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第22層「防衛戦、怪我の功名」

 ――グシャ!


 クキュォォォーーという声とともに剣の一撃によって倒れたネズミオーク。


 他にこないかと辺りに警戒を払いつつも俺は、一息つくため剣にべっとりと付着した赤い血を振って落とすと、額から流れる汗を震える腕で乱暴に拭った。


 そして、後方で住民がこちらを見ていないことを確認しながらポーチから魔力切れしそうな水精石付水筒をコップを使わずにそのままガブ飲みをした。

 体に染み渡る潤いを感じるが、それで溜まった疲労が解消することもない。

 ポーチに水筒を戻し、愚痴のように出る言葉も抑えられずに呟く。


「ハァ......ハァ......どんくらい経ったんだ?......おえっぷ......くそっ」


 汗もそうだが......震えも持続し、吐き気も起こる中で溜まる疲労というのは、相当辛いものなんだなと苦笑をする思いだった。


 上を見上げて中天に日が指しかかるのを確認するに、今は昼くらいか。


 確かやりはじめがあそこらへんに日があったし、だいたい4時間ほどはぶっ通しで戦っているはずだとそれ以上を考えるのをやめることにする。


 なんせ、俺はまだマシなほうだから。

 俺なんかに比べ、ここから400mほど先に見える防衛の最前線となっている噴水周辺に比べたら大物が襲ってこないここは数さえこなせばいいのだ。


 自分の性を餌にして戦っている水場のスペシャリスト・人魚のシーア。

 そして、休憩ありでフォロー役に徹しているデニアの2人には本当に頭が下がる思いだ。


 そして、100m前方では前線でジャックスと、オーリエが陣取っている。


 ジャックスは器用に短剣を使っては野犬サイズの狼オークとか、デフォルト状態の豚オークの軍勢を相手に今も戦いに明け暮れる狼男然として勇敢に戦っている様子が伺える。


 オーリエは、以前エウレシアの最北端の町にいった時に購入した武器を全て渡した上でそれらを駆使して戦っている。彼女の強すぎる力に耐えられなかったため、この4時間で残すところは今装備している弓と短剣のみだが。


 そして、俺たち魔王組3人はというとすぐ後ろに後退する避難民を背に、主に小さくて数が多いオークたちを相手にしていた。俺の武器は、アラーネも交えて迷宮攻略した時に手に入れた『Doの剣+(ジャックスの動作記憶付)』だ。


 あの時からここに至るまで、長い間封印していたそれで今は戦っている。

 これのおかげで避ける、守る以外はずぶの素人である俺でもジャックスの動きを覚えたDoの剣+によって戦うことができている。


 問題は銅製のために強度不安はあるが、ジャックスの動作はいかにスマートにって感じなのでオーリエのような力強さはない分マシかなと思う。代わりに、複数回の攻撃が必要なので、スタミナの消費が半端ないことだけど。


 アラーネは、見えない糸を駆使してはうまく手元に釣り上げて、後方の避難民に分からないように首とかをキュっとして殺しているし、ティニは体力回復用にミルクキャンディ係をお願いしている。


 ただ、そのキャンディも一度に何度も服用すると効果がないのか、段々疲労が取れたという実感は薄れていっているので、今は後方で頑張って逃げている住民たちへ送ってもらっていた。


 今は、こんな感じで三段構えの陣形で事に当たっている。

 こういうのをろ過装置で言えば大きなゴミはシーアとデニア、網にぎりぎり通らないくらいのゴミをジャックスとオーリエ、そして微生物を相手にするのが俺たちと言えば分かりやすいか。


 ともかく、そんな感じで4時間ほどの守りながらの戦い通しは辛かったし、今クエスト的な作戦の大事な部分が今なおも難航していることに現状は若干憤りを感じている。


 俺の言葉が効いたのか、ある程度の士気は持って移動をしているようだったのだが、結局はそれだけで、遅々として後方の進みが芳しくない。


 1つの大きな町に暮らす全住民の長蛇の列という規模は、昔の歴史にあるような有名な撤退戦のようにはいかないものだなと改めて思う。


 さすがに一喝で10万の敵を足止めする技能なんてのはあるわけがないし、どうすると考えていたところで再び、念話による報告がきた。


("あ、あんちゃん!あの......クリアムだけど......そ、その......ご、ごめん!先頭から6列目くらいで、住民が次々倒れちゃってケガした人もいて......!だ、だから......あの......")


 ドミノ倒しか。

 縦列避難における基本的な人災例だっけ?

