第21層「禁忌種、襲来」
南西の町。
この町には、東西南北の門構えがされていて警備兵と兵士が半数ずつで守備についている。
しかし、今はあることが原因でそこには人員を割かれていない。
いたとしてもそれは金という分かりやすい取引による依頼を受けた傭兵と、同じく金で取引を持ちかけられたのだが、町への愛町心という使命にかられ自ら志願した警備兵のみだけである。
そんな4つの門――中でも、人の出入りが最も激しい北の門にて警備についていた金に雇われた傭兵と金で取引がなされた警備兵たちは南から起こる歓声に目的がうまくいったようだなと互いに言葉はなくとも感じていた。
当初は信じられることではなかった、この作戦を持ちかけてきたある男の話に改めて乗ってよかったと思ったのだ。
自分たちはいわゆる金でしか縛られないものたちだというのは、充分理解している傭兵たちに、金で取引はしてもこの町、ここで生まれて志願して警備兵へと就いた住民は、互いが互いなりに感じていたこの町への愛着心という共通の意思によって結びついているというのをお互いが知ることはない。
身分的侮蔑行為――端的に言えば、身分にかこつけて人を人と思わないそれら教えを聞き、学び、触れたことで得た上で判断した悪しき風習への違和感は、この作戦に共通して乗ることを承諾するに至ったということもあり、知ることはないが知ることがないなりにお互いの今の立場に何かしらの連帯感を感じていた。
そんな2つの勢力は、歓声が聞こえたことにより作戦終了かという余韻を互いが互い同士で感じている――矢先のことだった。
――ドゴオオオオオン!!
町全体が揺れているのかという衝撃が突如として起こった。
それは立っていられないものとなり、男達へと伝わって倒れるものも現れるほどのものだった。
「お、おい。今門が揺れたよな......?いや、町か?」
「わ、わからねぇ......。だが、今のはこの町全体だし......ともかくほうこ――」
――ゴォォォン!......ズズーン
傭兵同士のやり取りの最中に遮られるように起こった門への攻撃の音とともに、門が崩れ落ちる音が聞こえた。
そして――
「な......な......なんで」
そこにいたある存在は傭兵はおろか、警備兵達も驚きを隠せないかのようなものたちだった。
「に、逃げろ! ......町の中央にいるだろう奴らにも逃げろと報告しろおおお!誰でもいい!!!とにかく、にげろおおおおお!!」
先ほどまでの光景とは一辺した緊張を伴うやり取りで傭兵と警備兵何人かが、中央広場へ向けて駆け出していった。
「ちっ......まさかこんな奴らと対峙しようなんてよ......割に合わねーぜ」
「金でしか動かないお前らにこういうのもなんだが......その意見には同感だ」
「お前らも金で買収された口じゃねぇか!」
「へへへ、まぁ、安い給金でカミさん支えるのも大変だからな」
その場に残った2人の傭兵と警備兵は、そう言い合うとニヤリと笑い合って武器を構える。
「いいか、奴らに雌や女って部類のものを近づけるな!」
「......ああ、知っている。だからこそ、警備兵の中にいる性別が女ってものはみんな逃す手配をしておいた......やつらがいたら最悪だからな」
「ともかく、全てを討伐は無理だ。くそ......この作戦がなかったら今頃こっち側にいた奴らが全滅だったことを考えれば......この町の奴らはまさしく神の奇跡そのものだぜ」
そんなやり取りをして男達は動く。
金のために、この町のためにではない。
ここに住まうあらゆる生命から守るために。
* * * * *
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だから......そ、その......離してくれるとありがたい......」
さっきの唐突な衝撃と町を揺るがす――地震のような衝撃で倒れそうになった俺は、オーリエ、アラーネ、ティニの四方から支えられていた。
しかし............しかしだ。
背中にはオーリエ、左腕にはアラーネ、右腕にはティニという支えられた。
それはいいんだが......なんかのマンガで見たことがある妙なこけかたになったことによって、ダイレクトな感触が俺の両手と背中に伝わってくるのだった。
いわゆるラッキースケベというものを体験することとなった俺は、つかみやすいそれらから、急いで手をどけるとほんの数秒の余韻を感じた後に謝って立ち上がり、コホンとごまかした上で今のはなんだと探った。
「分からないヨ」
「凄く揺れましたの」
「............地震?」
地震にしちゃ、横に揺さぶられるかのような衝撃だったしあんな豪快な衝突音っぽいものが聞こえるわけもない。
と、今はそれどころじゃなかった。
俺は先ほど発見して衝撃で手を離してしまった羊皮紙を急いで拾うと、読んでいくことにした。さっき見つけた書類と合わせて読み込み一通り事情が分かったことで俺は紙から手を離して顔をあげて考えた。
なるほどな、と。
さらに自分の中で考えをまとめようとした時、突然ジャックスから急を要するかのような知らせが届いた。
("どうした?")
