第五話 黒岩のりこ
通学前、気になることがあって昨日の森に来た。
「……。」
やっぱり、おかしい。
――『お姉さん! 少しだけ、その子の動きを止められますか!?』
昨日、この森で出会った女の子は、私と同じ姿に変身した。
それだけじゃない。
あの子は、黒いのに触れただけで倒した。
……いや。
倒した、というより。
……消えていった。
それに。
黒いのが暴れていた形跡も、
戦いの傷跡も、
なぜかほとんど残っていない。
これまで三回、黒いのを倒してきた。
でも、こんなことは一度もなかった。
私が初めて黒いのと戦ったのは三週間前のこと。
◇
――
学校帰り。
商店街の近くにある釣具店。
その横を流れる小さな川。
ふと、水の中で何かがキラッと光る。
「……?」
気になって拾い上げる。
青い石がついた綺麗なチャームだった。
落とし物かな。
そのまま釣具店へ入り、店主のおじさんに声をかけた。
「おじさん、これ落ちてたよ」
「おう、のりこちゃんか。」
おじさんはチャームを受け取り、
「どれどれ……うーん、見たことないなぁ。」
「誰か探しに来たら預かるけど、今のところそういう話もないよ。」
「そうなんだ」
おじさんは少し考えたあと、笑って、
「せっかくだし、付けてみたら?」
「私が?」
「うん。似合うと思うよ。」
チャームを見る。
「もし持ち主が来たら返せばいいし。」
「付けて歩いてたほうが、持ち主も見つけやすいと思うよ。」
「それもそうか。」
こんなに綺麗なチャームなら、落とした人もきっと困っている。
「持ち主が見つかったら、教えて。」
「もちろん。」
私はチャームを制服のリボンにつけた。
◇
今は使われなくなった、古い漁港の小さな堤防。
よく釣れるのに、人もほとんど来ない穴場だ。
わざわざこの田舎まで来る人がいないだけかもしれない。
私はこの場所が好きで、学校帰りによく釣りに来る。
さっき釣具店で買ったユムシを針に掛け、軽く投げる。
今日の狙いはクロダイ。
竿先を見つめながら、静かにアタリを待つ。
……。
ただ、今日はピクリとも反応がなく、気が付けば、二時間ほど経っていた。
帰るか、と考えたそのとき――。
海面が、ざわざわと揺れ始めた。
「……なにこれ?」
風は感じない。
なのに、海だけが落ち着きなく波打っている。
よく見ると、海面から少しずつ黒いモヤが立ち上っていた。
見たことのない、異様な光景だった。
モヤは渦を巻きながら、海水と一緒に一か所へ集まっていく。
そして、みるみるうちに、モヤの塊は水をまとった巨大な黒い球状の物体へと変わっていた。
中央には、綺麗な青い宝石のようなものが埋まっている。
この宝石、どこかで……。
さっき拾ったチャームの青い石。
これによく似ている。
黒い球状の物体は震えだし、
中央の大きな宝石が光った。
その途端、高波が堤防へ叩きつけられた。
「くっ……」
波にさらわれそうになるも、必死で踏ん張る。
危険だ。
すぐにここを離れないと、飲み込まれてしまう。
一歩踏み出した、その瞬間――。
ガキィッ!
足元の堤防が崩れ、荒れた海へ投げ出された。
ゴボッ!
必死にもがく。
でも、手足が思うように動かない。
……もう、無理かもしれない。
諦めかけたそのとき、胸元のチャームが淡く光っているのが目に入った。
これ、返せなかったな。
チャームを握ると、さらに強く光る。
まるで、私を励ましてくれているみたいに。
そうだ。
なにを弱気になっている。
絶対に生き延びるんだ!
胸元から光が広がり、私を包み込んだ。
◇
光が収まり、ゆっくりと目を開ける。
何が起きたのかはわからない。
でも、気にしている場合じゃない。
必死に海面を目指す。
……。
ん?
苦しくない。
息ができる。
海の中なのに、まるで陸にいるみたいだった。
水が自分の体の一部になったような、不思議な感覚。
水の流れまで、手に取るように分かる。
服も、いつの間にか変わっていた。
胸元には青い宝石。
体の奥からは、今まで感じたことのない力が溢れてくる。
なんだこれは……。
でも、今なら……。
海面へ向かって泳ぐ。
さっきまで身動き一つ取れなかったのが嘘みたいに、思い通りに行動できる。
そのまま岸へ向かおうとして――
さっき出現した黒いのが目に入る。
黒いモヤと海水を、まだ吸い込んでいる。
このまま放っておけない。
「やめろ!」
思わず手を伸ばす。
すると。
モヤが、私の手に吸い寄せられてきた。
「……!」
同時に、集まってきた水が、私の意思に応えるように形を変えていく。
これを……武器に。
何がいい。
扱い慣れているもの……釣り竿。
そのイメージに合わせるように、水が細長く伸びていく。
やがて、それはムチのような帯状に姿を変えた。
「これなら……戦える!」