 なんかどっかで読んだことがある。


 それに、先ほどの報告(体調を崩した老人を列から出して用意された荷車へ寝かせるために移動を止めるというもの)で、俺がついつい苛立ちを持った対応をしたことが原因か、先ほどとは違い、かなり気まずい様子で報告をしてきた。


 その様子に何をしているんだと俺は深呼吸をしては、襲ってくるオークたちを相手に剣を振るいながらも念話で返した。


("落ち着け、クリアム。さっきは悪かった。......ゆっくりでいいから、落ち着いて行動してくれ......")


 今度はなるべく丁寧さを心がけながら返答をした。


("だ、だけど......あんちゃんは大丈夫なのか?")


("俺なんて全然だ。最前線と前線でひたすら戦っている仲間に比べたらな")


 俺の言葉にしばらく黙っていたが、クリアムは強い口調で返してきた。


("そ、そんなことないよ!俺は知ってるよ、あんちゃん色々無理してるのに歯を食いしばって戦ってるの!俺、あんちゃんみたいになりたいからって、ずっとあんちゃんを見てたけど――")


("それはやめとけ......。お前みたいな光は俺になっちゃだめだ")


("あんちゃん......")


("お前は光を歩め。んで、俺が間違っているって思ったら俺と敵対すればいい。俺は迷宮にいる!......なんたって、迷宮の魔王だしな!フハハハ............なんつってっ!")


 そして、俺は報告了解と労いの言葉をかけて念話を閉じてDoの剣+でオークを斬り裁いた。


 先ほどに比べて何やら心が軽くなっている気がする。

 誰かと話すだけで、なんつってとか気を抜いた言葉を吐いただけで、結構リフレッシュするもんだなと思った俺は、頬を叩いて念話中に溜まってしまったオークどもを打ち倒すことにした。




 その後、しばらく戦いに集中するがいたるところで被害が出ていた。

 大きなところでは列の横に位置する場所で護衛の役となっている傭兵たちだ。


 オークどもはゲームと違って、"規則正しく"襲ってきたりはしない。

 突然"飛んで"きたり、忍び寄ってきたり、擬態して近づいた瞬間に襲ってきたりと本当に気が抜けない中でやはり警戒をしていても負傷を受けたりしてしまうものだ。


 そのため、それらの襲撃で酷い被害を受けた場合は、護衛で頑張ってもらっていることもあるので俺たちの手持ちポーションで対応をしているんだが......。


 戦闘の合間にポーチの中を見る。


「やばいな......もう、手持ちがなくなってきた」


「............私ももうない」


「迷宮主様、このままでは......ですの」


「どうするか......」


 2人に確認して、2人の手持ちも少ないことと今の進捗でだいたい4分の2ほど進んだという結果を判断するに、住民達の限界による暴走もいよいよ危うくなってきたかに見えた時最前線のことを思い出して忙しい中だろうが、少し声をかけてみる。


("シーア?")


("あ、こちらシーアなのだー!......こっちは、問題ないのだー!")


 そんなシーアの能天気というか活発そうな声に俺は、なんていうか微妙な気持ちになった。


("......元気そうだな、シーア。デニアも無事なんだろうな?")


("デニアには今、ちょっと休憩してもらってるのだ!あたしは水があれば――あ......あれ? なのだ")


 と、いきなり声が変わったのを受けて俺はまさかと問い返した。


("噴水の水が............止まっちったのだ!!")


("おい~~!......はぁ~......さすがに、その状態じゃあれだよな?")


("......面目ないのだ!")