("てめぇも揺れを感じただろ?......襲撃だ、それも最悪種の......な")
呼びかけから事の重大さを感じた俺は、ポーチからそれぞれ移動用の魔道具『韋駄天・改』を3人に渡しながら応答する。
("最悪種?......なんだ、それは?")
渡し終えて取り付けて、3人に行くぞと声をかけて執務室から移動を始めた。
そして、ジャックスから移動中の間に状況と襲撃者に関して聞いたことに先ほど見つけた書類などを鑑みた結果――俺は、そういうことかと結論付けた。
("禁忌種『オーク』......?")
詳しく聞いてみると、それらは主に過去1000年の間に生み出されたという人族の生み出した最悪種というもので、害にしかならないこれらの種は生きとし生けるもの全ての敵だということらしい。
そして、禁忌種『オーク』――
こいつらは、禁忌種『害』という種別の中でも"性欲"を司っているそうだ。
ひたすら生きとし生けるあらゆるものの"雌"や"女"に分類される生命を犯す習性を持っているそうだ。
知性はなく、本能で生き、"雌"や"女"の匂いを嗅ぎ分けて見つけるとその異常な性欲と、異常な繁殖力、そして異常な成長力によって、種を仕込んだあらゆる"雌"や"女"の中を宿主にでもする寄生虫のように成長していくらしい。
そして、生まれた瞬間からまた周囲の雌へと種をつけていくということを繰り返していき、あっというまに増殖しては襲撃をしていくということだった。
特徴的には外見が、親――つまりは母体に影響を受けるそうだと言うことらしい。
("ネズミのオークとか......植物のオークとかもありえるってのか?")
("そういうことだ")
つまりはそういうことらしい。
こりゃ相当面倒な感じだと思った。
ちなみに雄や男は、と言えば自らと同姓ゆえか完全に敵愾心を持って襲撃をするらしい。そのため、生態系を完全に崩す禁忌種『オーク』は、害にしかならない人造種族として廃絶された後、世界で共通の当時の王たち同士でこれらを生み出したり、また因子として何かの魔法道具化、石にして所持することさえも禁止されることになったという歴史的背景があると聞いた。
ちなみに、8つの竜――地竜である竜爺や水竜であるプラティニアといった竜族も禁忌種に指定されているが、こちらは『害』ではなく、『非触』に分類されるというのが、歴史の初期から予め決められている禁忌種だということだ。
なので、俺が竜爺に接触した時にジャックスが考えていたのは、他国にばれたらどうするんだというものだったとのことらしい。
その禁忌種"害"の『オーク』が門を壊して、いきなり襲撃をしてきたそうだ。
話の流れから十中八九、この町の住民の女や馬といった雌を狙ってのことだろうと考えられる。
("俺もどういう手段でそれらを生み出すといったこととか、わからねぇし......そもそもなんで奴らがこんな町に――")
ジャックスのその言葉で、俺はふとあることを思いついた勢いで足を止めてしまう。
......知性がないのに、いきなりここへ?
("ジャックス!......もしかしたら......なんだけど......とにかく念には念をだ!......町の外を重点的に探ってみろ!")
