51 新しい国の誕生
51 新しい国の誕生
王都を逃げ出した連合軍は、来た道をそのまま引き返そうとした。
だが、王都を出て二日も経たないうちに、その行軍は唐突に止まった。
街道の先には、クレールスター皇国の旗が立ち並んでいた。
慌てて別の道へ向かえば、そこにも皇国軍がいる。森を抜けようと偵察を出しても、戻ってきた者は顔を青ざめさせて首を横に振るばかりだった。
「森の向こうにも皇国軍が潜んでいます!」
「川沿いはどうだ!?」
「すでに橋を押さえられています。浅瀬にまで兵が配置されています!」
「では、山道だ!」
「荷馬車は通れません。それに……山道へ入った偵察隊からの連絡が途絶えました」
連合軍の司令官たちは天幕に集まり、互いに声を荒らげた。
「どういうことだ! なぜ、どこへ行っても皇国軍がいる!」
「初めから、我々を逃がすつもりなどなかったのだ」
「王都で戦わず、わざと我々を逃がしたというのか!?」
「我々は……最初から罠にはまっていたのだ」
王都を出る際に食料は支給されたし、持ち出しもしたが、足止めが長引けば遠からず底を突く。
進むことも、戻ることも、散らばることすらできない。連合軍は完全に、蜘蛛の巣にかかっていた。
翌朝、皇国軍からの使者がやって来た。
護衛を二人だけ連れた若い文官は、居並ぶ司令官たちを前にしても、眉一つ動かさなかった。
「クレールスター皇国より、皆様へ通達いたします」
「その前に、包囲を解け!」
一人の司令官が机を叩いて身を乗り出した。
「我々は各自の国へ帰るだけだ! これ以上、皇国と争うつもりはない!」
「帰る国など、もうありません」
文官は静かに、しかしはっきりと言い放った。
天幕の中が瞬時に静まり返る。
「……なんだと?」
「皇国は、小国群を一つの国家へ再編することを決定いたしました」
あまりにも突拍子のない宣告だった。司令官たちは理解が追いつかず、呆然と互いの顔を見回す。
やがて、一人が猛然と椅子を蹴って立ち上がった。
「ふざけるな! 我々はそれぞれ、独立した王国だ!」
「その独立国の方々が連合軍を組織し、リーブル王国へ侵攻されたのでしょう?」
「我々は盟約に基づいた援軍として――」
「援軍が王宮を占拠し、王族と貴族を幽閉したのですか?」
文官に淡々と問い返され、男はぐうの音も出ず言葉に詰まった。
「貴国らは連合軍として行動しました。指揮系統を一本化し、共通の目的を掲げて他国の国境を越えた。なれば皇国もまた、皆様を『一つの勢力』として扱うまでのことです」
「勝手な理屈をこねるな!」
「皆様が最初に用いられた理屈ですよ」
文官の表情には、微かな微笑すら浮かんでいない。
「複数の国が一つの軍として他国を侵略できるのであれば、それらの国が一つの国家として統合されることに、何の矛盾もないはずです」
「我々の国には、それぞれ王がいる!」
「存じております」
「では、誰を新しい国の王にするつもりだ!?」
その問いを待っていたかのように、文官は胸元から一枚の書状を取り出した。
「小国群の現国王の中から、誰か一人を選ぶことはいたしません」
「なぜだ!」
「どなたを選んでも、不公平でしょう? 必ず不満が出て争いが生まれますね」
小国群の王家は複雑な血縁関係にありながら、長年不毛な権力闘争を続けてきた。特定の王を擁立すれば、他の国が服従するはずがない。「我々のほうが家格が上だ」「血統が尊い」と言い出し、即座に内乱が始まることは目に見えていた。
司令官たち自身、その醜い現実を誰よりも理解していた。
「……では、諸国による合議制で治めるというのか?」
「いいえ。王は一人です」
「誰だ。どこの国の者だ!?」
「皆様の国の者ではありません」
再び、天幕の中に冷ややかな沈黙が落ちた。
「新王は、こちらで用意いたします」
「用意……だと!?」
「小国群のいずれとも直接の利害関係を持たず、かつ統治者として相応しい人物を選定しております。その方を新しい国の王としてお迎えください」
「見知らぬ他人に、我らの国を差し出せというのか!」
「皆様はリーブル王国へ踏み込み、王宮を奪い取ろうとなさいました」
文官はほんの少しだけ首をかしげた。
「まさか、自分たちが同じ目に遭うとは考えていらっしゃらなかったのですか?」
誰も、一言も返せなかった。
「……各国の王家はどうなるのだ」
「新王に絶対の忠誠を誓うのであれば、地方領主としての存続を検討いたします。従わぬ場合は、領地と地位のすべてを剥奪します」
「……それは脅迫だ」
「ええ、脅迫です」
あまりにもあっさりと認められ、司令官たちは絶句した。
「皆様は敗北したのです。今さら対等な条件で交渉できると思われては困ります」
天幕の外では、空腹と恐怖に苛まれた兵士たちが地に座り込んでいた。
彼らを囲む皇国軍は、決して数で圧倒しているわけではない。しかし、十分な兵糧と磨き抜かれた装備を備え、完璧な陣形を維持していた。
対する連合軍は疲れ果て、国ごとに責任を擦り付け合い、もはや軍隊としての体をなしていなかった。
「……断れば、どうなる」
一人がかすれた声で絞り出した。
「皇国軍はこのまま包囲を維持します」
「……攻撃はしないのか」
「その必要がありませんから」
文官は視線を天幕の外へ向けた。
「あと何日、その食料が持ちますか?」
司令官たちの顔から、完全に血の気が引いた。
「兵を無事に帰国させたいのであれば、直ちに武装を解除し、新国家の樹立を受け入れてください。なお、各国の本国へも既に同様の通達を完了しております」
「王たちが……そのような無法に従うと思うか!」
「各国の兵力は、すべて『ここ』に集まっていますね?」
その一言が、彼らの最後の抗戦意欲を完全に砕いた。
功を焦って競うように出兵した結果、各国の本国にはろくな防衛戦力が残っていない。皇国軍に逆らえる力など、どこにも残っていなかったのだ。
文官は机の上に静かに書状を置いた。
「日没までに全員の署名を。それを過ぎても返答がない場合は、拒絶とみなします」
「……」
「それでは、良いご決断を」
恭しく一礼すると、文官は振り返りもせず天幕を去っていった。
残された十二人の司令官たちは、机の上の書状を見つめたまま固まっていた。
「……誰が書く?」
「お前が書け! 最初に王都へ踏み込もうと言い出したのはお前たちの国だ!」
「戯言を! 一番多く兵を出して気勢を上げていたのはそちらだろう!」
「そもそも、王宮の占拠を提案したのは――」
天幕の中に醜い押し付け合いの声が響き渡る。
誰が責任者になっても日没はやって来る。
夕焼けが美しかった。そして、十二人の司令官全員の署名が書状に刻まれた。
こうして小国群は、争った自覚もないまま、皇国の策略によって一つの国家へと解体・再編されることとなった。
そして彼らはまだ知らない。
皇国があらかじめ「用意」していたという新しい王が、一体いかなる人物であるかを――




