第18層「丑三つ時」
10月――山羊月に入り、この大陸の南西の町におけるこの地もまだまだ暮らしやすい季節。そんな、寒くもなく暑くもない過ごしやすい丑三つ時の夜。
それは、唐突に始まりを告げた。
――ドガーーーン!!
静寂に包まれた広大な町は防波堤のように囲われた城壁によって、その轟音をとてもよく響かせていた。
突然のことに驚き、わりと近くで衝撃と音で目覚めた住民たちは、ベッドから転がるように降りると、急ぎ足で玄関の戸を開け放つ。すると、近隣に住む住民ともどもなんだと様子を伺う。
そのうち、1人の男はあるものに気がつく。
「あ、あれは......あれはなんだ!?」
そこは、真四角に囲われた城壁によって区画されている内の最も外側に当たる住民にとっては、畜生とする家畜同然どもが住まうエリアだ。
やつらの仕業かと思う男の耳に、今度は別のほうからも次々と爆発音が鳴り響いていくのが聞き取れた。男の頭にこちら側だけではないのかと、逆側を見るがそちらはさすがに見えやしない。それに今は逆のことに構っている暇はないほどの赤い炎とその熱気が伝わってくるのだ。
それは、周囲のものも同様ですでに家々に戻っては荷物を持って逃げ出そうと再び家に入る者たち、実際に持ち出して逃げ出そうとするが人の多さで溢れて通れなってしまうために通路は渋滞気味だった。
だが、傭兵風の男がある者たちに雇われたとかで避難誘導をするという説明を大声で呼びかけながらみな一旦、中央のほうへと向かってくれという指示を受けているようだった。
こういったことを経験していないものに取って、そういう誘導はありがたい。
なんせそういう訓練すらしていないのだから。
男ははっと気付いて遅れないように、自分の家へ荷物を取りに戻るのだった。
ちなみにこの南西の町は、真四角に囲われて北から南、東から西という大きな道が十字通路として通されている。中央は、噴水、この町の長である商業会長の演説、報告の場などに使用されるために全住人が密集せずとも、充分に入りきるスペースが確保されるほどに広大である。
内側がもっとも身分の高い者たちが住む大きくて広い豪邸などといった高級住宅や高級品などを扱った店などが立ち並ぶエリアで外側へと向かうにつれて、2番目、3番目の身分によって住み分けが成されている。
一番外側は言うまでもなく、畜生のスラムであって、今回の爆発火災はどうやらそちらの方からと言うこともあってみな一様に畜生たちがやったのかという思いを向けつつあるはずだが、こうしたことは滅多に起こらなかったこともあってみなが混乱の最中に必死に逃げ出すことしか考えられていなかった。
今も、3番目の身分を持つ労働者層たちが焦りながらも逃亡する最中に、中央のほうに住む者で様子を見に来たらしい身なりのいい男がやってきて男に問いかけてきた。
「おい、貴様!......一体なんなんだ!?」
そんな問いかけになんだよこんな忙しい時に、と男は思った。
しかし、身なりから察した男は自分よりも格上の身分の方かと毒づきながらも伝えた。
「こ、これはこれは......。それが我々にもわかりません!」
そうしている間にも、爆発に巻き込まれたのか時より聞こえる悲鳴や叫び声といったものが、より分かりやすい形となって会話をしていた男達にも、そして同じようなやり取りをしていた周囲にも分からぬ恐怖として具現化し、分かりやすく伝わって身なりのいい男は逃げるべきだという判断をした。
みなが逃げ惑う中、逃げずに住宅へ侵入するものたちも現れる。
この町にいるのは何も住人じゃない。外から来た者たちもいるのだ。
人族の欲が特に強くでやすい災害で、こうした空き巣や財産を持って逃げるものへ襲撃をかけて強奪といったことを行うものも結構な数がいるものだった。
しかし、それすらも見越していたかのように唐突に現れた獣族のような出で立ちの狼男によって討ち取られていくのを住人は逃亡の最中に目撃をする。
その一部分だけではなく、万遍に割り振られ最初から知っていたとでもいうようなその読み通りの場所には誰彼のフォローするものがいたのだ。
傭兵風の男たちの集団が随所を回るようにして見事にその討ち取り役を努めている間も、火の手はどんどんと外側から内側へと広がりを見せていく。
そんな中で住民にとっては、さらに最悪とも思える変化が訪れる。