("!......なるほど? こんなことをしやがった奴がすぐ近くにいるってぇことだな......え?......あ、いや――")
俺の言葉に奴も奴なりに気付いたらしい。
つまりいきなりここへ現れたということは、その近くにこんなことを仕出かした奴がいる可能性が高い。
そんなことを思っていると、ジャックスが突然焦った声を上げる。
("............タクト、だ、旦那が行ってくれるらしいぜ")
("ガウ")
("アベさんか......。ま、それなら俺も安心できるけど、アベさん、1つだけ頼むよ")
("ガウ?")
("頭目とかそれらしい奴だったら、生かしておいてくれ......出所を探りたいし何より............これら一連の出来事で残りの町への弱みを掴める")
("ガウ!")
まかせろという頼りがいのある相棒の言葉によろしくとだけ伝えた後に、再び走り出す俺たちへまたジャックスから念話が届いた。
("っと!......やべぇやべぇ......わりぃな、ちょっと立て込みそうだ。作戦なんかは悪いがクリアムのところへ行って聞いてくれ......奴を先頭に今は住民を避難誘導させているだろうぜ。んじゃな!")
("わかった、死ぬなよ")
("うまい酒が待ってるんだぜ、死ねるかよ")
そんなやり取りを終えて念話を切ると、先の作戦で位置を知るためにという目的で生命契約していたクリアムの位置を確認しながら足先を変えて移動した。
裏道などを使って移動した結果、丁度クリアムたちの前辺りに辿り着いた。
「よっ!勇者様!」
「あ、あんちゃん!」
まだ避難を始めて、そこまで時間が経っていないのでクリアム率いる避難民に合流ができた。しかし――
「こ、こりゃ......相当骨が折れそうだな......」
ぱっと見だけで分かった。
避難民たちの顔色が、誰も彼もが疲労の色を隠しきれない様子だったのだ。
丑三つ時――2時くらいからここまで休憩もなく避難に次ぐ避難となった現状、新たな脅威もあって満足な休養すらもない中での移動になるのだから、これから戦闘に参加する俺としても気持ちは分かる。
そんなこんなで作戦を聞くと、それはシンプルで現在襲撃をされているのは後方に集中しているそうだ。それというのも、ジャックスの入れ知恵で女性を後方より少し内側に配置したことが功を奏しているということだった。
なので、先頭であるこちらは主に男性が占めていることになるのだが、中には子供や老人といったものを優先しろという指示に反論しようとする輩もいるらしく避難をするものたちの士気のようなものも芳しくないらしい。
まぁ、先の作戦は主にアクトレスとかの力で誘導している向きがあったからなのだから、今は馬車で休んでいるアクトレス不在の中じゃこれが正常と言えなくもないだろうと俺は思った。
「とりあえず、こっちはお前にまかせるよ。俺たちは――」
というやり取りをする最中で何やら騒ぎが起こる。
蛇の胴体のように縦長となった列の先頭から3分の2の辺りで暴れる住民たちとそれを抑える住民たちと護衛的に配置された傭兵、警備兵たちがもめている様子がここから伺えた。
クリアムとともに、そこへ向かって話をクリアム経由で聞くと、どうやらなぜ畜生の命令で動かなきゃいけないんだとか抜かして暴れているとのことだった。
そうか、それならば――
俺はそこへ近づくと、男の胸倉を掴んで投げ捨てて列から外した。
「お前らは要するに、今ここでこんなくだらん揉め事を起こして、後ろに迫ったこの町全住民の脅威であるオークに殺されたいってことだな?」
そして、声を上げていた住民達を順番に列から同じように外して行っては、指をオークがいるらしい方向へ指して言い放った。
「じゃあお前らだけ、勝手にしろよ。こんなときに身分に囚われ、この町の住民の犠牲も厭わない奴がこの列に入る資格はない......いても害にしかならないあのオークたちと今のお前たちは同列だしな」
俺の言葉に俺たちがオークと同じだとという思いで反抗しようとするが、俺の周囲にいた住民達の視線の数に二の句をあげることのない住民達は、自らの行いに気付いたのか唸るように声を上げながら下を向いた。