 とすれば、俺が持つ水精石を届けるために前線を押し上げるしかないかと俺は念話が聞こえていたらしいジャックスたちに視線を送る。


 しかし最悪はここまで重なるものかという思いだ。


 後方の護衛役を努めている俺たちが前進してここから離れれば、後方が一気に危うくなる。


 何かいい手はないかとじっとりと流れる汗を拭っていると、軽い足音とともに脇道から老婆が連れと思われるボロイ格好4人とともに現れた。


 その格好は、老婆以外は何やら赤い血が所々についていて武器――刀にもそれらが付着していることを考えればどうやら彼等も裏で戦いをしていたことが窺い知れた。


 どこに行ってたんだろうと気にはなっていたけど。


「......こりゃ、まだまだかかりそうさね。おっと?何やら急いでそうな顔色しているけど、何かあったんだねぇ?」


「まあな。......実は――」


 そして俺は、事情を伝えた。


「そうかい。なら、ここはあたしらにまかせて、前にいくさね」


「いや、でも――」


 と、反論を言おうとしたその時気が抜けていたこともあったのか4匹くらいのネズミオークが俺の横をかけてアラーネへと襲い掛かった。


 まずいと思って俺は武器でそいつらを斬り払おうとしたのだが、なぜか4匹はいきなり挙動がおかしくなった後に、ズザーっと地面に崩れ落ちて動かなくなった。


「あ、アラーネ?いつの間に......」


「(フルフル)......私じゃない」


 首を横に振って否定するアラーネに、じゃあ誰がと視線を老婆の方に向けるとそこには斬り裂いたというかのような構えをした老婆がいたのだった。


 いや、構えを取る武器といっても杖にしているらしいその木の棒しか見えないので、殴打でもしたにしか思えないのだが......殴打のみで?と疑問が残る。


「ま、ちゃあんと滅してるさね」


 俺を見て、疑問に答える老婆にもう一度問いかける。


「ここは小物が溢れるほどに襲撃をかけてくる......やれるか?婆さん」


「安心おし。この4人もあたしが面倒見てる"弟子"だし、お前さんらよりは充分強いからねぇ」


 と、言いながら糸目のそれを片目だけ開かれた目を見た俺はゾクっとなった。


 その言葉に偽りなどないかのようなあの出会った頃に感じた威圧感に俺は頷いて答えた。


「分かった。じゃ、ここを頼むよ。......俺たちは前線を押し上げて――っと!......ふっ!」


 会話中に飛び込む鳥オークを斬り捨てて、警戒を解かずに再び話し出す。


「......前線を押し上げて、仲間たちをフォローしてくる」


「ああ、......任されたよ」


 老婆の頷きに俺は頷いて答えると、3人へ声をかけて一路俺たちは噴水前まで戦線を押し上げるために移動を始めた。




 噴水に辿り着くと確かに噴水は止まっているようで、水の力で攻撃をするシーアもヒレで自力立ちしているくらいにギリギリといったところだった。


 周辺ではシーアの負担を減らすべく、デニアが汗を流しながらも戦斧で必死に戦っている。


 周辺は相当な数のオークどもがいたので、俺たちは斬り捨てながらも進むこととなった。


「シーア!デニア!」


「あ、タクトなのだ!」


 今も槍で襲い掛かるものたちを倒しながら、こちらに笑顔を向けるその姿に本当に誰かさんのようだと思ってしまう。


「おい、さっさとしやがれ!」


 入れ替わる形で後ろについてフォローをするジャックスに促される形で俺はポーチからありったけの水精石を取り出すと、手分けして次々と噴水へと投げ込んでいった。


 功を奏したそれらの水精石たちによって、噴水は元のように水を溜めていったことで気を抜いてしまったことで俺は目の前に迫ったそれなりの大きさを持つ鳥オークの鉤爪を食らってしまった。


 咄嗟に避けたが、左腕を肘先まで裂かれた俺は後方へ逃れるように移動すると、気付いたシーアによって鳥オークは水の槍で串刺しとなり息絶えた。


「ちっ......俺って奴は」


 そんな愚痴を吐きつつも、傷がどうかを見ながらポーチから最後と思われる緑ポーションを出す中で俺は思わず二度見をすることとなった。


「おい!ぼーっとしてねぇで、早くこの場を撤退するぞ!」


 ジャックスの言葉に、ああと気のない返事をするも違和感のあるその傷口を見るのみで俺は動かなかった。


 痺れを切らしたジャックスが、おい、タクトというのを手で押さえると俺はDoの剣で傷口を広げる。そして――


「おい、1匹でいい。ちょっと生け捕りにしろ!」


「ああ?どういう――」


「いいから早くしろ!ワンコロ野郎!酒を10分の1以下に減らすぞ!」


「......お前は悪魔か何かかよ」


 と言いながらも襲ってきた攻撃をうまくいなしてはオークを取り押さえてこちらに差し出したので、礼を言うと俺は自分の血をそいつへと垂らした。


 その結果に、ジャックスもやり取りを見ていたオーリエたちも疑問的な顔をしていた。




「いけるぞ......これで、オークを殲滅できる」


 ケガの功名――なんて言葉がここまで一致させることができるとは。


「シーア!」


「なんなの......だっ!」


 俺はシーアに話かけると、思いついた作戦を実行させるためにあることができるかを聞いてみた。


「それならちょっと辛いけど可能なのだ!......でも、本当に可能なのだ?」


「100%じゃないだろうが、おそらくは50%くらいでいけると思うぞ!」


 その言葉に、ヒャ......ヒャクパー?と疑問的になるがとにかく実行をさせるために全員に念話で話しかけることにした。


 決まれば、おそらくここへ襲撃をかけたオークを一網打尽にするその作戦はこうして開始されることとなった。

タクトの逃亡がうまくいかない例えは、

三国志の有名な逃亡戦「長坂の戦い」における

魏軍から劉備率いる農民が撤退する様を引用してます。

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