それは、悪鬼羅刹とも言うかのような衣装に身を包む長身の大女が建物を壊したりなどをして暴れているということだ。
壊していく建物はあべこべだなという疑念に沸く逃亡中の住人達だが自身がどうすることもできない"抗えない暴力"の怯えと、今はこの場を逃げると言う逃げ道を作ることでその鬼のような女から逃げるしかないと歯がゆく思いながらも逃げることに集中していった。
別のエリアでも同様に巨大な槌を持って、牛の角よりもさらにおぞましい角を2本生やした悪魔のような牛女が建物を次々と壊していくのを力なき民達は黙って恐怖の中で逃げ惑うしかない状態である。
この町の防衛を担い、それらの自らが抗えない暴力への防波堤や討ち取り役であるところの兵達はなぜか数が異様に少なく、警備を勤めるだけの警備兵全員で打って出て対処をしているのだが、鬼と悪魔のような女2人を相手にしてもまるで歯が立たずに次々と武器を折られ、防具を割られては吹き飛ばされる光景に絶望的なものを感じずにはいられなかった。
またまた別の場所では、糸を操る指に何かを嵌めた不気味な女により操り人形の如く、自分たちの味方であるはずの高官、聖職者、上官に位置する者たちが敵対するように自らの住まいや建物を壊すために暴れまわっていた。
その光景を見た住民達によってもはや誰が味方で、誰が敵かなどもうすでにパニックを超えたパニックによって正常な判断が出来辛い状態へと陥る結果となっていった。
そんな中で、さらに人影が見えてきた。
みすぼらしい格好と首輪をしたものたちだと視認した瞬間――
住人達は恐れ慄いた。
何せ、家畜同然の人族の烙印を持つ畜生が野に放たれているからだ。
分かりやすくいえば、動物園で猛獣とされるライオンなどがいきなり檻を破っては、来園者の前に現れるようなイメージを持っている住人にとっての彼等である。
畜生は、首に紐をつけて飼い馴らして初めて家畜扱いのできるもので、その紐を繋いでいない畜生はただの野獣であると"教えられて"いる住民たちはさらにパニックに陥る結果となった。
それだけじゃない。
彼等は自分たちと言葉を介することができるし、家畜などよりも知識を持つ。
中には彼等に非常なる行いをした住民もいるため、思い当たるものたちは自分たちに恨みがあるのではと考えてしまうのは当然のことと言えるだろう。
だが――
「あんたらぁ!よーくききな!外側は何者かによって爆発されてもうだめだ。火の手が強すぎるし、中央へお逃げぇ!」
と、第一声を飛ばしたのはみすぼらしく、年老いた老女という姿ながらも意気軒昂とした声を張り上げては、住民達へ呼びかける畜生たちだった。
それを見て頭の回らない住民の1人は詰め寄ってこう言った。
「畜生どもが!お前らの仕業か!!」
そう考えて当然といえば当然である。
何せ始まった爆発のそもそもの切欠は、外側に住む畜生の住処から起こったものだったのだから。
だがしかし、その言葉に意に返さずに老婆は男の胸倉を掴むと言い放った。
「お前さんがあたしらのせいにしたいのならこの騒動が終わった後にそうすればいい!でもねぇ、今はそんなことをやっている暇があんのかい!?」
そのとても老婆とは思えない迫力に男は思わず後ろへと足を後退させた。
そんな中で呼びかける声が辺りに響いた。
「ばっちゃん!こっちにもケガ人が!」
「......エネよ。力を貸しておやり!」
その言葉と同時に老婆は、男の胸倉を乱暴に突き放して指示をしていった。
呆然とするその男は、また別の場所から聞こえる声にそちらを向く。
「ばっちゃー!こっちには誰もいないよー!」
「アバル!こっちに逃げ遅れた人がいるけど、あたし小さくて無理だから手伝って!」
「わかった!」
そこには自分が、自分勝手な混乱から来る苛立ちと家畜と同等だと認識していたことによって考えた"こいつらが"という決めつけによる糾弾対象であるところの畜生たちが、そんな自分たちに何も言わずにただ自分たちを助けるための活動をしているという行為がただただ信じがたい光景に見えて仕方がないものだった。
だが、結局は逃げるしかなくて、先ほどのような鬼のような大女に遭遇したら即死が待っているということもあって何かしらの苛立ちを抱えながらも、誘導する雇われの傭兵や畜生らしき子供の指す中央へと逃げていく。