その様子に俺は近寄ると、肩を叩いて話しかけた。
「これが何か分かるか?」
そうして俺は、自ら震える手を出して見せた。
「これは俺のトラウマだ。俺は大人数の前に出るとこうやって震えたり、やたら汗をかいたり、吐き気や眩暈すら起こすという心の病気を持っている。そんな俺であってもだ、今は踏ん張る時だってのは理解し、お前達を守るために戦わなければいけないってのも理解しているんだ」
そうして俺は、こうして囲まれている最中に襲う自らのトラウマ的拒否反応に抗いながらも話を続けた。
「避難に次ぐ避難という辛さはさぞ辛かろう、その上で満足に休憩も取れてないから疲労を抱えているのもわかる。......いきなり畜生という身分が自分たちを率いてというのが悔しいとかそういうのも分かる。......分かるが、それは......そういうのは、この危機を脱してからにしろ。お前らがお前らなりにこの町を思っているなら、今は黙って誘導に従え! 俺はお前らを救いたい。だから今から奴らと戦ってくる。そのためにはお前らの協力が必要だ。だから頼む、ここだけ......この場だけでいいから――」
辛いながらも息を吸うと、一番言いたい一言を呟いた。
「今は"大人"になってくれ」
そうして返答を聞かずに立ち上がると、集団のほうにも呼びかける。
「先ほどの輝く女が何者かは俺たち傭兵にもわからねぇが、クリアムの気持ちが輝く女を呼んだってんなら、クリアムの心を聞いた俺たちはそれに従ってお前達のために戦う。疲れているところで悪いが、門まで頑張ってくれ!」
「あ、あんちゃん......」
「避難は頼むぞ、クリアム。俺たちは後ろを引き受ける!」
そうして俺は、未だ頼りない勇者様の頭を叩くように乱暴に撫でた。
「まかせて!」
という気持ちいい笑顔に頷くと、オーリエたちに声をかけておそらくは激戦区になっていそうな後方へと向けて駆け出していく。
「タクト、顔色が青い......だいじょうブ?」
「迷宮主様、これをどうぞですの」
「悪いな」
「............タクト、あの説得は何割本気?」
「1割に満たないな、実際」
先ほどまでのやり取りは、俺からすれば要するにごっこ遊びみたいなものだ。
いわゆる調子のいい事を言ってその気にさせる、っていう分かりやすい手だったが、効果はあったようでこうして進んでいる最中にも声をかけてくる住民達が多かった。
ま、俺の本音で言えばあの言葉で目覚めてもらって是非迷宮を利用してもらいたいというのでしかない。救いたいという気持ちはあるが、ぶっちゃければクリアムを畜生と罵った連中の命など俺としては知ったことじゃない。
だが、人の口は早いというが、早すぎるな気がする。
そんなことを思いながらも、やがて俺たちは避難民の最後方でオークらしき者たちとの戦闘をしているらしきジャックスたちの下へとやってきた。
「ジャックス!」
「オラァ!......お、ようやく来たか!加勢頼むぜ!」
ジャックスが倒したオークと見られるものは、馬の胴体に豚の頭をしていた。
母体が影響というのはそういうことかと俺は早速折紙を取り出そうとするのだが――
「アホか!......魔王とその眷属が使っていた技をここで使ってどうするんだよ!」
「あ......そうか。うわ、面倒臭いぞ......」
ジャックスに指摘された通りだ。
折紙技やオーリエ、アラーネ、ティニといった魔王組は、大剣、糸、槌という武器を住民達の前でバンバン使っている。なので、避難民の目がまだある中で同じ戦法を使えば正体がバレてしまうのが容易に考え付いた。
そして目の前に見えるオークの軍勢は、ここから見える限りでは北側から真っ直ぐそれらの列が視認できることを考えれば......おいおいと、俺は自然とため息をついてしまった。
アベさんを町の外にやったのは失敗だと思ってしまう。
武器の使用制限、作戦とは言え先ほどの戦闘から続く今度は本気の2連戦目、後ろにいる住民を守りながら撤退しながらの戦闘と、トラウマからくる震え、発汗、吐き気などなど。
そんな制限状態で行なわれる、数えるのもバカらしい規模のオークたちから住民達を南の門へと避難させるための戦い『南西住民撤退防衛戦』が始まることになった。




