そういい残して礼をして去っていった。
その進路は、どうやら炊き出しで並ばれないことに落ち込んでいる少年少女の下の様だ。
俺はその光景に思わず頬が緩んでしまうが、後ろからの気配に気付いてくだらないことを呟いてごまかした。
「......メルケルもエメリケもそこまで変わらないんじゃないかと思うんだが、どう思う? アベさん」
ふとテントの裏に控えてこちらに近づいてきたアベさんに聞くが、ガウ?と返されたので、なんでもないよと返して問いかけた。
「それで、どうだった?捕まえた頭は」
「ガウガウ」
アベさんが何かの紙片を渡してきたので、それを受け取って読んでいく。
ふむふむ、なるほど。
......こういう展開で見得を張りたいのか。ま、そうは問屋が卸さないけど。
それに、はっきり言って『オーク』を舐めすぎだ。
「ありがと、アベさん。......本来であればこういうことは、俺の力で簡単に吐かせることもできるんだけど......ここまでの騒動を起こして死者も結構な数を出したんだ。その罰は与えないとな。......ジャックスに引き続き、"壊れない程度"にがんばれと伝えといてくれ」
「ガウ!」
シュタと熊手を挙げて、アベさんはテントの内側の"部屋"へと入っていった。
無論、迷宮化されているのは言うまでもない。
さて、現状でこの町の長どもが向かった湖までの距離というのは、ここから急いだとしても、湖までは5日ほどかかるらしい。
俺らは、今日で4日目になるから、奴らはあと1日で湖だと思う。
それなのになんでこんなにまったりしているのかというと、追いつける手段があるからだ。
その手段とは、湖に住んでいたシーアその人である。
『水送――《アクエリア・ルート》』という希少人魚族独自の技があるそうで、それによって水場から、自分が記憶する水場となるエリアへ転移することができるというもので、この町からなら、噴水と湖とでそのルートを繋げられるということだった。
シーアは今、その技を使うための儀式をしている最中である。
その護衛としてオーリエとティニとリリィがなぜかついて行っていた。
ちなみに技を聴いた瞬間、なるほど水竜が自ら住まう湖の中で"直接"保護をするわけだと納得ができた。
今のアベさんからの紙片から得られた情報と今後の予定を考えると、どうやら迷宮を開くために来ただけという俺の苦労もようやく報われる展開へと持っていけそうだと思った。
さてさて、どうやって奴らを苦しめた後に責任を取らせるかと俺は人のこない炊き出しテーブルへ肘をついて、考えをまとめながらも日がな一日ぼーっと過ごすのだった。