また別の場所では、ある人族は崩れてきた看板などに挟まって動けない人族を畜生と助ける住民の光景をまた同時に目にすることとなった。
「あたしらも被害者、あんたらも被害者。そんな中、いがみ合ったっていいこたぁないんさね。いいからあんたは逃げな」
先ほど自分の胸倉を掴んだ老婆はそういうと、去っていった。
声を張り上げて糾弾しながらも、結果的に実働面じゃ何の役にも立たずにただ逃げるだけという自分の状態を恥じながら男は逃げることにした
「ばっちゃん?大丈夫?」
男と別れた老婆は、指示が出来る場所まで戻ると子供に体を労わる声をかけられる。
「久々にやりがいのある仕事さね!ほら、あんたもあっちを手伝いな」
そうして指示を出すと、分かったよばっちゃんと以前とは違いガリガリにやつれていた子供の本来のそれだと言えそうな声で返事をした子供は、また同様に若いゆえの体力に任せた駆け足で子供達の下へと向かっていった。
その光景に感慨深いものを感じながらも、老婆は声を張り上げる。
「みんな!がんばるんだよ!」
ちなみに同様のことは、各所――東西南北の各外側の長たちも同じ活動をしているのは言うまでもないことである。
まだ年端もいかぬ北の外側に住む畜生の少年は、倒壊しそうな建物から妙に手馴れた様子で幼い住民の子供を助け出したり、中には年老いた住民を南側の畜生の幼い子供達が引っ張っていく様子も見えたりした。
老婆というカリスマを中心としたこういった活動は、その後も続けられる。
そして、中には戦うものさえもいた。
駆けつけた畜生の1人は、鬼のような大女に挑んでいたのだ。
それは、タクトたちの前に現れて勇気ある撤退によって感心と賞賛を受けた少年。
クリアム少年である。
「化け物め!俺が相手だー!」
そうして繰り出された剣は、その年には見合わないスマートな見慣れない型の剣捌きを披露していた。よりシャープにそして繊細に扱う剣技は持っている武器からしてみたことがない剣術に見えた。
反りを持ち刃の部分には波のような紋様で彩られる不思議な剣――刀を器用に使い分けて攻撃し、また攻撃を受ける姿は一時足を止めてしまった住民達が見惚れるまでに見事なものであった。
だが、回りにいた畜生たちの声である逃げてくださいという願いに住民たち自分たちが置かれた状態に気付き、逃げていった。
しばらく剣技を重ねて今まで戦っていたはずの2人は、そこへやってきた畜生の子供の報告に、破顔をさせては手を叩き合って戦いをやめると大女――オーリエがクリアムへ向けて一言呟いた。
「......クリアム。結構やるヨ?」
「ばっちゃんの"教え"の賜物です!」
ばっちゃんと呼ばれる老婆の元の職業は、剣士指南役。
そこから察すればなるほどそういうことかと思ったオーリエに、クリアムはそのオーリエから受け流しても残る衝撃で痺れる手を振りながら思った。
結構本気出したはずなのに、まだまだ遠く及ばないなという思いを。
「でも、本当に僕なんかで勤まるんですか?」
「タクトの作戦だから、きっと大丈夫だヨ?」
失礼ながらも、とても大きな女でありながらも容姿良くスタイルもよく、それでいながら性格もいいこの人が全幅の信頼を置くタクトという存在にクリアムは、姉を丁重に弔ってくれた恩からもくる憧れのようなものを持っていた。
「俺は、強くなれるでしょうか?」
そんな憧れを抱く男が認める女、オーリエへつい吐露をするように問いかけた。
その問いかけにオーリエは、迷うことなく伝える。
「自分が正しいと思ったことを迷わずに信じて突き進めば、おのずと強くなれるってタクトが言ってたヨ?」
その言葉に満面の笑みを浮かべてはい!と力強く返事をするクリアムに、オーリエは何かを刺激されたのか頭をなでて答えると気を取り直して伝える。
「もうすぐだから、早く行くといいヨ。私は作戦通りに延焼しないように建物壊して回るかラ」
「わかりました!それじゃあ打ち合わせ通りに!」
建物を壊して倒壊させること自体さえも作戦というその住民が聞いたら卒倒するかのような一連のやり取りをした後に別れる2人の会話は、もちろんすでに逃げ出した後であるその場にあって誰にも聞かれることはない。
そんな各地で起こるこれらのことが実行されるきっかけとなった丑三つ時の爆発から、住民が多いこの町の避難活動に繋がってもうすでに2時間の時が経過していた。




